どうも。
第91話です。
では早速どうぞ!
「……ここだな」
通常ならば、滅多に来ないこの場所に来てしまったことを、目の前にある『校長室』という文字を見て息を呑む。校長先生へと直談判をするのだという強い意志を持ってここまで来たものの、この威圧感を放つ校長室のドアを見ると、少し脚が竦んでしまう。
別に、校長室そのものが怖い訳ではない。むしろ、俺が生徒会長だった頃は頻繁にこの場所へと来ていた。しかも、この校長室と同等もしくはそれ以上の入りにくさがあるであろう理事長室にも頻繁に訪れていた。普通にこの部屋に入る分には全然緊張はしないのだ。
ただ、これから俺は慣れないことをしようとしている。スクールアイドルフェスティバルのラストステージを賭けて、校長先生に直談判するという、明らかに無茶苦茶なことをだ。こんなことをすれば、校長先生は困るだろうし、下手すれば俺の印象が落ちかねない。こんな時は、流石に俺でも緊張してしまう。
……でも、今俺は同好会のみんなの想いを受けてここに来ているからな。日和ってなんていられない。この緊張を乗り越えた先にあるはずの希望を掴むぞ──
一つ深呼吸をし、ドアを三回ノックして向こう側にいるであろう人物に声を掛ける。
「……失礼します」
「どうぞ」
奥から聞き馴染みのある凛とした女性の声が聞こえ、俺はドアを手前に引いた。
部屋に入ると、奥に校長先生が座っていた。
「あら、高咲くんじゃない。何か用かしら?」
生徒会長時代によく話していたからか、割とフランクに接して下さる校長先生。
「こんにちは、校長先生。実は今日、先生にお願いがあってここに来ました」
「お願い?」
……よし、ここまで言ったからには、俺のこの熱意を、俺なりにぶつけるしかない。
「単刀直入に申し上げます───スクールアイドルフェスティバルの開催時間を、延ばして貰えないでしょうか?」
「時間を延ばす? ……詳しく説明してもらえるかしら?」
俺の発言に校長先生は怪訝な表情を浮かべ、説明を促してくる。
「はい。先生もご存知かと思いますが、外はご覧の通り雨が降っており、フェスのライブは一時中断している状態です。そこでこの雨がいつ止むかを調べたところ、十九時頃の予報になっていました」
スマホを取り出し、雨雲レーダーの画面を見せながら説明すると、校長先生は無言で頷きながら俺の話を聞く。
「しかし、フェスの終了時刻は十九時。このままでは、フェスは後味の悪い終わりを迎えてしまいます。そこで、当校内のライブステージで行われる予定のラストステージを行うために、終了時間を延ばして欲しいのです」
「……つまり、この校舎の貸し出し時間も延ばして欲しいということなのね?」
「はい、その通りです。非常に唐突なお願いで、色々な方に迷惑をお掛けするかもしれませんが……先生の許可を頂けないでしょうか?」
伝えたいことを全て伝え、敬意を込めて校長先生へ深々と頭を下げる。
「顔を上げて」
そう言われると、俺は校長先生と目を合わせる。
「……いくつか質問したいことがあるわ。そのお願いは、貴方の独りよがりかしら?」
「……! それは違います!」
独りよがり……その言葉に、俺は校長先生に語気強く反応をしてしまう。
「虹ヶ咲のスクールアイドル同好会のみんなは、この日のために一生懸命準備を進めてきました! ラストステージには、そのみんなの想いが詰め込まれているんです! このフェスを提案した人だって……それを望んでいるはずです!」
この願いは俺だけのものではない。同好会のスクールアイドル九人の願いでもあるのだ。
「……なるほどね」
校長先生は、俺の態度に対して顔色を変えることもなく、考える素振りを見せる。
こんなに激昂してしまったのも、
そんなことを考えていると、校長先生が椅子に座り直す素振りを見せ、俺は再びそちらに注視する。
「少し意地悪な質問をしたのは悪かったわ───でもその感じだと、本部長には了承を得ていないようね?」
「っ……!」
校長先生から受けたその指摘は、俺の願いが叶うその道を、完全に閉ざすものだった。
「なら、そのお願いは受領しかねるわね。もう分かってるかもしれないけれど、貴方はただの学生であり、その人の声一つで予定全体を変更することは出来ないわ」
校長先生は、淡々とした口調で俺を諭す。
確かに、校長先生の言う事はもっともだ。そのイベントのスケジュールを変えるのなら、そのイベントのリーダーの了承を得なければいけない。こんなことは小学生でも分かる話だ。
俺も最初から理解していたはずだ。若月の許可を得られなかった時点で、俺が校長先生に直談判をしに行くのは無意味だと。
───あぁ、俺はただ諦めが悪かっただけだったのか。全く……愚かだな。
