「意味がわかんねえよ! 何言ってんだよこの馬鹿は!」
悟が隣で机を蹴飛ばす、映像が終わり沈黙が流れた教室に机の転がる音が響く。
誰もそれを咎めたりしない、心中は皆同じなのだろう、私だって同じ気持ちだ。
何故? 一体何で? 意味が分からない。
そんな疑問で頭の中が埋め尽くされてしまう、映像の真偽、呪詛師に洗脳された可能性、星漿体と天元様の同化に反対する理由、何故こんなメッセージを高専に送る必要があるのか? 考えなくてはいけない事が山程あるはずなのに考えが纏まらない。
何が理由で? 何を考えて? どうしてそんな事をしているんですか虎杖先輩?
周囲も似たような反応だ。先生ですら疑問と焦燥を隠しきれていない。
任務へ行く前の浮かれた虎杖先輩と映像の中で凶行に及んだ彼をどうしても同一視出来ない、出来るはずが無い。
「だいたい何であの馬鹿が喋ってんだ!? あり得ねーだろ! アイツの喉の障害は普通じゃねえ! 呪力で汚染された意図的な呪いの一種だった! アイツの馬鹿みたいな反転術式でも直せなかったはずだろ! 六眼で視たから間違いねえ! コレがアイツのはずねえだろ!」
普段の余裕ぶった態度を投げ捨てて悟が叫ぶ、言いたい事は分かるし気持ちは同じだ。
だが、先生は言った。虎杖先輩は呪術規定により呪詛師と断定されたと。
虎杖先輩は高専の生徒ながら貴重な1級術師、しかもその中で私達に並んでトップクラスの実力者だ。そんな簡単に切り捨てられる人材ではない。
それはつまり、疑い様の無い証拠が既に――
「夜蛾先生、私もその映像の人物が虎杖君とは思いたくない。喋っている事も含めて普段の彼とは似ても似つかない、術式による洗脳や脅迫、映像自体がフェイクの可能性は無いんですか?」
冥さんが問い掛ける、先生は沈痛な面持ちを変えずに話し出す。
「映像の山中の捜索は既に行われた、監督員の遺体と悠一の残穢が確認されている。頭部を失った遺体は間違いなく悠一の担当の補助監督員で未成年後見人のものだった。腹部の手術痕がカルテと一致したから間違いない」
「そうだとしても呪詛師に操られてる可能性はあんだろ! あの馬鹿がしくじって――」
「悟……コレを見ろ、悠一の実家の捜索で見つかった物の写しだ。報告用に要点が纏めてある」
先生が差し出した紙の束、悟はその一部をひったくるように取って読み始める。
私もその資料を一部を手に取り読み始める、数枚の写真が添付された誰かにプレゼンするような資料だ。
…………
…………
これは……
「んだよコレ……ふざけてんのか……」
「悠一の養父が残した記録、盤星教で行われていた、自分達の意のままに動く呪術師を造る計画の資料だ。悠一は……妊娠中の女性に呪霊を寄生させ、そこから産まれた子供だ。先程の映像の山中の神社跡から母親の遺骨が発見され、呪術総監部の術師が悠一の血液と比べて縁を辿った、そしてこの資料の内容が間違いでは無いと判断した」
現場で検体にされた妊婦は六十ニ人。出産前に妊婦三十ニ人が死亡して出産に成功したのは三十人。
そして母体は出産後に全員死亡している。
その後の教育の段階、成長の過程で実験体二十九人が死亡し、唯一生き残った計画の成功例が虎杖先輩だと記載されていた。
つまり、あの人の肉体には産まれながらに呪霊が混ざっている。あの異常なまでの反転術式の効きはその影響だった。
「その実験で使用された全ての呪霊は、呪言によって様々な縛りが課されている。産まれた子供に呪言の術式を発現させ、なおかつ意のままに操れる様に様々なアプローチが行われていた。後者は不完全ではあったようだがな」
虎杖先輩は生まれながらに縛られ、呪われていた。
そして、産まれた直後に計画の中心人物の一人である養父によって引き取られている。
「産まれた子供は妄信的な性質にはなるが、完全に行動を強制させるまではいかなかったらしい。なので教育と呼ばれる暴力行為、特定の語句と紐付けた痛みと恐怖で肉体に宿った呪霊の縛りを想起させて思考と行動を操ろうとした。だが唯一の成功例と呼ぶ悠一でさえあの映像を見る限り不安定、教育とやらも完全ではない」
他の実験体は教育中に死亡、そう記載されている。教育とやらの醜悪さに嫌悪感が止まらない。実験体一人に対して親替わりの教育者も一人ずつ用意されたと書かれている。
そしてこの名前は……
「先生、この教育者の内の一人、虎杖 利紀と言う人物はまさか」
「ああ、死体で発見された補助監督員と同一人物だろう。奴も教育者の一人で元盤星教の信者だった」
先輩がオジサンと呼んでいたあの監督員は、先輩の血縁者ではなく計画の関係者だった。
虎杖先輩が殺したのは教育者、つまり復讐……もしくは教育に先輩が反発したのが殺害の動機か? 養父が死んだ後にあの監督員が虎杖先輩の教育を引き継いだのか?
