呪術って噛まずに言える?   作:定道

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ああ、振り抜けない拳は何処へ行く?

 術式の開示、自身の術式の詳細をあえて相手に晒す事によって己の呪力や術式を強化する行為。

 

 いいよね……格好良さと実用性を兼ね備えた素晴らしい文化だと思う。実にオサレだ。

 ジャンプを始めとする多くの少年マンガにもこの行為が散見されるのは、きっと元呪術師のマンガ家がそれを広めたに違い無い。格好いい物は真似したくなるのが人情だ。

 

 そういえば絶賛連載中の大人気漫画ボーボボには領域っぽい技が多いよな……作者は元呪術師か? 可能性は高いな、今度集エイ社に問い合わせてみよう。

 

『最近のパリパリのりを有難がる風潮、嘆かわしいと思わないか? のりはしっとりこそ王道だと言うのに、おにぎりを愛するなら絶対にしっとりだよね』

 

 だから僕も術式開示をやってみた、だが、喋れない僕の術式開示は少しオサレさに欠けるな、ノートに文字を書いて明かす都合上、相手に伝わりにくいのも難点だ。

 

「そ、そう思いますぅ……」

 

 しかも僕の「呪言」はかなりシンプルな効果の術式である、本来放った言葉を現実とするそれを、喋れない僕が使うという縛りで自身のみに作用させる様に特化した物だ。

 

 呪力、五感、身体能力を強化し、己の傷を癒やす、これだけだ。

 

 ノート一枚で説明できてしまう、開示のしがいの無い術式だ。もっとHUNTER×HUNTERみたいに格好良くて複雑な能力なら説明しがいがあったのになあ。

 

 だから結局自分の事を明かすしかない、僕のパーソナルな部分を伝える事によって術式が強化されないかちょっとした実験をしている。

 

『そうか、気が合うね。ところでおにぎりの具の好みは何かな? ちなみに僕は海苔の佃煮が一番好きだよ』

 

「しゃ、シャケが好きです……」

 

 あんまり効果が無い事が分かった、ちょうど良い相手が任務中にノコノコやって来たから協力してもらっている。

 

 最近ここらで変死体が見つかっていたのはこの呪詛師のオッサンのせいだった、この辺りを縄張りにして呪物を作ろうとしていたらしい。

 

 傷を付けた所から相手を腐らせると言う術式を披露してくれた呪詛師さん、残念だけど僕は頭部が無事な限りはそうそう死にはしない。

 腐り落ちた右手をピッコロさんの様に生やして見せてあげたら驚いてくれた、リアクションが大きくて中々見所のあるオッサンだ。

 

『シャケか……』

 

「ひぃっ……」

 

『美味しいよね、僕も3番目に好きだよ。やっぱり気が合うみたいだ』

 

「へ、へへ……どうもです」

 

 そして僕は呪霊はともかく、呪詛師相手の戦いは苦手だ、相性が悪いと言える。

 

 呪術師の等級はあくまで呪霊に対する物だ、等級が低くても対人戦では強い術式を持っている呪術師はそれなりに存在する。

 

 己を強化する僕の呪言自体は相手を選ばない術式だ、シンプルに自身を強化する故に、複雑な条件を必要とする術式とは違って効果を腐らせてしまう場面が少ない。

 

 問題は僕にある、正確には養父の教えに根付いた僕の価値観と言うべきだろう。

 

 ――人を呪わば穴2つ。だからお前は誰かを呪ってはいけない、呪いの言葉は全て飲み込みなさい。

 

 僕は人を呪わない、僕にとっての呪いとは己の拳に暴を込めて振り抜く事だ。

 だからこそ僕は、養父の教えに従って呪霊以外に拳を振るわない、その縛りは僕を確かに強くてしている。

 

 ああ、模擬戦は別だ。あくまで命を賭けたやり取り、実戦にのみにその縛りは適用される。

 そうでなくては人相手の鍛錬など出来ない、養父は古武術に精通していたので僕はその教えを受けている、養父は鍛錬の為にあえて縛りを緩くするように指示して来た。

 

