どうも。
第97話です。
ではどうぞ!
趣味は勉強だ───このようなことを言う人は滅多にいないだろう。
勉強とは一言でいっても、趣味の範疇で好きな分野の知識を得ることだって、スポーツのルールを覚えることだって勉強の一種だろう。俺がここで言いたいことは、学校における座学のことだ。
俺は学校の座学系の授業なら数学が好きなのだが、数学を趣味だと思ったことは一度もない。もしそう思っていたら、俺は将来数学者になってただろう。そして逆に俺は、国語が少し苦手だ。できるだけ苦手意識をなくそうとしているが、なかなか消えそうにない。
まあつまり、座学は面倒臭いが、将来立派な大人になるためにやらなければいけないことなのだ。ただ、中には勉強の好き嫌いが激しい人もいる。
「……それで、この助動詞がここに係っているからこういう訳になる。故に選択肢はこれだって分かるってことだ」
「んー、なるほどね〜」
今目の前で、シャーペンのペン尻を頬に当てながら考える仕草を見せる瑞翔もその一人。彼は、古典が大の苦手なのだ。
そんな訳でどうも。カフェテリアで瑞翔の勉強を見ている高咲徹だ。
先日瑞翔から古文を教えて欲しいというお願いがあり、こうして時間を作って彼に教え、今一通り教え終わったところだ。
ではあるが……
「ホントにちゃんと理解できたか? 今回は前回よりも一から噛み砕いて解説したんだが、反応が変わってないように見えるぞ……?」
「いやいや、今度こそ大丈夫だよ! ……多分ね」
「おいおい……チクショウ、瑞翔の古文が出来ない理由が分からんぞ……!」
やはり瑞翔の様子は教える前と変わっていなかった。
彼は別に勉強が出来ない訳ではない。むしろ理科、特に物理に関しては俺よりも出来る。それに、古文と同じ国語の中でも現代文に関しては、苦手だと話を聞いたことがない。なのに何故か、古文・漢文で構成される古典が出来ないのだ。
それにこの古文を教えて欲しいという彼のお願いは、この夏休みの間で二度目であり、今回に関しては前以上に基礎的なところから教えたにも関わらずコレだ。
俺自身国語が苦手とは言ったが、古典は割と得意で、そこそこ教えられるスキルは備わってると思っている。しかしこうなると、俺は一体どうやって教えれば良いのか分からなくなってきたっていう訳で……全く、困ったものだ。
「おやおや、どうしたのそんなに悩んじゃって〜?」
そんな俺の悩みなんぞを気にせず、瑞翔は悪戯気な表情で俺の顔を覗き込んでくる。
『いやお前のせいじゃい!!』と直球で返したいところだが……
「いや、瑞翔が古典の知識を覚えないのは、物理についての知識を覚えるのに脳のリソースを使い過ぎてるんじゃないかってさ」
「ふーん? まあ確かに、僕の機械工学に関する知識量は人並み以上だと自負してはいるけどね〜」
「だろ? リソースの使い方をしっかりすれば、出来るようにな
必殺変化球・ダジャレ返し。これには流石に瑞翔もびっくりして拍子抜けするだろう。
……と思っていたが。
「えっ……? てっちゃんどうしたの、急に口調を変えて?」
「いやそこはちゃんと反応してくれよ!?」
「何のことかなぁ? 別にダジャレが寒いなぁなんて思ってなんてないけど」
「いややっぱり分かってるだろうが! それに寒いとか言うのやめろ!!」
何にも驚かれることもなく、むしろ分かった上で俺が更に揶揄われるという始末だ。はぁ……彼の方が一枚上だったって訳か。
「あっはは、ごめんごめん! それにしてもてっちゃん、最近結構ユーモアになったよね。何か良いことでもあった?」
すると、瑞翔はふざけた態度から一転してそう問いかけてきた。
「えっ? ……まあ、良いことがあったっちゃあったな」
自分では特段ユーモアになったつもりはないのだが、周りからは割とそういう風に見えてるのか?
