優しい鍵盤とすれ違いの残響を抱いて   作:宿木ミル

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旋律はふたつじゃなくて

 コマンドキラーズの活動が続いて、いくつかの週が経過した。

 あたしたちは繰り返し、キラーズとバイブスを還していた。……相変わらず、あたしはトドメを刺すことができていなかったけれど。

 地上世界でコマンドキラーズの噂が流れはじめた頃、纏まって行動しすぎるのもよくないと、分担行動をとることになった。

 一致団結される前に、各個撃破した方が後々動きやすくなるという意見だった。

 みんなはそれに同意して、それぞれ持ち場に向かっていった。

 ロジェっちも足を引っ張らないようにしたいと、言葉にしながら拳を固めて個人行動に移っていた。

 ……そして、あたしもこのままではいけないと思い、単独行動を志願した。

 大勢のマスターやキル姫の命を奪うという行為から、目を背けている。その自覚があったからこそ、あたしなりに割り切りたいと思ったのだ。

 

(みんなの前ではよゆーよゆーって言ってたけど、本当は……)

 

 怖い。

 音が消えるのが恐ろしい。

 音を殺すという行為に恐怖を抱いている。それは理解してるつもり。

 余裕なんて、ありえない。テンション爆上げなんて、本当は考えられない。それでも、上辺はハイテンションを貫く。正しいことの為に。

 

「ダメダメ、頑張らないとっ」

 

 動いていないとやっていけない。

 今は前を見続けるしかない。

 そう思い、地図を開いて、現在位置を確認する。

 ギルド同士の抗争が絶えない地域の鎮圧。そして、撃退。それがあたしに課せられた使命だ。後れを取るわけにはいかない。

 頑張ろう。何を頑張るか、深く掘り下げないまま足を進めていく。

 

「ここかな」

 

 顔を上げ、確認する。

 戦場となることが多いとされていた村まで到達したみたいだ。

 周囲を見渡して、状況を確認する。

 

「ひど……」

 

 戦火の後が生々しく残っている様子はよく見なくても伝わってきていた。

 焼け焦げた民家が続いていて、人の気配を感じない。草も木も燃えてしまっている。矢が刺さった後も残っているし、折れた剣や槍なんかも道に落ちていた。

 死体が転がっていないだけましなのかもしれない。

 

「こんなことするってマジあり得ないんだけど」

 

 これがマスターの仕業だというのなら、心置きなく還せる気がする。平和に暮らしていたはずの人々が犠牲になるなんて、不平等だ。嵐のように全てを吹き飛ばして、自分だけ我が物顔でいていいはずなんてない。

 ようやく、あたしにやれることができたのかもしれない。

 義憤や正義、正しいことの為に戦う。こういうの方があたしは性に合っている。

 どのギルドが争っていたか、跡があれば攻め込めると思い、村を丁寧に調べていく。

 

「あれ、なんだろ?」

 

 村の中心に差し掛かった時、中央広場に珍しいものがあった。

 焼け焦げた村とは違い、綺麗に現存しているピアノ。大きくて立派なピアノだ。

 

「ストリートピアノなんてあるんだ」

 

 ふと、音が気になって、そっと指で鍵盤を叩いてみた。

 

「……いい音」

 

 かなり高価な素材で作られているのは詳しくなくてもなんとなくわかった。

 音に張りがあって、静かに響いてくる。

 周囲に人がいないことを確認して、少しだけ演奏してみる。

 ギターは練習したから自信がある。けれど、ピアノはそこまで凄いってわけじゃない。ロジェっちに教わってみるのもいいかも。

 ゆっくりと、知っている曲を丁寧に奏でる。

 ……あぁ、落ち着くなぁ。

 ずっと演奏していられたらいいのに。

 

「あら、上手じゃない」

 

 拍手の音が響いて、ふと後ろを振り返った。

 集中していたからか、気が付かなかった。

 

「あたしの演奏、聞いてたの?」

「そんなところ。このピアノを弾く人はこのあたりじゃもういなくなっちゃったから、珍しく思ってね」

 

 大人びた雰囲気がある女性だ。微笑を浮かべている。

 静かで、どこか儚げ。ちょっと、寂しげな顔をしている。

 