 だから僕は、近くにあった鉄骨をひん曲げて拘束している呪詛師のオッサンに拳を振り抜くなんて事はしない。

 僕の拳は呪術師として呪霊を祓う為に鍛えた物だ、今を生きる命を奪う為のものじゃない。

 

 それに、今日の僕はもの凄くご機嫌なのだ、とても誰かを傷付ける様な気分にはなれない。

 

 嬉しすぎて、この都内にある建設途中で放置された現場までスキップしてやって来た。

 補助監督おじさんの車は使っていない、今日は自分の足で歩きたい気分だった。

 

『気が合うから、僕の幸せをお裾分けするね。これはね、天使から授かった聖なる靴なんだ。中に特殊な呪力を帯びた鉄心が入っていてね、呪力を込めると重くなるんだ! 最大で3トン位までいけるよ! 凄いでしょ!? 天使の愛が詰まってるんだ!』

 

「て、天使!?」

 

 靴はとても重いけど、僕の心は羽の様に軽い。

 

 なにせ地上に舞い降りた大天使である歌姫ちゃんが、僕の誕生日プレゼントに贈ってくれた靴だ。

 

 僕がほしい物をくれるなんて……愛かな? 愛だよね? 愛しかないよね?

 

 1年間呪術師として活動して、呪詛師と遭遇する任務は意外と多かった。人を呪うなんて非道な奴らがそこらにウロチョロしている。

 そして、呪詛師と遭遇する度に、僕は電柱や道路標識を振り回して退治していた。拳を振るえないせいで、後でメチャクチャ怒られる諸刃の剣を使わねばならぬ場面が多かったのだ。

 

 そして2年生になった僕は、画期的な解決策を思い付いた、悪の呪詛師に対抗するための天啓を得たのだ。

 

 瓢箪から駒、コロンブスの玉子、発想のコペルニクス的転回、僕史上最大の発見をしてしまった。

 ノーベル賞を貰えるかもしれない、教育テレビの視聴を続けたかいがあった、ありがとうゴロリ。

 

 殴れないなら、足を使えばいい。呪詛士相手には足を使っちゃおう、蹴っ飛ばせば解決だ。

 

 いやー、天才だね。自分の頭脳が怖いよ、僕は呪術界のアインシュタインかな?

 

 思い付いた僕は、さっそく靴型の呪具を探した。僕の身体能力に耐えうる蹴る事に特化した呪具を求めた。

 残念ながら手頃な物は見つからなかった。鎧の脚の様な呪具は割と存在したが、革靴やシューズ型の呪具は見つからない、オーダーメイドするしか無いとの結論に至った。

 

 そこでもう一つの問題が発生する、僕にオーダーメイドの呪具を買うほどのお金が存在をしない事だ。

 

 天使に捧げるエンゲージリング、そして未だに請求が続く任務時に破損した施設や高専の寮の修繕費の一部、僕の懐事情は非常に厳しい。

 

 先生にはもちろん泣き付いた、高専で僕の靴を買っておくれとすがり付いた、だけど血も涙もないおっかない顔で拒否された。

 酷すぎるぞ、僕が呪詛士に殺されてもいいのかと食い下がったら、絞め技を使えとふざけた答えが返って来た。絞め技なんて使っても僕が気持ち良く無いと反論するとコブラツイストされた。

 

 あの先生は少し頭がおかしいんじゃないかな? 体罰なんて今どき流行らんぞ? 問題になるぞ?

 

 だがしかし! 今思えばアレは必然だった! 大天使である歌姫ちゃんから靴型の呪具をプレゼントされるという運命! その運命が僕を靴から遠ざけていたのだ!

 

 ふふ、歌姫ちゃんの運命が僕に嫉妬したんだ。自分がプレゼントしたいから、僕に靴を手に入れさせないという結果を導いた。

 

 なんていじらしくて可愛い嫉妬だろう、はぁ……可愛さの引き出しが多すぎる……しゅきぃ……

 

 そう思えばあのコブラツイストだって気持ち良く……無いな、ムキムキの先生に極められても嬉しくない。

 

 あっ! いい事思い付いた!今度歌姫ちゃんにコブラツイストかけて貰おう! 絶対に気持ち良いぞ!