……まあでも、少し前なんて学校で親しくしてる人にダジャレなんて全然披露しなかったのはその通りかもしれない。
「なるほどね〜……もしかしなくても、あのフェスティバルがあったからかな?」
あのフェスティバル───それは紛れもなく、俺達スクールアイドル同好会と他校のスクールアイドル、そしてこの虹ヶ咲学園のみんなの力で開催することが出来た、あのスクールアイドルフェスティバルのことだった。
「まあな。無事成功したし……あのフェスに関われて本当に良かった」
「そうなんだ……それは良かったね」
なんだかあのフェスティバルを通じて俺自身、一皮剥けたような気がしてならない。少し前の俺にはなかった、この活力というか……
……いや、一皮剥けたんだ。だから今瑞翔からそう指摘されたのだろう。それは、俺が長らく封じ込んでいた作曲活動を復活させたからかもしれない。そしてそこから、妹の侑と共に曲を作るという新たな夢も生まれた。
この先どんな困難や逆境が待っているか分からないが、面白そうな未来が待っているんじゃないかという希望を持てている。こう思えるようになったのも、同好会のみんなのおかげだな。
そう思いながらフェスの日を思い出していると、あることを思い出した。
「そうだ! 瑞翔に少し見て欲しいものがあったんだ」
「ん? ……なになに、モノマネでも披露してくれるの?」
「いやいや、モノマネじゃないんだけど……」
流石にユーモアを持った俺でも、モノマネは出来ないなぁ……って、そうじゃなくて……
俺は即座に自分のバッグからスマホを取り出し、動画サイトに上がっているある動画を瑞翔に見せた。
「……これだ! フェスのラストステージの動画なんだけどな、これ同好会のみんなが全員で歌ってるんだ! これを是非瑞翔にも聴いて欲しくてな」
瑞翔は、用事の都合でフェスに参加することが出来なかった。それに元々彼は人混みが苦手であり、仮に彼が都合が良かったとしてもライブに参加することは出来なかっただろう。だから、こうして動画だけでも見せてあげたいと思ったのだ。
「……」
「……瑞翔?」
「……あっ、ごめんごめん! でも、僕この後やらなきゃいけないことがあってさ」
二秒ほど彼の無言が続いた。俺が声を掛けると彼は反応したが、今の間は一体……?
……まあ、でも彼はまた用事があるみたいだし、それは仕方ないか。
「そうだったのか……なんか、すまんな。俺が作曲した曲であるがあまり、少し話すのに夢中になってしまった。なら仕方ない。また今度だな」
そう言って俺はカバンを手に取ろうとした、その時だった。
「……やっぱり、その動画見させてもらえない?」
急に掌を返すように彼はそう言ってきたのだ。
「えっ……? 用事は大丈夫なのか?」
「うん、そんなに余裕がない訳じゃないからね。聞かせてよ、てっちゃんが作った曲を」
「お、おう……分かった」
俺は彼の立ち振る舞いに驚きながらも、再びスマホを瑞翔の前に出して動画を再生した。
「こんな感じなんだけど、どうだった……?」
動画を再生し終わり、俺は瑞翔に感想を求めた。
「……とても良かったよ。同好会の子達が歌って踊るところは初めて見たけど、こんな感じなんだね」
具体的な感想を述べてくれる瑞翔。確かに、同好会全員が踊っている姿を彼が見るのは初めてだろうな……確か、璃奈ちゃんのソロライブの動画は見ているはずだが。
「あぁ……みんな個性的で、普段はなかなか意見が一致しないほど方向性はバラバラなんだけど、この時はみんなの夢を応援したい想いでこのステージに立てたんだ」
「夢、ね……やっぱり、そうなんだね」
「えっ?」
瑞翔の呟きに、俺は思わず声を漏らした。
「ううん、なんでもないよ。それじゃあ、僕は用事があるから。バイバイ!」
「お、おう! じゃあな」
それから彼と別れ、俺は同好会の部室へ向かった。
瑞翔のあの悲しげな表情と呟き……何だったのだろうか。
────────────────────
「はぁ……あっという間だったな」