「初めまして、よね?」

 

 お互いに出会ったことはない。それは間違いない。

 だけれども、このやり取りに懐かしさを感じていた。

 ……過去のあたしの音楽をやり始めたきっかけに似ていたからかもしれない。

 

「初めまして、あたしは……リラ、リラっていうの」

 

 だけど、あたしは嘘を付いた。

 オルフェウスと名乗るのは簡単かもしれない。けれど、そう名乗ったらコマンドキラーズのひとりであることがばれてしまう。幸い、姿はまだ明確に把握されてないけれど、名前は知れ渡っている。だから、名前を言ってしまうと騒動が発生してしまうだろう。我儘でも、今だけはそれは避けたかった。

 

「そう、リラ。いい名前ね」

「あはは、ありがと」

 

 笑って誤魔化したけれど、苦笑いになっていたかもしれない。

 ……彼女がもしも奏官だったなら、コマンドキラーズとして還すことになる。そうだとしたら、あたしは彼女を手にかけることはできるのだろうか。そう考えると不安になって……

 

「どうしたの? 暗い顔をしてるわよ」

「え? い、いやぁなんてもないって! ちょっち昔のこと思い出しちゃった系でぼーっとしちゃっただけだから!」

「昔のこと?」

 

 まっすぐな瞳で見られると、どう返答するべきか言葉に詰まってしまう。

 きっと彼女は心配してくれてるんだろう。

 

「音楽でみんなを笑顔にしたいなって、夢を追うきっかけのこと。ま、今でも追いかけてるんだけどね」

 

 だから、あたしなりに本音を伝えてみた。

 コマンドキラーズだからとか、そういうのなしの、本音。

 

「……いい夢ね。まるで、あの子みたい」

「あの子?」

 

 口を滑らせた、みたいな様子で首を振り、彼女が気を取り直した。

 聞かれたくないことだったみたいだ。

 

「なんでもないわ。私はドルチェっていうの。あなたみたいな子に会えて、嬉しいわ」

「音楽やってるならみんな友達っしょ!」

「ふふっ、面白いこというのね」

 

 気が合う存在と会えたこと。それは素直に嬉しいことだと思った。

 だから、友達と言葉にしていた。友達の資格があるかなんて、あたしにはよくわからないけれど、今だけは使命とかを考えないように。

 

「折角だから、一曲聞いてみる?」

「いいの?」

「えぇ、ここにギルドの人以外が来るなんて珍しいから」

「じゃ、遠慮なしで聴くっきゃないっしょ」

「わかったわ」

 

 ピアノの席から退いて、ドルチェに席を渡す。

 一呼吸おいて、彼女がピアノに手を伸ばし……鍵盤を弾いた。

 重低音が響き渡る。

 重く、のしかかってくるような音が心を支配したかと思えば、爽やかな高音が風のように流れてくる。

 さっきまでの様子と違って、ドルチェの表情は真剣そのものだ。音で何かを伝えたい、表現したいという意思が伝わってくる。ピアノの鍵盤を叩く仕草もプロそのもの。身体全体で、奏でられる音以上に強い音色が響き渡ってくる。

 

(けど、なんか、これ……)

 

 耳を澄まして聴いてみると、重厚な音楽の中に寂しさがあった。まるで何かが抜けているような、静寂に近い寂しさ。孤独の音。

 

(そっか、元々二重奏だったんだ)

 

 楽譜を書いたことがあるからわかる。

 元々二人で演奏するはずのデュエットだった曲をソロで演奏している。相手の楽器がいること前提で作られた曲だから、一人で演奏しようとするとどこか抜け落ちた感じになってしまう。それが寂しいと感じさせるのだ。

 

(……戦争の影響なのかな)

 

 ドルチェが言っていた『あの子』と一緒に弾いていた曲だったのなら。

 犠牲になってしまったものがあって、本来の形ができなくなってしまったのなら。それは、とても残酷なことのように思えた。

 命の重さ、音の重さ。それが感じられて。

 感情を揺さぶられていると、曲が終わっていた。

 ふぅ、と息を付いたドルチェがあたしの方を振り向く。

 

「この曲を他の人に聞いてもらう機会があるなんて思ってもなかったわ」

 