そう全てを悟ろうとした、その時だった。
「失礼します!」
校長室のドアが三回ノックされると、ハキハキとした女性の声が俺の耳に入ってきた。
「あら、誰かしら……どうぞ」
校長先生が不思議そうにしてそう言うと、校長室のドアが開かれ、その声の主が明らかになった。
「若月……!?」
なんと、それは若月だった。俺は彼女がここにやってきたことが信じられず、驚きを隠せずにいた。
「副会長さんじゃない。貴方までどうしたの?」
「校長……私からもお願いがあります」
若月はとても真剣な表情で、真っ直ぐな眼差しが校長先生の目を射ていた。
「スクールアイドルフェスティバルの終了時間を延ばして、ラストステージを設ける許可を頂けないでしょうかっ……!」
「……!?」
すると、彼女は切実な声でそう訴え、勢いよく深々と頭を下げた。
さっきまで俺の行動を止めようとしていたのに、一体どういう心境の変化があったんだ……?
校長先生も目を見開いて驚いているが、若月は構わず話を続ける。
「このラストステージを行うことに、私は大きな意味があると感じます! スクールアイドル同好会の皆さんがこのステージを通して伝えようとしているメッセージは、今ここに来てくれている皆さんに届くべきものだと思うんです!」
彼女の澱みのない弁舌、気持ちのこもったその口調から、彼女の言葉は本心から来ていると感じた。
「この事は、本部長である、私の責任です。なので……お願いします!!」
「っ……! お願いします!」
彼女が再び頭を下げると、俺も堪らず続いて頭を下げた。
「……なるほど、そんなに素晴らしいことを彼女達は伝えようとしてくれているのね」
すると、校長先生は微笑みを見せた。そして再び考える仕草を見せると……
「そうね───二十時までなら、なんとかなりそうよ」
「「っ……! ありがとうございます!!」」
こうして、校長先生の許可を得ることが出来た。そして、ここから俺達の挑戦が始まるのだった。
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「まもなく十九時です!」
「もうこんな時間か。雨は……まだ止む気配がないか」
再び本部のテントに戻った俺は、いつ雨が止んでもすぐにライブが始められるよう、今の時点で出来る作業をしていた。そしてその作業を終え、暫くすると役員の子から時刻の知らせが来たところだ。
雨雲レーダーの予報では、この雨が止むのは十九時前後だったのだが、まだ止む気配は見られない。校長先生から、終了時間を一時間延長する許可が得られたとはいえ、雨が止んでくれなければ意味がない。
……まあ、まだ焦ることはない。まだ十九時になったばかりだ。ここから一気に天気が良くなる可能性だってある。ここは、希望的観測でいよう。
「高咲先輩! 輪ゴムがあったと思うのですが、どこにあるか分かりますか?」
すると、若月が俺の目の前にやってきてそう訊いてきた。
「ん? あぁ、輪ゴムか。それならそこら辺で見たような……あった。ほら、この中に入ってたぞ」
「そこでしたか! ありがとうございます」
「おう。ていうか、若月は何を作ろうとしてるんだ?」
輪ゴムの入った箱を片手に持った若月は、ティッシュの箱を反対の手に持っていた。一体何をしようとしているのかを問うと、彼女は答えてくれた。
「それはその、てるてる坊主を作ろうかと思いまして……今の私達は、ただ雨が止む事を祈る事しか出来ないので」
「なるほどな……それ、俺にも手伝わせてくれないか?」
「勿論です!」
てるてる坊主だったか……こういう時は、そういうおまじないに縋ってみるのも良いな。
こうして、俺は若月とてるてる坊主を作り始めたのだが……
俺は校長室でのことが気になっていた。
校長室を出た後は、本部のテントに戻ってから何をするかを考えることで頭がいっぱいで、それについて訊くことが出来なかったんだよな。ちょうど良いタイミングだし、何故校長室に来てくれたのかを訊くか。
「……なあ、若月」
「何でしょうか?」
てるてる坊主を作る手を止めて、若月はそう返事した。
「さっきの話なんだが、俺、若月が校長室に来てくれるとは思ってなくてな……もし若月が来てなかったら、絶対後悔してたと思う。だから、お礼を言わせてくれ。本当にありがとう」
「そ、そんな! そこまでの事をしてませんよ! むしろ、私が先輩に感謝したいくらいです!」
「俺に? 俺は何かしたつもりはないが、どういうことだ?」
俺の行動を振り返っても、若月に感謝されることは微塵もなかったぞ……むしろ嫌われかねないことをしてた気がするんだが、どういうことだろうか?
