ドルチェが言っていた通り、村には多くの奏官がキル姫を連れてやってきていた。
あたしは村の付近の森の身を隠してその様子を見ていた。
殺気立っているのは遠くから確認してもよくわかる。この殺意がただひとりの奏官に向けられているという事実も、把握していた。
今が、多くの奏官を仕留めるチャンスなことは間違いない。
奇襲の形で確実に撃退していけば、数の問題も気にならない。
(動かなきゃ……!)
マスターやキル姫にトドメを刺す、覚悟を決める時が来た。
あたしに出来るのか、後悔しないのか。
不安だ。
不安でも、動かないといけない。
駆けていこうとしたその時。
村に火の手が上がっていることに気が付いた。
「そこまでするのっ!?」
たったひとりの人間を殺す為に、わざわざ、そんなことをするのか。
元々人が住んでいた場所を全部なかったことにするのか。
許せなかった。
……そして、ただひとつ残っていたピアノのことが頭に浮かんだ。
あのピアノが消えてしまうことは、考えたくなかった。
「火を止めないとっ」
チャンスを逃したことは理解している。
けれど、あのピアノだけは守りたかった。
あれは、ドルチェの大切なもの。焼けてはいけないものだから。
全速力で動く。
村の中央広場まで走り、ピアノの安否を確認する。
大丈夫、火は回っていない。
急いで風を利用して炎を消し去り、ピアノを守るように動く。
もう大丈夫だ。ここに火が回ることはない。
「こんなところに野良のキル姫か。それとも……ドルチェと共鳴した奴なのか? ふん、まぁどちらでもいい。やれ! この村にいるやつは皆殺しにするんだ!」
他の街から来た、マスターがあたしを見て、キル姫に命令を下す。
これくらいわかりやすい敵の方が還しやすい。
「ちょっとちょずいてない?」
向かってきたキル姫の動きに対応して、武器を振るう。
「今、マジ機嫌悪いんで、消えてくれないっ」
即座に攻撃を受け流し、杖を刺す。
生々しい血が噴き出してくる。
血を吐く音が聞こえる。
キル姫を殺した。使役されたキル姫を、確かに。
返り血が服に纏わりつく。
むせかえるような香り。
痛々しい音。
あぁ、殺した。
あたしが、殺した。
「お、お前、よくも……!」
キル姫を殺されたマスターが襲い掛かってくる。
けど、身体能力の差は歴然としている。
武器を振るったら、それだけでマスターの首が飛んでいった。
ピアノは綺麗なまま。
だけど、広場は血でまみれていた。
あたしの髪にも血が付いている。
これが、トドメを刺すということ。
冷たくのしかかってくる虚無感。
「気分、悪いし……」
一組還すだけでこんなに重い気持ちになるなんて思いもしなかった。
街を焼いていたマスターも、キル姫を殺されたあと、憤怒の声をあげていた。痛々しいほど突き刺さる音だった。その音を調和しようともせず、私は殺した。殺してしまった。
(違う、殺さないといけないんだ)
コマンドキラーズの使命は全てのマスターを還すこと。例外はない。
こんなことで立ち止まっているわけにはいられない。
殺して、もっと殺して、還していかないといけない。
まだ、動く。
動かないといけない。ここのギルドの敵を倒すまでは。
動き続けないといけない。
「……父さん、父さん?」
茫然とした態度でふらふらと、歩いてくるマスターがいた。
さっきの人とは違う。息子?
「なんで、父さんの首が離れてるんだ?」
あたしが殺したから。
「なんで、いつも話していた父さんが血まみれなんだ?」
あたしが、殺したから。
「父さんはいつも俺が正しいって言ってたのに、なんで死んだんだ? 父さんがやってきたことはなんだったんだよ……!」
痛々しい声が、胸に響いてくる。
そっか。
家族だったんだ。
私がその繋がりを絶ったんだ。
「お前か」
ふらりと立ち上がり、あたしに目を向けてくる。
殺すという意思がある目。
殺意がある瞳だ。
「お前が父さんを殺したんだな、そうなんだろ!」
「……そう、あたしが殺した」
「死ね、死んでしまえっ!」
恨みを込めた声をぶつけてきながら、あたしに剣を向けてきた。
マスターなのに、勝てないというのはわかっているはずなのに。
もう一度、静かに杖を突きさす。
それだけの動作で、彼は静かになってしまった。
「……寒い」
殺せば殺すほど、身体に悪寒が走った。
「でも、動かないと」
ふらふらになっているかもしれない、けど、コマンドキラーズとしての使命は果たさないといけない。そう考えながら進んでいく。
……それから、あたしは繰り返し、キル姫とマスターたちを殺していった。
マスターを殺されて、恨んで襲い掛かってくるキル姫も、肉親を殺されて、怒りをぶつけてくる人も、そして、因縁もない存在も、等しく生きている。
生きている存在の音がひとつひとつ消えていく感覚に、寒気がした。
殺せば殺すほど、何をしているのかわからなくなる。もしかしたら、自分は殺したくて殺しているだけではないだろうかと不安になる。……違う、あたしは使命の為に動いている。そう信じていないと、壊れてしまうそうで。
心で軋む音を感じながら、あたしはこの場全てのマスターとキル姫を殺害していった。
静寂に包まれた、村の中央広場。
血塗れになった地面とは対照的に、ピアノだけが綺麗に佇んでいた。
これで、何もかもが終わった。
ここでのあたしの役割も終わっただろう。
みんなの下に戻ろう。
ピアノに背を向けて歩きだろうとする。
「ピアノ、よかった……無事、で」
その声で振り向く。
今にも消えてしまいそうな声で、倒れてしまいそうな足取りでドルチェがピアノに歩いていっていた。
服は血に染まっている。全身に傷ができている。もう、長くはない。
「死んじゃう前に、もう一度だけ、弾きたかったから、残ってて、よかった……」
意識が朦朧としているのか、あたしのことは見えていない様子だった。
それでも、彼女はピアノに歩いていく。
「ねぇ……私は、頑張ったよ。頑張って生きてみたよ。褒めてね、あっちに行ったらまたいっぱい話そうね」
誰かに声を掛けている。
名前は聞こえてこなかったけれど、きっと『あの子』といっていたキル姫のことだ。
「私ね、いっぱい助けたの。あなたがいなくなった後も、いっぱいの命を助けられるように頑張ってたんだよ。だから、一緒に場所に逝きたいかな……」
そう言って、ゆったりとピアノに座り、音を奏でていく。
あたしにも聞かせてくれた、彼女の音楽だ。
「リラっていう子がね、私のピアノ、褒めてくれたの。可愛い子だったし、音楽のセンスもよかったの。……ほんの少ししか会えなかったんだけど、死ぬ前に会えて嬉しかったんだ。優しそうだったし」
(……違う、あたしは、そんな優しい人なんかじゃない)
さっきまでしてきたことを考えると騙してしまったようにしか思えない。
けど、それは伝えられない。
ピアノを夢中で弾いている彼女を邪魔したくないから。
残酷な真実を背負って、逝ってほしくなかったから。
「また、会えたら……嬉しいな……」
ふらっと、ピアノに倒れこむようにドルチェが力尽きた。
最期に響いてきたのは、色んな音が重なってできた命の音。
それ以上の音は響いてこなかった。
「……ごめんなさい」
あたしがやっていることが正しいかなんて、わからない。
けれど、この痛みだけは忘れないようにしたいと思った。
失う痛さ、残酷さ。
全て、大切な音なのだから。