呪術って噛まずに言える?   作:定道

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誰よりも強く在りたいと願う君の

 

「おい、そろそろ終わった――」

 

 開け放った扉の先に広がる光景に言葉が止まる、職業柄似たような光景を見る事が多いが思わず顔をしかめてしまう。

 

 椅子に縛られて事切れている死体の顔が苦痛に満ちていたからだ。故郷で刑事をやっていた時を含めてもここまでの表情を見た事が無い。生まれてきたことを心底後悔して絶望している、そんな表情だ。

 

 部屋の中には椅子が四つ、そこに座る縛られた死体も四つ。

 

 四つの死体の両手の先には指が無い、目の前で蹲っているこの男の胃袋に収まったのだろう。

 

 男が立ち上がる、ふらつきながら立ち上がってこちらを向いた。部屋の惨状に比べて返り血をまったく浴びていない所が不気味だ。

 

「終わりました孔さん、伏黒さん……」

 

 死にそうな顔をしている、コイツは今安定しているのか? それとも……どちらにせよ対応している俺としては冷や冷やする。

 

 代表からこいつを制御する為の呪具を受け取ってはいる。だが、本当に効果があるのかは怪しい所だ。

 

 コイツの資料、そして取扱い説明書とやらには目を通した。養父の指示には絶対逆らわないと書いてあったが、俺はコイツの養父でも何でも無い。

 養父の声を再現するというこの呪具だって養父本人とは違うだろう、油断は禁物だ。

 

「うげっ、本当に食ったのか? 気持ちわりーな」

 

 伏黒が自分で指示しておいて無責任な事を言い出した。コイツも呪霊を身体の中に飼ってるのを知っている、俺に言わせればどっちもどっちだ。 

 

 伏黒は虎杖にこう言った。護衛達の術式を食って無力化させ、なおかつ自分の指示に従うのであれば護衛達は殺さなくても構わないと。

 そして、実際に食って術式を使う所を確認させろとも言い放った。

 

「あんまり刺激すんなよ、何するかわからねえぞコイツは」

 

「ビビんなよ、ちゃんとご褒美もくれてやっただろ? アイツ等を連れてくなら海がいいって言うから叶えてやったじゃねーか。人質を沖縄まで連れて行ったのは笑えるけどな、プライベートジェットってマジかよ?」

 

 俺達の要請に応じ、代表はプライベートジェットを使って拉致した星漿体の世話係を沖縄まで連れて行った。

 別に沖縄を指定した訳じゃない、海がある所と言ったら何故か沖縄になった。金持ちの考える事は分からん。

 

 人質交換の脅迫メールと写真も送り、護衛と星漿体が沖縄に向かったのも確認出来た。削りは一応成功していると言っていいだろう。

 

 伏黒の指示通りに手付金で天内 理子に制限時間付きで賞金を懸け、集まった呪詛師は学園を襲撃した。

 その隙に伏黒が星漿体の世話係を拉致、俺が盤星教に引き渡した、人質として使う様にと指示を出したのは俺だ。

 

 金で集まった呪詛師は護衛の二人に呆気なく撃退された。だが、無意味では無い、警戒を継続させるのが目的で副産物も得られた。

 

 そう、今この部屋で椅子に繋がれている四つの死体、二つは学園を襲撃した呪詛師のものだ。護衛達が学園を離れたタイミングを見計らって、虎杖 悠一に回収させた。

 

 もう二つはQとか言う組織の呪詛師、コイツ等も高専の護衛に撃退された奴等だ。こっちも同様に回収させた。

 

 食っても良い術師なんてそこらには転がっていない、哀れだが有効活用させてもらう。

 

「ほれ、何か芸を見せてくれよ。新しい術式を手に入れたんだろ?」

 

「分かりました」

 

 次の瞬間、虎杖 悠一が五人に増えた。確かに紙袋男の術式だ、五条 悟との戦闘を監視していたから間違いない。

 

「おお、やるじゃねえか虎杖君。本当に取り込めてるな、この説明書とやらは嘘を書いてねえみただな」

 

 楽しげな様子で紙束を弄ぶ伏黒、あれが代表から渡された虎杖 悠一の取扱い説明書だ。

 呪術師として出来る事、制御用の呪具の解説、もしもの時のセーフティ、全てが記載されている。

 

「面白いな、こんなに便利なら俺の道具にしたかったぜ。教祖様がいらねえって言ってたんだろ? 勿体ねえよな」

 

 少し前に、伏黒は虎杖と軽く組手をして動きを確認していた。

 