そう考えていると、若月は手に持ったティッシュペーパーを机に置き、落ち着いた口調で語り始めた。
「……先輩が校長室に行くって私におっしゃった時、私は先輩の行動に賛同しなかったですよね」
「あぁ、そうだったな」
「その時、先輩は『誰かに後押しされたいと思ったことはないか?』と問われました。実は、先輩が行った後もその言葉について考えていたんです。そしたら、私が先輩達にせつ菜ちゃんが好きだと明かした、あの時を思い出しまして……」
「あぁ、あの時か。確か、せつ菜ちゃんを応援することが烏滸がましいからって躊躇ってたよな?」
「はい……それで、あの時会長が仰られた言葉が、大きな後押しだったんです。あれから、ますますせつ菜ちゃんへの想いが加速しまして……今日も、せつ菜ちゃんがいるイベントに携われることに、とても生き甲斐を感じてるんです!」
なるほどな。今日一日中、無線を介して一緒に仕事をしていたが、そういう変化は全く気付かなかったな。まあそりゃ、仕事中は仕事モードになるものだが……でも、若月のせつ菜ちゃんに対する想いはそこまで強くなってたんだな。
「それで、私のような人を後押しするようなせつ菜ちゃん達のライブなら……なんとしても設けなければならないと決意できました!」
「若月……」
「だから、私があのように行動出来たのも、先輩が私の心を動かしてくれたからです。もしそれがなければ、私も後悔していたところでした。本当に、感謝します!」
「そ、そうか……俺の熱意、伝わってたんだな」
俺は
それも、校長先生への説得が失敗しそうになったことで、結局そうなのではないかと再び感じてしまったが……
「よし、てるてる坊主できました! 先輩の方もできましたか?」
すると気がつけば、若月の手には出来上がったてるてる坊主が握られていた。
「あっ、ちょっと待ってくれ……っと、こんな感じでいいか?」
俺は慌ててティッシュペーパーを丸め、それをもう一枚で包んで輪ゴムで止めて見せた。
「良いですね! ならこれを吊るしましょう!」
すると、若月は俺の作ったてるてる坊主も持って外に出て行った。
……ははっ。若月も心なしか、結構楽しそうな感じだな。
彼女と初めて会った時は、とても生真面目で、はっちゃける姿なんて想像もつかないような子だったが……あの子も、せつ菜ちゃんを通じて自分を変えていくんだろうな。
そんなことを考えていると……
「先輩! あれを見てください!!」
外の方から若月の叫び声が聞こえてきた。一体何があったのかと外に出てみると────
「……あれは!?」
雨雲の垣間から、太陽の光が差していた。そして差した光の側には、綺麗な曲線を描いた虹が架かっていた。
「雨も小雨程度になってきてる……時間も申し分ないな」
これは、雨が止む予兆といっても間違いない。それに時刻も、十九時になってからまだ三分くらいしか経っていない。
なら……
「よし、若月。すぐにスタッフ達に連絡する体制を整えてくれ。一刻も早くステージを設けるぞ!」
「っ……! はい!」
こうして、俺たちは念願のステージに向かって走り出したのだった。
虹は咲き、希望へ翔る
次回で原作第13話の内容が終わる予定です。
なるべく早く投稿します……
ではまた次回!
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