 

『あのさ、お裾分けの前に聞きたいんだけど、自然な流れでコブラツイストかけて貰える方法知らない? 相手は女子高生ね?』

 

「へっ!? ええっ!?」

 

『下心とかじゃなくて、純粋にコブラツイストかけて貰いたいんだ。いや、本当にさ、素直な気持ちでコブラツイストを食らいたいんだよ? 胸が当たるとか脚で挟まれるとか全然気にして無いよ?』

 

「い、いや、それは無理があるんじゃないですか……」

 

 使えないオッサンだな、見込み違いだった。

 

『まあいいや、幸せのお裾分けはどっちの腕からが良い? アナタの術式は腕が基点でしょ? 天使の靴で術を封じるね、そうすればアナタはカタギに戻れる。罪を憎んで人を憎まず、三十人以上を腐らせて殺した貴方の罪を天使が浄化してくれる』

 

「い、嫌だ!! 止めてくれえ!!」

 

 鉄骨に拘束されたオッサンがもがく、残念だけどその程度の呪力じゃ振りほどけないだろう。

 

 しょうがないな、右手から浄化してあげよう。人は無意識に左を選ぶってクラピカが言ってたから僕は右を選ぶ、僕は賢いから無意識が嫌いだ。

 

 ――領域展延。

 

 脚部を中心に領域を纏う、特に靴の周辺は念入りに、汚い血で天使の靴を汚す訳にはいかない。こうすれば靴が直接対象に触れずに蹴りぬける。

 

 振り抜く様に右の蹴撃を放つ、オッサンは必死に腕に呪力を込めていたようだが焼け石に水だ、蹴り抜くのにさしたる抵抗も無かった。

 

 叫び声が響く、出血を呪力で抑える余裕があるから問題ないだろう、このオッサンは死にはしない。その程度は出来る呪詛師だからこそ術殺しを行うのだ。

 

 ……あっ!? 僕から見て右って事はこれは左手か!? クソっ! クラピカめ! 僕を惑わせやがって!

 

 

 

 

 

 

 

 

『と、言うことが今日の任務であったんだ、クラピカって酷いと思わない?』

 

 高専の寮にある談話室、ソファーで寛いでテレビを視聴する後輩達に問いかける。

 青春をアミーゴする主題歌が流れるドラマを視聴しているようだ、野生のブタをプロデュースする奇抜なドラマだ。

 

「これさ、どういうリアクションを求められてるの?」

「とりあえず同意しとけよー男子共、クラピカって誰?」 

「クルタ族の生き残りだよ硝子」

 

 んーなんかリアクションが薄いなあ……最近僕の扱いが更に雑になって来た気がする。

 

『分かるだろう? 男子高校生には少年ジャンプを読む義務が存在する、僕は信じていたのに裏切られたんだ』

 

「面倒くせえなあ……硝子、ドラマ見てんだから黙らせろよ」

 

 酷い、少しぐらいかまってくれよ。歌姫ちゃんは任務で会えないんだよ……辛いんだよ……

 

「ええー……あっ、虎杖先輩、歌姫先輩が言ってましたよ。最近視線が気持ち悪いって、イヤらしい感じがするって」

 

 なん……だと? まさか……そんなはずは無い。僕の呪力によって強化された身体能力で行われるチラ見が気取られるはずが無い。

 

『誤解だ、僕は歌姫ちゃんをそんなに穢れた目で見た事は無い、コブラツイストについて考えていただけだ。信じてくれ、そして君からも誤解を解いてくれ家入ちゃん』

 

「コブラツイスト? 意味分かんないです虎杖先輩」

「もしかしてかけて貰いたいんですか? 流石に気色悪いですよ?」

 

 違う、間違っている、僕は気色悪く無い……

 

「おいおい、ついににセクハラで捕まるのか悠一? ジャンプぐらいは差し入れしてやるから臭い飯食ってろよ」

 

 いや? 捕まらないよ? 歌姫ちゃんが僕を通報するはずがないだろう。

 

『コレを見ろ後輩共が! 歌姫ちゃんが僕に贈ってくれた愛の証だ!』

 

