どうも。
第100話です。
では早速どうぞ。
「はぁ……」
このように大きい溜め息を吐くのは、我が最愛の妹である高咲侑。
今日は、自分の人生を大きく左右するであろう音楽科への転科試験の当日。普段は明るくて、なかなか気を負うこともない侑が今、固い表情のまま朝の食卓へと足を運んでいる。こんなことは高校受験の時もなかったので、今俺はどうしたら良いのか分からずにいる。
こういう時は何を話してあげればいいんだ? 気をほぐすために、何か面白い話をするのがいいのだろうか……あぁもう、俺と侑二人で試験を受けられればこんな侑が辛い思いをしないのにな。
そんな訳でどうも。可能ならば侑の隣で試験の様子を見守りたい高咲徹だ。
夏休みもあと一週間ほどで終わろうとしている。つまり、二学期の始まりが迫ってることもあり、転科試験もこのタイミングで行われる。
転科試験は学校の教室棟で行われ、教室棟の方は関係者以外立ち入ることができない。だから、侑の転科試験を側で見守ることは叶わないということだ。まあ、そもそもそんなことしたら不正行為になるし普通にあり得ない。
いや、そんなことは分かっている。分かってはいるが……ホント、誰か透明マントを開発してくれないかな。
それに、今日は同好会の活動がある。同好会の部室がある部室棟は普通に立ち入ることが出来るからな。故に、侑が試験を受けている最中、俺は部室に行かなければならない。
そうなると透明マントに加えて、俺が分裂出来るようになる必要があるか……いや、ホントにさっきから何を考えてるんだ俺は!? そんなこと考えるより、侑の緊張をほぐすために会話しなければ……!
「そういえば、例のプロテインのCMまた新しいバージョンが出来たらしいぞ?」
「えっ、そうなの?」
「あぁ。今度はあのPerfect Bodyの人が、デートにトレーニングジムに行くっていう、これまたぶっ飛んだ内容なんだけどさ」
「あっはは、何それ! 面白そう」
「だろ? 今の時間やってるかもしれないから、テレビつけるか?」
「んー……ごめん、私は見れないかな。そろそろご飯食べ終わって準備するし」
「あっ……確かにそうだな。じゃあ、仕方ない……」
一時は笑ってくれた侑だったが、俺がテレビのリモコンを取ろうとすると、苦笑いを見せた後に堅い表情に戻ってしまった。
やっぱり、今日の侑は余裕がないんだな。普段なら、飯を食べ終わる終わらないに関わらずノってくるのに。
……それもそうか。侑は今までなかった自分がやりたいことを見つけて、今日がそれを叶えるための第一歩なんだもんな。
侑が音楽科に転科すると言い切って、俺は出来る限り侑のために試験勉強に付き合ったり、ピアノの練習を見たりした。最後にピアノの練習を見た時は、合格するのに十分な実力になっていると思った。不足せず、出来ることはやったと思う。
「……ごちそうさま。支度してくるね」
「おう……」
朝のフレンチトーストを、いつも以上のペースで平らげた侑は、そのまま食器を流しに置いてそそくさと自分の部屋に行ってしまった。
これは、侑に掛ける言葉を今一度ちゃんと考えなきゃいけない。
そう思いながらも、侑に続いて俺も朝飯を食べ終え、食器を流しに置いて皿洗いを始めた。
今の侑は間違いなく、焦っている。昨日の夜は試験前最後のピアノの練習をしたのだが、ピアノの演奏が焦っているように聴こえた。その時は『焦らないで』と伝えたのだが、多分侑の中でまだその焦りが消えないのだろう。
焦りの原因を正確に分かっているのは侑本人にしかいない。しかし、俺は彼女の兄だ。侑の思っていることは何となく分かる。多分侑は、まだ自分のピアノの腕前に対する自信を確かに持てていないのだと思う。
転科試験に向けて練習を始めた頃は今よりもっと自信なんてなく、不安も口に漏らしていたが、最近は腕前がより上がっていって、だんだん彼女の表情からも自信がついてきたことが感じ取られてきていた。
でも、試験本番となると話は別だ。ピアノを聴かせる相手は赤の他人。それもその道に通じた音楽科の先生達に聴かせるのだ。自信がなくなってしまうのも無理はない。
俺も昔、初めて自分が作曲した曲を披露したあの時も、自信を失ったからな。今とは比べようもないくらい状況は異なるかもしれないが、自分の音楽が信じられず、挫けそうになっていた。
───でも、そんな時に侑が声を掛けてくれたんだよな。
『お兄ちゃんが作った曲、凄かったよ!! 思わずときめいちゃった!』
そんな偽りのない、純粋な眼差しで言われた彼女の言葉が、俺を救ったんだ。
ただ、今はその侑が、自分のピアノに自信を持ちきれずにいる。
───ならば、俺も俺なりに、侑を励ましてあげればいいのか?
