埼玉県内のとある山中、僕は五条と夏油君が無双するのを家入ちゃんと共に眺めていた。
今回の任務は、この山で最近調子こいてる1級呪霊の討伐。
メンバーは僕と家入ちゃんに五条と夏油君の4人、はっきり言って過剰戦力だ。
だけどこの任務は、高専に入学して日の浅い3人に考慮した慣らしだ。安全マージンを通常よりも多く取った一年生向けのお仕事である、普通は1年に1級なんて相手にさせないけどね。
そして、やっぱり五条と夏油君には慣らしなんて必要無かった、僕が介入するまでも無く1級呪霊をボコボコにしている。
先生もそれは予想していたのか、家入ちゃんだけを守っていれば良いと僕に言っていた。
他人に反転術式を施せる家入ちゃんはメチャクチャ貴重な人材だ、僕も術式の性質で自分になら反転術式を使えるけど他者になんて絶対に出来ない。
だから家入ちゃんには戦わせるなと、口を酸っぱく言われている。家入ちゃんに呪霊と対峙する場の雰囲気に慣れて貰うのが今回の任務の目的だ。
家入ちゃんを守ること自体に不満は無い、だけど正直に言って退屈な任務だ。
呪霊を殴れない任務に何の価値があるのだろう、やっぱり引率なんてロクなもんじゃ無い。
ああ……歌姫ちゃんが恋しい……歌姫ちゃんと一緒ならどんな任務も退屈では無くなるのに……
「うーん、こんな物か、思ったより使えないね」
夏油君は雑魚呪霊共をポケモン感覚で捕まえていく、発言はトレーナーの風上にも置けない。雑魚は無条件で調伏出来るって卑怯だよね。
そして要らないと判断した雑魚を体術で蹴散らしている、実にバイオレンスな厳選方法だ。ロケット団にだってもう少し慈悲の心があるだろう。
「奥の手は無いの? 雑魚を呼ぶだけかよ下らねー」
五条は今回の任務の目標である、1級呪霊をネチネチと痛めつけている。
饅頭に手足が生えたような呪霊の手足を再生したそばからねじ切って、あえてトドメを刺さない。
五条への攻撃は全て届かず、逃げれば引き寄せられるクソみたいな無下限の術式、バランス調整をミスったとしか思えないクソ呪術だ。
阿呆五条との初見の模擬戦では領域展延して何とか術式を中和して3発殴れた。生得領域を広げる展開ではなく、己のみを包む展延なら僕は得意だ。
だが、もう一度模擬戦したら今度は殴れるか怪しい。学習能力も卑怯臭い五条はそう簡単に僕を近付かせてはくれないだろう。
「飽きて来たぞ傑、何か面白い話をしろよ」
「そうだな……高専の寮が僕達の前の代で新しくなった理由を知っているかい?」
……いや、わざと壊したんじゃないよ? 修行していて少しだけ力加減を間違えただけだよ?
軽口を叩きながら、自分より低級の呪霊を呼び寄せて操る術式を持つこの1級呪霊を利用して、夏油君と共に下衆の極みのような呪霊漁を続ける2人。
かれこれ1時間は続いている、自分でやるならともかく他人の暴力を見ても楽しくないな。
そして客観的に見ると実に醜い光景だ、呪霊の保護団体がいたら2人は吊し上げを食らうだろう。
アメリカ辺りに保護団体が実在しないかな? 五条って奴が非道ですってチクってやるのに。
「なー、もう終わらせろよ2人共、見てて面白くねーよ」
家入ちゃんはそう言って新しいタバコを開ける、本日2箱目に突入した。未成年が喫煙しちゃダメだよ!……とは言わない。
だって後で虎杖先輩ウゼーとか、真面目ぶって鬱陶しいとか、陰で言われると思うと恐ろしい。僕は後輩には尊敬されて敬われたい。
肺の汚れだって家入ちゃんの反転術式ならチョチョイのチョイだ、家入ちゃんにとってタバコは健康を害する物にはならない。
だから注意しない、何も問題は無いのだ、法を破っている所を除けば。
「もう少し待ってくれ硝子、この山中の呪霊を集め終わったら次は何処から持って来るのか見極めたい。その範囲によっては使い道がある術式かもしれない」
ああ、そういう意図もあったのね。てっきりアリやバッタを虐める小学生の様な物だと思っていた。ちゃんとした理由があって驚きだ。
「傑、弾切れしたぞコイツ。多分この山の中限定の術式だな、土着の呪霊みたいだし」
「何だ、がっかりだね。この山の中でしか使えない術式なら利用価値は無い、要らないから始末していいよ悟」
うわぁ……鬼だなコイツ等、呪霊よりも邪悪だよ。やっぱり呪霊の大元である人間が一番の悪か……歌姫ちゃんは100%善で構成されているけどね。
改めて件の呪霊を見る、一応1級であるはずの饅頭呪霊は既に虫の息だ。呪霊とはいえあれだけ手足をもぎられたなら無理も無い、弱々しい姿に憐れみすら覚える。