 さっきに増して儚げな雰囲気が増していた。

 今すぐ、消えてしまいそうなくらい。

 

「……そうなの?」

 

 不安になって、そっと問い返す。

 

「うん。だって私、もう長くないから」

 

 そして返ってきた答えは、とても残酷なものだった。

 

「それって、どういうこと……?」

「まぁ、色々あって、そろそろ死んじゃうの」

「死んじゃうって」

「……折角だから、お茶でも飲みながら話しましょっか。私の家はまだ燃え尽きてないから」

「わ、わかった」

 

 断り切れず、ドルチェについていく。

 音を奏でる人で、理由があって長くない。

 ……その言葉が気になってしまったからかもしれない。

 あたしを案内するドルチェの表情は笑ってたけど、どこか暗さを感じさせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「簡単なものしか用意できなくてごめんなさいね」

 

 流れからドルチェの家に案内してもらったあたしは静かに席に座っていた。

 淹れたての紅茶が少しだけ気持ちを和らげてくれる。

 ここで落ち着いていていいのだろうかと不安になるけど、厚意は素直に受け取りたくて、断れなかった。

 もしかしたら、彼女の話を聞きたいとも思ったのも理由かもしんない。心から、気になっちゃったのだ。

 

「さっき言ってたことって」

「本当よ。ちょっと身体を色々いじられちゃってね。まともに生きられる人生の……まぁ、大半は持ってかれてるの。だから、もうすぐ死んじゃう」

 

 紅茶を置いたドルチェが静かに語る。

 

「私の村は、用心棒の奏官さんなんかもいなくって、いつもギルドから横暴を受けてたの」

「それって、村の資源とか奪われてたってこと?」

「そう。ギルドに属さない中立の地域だから、いっつも奪われる立場だった。私も、いつも泣いてたわ」

 

 焼けた家を見つめながら、憂いの表情を浮かべる。

 

「酷い……」

「団結しないといけない、団結していないものは意味がない。そういう言葉をみんな重ねて、奪っていった。……奏官の素質がある人なんかも攫われたわ」

「どうして、そんなことするの」

「……怖いからじゃないかしら」

「怖いって」

「奪われたくないから、奪う。自分が裕福な立場でありたいから他人を虐げる。正義の為、団結の為。……理由なんて、いくらでもあるわ」

 

 諦めたような口調で話す彼女の姿からは悲しさを感じさせられた。

 声色だって、重い。

 奪う行為の残酷さ。奪われる立場の人間がいる。その音が伝わってくる。

 

「でも、ずっと奪われるわけにはいかなかった。奪われるなら、奪い返すべきだと思い立った人があることを考えたの」

「あること?」

「追い込まれた村は、手段を選ばなくなり、非人道的な実験も行っていた『研究所』に人を送って、人工的にバイブスを埋め込んだの。……それも、強引にね」

「じゃ、じゃあドルチェも」

「えぇ、埋め込まれたひとりよ」

 

 そんな。

 彼女も奏官だったなんて。

 ピアノを通じて、知り合うことができたドルチェも還さないといけないなんて。

 考えたくなかった。けれど、受け入れないといけない。

 私は、使命を課せられているのだから。

 

「……どうしたの? 青ざめて」

「な、なんでもないっ。……話が、残酷すぎるなって思っただけだから」

 

 嘘にならないようにはぐらかして、返答する。

 奪われないように、戦う力を得る。彼女の選択は正しいとは思う。けれど、繰り返し増えていったバイブスの影響で、世界は滅びる。世界のことを考えるなら、彼女のしたことは間違いになってしまう。

 

「私は杖のキラーズを持つキル姫と共鳴しあえるようなバイブスを手に入れたの。それで、うまく知り合えたのが『あの子』なの。……名前は、敢えて言わないけどね」

「……なんで?」

「そうね、あの子の名前は私の中で取っておきたいから」

 

 そう前置きをしたうえで、ドルチェが話を続ける。

 

「一生懸命、いつも頑張ってくれて、どんな怪我人だって助け出そうとしてたわ。村の怪我人は勿論、私と同じようにバイブスを宿したマスターも、キル姫も助けてた。それに攻めてきたギルドの人達も、道行く旅人だって、いっぱい助けてきた。あの子と一緒にいる時間はいつも印象的だったわ」