「準備出来たから……行ってくるね、お兄ちゃん」
侑はツインテールを結び、制服を着て荷物を持ってリビングに戻ってきた。
……迷っている暇はない。この後はすぐ行ってしまうだろうから、話しかけるなら今のタイミングしかない。
俺は洗っていた食器を一旦置き、タオルで水気のある手を拭きながら侑に声を掛けた。
「すまん、ちょっとこっちに来てくれないか?」
「えっ……? う、うん……」
侑は何が何だか分からず、疑問を浮かべたまま俺の目の前にやってきた。
そして俺は、侑の頭に掌を乗せ、左右に動かした。
「……! お兄ちゃん?」
「侑、そんなに焦らなくて大丈夫だ。焦らずとも、侑はちゃんと転科試験をこなすことが出来るからな」
「お兄ちゃん……ごめん。せっかく色々助けてもらったのに、不安にさせちゃったよね……」
俺に気を遣わせてしまったと思っているのだろうか、侑は申し訳なさそうな表情をした。
「ははっ、今更何を言ってるんだ。侑の心配事は俺の心配事、侑が困っているなら俺が助けるまで。兄妹だからな」
「お兄ちゃん……」
目をウルウルさせて見つめる侑。
このままずっと侑の頭を撫でていたいが、そんな時間はないな。
「まあそれより、今から俺が言うことをよく聞いてくれ。良いな?」
「う、うん!」
侑の返事を待ち、俺は侑の両肩に手を置き、彼女と視線の高さを合わせ、話し掛けた。
「大丈夫──侑のピアノは、最高だ。今までやってきたピアノの練習は、間違いなくモノになってる。それに、音楽とスクールアイドルに対する熱い気持ちがある侑なら、絶対に乗り越えられる。だから……」
そして、気合いを入れるように彼女の肩を叩き───
「自信を持って、行ってこいよ。頑張れ! 侑なら出来る!」
「っ……! うん……うん! 分かったよ! ありがとう、お兄ちゃん!!」
「よし、良い表情だ! 俺もそばで応援してるからな! いってらっしゃい!」
「うん! 頑張って、合格するからね! 行ってきます!」
こうして、侑は音楽科の転科試験へと踏み出していった。
玄関のドアを開けていく時の彼女の表情には、自信を滲ませた笑みがあった。
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「よし、部室に着いたな」
朝に転科試験へ旅立つ侑を見送った後、俺は歩夢ちゃんと住んでるアパートの前で待ち合わせ、同好会の部室前までやってきた。
歩夢ちゃんは昨夜から侑とチャットでコミュニケーションをとっており、その時から侑のことが心配だったようだ。会って早々彼女に侑のことについて聞かれ大丈夫だと伝えると、彼女は安心した表情を見せてくれた。
昨夜は色々バタバタしていたため、歩夢ちゃんとベランダで話す時間が取れなかったんだよな。それが悔やまれるところではあるが、まあ今更それを悔やんでもしょうがない。今朝のあの様子なら侑は大丈夫だと思うし、結果オーライだと思う。
「だね……そういえば、今日は侑ちゃんがいないから、てっちゃんが全部頑張らなきゃいけないんだよね。大丈夫? 私も何か手伝うよ?」
すると、歩夢ちゃんが思い出したかのようにそう言った。
「ん? あぁ、それは心配いらないさ。だから、歩夢ちゃんは普段通りで練習に励んで欲しい。ただ……少し困ることもあるかもしれないから、その時は頼むかもしれない……それでも良いか?」
「……! うん、勿論だよっ!」
確かに、侑と俺で分担していた役割を全て俺がやるとすると、なかなかやることの量は多くなるだろう。自分一人でこなせる量であるはずだとは思うが、確信はない。
歩夢ちゃんや他のみんなに手伝ってもらうことは極力避けたい気持ちで一杯ではあるが……でも、変に無理はしないためにも、ここは彼女達の力を借りる場合も考えておこうと思ってる。