そういえばコイツ、少しフォルムが二十万石饅頭に似てるな……埼玉の呪霊ならそうであってもおかしくは無い、語りかける風がコイツを生んだのだろう。
二十万石の地、旧忍藩である行田を羨む敵国の呪いがこの呪霊を生み出したのだ! ここは行田じゃないけどね、行田はなだらかな土地だから山はありません。
しょうがない、同郷のよしみでせめて僕が苦しまずに祓ってやろう。彩の国は愛で溢れている、お前も埼玉の地に還るが良い……
――僕の脚は風の様に疾く。
――僕の拳は岩の様に硬い。
そこまで強い言葉を飲み込む必要は無い、あの饅頭呪霊を苦しまずにブン殴って祓う最低限の言葉で自分を強化する。
強化した脚で大地を踏込む、風の如く飛び出した僕の身体は音を置き去りにして夏油君と阿呆を抜き去り、饅頭の眼前に躍り出る。
「きゃっ!?」
「おや?」
「あっ、悠一テメエ!」
岩の様に固く握り締めた拳を勢いを殺さずにそのまま振り抜く、1級程度の呪霊の強度では抵抗をほとんど感じられない。
そしてインパクトの瞬間、呪力が満遍なく饅頭に通る様に流す。周囲に余波を巻き散らかさない様に、あえて遅らせた呪力も流して衝撃を相殺する。
饅頭はチリ一つ残さずにこの世から消え去った、周囲の地面も木々も何一つ傷付いてはいない。
埼玉の地を乱すのは僕も本望ではない、美しい自然にはそのままでいてほしい。
還ったか、埼玉の地へ……魂は廻る、百年後のネオ埼玉でまた会おう……
あーヤバい……気持ち良い……最高だよ。
やはり暴力……暴力は全てを解決する。
やっぱり全力で拳を振り抜くのは快感だね、しかも呪霊以外は何も壊していないから怒られる心配も無い。
思いっきり呪霊を殴れば褒められる呪術士はやはり僕の天職だ、他の職種じゃこうは行かないだろう。
コレを覚えるまでは大変だった、全力で殴らないと気持ち良く無いから任務の度に周辺を破壊してしまっていた。
その度にガッデム、ガッデム言われて卍固めやビンタを食らう日々、あの体罰教師は直ぐに暴力に訴える。
まったく、暴力は何も生まないというのに……直ぐに手が出る人は嫌だねえ。人間性を疑うよ。
「おい悠一、何で引率が獲物を横取りすんの? 馬鹿なのか?」
「虎杖さん、流石に今のはどうかと思いますよ?」
「もー虎杖先輩、急に動かないでくださいよ。ビックリしてタバコ落としちゃったじゃないですか」
後輩達からブーイングが浴びせられる、少しぐらい褒めてくれてもいいのに……格好良く無かった?
『奴は二十万石饅頭の呪霊だった、同郷のよしみで僕がトドメを刺す必要があった』
行動の理由を理路整然と書き連ねる、コレならこの分からずや共も納得するだろう。完璧で美しいロジックがここにはある。
「……コイツさ、喋れないとか以前に言葉が通じない時があるよね」
五条が失礼な事を言っている、そんな事無いよねー夏油君? 家入ちゃん?
なんか夏油君も家入ちゃんも呆れた目で僕を見ている? そんな馬鹿な……
くっ、不味い、このままだと僕の先輩としての威厳が失われてしまう。
『ゴメン、僕にも非が有った。夕飯を奢るから許して』
「しょうがねえな、面白味の無い謝罪だけど許してやるよ」
「ワンパターンだけど良いじゃないか、ご馳走してもらおう」
「えーと……帰り道で良い焼肉屋は……」
や、焼肉だと? 贅沢な後輩共め……手持ちで足りるか?
『小山田うどんじゃ駄目? パンチ定食美味しいよ』
「やだよ、あそこって、うどんが柔らか過ぎるじゃん」
な、何て事を言うんだ、あれが良いんだよ! セットのご飯物と柔らかい麺がハーモニーを奏でるんだよ! 埼玉を中心に関東に出店を続ける小山田うどんを馬鹿にするな!
「虎杖先輩1級術士なのに結構ケチりますよね、報酬何に使ってるんですか? それとも貯金とか?」
ん? そんなの決まってるじゃん。
『歌姫ちゃんにいつか渡すから婚約指輪を買っている、3ヶ月に一度買い直しているから結構出費なんだよね』
いつでも最新のデザインの婚約指輪を渡せる様にするにはそれしか無い、必要経費とはいえ結構キツイんだよね、養父の遺産も使い切ったし。
あれ? 何でそんなに離れてんの3人共?
「傑? コイツ通報するか?」
「いい、意味が無い。残念だけどそれがこの国の司法の限界だ」
「いやー思ったよりヤバいね、歌姫先輩コレを鬱陶しいで済ませるの凄いわ」
んん? なんか侮辱されてない? 何で?
結局、帰り道に徐々苑で焼肉を奢らされた。納得いかねえ……