「もしかして虎杖先輩はあの監督員の教育と指示に反抗したのではないですか? 教育の内容がこの資料の通りなら、暴力を伴う洗脳の術式みたいな物でしょう。ならば虎杖先輩の犯行には情状酌量の余地があり、それなりの正当性があるのでは?」
七海の言う理屈、確かにある程度の説得力がある。だがそれは通らないだろう。
「七海、お前には映像の悠一が正気に見えたか? あそこまで執拗に殴り続ける奴が正常な状態に見えたか?」
「いえ、それは……」
「正気を失った呪霊混じりの実験体、それが呪術界にとって最重要である天元様に必要不可欠な星漿体を否定している。加えて犯行予告とも言えるメッセージを高専に送り付け、現場からは逃亡して行方不明だ。上はもはや悠一を人間とは思っていない、暴走した呪霊扱いだ。しかも術師として1級であると言う事は特級相当の危険性が……」
「ふざけんな! テメエは次期学長になりたいからって言いなりかよ!」
「聞け!! 悟!!」
先生の声が空気を震わす、見た目に似合わず理知的なこの人がこんな大声を上げる所を初めて見た。
「悠一を救いたいなら完全に無力化して拘束するしかない! 他の術師ではなく私達の手でだ! 他の術師や関係者や非術師の一般人! ましてや星漿体の少女を奴が殺したら助命嘆願が完全に不可能になる! 悠一がこれ以上手を汚す前に私達で拘束して無理矢理にでも説得して治療する! それが唯一の道だ!」
やはり先生は虎杖先輩を諦めてなどいない、悟の顔にも不敵な笑みが戻った。
私の心も前向きな方向へと傾いて行く、やるべき事が見えて来た。
「いいか悟! そして傑! お前達二人に天元様から任務の指名があった! 任務内容は星漿体の少女である天内 理子の護衛だ! コレはチャンスだ! 天元様からの指名なら上も異を唱える事は出来ない! 悠一の目的は星漿体のはずだ、必ず天内 理子の前に姿を現すだろう!」
ああ、確かチャンスだ。天元様の意図など私には図りしれないが今は感謝しかない、絶好の機会を与えてくれた。
「やるぞ傑、あの馬鹿をふん縛って連れ帰んぞ」
「ああ、虎杖先輩も不幸だな悟、私達二人を敵に回すなんてな」
笑みが溢れて来る、まだ間に合うはずだ。
僕と悟が揃えば何だって出来る、あの馬鹿な先輩を連れ戻してやろう。
「そうだな、俺達が最強だって思い出させてやる」
悟と共に席から立ち上がる。絶望するにはまだ早い、私と悟は最強なのだから。
「天元様と星漿体の同化のタイミングは二日後の満月! 任務内容はそれまで少女を護衛して天元の元へ送り届けることだ! その過程で悠一を無力化して拘束しろ!」
二日後の満月、思ったよりも切迫した事態だ。だが、短期で決着が付くのは私にとっては望ましい、あの先輩には早く文句を言ってやりたい。
「少女を狙っている組織は大きく分けて2つ! 天元様の暴走による現呪術界の転覆を目論む呪詛師集団“Q“! そして天元様を信仰して崇拝する宗教団体、盤星教“時の器の会“! 悠一は恐らく盤星教に身を寄せているだろう!」
「雄、健人、お前達は二人のサポートに回れ、私の権限下で任務への帯同を許可する。だがお前達は先程の話を聞いていない、問われたら私に指示にされたとだけ答えろ」
索敵や一般人の避難誘導に避難先の安全確保、虎杖先輩以外の呪詛師との戦闘、手伝ってもらう事は多い。
「わかりました!」
「了解です」
「冥、私個人からお前に仕事を依頼する。この資料に記載さている放棄された複数の実験場。コレはまだ私の息がかかった関係者にしか知らされていない。彼等と協力して残された情報を集めてくれ、上を説得する為の材料が一つでも多く欲しい」
冥さんに資料と材質の違う一枚の紙が渡された、恐らく報酬金額が提示されているのだろう。冥さんはそれを見てにやけている。
冥さんは仕事となれば利益や金銭を判断基準にするが契約は絶対に破らない、だからこそ信用が置ける。
「ふふ、承りましたよ先生。虎杖君にも借りが作れるね、何を奢ってもらおうかな?」
「歌姫と硝子は高専で待機だ。他の任務が入らないように手を打つ、お前達は二日間高専の敷地から出るな」
「待ってください先生! 私も五条達と行きます! 行かせてください!」
庵先輩が立ち上がって抗議する、だが姿勢がふらつき顔色も悪い。明らかに本調子ではない、無理も無い反応だろう。