 虎杖は戦力としては一級品だった、伏黒の速度に付いて行ける術師なんて初めてお目にかかった。

 しかも他人の術式を取り込む事ができ、なおかつ命令には忠実、確かに道具としては理想的な性能をしている。

 

 だが、コイツは長く使える道具じゃ無い。術式を取り込む能力を使用した場合は虎杖は使い捨ての道具だ。

 

 説明書には、術式の取り込み方と注意事項も記載されていた。

 

 対象に術式の放棄を宣言させた後、そいつの指を全て切り落として食べる。術式を取り込む方法はこいつが語ったのと全く一緒の内容が書かれていた。

 

 そして、こうも続いていた。術式を取り込めばこいつの肉体は一週間と持たない。

 

 暫くは新しい術式の使用は可能だが、徐々に肉体と術式が反発して崩壊していく。そう書いてあった。

 つまり、術式を取り込むのは最後の手段になる、虎杖自身も説明書を読んでいた。その上で伏黒の指示に従った。

 

 ここまで来れば基本的に命令に忠実だとは言うのは信じてもいい、教育とやらの成果は大した物だ。

 

 それとも、元後輩達がそんなに大事だったのか? 自分の命を投げ出してまで救いたいのか? 

 だが救いの内容は最悪だ、指を食われるであろう奴等には同情する。死体を見て改めてそう思う。

 

 まあどうでもいいか、一週間持つなら襲撃のタイミングには十分過ぎる程だ。

 

 伏黒はああ言っているが、後で死んでくれるのも個人的には安心する。こいつの雰囲気からはどうしても危うさを感じてしまう。

 

「しかし部屋を大分汚したな、もうちょっと綺麗に事を済ませられなかったのか? 部屋が血塗れじゃねえかよ、掃除に幾ら取られるんだコレは?」

 

 特殊な清掃業者に掛かる費用は伏黒に出させる、コイツが言い出したんだから当然だ。

 

「すみません、綺麗にします」

 

「あん? そんな暇は……」

 

 虎杖の一人が指で自分の手の平を切り裂き、床に血を垂らした。

 結構な出血量だ、呪詛師達の血で汚れた床が更に血液で汚れる。やっぱり頭がおかしくなったのか? 

 

 虎杖が手をかざす、壁や床一面に拡がった血液が意思を持ったかの様に球体となって集っていく。これは……何だ?

 

「これは……加茂家の“赤血躁術“か? 食った奴等の中に加茂家が居たのか?」

 

 伏黒が呟く、恐らく血液を操る術式なのだろう。加茂家って言えば御三家、伏黒なら知っていてもおかしくない。

 

 あっと言う間に、部屋の汚れが綺麗になって行く。血液の塊が意思を持ったかの様に虎杖の身体の中へと消えて行く。

 

 他人の血液を混ぜて大丈夫なのか? 血液型が一致するのか? なんでその体積が身体に収まるのか? そんな疑問が浮かんだ。

 

 いや、コイツは化け物だから問題ないか。呪霊が混じっているのにまともな人間であるはずがない。

 

「いえ、これは僕の元々の術式です。母さんから受け継がれた物だとオジサンが言っていました」

 

「おいおい、隠し機能か? 他には隠して無いだろうな、心当たりがあるなら全部吐けよ」

 

 勘弁してほしい、危なっかしい道具の性能を把握仕切れていないなんてゾッとする。

 

「説明書に記載されていない能力なら領域展開があります、つい最近覚えました」

 

「アホが、メチャクチャ重要な情報じゃねーかよ。なんで報告しねえんだ馬鹿が」

 

 全くだ、領域展開にまで至っているなら見積もりが違って来る。むしろ削るまでもなく護衛達を始末出来るんじゃないのか?

 

「五条と夏油君は簡易領域を習得済みで、領域展開を使う呪詛師に勝った事もあります。あの二人に対して領域展開は必殺足りえません。それに……」

 

 言葉を濁す虎杖、珍しい反応だ。基本的には質問には明確に答える。

 

「それに何だ? 言ってみろ」

 

「恐らく五条は僕の領域展開をその目で見たらその場で領域展開を習得します、五条はそういう奴です」

 

 何を言ってんだコイツは? そんな訳ねえだろ。

 

「おいおい、そんな都合良く覚醒する訳が……」

 

「いや、あの五条家の坊ならあり得るな……だが全て問題なし。俺だって領域対策ぐらいはある、それにいい道具君がいるしな。虎杖、領域展開のタイミングは俺が指示する。上手くいけば奴等を纏めて始末できるな」

 