まあ、そんな風なことをサラッと思いながら、俺は部室のドアを開けた。
「おっすー……」
「あっ、徹先輩!!」
すると、ドアを開けてみんなに挨拶をした瞬間、かすみちゃんがすぐにこちらにやってきた。
そして、それについていくように同好会のメンバー七人が続々と、俺と歩夢ちゃんが立つ部室の入り口にやってくる
「今朝侑先輩大丈夫でしたか!? 朝ご飯はしっかり食べていましたかね!?」
「あっ、あぁ……侑なら、ちゃんとご飯は食べていったぞ?」
かすみちゃんはとても焦った様子で俺に早口でそう問いかけてきたので、俺がそう返すと、彼女は安堵した表情を浮かべた。
「よ、よかった〜! かすみん、朝からそのことが心配で心配でぇ〜!」
「良かったね、かすみさん! ……あっ、お二人とも、こんにちは」
すると、しずくちゃんが胸を撫で下ろすかすみちゃんに横から話しかけ、俺達に挨拶をしてきた。
「おう。こんにちは、しずくちゃん」
「しずくちゃん、こんにちは! もしかして、かすみちゃん部室に来てからずっとこんな様子だったの?」
歩夢ちゃんは、俺が気になっていたことをしずくちゃんに訊いてくれる。
「はい、ずっとソワソワしてまして……」
「そうなんだよね〜。でも、かすみちゃんだけでなくて、みんなも心配してるもんね?」
二人のすぐそばに椅子に座っていた彼方ちゃんも珍しく目を覚ましており、かすみちゃんだけでなく、みんなが侑のことを心配していることを話してくれた。
「みんな……そうだったのか」
「はい……グループチャットの方では、いつも通りの様子だとは思っていたのですが、侑さんはなかなか弱みを周りに見せないので、本当は不安に押し潰されそうになってるのではと思ってしまいまして……」
「文字面だけじゃ分からないこと、多い。だから、徹さんに直接聞きたかった」
「なるほどな……」
せつ菜ちゃんが言うそれは、侑が出かけた後くらいに同好会のグループチャットでみんなから届いた、応援のメッセージのことだな。侑はちゃんとそれに対して嬉しそうにコメントをしていて、今朝の侑の様子を知っている俺からしたら大丈夫だなと思ったが、璃奈ちゃんの言う通り、みんなからすれば侑がどんな表情でその文字を打ってるかなんて分からないもんな。
「でも、てっつーがその様子なら大丈夫そうだね! それにてっつー、ゆうゆのために色々してくれてたもんね!」
「あぁ。まあ、兄としてやるべきことをやっただけだけどな」
試験勉強を見たり、ピアノの練習を見るのは別に大したことではない。まあ、ピアノを買うためにアルバイトを始めたのは、ちょっと頑張ったかなとは思うが。ホント、あともう少しで侑にピアノをあげられると思うと、嬉しくなってくるな。
「良かったよ〜! 私と果林ちゃん、朝から侑ちゃんの話しかしてなかったもんね!」
「ちょっとエマ、流石に他の事も少しくらい話したでしょう?」
寮住みの二人は、朝からずっと侑のことを心配して話し合っていたようだ。ホント、人のためにそんな心配出来るなんて、良い子達ばかりだな。
「それにしても、徹は本当に何も心配していないようね。侑は自信を持ってテストに向かったの?」
すると、果林ちゃんは俺に視線を向け、そう訊いてきた。
「……あぁ、そうだな。とても明るい表情だったよ」
「そうなのね……なら、安心だわ」
少し安心した表情を浮かべる果林ちゃん。
ホント、侑を明るい表情で見送ることができて良かったな。
……でもなんか、今侑にかけた言葉を思い出すと妙に恥ずかしくなってきたな。あんなに真っ直ぐな言葉で励ませられるとは、俺でも驚いている。
「そういえば、侑ちゃんが出掛ける前に声を掛けたって言ってたよね? 何を話したの?」
「えっ!? そ、それは……」
いや待て!? それについて考えてたところでタイミング良すぎだろ!?