「ですよね! 私も物語の世界に夢中になっていて、気がついたらカーテンコールでした!」
週はあっという間に過ぎていき、気がつけば週末。俺はしずくちゃんと一緒に演劇を観に行っていた。今は劇が終わりを迎え、丁度客席で二人余韻に浸っているところだ。
どうやらしずくちゃんが好きでよく観ている劇団らしく、この度新しい演目が出来たということで、俺を誘ってくれたらしい。
それで二人で劇場前で待ち合わせをしたのだが、俺が来るよりも前にしずくちゃんが来ていて、まさか待ち合わせ時間を間違えていたのではないかと初っ端から焦ったぜ……
まあ実際、しずくちゃんが待ち合わせ時間より早めに来たということだったのだが……待たせてしまったのは先輩として申し訳ない気持ちだ。
「あの、徹先輩。どうでしたか? 今回の劇を観て……」
すると、しずくちゃんが俺の機嫌を窺うようにそう訊いてきた。
「いやぁ、凄く感動したよ。物語の中盤はどういう結末になるか全く予想出来なかったし、何よりまさかヒロインを救った主人公が敵の魔女に獣化されてしまう結末になるとは思わなかったぜ……」
そう。今回観た劇は西洋を舞台とし、主人公の騎士とヒロインの王の娘が中心となって展開していく物語だった。
また、敵としてヒロインの美しさに嫉妬する魔女がおり、その魔女がヒロインを閉じ込め、自身の魔法でヒロインを獣に化けさせようとしていた。それを知った主人公は、魔女が仕掛けた様々な手先や罠を乗り越え、ヒロインを助けようとする。
しかし、物語終盤で魔女を一振りで倒そうとした時、背水の陣となった魔女が獣化の魔法を主人公に使ってしまう。結果、彼の獣化に対する抵抗により、獣化する前に魔女を倒すことには成功したが、主人公は獣となってしまい、ヒロインと相対するという衝撃的な結末を迎えた。
「そうでしたよね……! 私達が理想として思い描くようなハッピーエンドで終わることなく、主人公が犠牲になってしまうという悲劇を辿る展開はとても衝撃的で、涙無しでは観られませんでした!」
どうやら、しずくちゃんもこの展開の意外性に心を打たれたようだ。いつにも増して目を輝かせているから、それだけ楽しかったんだな。
「でも、主人公がヒロインを救うために次々と襲いかかる困難を勇敢に乗り越えて行ってたところは、とても心にくるものがあったな。それに、主人公が獣になってしまっても、それを悔いていなかったのも印象的だったな。それだけヒロインのことを救いたかったんだって思うと、胸が熱くなったよ……」
「……!」
「ん? どうした、しずくちゃん? まさか俺、変なこと言ってしまったか……?」
「い、いえ! 全然そんなことはなくて……むしろ、こんなに楽しんでもらえるとは思ってなかったので……とても嬉しいです」
しずくちゃんは驚きの表情を浮かべた後、柔らかな微笑みを浮かべた。
思わずあの劇で思ったことを一気に吐露してしまい、彼女を困らせてしまったかと不安になったが……
「なるほどな。でもこんなに楽しめたのは、しずくちゃんが誘ってくれたからだ。ホントにありがとな」
「……! いえいえ! こちらこそ、何度も誘うメッセージを考え抜いた甲斐がありました」
「えっ?」
考え抜いた……? まさかしずくちゃん───
「……はっ!? な、何でもないです! ……あっ、そういえば! 役者さんの演技はいかがでしたか!? 私、気になります!」
「ちょっ、一旦落ち着いてくれ。周りの人の目もあるから……」
「そ、そうですよね。すみません……」
あまりに彼女が赤面して慌てるので俺が諌めると、彼女は落ち着きを取り戻した。
さっきしずくちゃんが言ってたことが気になるが……まあ、訊くのは野暮ってことかな。
「それで、役者さんの演技についてだよな。そうだな……やっぱりああいうのは、演技が演技に見えないよな。役になりきる力が凄いなって思ったぞ」
「そうなんですよ! やはりプロの役者さんは私達みたいなアマチュアとは違って、体の隅から隅までそのキャラクターに染めることが出来るんです! 私もあの人達のような演劇役者になりたいと思っていますが、やはりまだまだだなと実感します」