 まあいい、伏黒本人がそう言ってんなら任せよう。戦闘のプロに口出しするつもりはない、戦闘を生業とする奴等にしか分からない感覚ってのがあるのだろう。

 

「始末? 伏黒さん……」

 

「あ? うるせえな、言葉のアヤだよ。俺のターゲットは星漿体のガキだけだ。護衛は無力化出来ればどっちでも構わねえつっただろ」

 

 面倒くさそうに虎杖をあしらう伏黒、確かに口約束はしているが縛りを使った訳じゃない、伏黒の気分次第でどちらにでも転ぶだろう。

 伏黒にはセーフティを渡してある、コイツに限ってヘマを打つ事は無いとは思うが一抹の不安がよぎる。

 

「……はい、分かりました」

 

「よし、襲撃は奴等が高専に戻って来てからだ。お前は分身の術式三体を使って敷地内で適当に暴れろ、なるべく被害と重要性の高い施設を狙って星漿体の所に増援が来ないようにかき回せ。やり方も方法もお前に任せる、元生徒なんだから高専には詳しいだろ」

 

「はい、分かりました」

 

 まあ、それとは別に蠅頭もばら撒く予定だ。今は繁忙期だから高専に戦力が少ないのも確認している。虎杖は元々想定していない戦力、どっちに転んでも問題無い使い方をすべきだろう。

 

「残った二体は星漿体達とご挨拶だ。俺も気配を消して付いて行く、後輩達ともよろしくやってくれ」

 

「はい、分かりました」

 

「よし、作戦会議終了。俺は出掛けて来るからお前は待機してろ、このビルを出るんじゃねーぞ」

 

「はい、分かりました」

 

 伏黒が部屋を出ようと歩き出す、この野郎!?

 

「おい、どこに行くんだ? 死体はどうする?」

 

「あ? 金を増やしに行くんだよ。死体は任せるわ、虎杖もな」

 

 文句を言ってやろうとした次の瞬間には消えていた、逃げ足も恐ろしく速いヒモ野郎だ。どうせ競馬場にでも向かったのだろう。

 

「はぁ……押し付けて行きやがって」

 

 ため息が漏れる、知り合いの業者を手配して四つの死体を始末しなければならない。血が抜けて干からびているので片付けは早く済みそうではある。

 だが、面倒な事には変わりない。

 

「ん? 何してんだお前」

 

 いつの間にか一人に戻った虎杖が死体達の前に立ち、死体の指先をじっと見ていた。あんだけ惨い事をしておいて今更後悔か? 

 

「教育って難しいんですね、ただ痛めつけるのは簡単なのに……養父さんは凄いです」

 

 何故か俺の方を向いて同意を求めて来る虎杖、微妙に視線がズレているのも気持ち悪い。

 

 本当に嫌になる、仕事でなければやってられない。

 

「そうだな、浸ってる所を悪いが自分の部屋に戻って待機してろ。俺は業者を呼んだり忙しい、部屋から出るなよ?」

 

「はい、分かりました養父さん」

 

 大人しく部屋を出ていく虎杖、背中からじゃ表情は見えない、見たいとも思わない。

 

 新しいタバコに火を点ける、肺に拡がる煙が少しだけ精神を落ち着かせてくれる。

 

 ふと、死体に目をやる。視線が向けられた様に感じたからだ。

 

 失ったはずの目玉で、真っ黒な八つの眼孔が俺を見詰めている様な気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺と傑は天内と黒井さんを連れて高専の敷地内、筵山の麓の結界内にようやく辿り着いた。

 今日は護衛最終日、時刻は十五時ピッタリだ。天内の懸賞金は四時間前に取り下げられている。

 

 悠一は未だに俺達の前に姿を現さない。

 

 懸賞金を使って呪詛師を呼び寄せたり、黒井さんを沖縄まで拉致って呼び出したり随分と回りくどい手を使って来た。

 はっきり言ってアイツらしく無い手だ。もしかして盤星教と悠一は行動を共にしてはいないのかもしれない。

 

 だが、天内を襲撃するならこの場が最後のチャンスだ。天元様の居る夢星宮本殿の入口は任務に関係無い学生が知れる場所ではない、あそこまで入り込んだら悠一は俺達を辿れなくなるだろう。

 

 高専の結界内で、気取られずに俺達に接近するのは不可能だ。

 

 高専は呪術界にとっても重要な施設、天元様の力によって強化された結界を無理矢理通れば俺達に知らせが届く。

 でも、相手は悠一だ。アイツがトップスピードで突っ込んでくるなら警戒を解くわけにはいかない、最後まで油断などしない。

 

 傑からも緊張と警戒の気配を感じる、天内には分からないだろうが黒井さんには気付かれているかもしれない。術師ではないのにやたら強い人だ。

 

 灰原と七海はダミーの入口の方を監視させている、悠一は馬鹿だからこのまま俺達に辿り付けない可能性も大いにあり得る。

 

「まったく、ガキのお守りは最後まで気が抜けねーな」

 

「お!? 最後まで失礼な奴じゃ!」

 

 声を張り上げる天内、だが内心の不安を隠し切れていない。

 

 ふざけているよな? 学校で普通に過ごしていた奴が、いつもつるんでいた奴がある日突然いなくなるなんて……ふざけた話だよな?