 

 ふふっ、と笑いながら言葉を紡ぐ彼女は優しい表情をしていた。

 かけがえのない時間だったことが伝わってくるほど。

 

「……けどね、やっぱり付け焼刃は本物には勝てないの。この村の人工バイブスを埋め込まれたマスターはやがてみんな死んでった。当然、キル姫もね……」

 

 廃墟とかした村はその結果なんだ。

 生々しく残っている戦いの後も……

 

「じゃ、じゃあ、ドルチェのキル姫も」

「死んじゃったわ。……私を庇ってね」

「そんな……」

「最期まで優しかったわ。怪我してる人をいっぱい救おうとしてた。敵も味方も関係なしにね。でも、最期はあっけなかった。前に助けた人に殺されちゃったから」

 

 ドルチェの手が震えていた。

 涙は流していないけれど、悲しいというのが伝わってくる。

 これが、殺すということ、殺されるということ。あまりにも、やるせない。

 

「あの子と一緒に演奏するピアノは楽しかったわ。観客もいっぱいいて、色んな人が笑顔になって、みんなの心が救われてたって思ってた。けど、今はもう何も残ってない。ここにあるのは、もう、あのピアノと私だけ」

「……生きようと、しないの?」

「逃げても迷惑をかけるだけだからいいの。不正な手段でバイブスを獲得したマスターは処罰されるって聞いたことがあるし、それに……」

 

 急にドルチェがせき込んだ。

 苦しそうに、何回もゴホッ、ゴホッと咳をする。

 そして、彼女は血を吐き出していた。

 

「……そろそろ限界ってわかるから」

「そ、そんなの医者に診てもらわないとわからないって。諦めちゃ駄目っ」

「ありがとう、優しいのね。でも、いいの」

 

 マスターを還すことが目的なはずなのに。

 ひとりでもいなくなってくれた方がありがたい計画なのに。

 あたしは、彼女に生きてほしいと思ってしまった。

 ……矛盾してる。けど、それでもあんまりだ。

 

「お医者さんも、忙しいと思うわ。だから、私みたいな命を救う余裕なんて、ないから」

 

 胸を抑えながら、ドルチェが言葉にする。

 苦しそうだ。

 息も絶え絶えで、たどたどしい。

 

「そんなの」

「戦場で傷ついた人で近くの街の医者はいっぱいいっぱい。こうして話している間にも、色んな人が傷ついて、治療を受けている。……もう、私は必要ないから、いいの」

「どうして……」

 

 言葉がうまく見つからない。

 ……ドルチェがここに残っていたのも、死ぬ為だったなら。彼女はこの村と一緒に最期を迎えたいということになる。

 どう表現すればいいのかわからない。けど、心が痛かった。

 

「リラ、貴女はこの街から逃げた方がいいわ」

「……また、ギルドの人が来るの?」

「この村の人工バイブス持ちの私を殺しにくる。……間違いなくね」

「ドルチェは、どうするの」

「そうね……しっかり死ぬことを考えてるわ」

 

 やっぱり、彼女は逃げようとしない。

 それどころか、死ぬことを覚悟している。

 ……彼女が、こんな気持ちになった原因が他のギルドのマスターが原因なら、そのマスターを還せば同じ悲劇が繰り返されなくなるのだろうか。

 村を焼き払うような悪い奴がいるのなら、それを消してしまえば全て良くなるはず。だったら、迷わなくていい。

 ……奏官を、殺してしまおう。

 同じ悲劇が繰り返されないように。

 この村の惨劇が繰り返されないように。

 

「……わかった、あたしはそろそろ行くね」

「会えて嬉しかったわ、リラ」

「こっちこそ! 素敵な演奏をしてくれて、マジ感謝だった!」

「ふふっ、元気でね」

 

 ドルチェの家から抜け出して、私は決意する。

 ……コマンドキラーズとして奏官を屠る。キル姫も、還す。

 隣町の争いあっているギルドを平等に潰して、平和を取り戻す。

 きっと、あたしのやっていることは間違っていない。

 そう心に繰り返しながら、戦闘の準備をすることにした。

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