流石にそれを揶揄したりは出来ない、虎杖先輩と一番親しいのは間違いなく庵先輩だ。この人にとってあの映像と資料は刺激が強すぎる、恋人のあんな姿を見て正常で居られるのは術師でもそうはいないだろう。
「歌姫、お前なら理解出来るはずだ、悠一を拘束して説得して治療する際に一番重要なのが自分だと。奴は産まれながらに呪われていて、あの呪いを祓えるのはより強い呪いだ。この中で悠一を一番強く呪えるのはお前しかいない」
随分と先生らしい言い草だ、確かにこの人の口から愛の力とか絆の力とか飛び出して来たら笑ってしまう。
強い感情に根ざす縛りや呪いを書き換える為には、より強い感情が必要なのだ、
それも今回のケースでは一方通行では駄目だ、双方向に強い感情、より強い執着があった方が新しい縛りと呪いは強くなるだろう。
生まれながらの呪いを上書き出来る様な強い呪い、愛憎の感情ならばそれが可能かもしれない。
呪術師をしてると嫌でも分かる、愛と憎しみの感情で生まれる呪霊がどれだけ多いのか、愛と憎しみがどれだけの呪力を生むのか。
まあ、あの先輩は庵先輩に説得されれば簡単に正気に戻る様な気もする。うんざりするほど聞かされた庵先輩への愛の言葉、あれがまやかしだったなどと私は思わない。
「そして解呪後の悠一は術式を失っている可能性がある、それが肉体にどういう影響を及ぼすのか未知数だ。それを治せる可能性があるのは硝子、お前しかいない。学生でありながら随一の反転術式の使い手であるお前なら出来るはずだ」
希望的観測に希望的観測を重ねる、本来なら愚行とも言える作戦立案だ。
だけど、それしか可能性が無いならならやるしかない、道が一本しかない方が余計な事を考えずに済む。
「歌姫先輩、私と一緒にここで待ちましょう? そこのバカ二人がアホな先輩を連れ帰って来ますから」
「……そうね、弱い私にはそうするしかない」
再び着席する庵先輩、ふらつく彼女を硝子が支える。一応は納得してくれたようだ。
「何浸ってんだよ歌姫、ヒロイン気取りか? 調子に乗ってんじゃねーぞ」
まったく、悟はこれだから……励ますにしても言い方があるだろうに……
「お前が弱いなんてみんな知ってんだよ。慰めて欲しいならあの馬鹿に頼めや、俺と傑が連れて来てやる」
「……ええ、その通りよ。五条、夏油君、灰原君、七海君、冥さん」
庵先輩が私達に顔を向ける。顔色は優れないままだが、視線には力が込められている、諦めている人間の目ではない。
「悠一を私の元まで連れて来てください、悠一を助ける為に力を貸して下さい……お願いします」
ああ、悪い気はしない。目的が明確になり先輩に想いを託される、やる気の湧くシチュエーションだ。
「そう言ってんだろ、簀巻きにして連れて来てやるよ」
「分かりました先輩、必ず連れ帰ります」
「任せてください! 俺も全力を尽くします!」
「荷は重いですが任されました、待っていてください」
「安心しなさい歌姫、報酬分はきっちり役目を果たすよ」
庵先輩が少しだけ微笑む、弱々しいが確かに笑っている。大丈夫、全て終わればちゃんと笑えるはずだ。
「呪術師達に悔いの無い最後は無い、だからこそ今を後悔するな、お前達は悔いの無い未来を想像しろ」
先生が教育者らしい事を言う。悟は顔をしかめているが、私は悪い言葉だとは思わない。
悔いの無い未来、今の私達が心の底から笑う為には必要なビジョンだろう。呪い呪われた先にも希望はあるはずだ。
そうやって呪術師として生きた先に、後悔に塗れた死が待ち受けて居たとしてもそれが正しい事だと思えた。私を知る友が、仲間が、後輩達が私の意思を継いでくれる。
呪術師達とはそういう生き物だと、そうやって世界の安寧を守る尊い役割だと信じられた。私達はそんな高揚感に包まれていた。
――そう、あの頃の私はそう信じていた。それは半分が正解で、残りの半分が間違いだった。
私達が希望を抱いた夏が終わり、次の夏を迎えて私は思い知る事になる。
先生の言葉は正しかったという事、呪術師達には未来を想像して希望を持つことが必要だと確信を持った。
今のままでは、呪術師の終わりには後悔しか待ち受けていないと本当の意味で理解出来た。
だから私は非術師共を根絶やしにする事にした。
私が心の底から笑う為に、全ての呪術師達が醜悪な猿共の食い物にされない為に、呪術師の終わりが幸福である為に、世界の全てを作り替える事を決意した。
私は大義の為に生きる、懸命に生きる、約束を果たせなかったせめてもの償いでもある。