 

 天内はコレからあの馬鹿とある意味同じ事をする、学校の友達に、黒井さんに、このふざけた喪失感を与える羽目になる。

 

 そんな物を、そんな気に食わない物を俺達が容認する必要は無い。

 

 俺は我侭を押し通す、俺にはその力がある、俺が誰よりも強く在るのはその為だった……ようやく分かった。

 

 先生と他の奴等には、特に先生には悪い事をするかもしれない。だけど天内を助ける為にはそうするしかない。

 

 約束は必ず果たす、少し時間はかかるがあの馬鹿を必ず正気に戻し、三人で揃って教室に帰ってやる。

 

 どうせ呪術界の上層部なんて真っ黒な老害ばかりだ。先生の言葉は真っ当な道だが助命嘆願をしても通るとは思えない。

 だから、まずは生き延びる事だ。悠一を説得して仲間に引き込む、俺達が協力すれば勝てる奴などいない。

 

 俺と傑と悠一、揃って対抗すれば天元様や呪術界を敵に回しても負ける気がしない。天内の事だって守ってやれる、何だったら逃避行に歌姫を連れて行ってもいい。

 

 俺達が揃って無敵になれば、呪術界だってその内認めざるを得なくなる。俺達と敵対するデメリットがメリットと比べ物にならない程に大きいと教えてやる。

 その時に改めて皆の所へ帰ればいい、次期学長はオジャンだろうがしばらく我慢してもらおう。

 

「天内、これから多分襲撃がある。今までの雑魚とは比べ物にならねえ奴がやって来る」

 

「うっ、で、でも……守ってくれるんでしょ?」

 

 こういう所は可愛げのあるガキだ、しおらしい事を聞いてくる。

 

「守ってやるよ、お前がそうしたいなら明日からも守ってやる」

 

「え?」

 

「お前が天元様と同化したくないなら守ってやるって言ってんだよ、俺と傑……多分もう一人の馬鹿もな」

 

 あの馬鹿をボコボコに殴って正気に戻す、教育なんて塗り替えてやる。

 そうすれば女子供には甘々のアイツは天内に力を貸すだろう、そうに決まっている。絶対に何とかなる。

 

「理子ちゃん、君がそれを望むのなら私と悟はそれを助ける。約束するよ」

 

 傑にはもちろん話を通してある、天内が同化を拒否したらそうすると決めた。

 灰原と七海にも後で手紙を読む様に託してある、硝子に歌姫、先生にも届くだろう。

 冥さんは……まあ一応硝子辺りが事情を話すかもしれない、万札をいっしょに包んだ方が良かったか?

 

「わ、私が? でも、そんな事をしたら……」

 

「お前の本音を聞かせろ、俺達や世間に気を遣ってくだらねえ嘘をつかなくていい」

 

 答えなんて決まっている、沖縄であんなにはしゃいでいたコイツが十四年なんて短い自由で満足するはずが無い。

 

「わ、私は……やっぱりもっと皆と一緒に居たい! 黒井とお別れしたくない! もっと色んな所へ行って、色んな物を見たい!」

 

「お嬢様……」

 

 天内が叫ぶ、涙をボロボロと溢しながら大きな声で叫んだ。黒井さんも天内を抱きしめて涙を流している。

 

「決まりだね、早速行動しよう。まずは場所を変えて……」

 

「待て傑、馬鹿野郎のお出ましだ」

 

 感知用の呪符に反応がある、高専の結界に侵入した異物が五つで随分とバラけた侵入経路だ。複数のルートから侵入している。

 

 その内二つが高速でこちらに向かって来る、今のアイツに仲間なんているのか? いや、盤星教の所属は非術師の組織、金で呪詛師を雇った可能性もある。

 

「理子ちゃん、黒井さん、私の後ろへ!」

 

 傑が呪霊を出して二人を守る態勢に入る、俺も前に出て呪力を更に巡らせて術式を研ぎ澄ます。 

 

 二人を俺と傑で挟み込む様に立ち位置を変える、守るならばこのポジションがベストだ。

 

 俺達の眼前、鳥居の前の石畳に一つの影が降り立った。見覚えのある顔だ。高専に入学してから飽きる程見た。

 だが懐かしくも感じる、あれから一週間も絶っていないのに随分と久しぶりに会ったかのようだ。

 

 俺の後ろ、傑の方にも同じ気配が降り立ったのを感知する。

 

 帰って来たと思ったら二人に分裂しやがって……いや、五人か? 五つの反応は全てあの馬鹿かもしれない。

 呪符が感知した残りの三つの反応、これも全て悠一の可能性がある。増援が来ない様に高専をかき回すつもりか?