 背負ったリュックサックから天使の靴を取り出す、室内でも常に持ち歩いているのだ、まるで歌姫ちゃんと一緒にいるような気分になれる。

 

「うわ!? 実在したのかよその靴、悠一の妄想じゃねーのか」

「この呪力、本当に呪具だ……えっ? 自分で買ったんですか?」

 

 なんて酷い事を言うんだ……愛を知らないな後輩共め、靴から溢れ出る愛を感じ取れないんだな。

 

「あー、そう言えば私歌姫先輩に聞かれたわ、虎杖先輩がほしい物に心当たりがないかって。先生に縋り付いて靴が欲しいって言ってましたって答えたっけ」

 

 ふふ、そうだろう、そうだろう。

 

「マジかよ……歌姫マジに悠一にコレをプレゼントしたの?」

「シンプルな能力だけど呪具だ、かなりの値段はする。只の同級生に贈る物としては……」

 

 ははは、ようやく理解したか。僕と歌姫ちゃんの愛と絆の深さを。

 

 真に相手を想う時、贈り物に値段は障害とはならないのだ!

 

「あれ? 惚気聞かされてたの私? いやーそんなはずは……」

 

『いい加減認めろ後輩共が、僕と歌姫ちゃんは両想いだ。セクハラとかストーカーとか気色悪いとか鬱陶しいとか特級呪物生産者とか風評被害なんだよ、動かぬ証拠がある以上、それが真実だ』

 

 ククク、後輩共が納得いかずにブツクサ言っているのすら心地良い。

 

 これが運命、これが世界の真実、式には呼んでやるから安心しろ。

 

『もうすぐ交流戦だ、この天使の靴で関西人共をベコベコにしてやる、僕と歌姫ちゃんの愛の重さを刻み込んでやろう』

 

 今年の交流戦は東京で行われる。去年はいけ好かない京都野郎をボコボコにしてやった。勝った方の高専で次の交流戦は行われるのだ。

 

 納豆が気持ち悪いだと? 味噌汁の味付けが濃すぎて下品だと? うどんの出汁が真っ黒で頭が悪いだと?

 

 舐めやがって……今年も地面にキスさせて、大都会東京の土の味を教えてやる。

 そして簀巻きにして巻藁に詰め、水戸納豆に包んで野田の醤油工場のタンクに沈めてやるぜ!

 

 ん? 談話室にやって来る新たな気配、これは……

 

「ここにいたか悠一、今日の任務ではよくやった。あの呪詛師には手を焼いていたからな」

 

 先生がこの時間に寮に来るなんて珍しいな、何か用事かな?

 

『呪術師として当然の事をしたまでです。それに今日は実にスムーズに任務がこなせました、この靴のおかげですね』

 

 先生にも天使の靴を見せびらかす、独身には羨ましいだろう……うぷぷぷ……

 

「ああ、上手く使いこなせた様だな。だが気を付けろよ、お前用に手配はしたが一応は高専の備品だ、無駄に破損させればお前にも修繕費を請求するぞ」

 

 へ?

 

『何を言っているんですか先生? これは歌姫ちゃんが僕に贈ってくれた物ですよ?』

 

「お前こそ何を言っている。制作物の呪具だぞそれは、少なくとも二千万以上はする、学生が贈れるはずがないだろう」

 

 そ、そんな馬鹿な……嘘だ……嘘だと言ってくれ……

 

 震える手で反論を書き連ねる。

 

『で、でも歌姫ちゃんが僕に直接渡してくれました、誕生日に僕に渡してくれたんです』

 

「私がお前に渡す様に庵に頼んだ、お前がしつこく頼むから手配した。大事に使えよ」

 

 崩れ落ちる僕、後ろからゲラゲラと聞こえる後輩共の笑い声……うぅ……酷い……

 

 この哀しみ、関西人共に叩き込んで癒やすしかない!

 

「ああ、それとお前には今年の交流戦参加を自粛して貰う。去年お前が西の高専の施設を壊し過ぎて向こうの学長がお怒りだ、交流戦中は大人しく観戦していろ」

 

 拳を握る力が抜ける……ああ、人を呪えば穴2つ……これが……人を呪った末路なのか?

 

 

 

 


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