ここで俺は、役者さんについて話すしずくちゃんの明るかった表情が、続けるにつれて真剣な表情になっていくのに気づいた。
ここから察せるのは、彼女にとってあの役者さん達は憧れであり、目標なのだと。だからこそ彼らと比べて、自分は今どうなのかを計っているんだと。
「俺は細かい演技がどうとか、そういうことは全く言えないんだけど……俺はやっぱり、しずくちゃんの演技も凄いって思うけどな」
「そ、そうですか……?」
「あぁ。もちろん、今日や演劇はとても心を動かされたし、役者さん達の演技に目を惹かれたよ。でも、あのしずくちゃんが主役だった合同演劇の時も、俺はしずくちゃんに目を奪われてたよ」
「えっ……!?」
すると、しずくちゃんが驚いた表情で頬を赤く染め、その場で固まってしまった。彼女の只ならぬ様子に、俺は思わず席を立ち上がり、しずくちゃんの前に立つ。
「えっ、どうしたしずくちゃん!? もしかして、何か俺怒らせるようなこと言ってしまったか!?」
「先輩が……私のこと……あぁ……」
「ちょっ、大丈夫か!? 気を確かにしてくれ!!」
しずくちゃんの目の焦点が合っておらず、まるで気が抜けたかのような有様になってしまった。
おいちょっと待ってくれよ……! 一体何が原因だったんだ!? 俺があの役者さんに目を奪われてしまったからか!?
「おや、まさかここで会うとは思わなかったよ」
「ん?」
そんなこんなで混乱していると、一人の凛とした声が俺の耳に入ってきた。
「久しぶりだね、高咲くん」
「おぉ、演劇部の部長さんじゃないか。あの時以来だな」
振り返ると、そこには以前一度だけ会ったことがある演劇部の部長さんがいた。まさか声を掛けられるとは思わなかった……
「だね。っていうか、この期に及んで部長さんはちょっと堅苦しいね」
「あぁ、確かに……とはいっても、まだ名前訊いてなかったんだが……」
彼女とは同い年ではあるから、本来は名前で呼ぶべきなのだが、生憎俺は彼女の名前を知らない。前会った時はあまりそれどころではなかったからな。
「おっと、そういえばまだ名乗ってすらなかったね。私の名前は
「なるほどな。じゃあ、改めてよろしくな、玲佳ちゃん。俺のことも名前でOKだ」
「『ちゃん』か……」
「あ、もしかして嫌だったか? それなら全然変えるが……」
「いや、大丈夫だよ。じゃあよろしくね、徹くん。それで、そこで固まってるしずくは……」
演劇部部長もとい玲佳ちゃんは、席で意気消沈状態になっているしずくちゃんに目を向けた。
「あぁ……それが、二人で話してたら急にこうなってな」
「ほぉ……それは、間違いなく徹くんが悪いね」
「えぇ!? 何で!?」
「それは、自分の頭で考えるんだよ?」
「はぁ……」
自分の頭で考えろって言われてもなぁ……多分普通に考えたら分かることなんだろうと思うのだが、全然思い当たる節が見当たらない。
「そうだね……ここにいても意味がないし、移動しない?」
確かに、劇が終了してから数分が経っているのにまだ席付近にいるのもあまり良くない。玲佳ちゃんの言う通りに、移動するべきかもしれないな。
そう思って行動に移そうとしたその時だった。
「お、おう。そうだな───!?」
視線を移したその先に映った人物を見て、俺は全身に電流が流れるかのような衝撃が走った。
劇場の出口へと向かおうとするその女性。髪型に髪色、大人びていて、まるでモデルのような雰囲気と風貌……どれをとっても
「っ……!!」
俺は
……しかし、踏みとどまった。いや、
「? どうしたの、徹くん? あっちに何かあるの?」
「い、いや……何でもない」
あれが本当にその子だったのかは分からず終いだった。
この後、しずくちゃんが正気を取り戻すまで玲佳ちゃんに一緒にいてもらい、そこからはまた二人で劇の感想を語り合ったのであった。
蘇る記憶
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