 

 この術式は、紙袋野郎の物だ。

 

 あんなB級ホラーみたいな術式を取り込む方法を実践しやがった、まじで指を食ったのか?

 だが、紙袋野郎は呪詛師だ。殺していても問題無い、金で天内の命を狙う輩の命を俺は気にしない。

 

「よお悠一、随分と遅かったな。バターサンド買いに北海道まで行ってきたんだろ? ほら、さっさと寄越せや」

 

 反応が無い、いつもの悠一なら顔を真っ赤にしてノートを見せ付けてくる。

 先輩を敬えだとか、埼玉土産を馬鹿にするなとか反論してくるはずだ。

 

 だから、無表情で俺達を見ている悠一なんて間違っている。コイツはやっぱり正気を失ってやがる。悠一が俺と傑にこんな顔を見せるはずがない。

 

 今のコイツは本来の悠一ではない、そうでなくてはいけない。

 

「五条……夏油君……天内理子……」

「沖縄は……海は楽しめたかな……」

 

 心臓が跳ねる、呪言を恐れた訳ではない。俺と傑は脳を呪力で守っているし、天内と黒井さんは傑の呪霊が守っている。呪言対策は怠っていない。二人の悠一がステレオで喋ったのが理由でもない。

 

 驚いたのは、悠一の声を初めて生で聞いたからだ。映像越しではなく、アイツの吐き出した音が直接俺達の鼓膜を揺らして初めて分かった。ノートではあんなにはしゃいでいたアイツが発した声、覇気の欠片も感じられず、弱々しくて悲しみに満ちている。

 

 声に込められた深い負の感情、悠一がこんな声で喋るのが許せなかった。

 

「ああ、お前抜きだから楽しかったよ。辛気臭い声出しやがって、今更イメチェンして高校デビューか? 遅すぎんだよアホが」

 

 やはり盤星教と悠一が繋がっていたのは間違いない、そうでなくてはこんな質問は出てこない。

 

「良かった……楽しんでもらいたかったんだ……」

「もう二度と見れない……せめて最期に海を……」

 

 イライラする、こんな状態の悠一をこれ以上見たくない。

 

「こんな時まで意味不明な事を言ってんじゃねぇよ、空気を読め空気を」

「虎杖先輩、戻って来てください。庵先輩や他の皆も貴方を待っています」

 

 前の悠一には俺が、後の悠一には傑が声をかける。迷惑さも二倍になるとは世話の焼ける奴だ。

 

「ごめん五条……夏油君……人間に戻ろう……お願いだ……指を差し出してくれ……」

「ごめんね天内理子……君だけは殺さなくちゃ駄目なんだ……ごめん、ごめんよ……」

 

 後ろで天内と黒井さんが息を呑む音が聞こえた。第一印象は最悪、そんな所だけは変わらず馬鹿野郎のままだった。俺も初めてあった時は気に食わなかった。

 

「ふざけんてんじゃねえ! いい加減正気に戻れ!」

「虎杖先輩、今の言葉を庵先輩にも聞かせられますか?」

 

 悠一が手を顔で覆う、身体が僅かに震え出す……泣いてるのか? くそが……

 

「ごめん……僕を見ないで庵」

「許して……許して養父さん」

 

 悠一が覆っていた手を降ろす、祈るように両手を合わせた。目元にはやはり涙が滲んでいる。

 

 そして、祈りに思えた両手が印を結ぶ……これはまさか!? 

 

「傑!!」

「悟!!」

 

 後ろで傑が簡易領域の発動を始める、俺も反射的に同様の動きをする。

 

 だが、このままでは――

 

 

【【領域展開】】

 

 

 天内と黒井さんが――

 

 

 

【【愛染甜言蜜語】】

 

 

 

 領域が拡がる、二人の悠一から拡がる生得領域が俺達を包んでいく。

 

 悠一の世界に、悠一の心の中に、俺達が閉じ込められていく。

 

 

 

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