「おやおや〜? それは彼方ちゃんも気になるな〜」
「もしかして、恥ずかしくて言えないことかな〜?」
「っ……! いや、そんなことじゃないんだが……!」
まさか歩夢ちゃんがそんなキラーパスを……いや、キラーパスでもないのだろうが……
別にそんなに恥ずかしいことでもないのかもしれないが……なんだろう、口にするのがますます恥ずかしくなってきたぞ……
そんなこんなで回避策を探すようにふと時計を見ると、同好会の活動開始時刻になっていた。
「……ほ、ほら! もう活動開始の時間だ! そろそろミーティングを始めて、練習着に着替え、準備体操をしなければいけないぞ!」
よし、これでせつ菜ちゃん辺りが乗ってくれればこの難を逃れることが出来る───
「あっ、確かにそうですね! もうこんな時間ですか……では、徹さんが侑さんに何を言ったのかは後にしましょう!」
「後に!?」
せつ菜ちゃんまでそんなことを言うなんて……っていうか、みんな変にニヤニヤしているじゃないか!?
「徹先輩! 覚悟しておいてくださいよぉ〜?」
そんな……これが、逃れられない運命ってことか……
「……ま、まあ良いだろう。よし、ならば、同好会の活動を開始しよう」
「「「はーい!」」」
もう一連の件については気にすることをやめ、気を取り直してみんなを仕切っていく。
「じゃあ早速ミーティングの話題だが……なあせつ菜ちゃん、そろそろ同好会の今後の方針について話し合うべきじゃないか? そろそろ新学期も始まるからな」
「私も同じことを思っていました! スクールアイドルフェスティバルを終えて、時期的にそろそろ、次に何を目指して行くかを決めなくなりません。ただ、侑さんがいないので、この場で決めることは出来ませんが……ここで一度話しておくのもアリだと思います!」
「なるほどな……」
侑がいないとはいえ、決められることは先に決めておくのが良い。話し合いの時間を効率的に済ませて、なるべく練習の時間に充てたいしな。
「そういえば、この前届いたお手紙の中に『またスクールアイドルフェスティバルが開催されたら、絶対参加します!』って書いてあったね〜」
「そうでしたね! 私も見たんですが、似た内容のお手紙が一杯ありました!」
「なるほど〜。そうなると、第二回目のスクールアイドルフェスティバルとか、やってみる〜?」
エマちゃんと歩夢ちゃんが言う通り、フェスが終わった直後には沢山のお手紙とE-mailが俺達の元に届き、そこには第二回のフェスを希望する内容のものが沢山あった。
「良いですね! 実は私も、そのようなことを直接言われたことがありまして……考える価値はあると思います!」
せつ菜ちゃんは、若月の友人である山本に言われたことをみんなに話した。
「第二回ですか……良いとは思いますが、内容は前回と変えますか?」
「何かしら変えるべきじゃないかしら? 前と同じことをやっても、面白みがないわ」
「ですよね……」
「何を変えるべきだろう……璃奈ちゃんボード『むむむ……』」
前回のフェスと何を変えるか、か……
「……それこそ、参加者じゃないか? 前回出てくれた東雲と藤黄が出てくれるかは分からないが、お手紙をくれた人達が全員集まったら、それだけでも十分面白くなると思うが?」
「! それだー!! ナイスアイディア、てっつー!」
「流石徹くん、頭が切れるね〜」
「これなら、本当に第二回スクールアイドルフェスティバルを開催出来るかも……璃奈ちゃんボード『ワクワク!』」
俺が出した意見に、イキイキと賛同してくれる同好会のみんな。
こうして俺も、侑みたいにユニークな発想をしてみんなのことを引っ張っていけたらいいな。
そう考えていると、気がつけばそこそこ時間が過ぎていた。
「……ん、そろそろ準備運動しないといけない時間だな。せつ菜ちゃん、同好会の次の目標のプランの一つとして、こんな感じで大丈夫か?」
「良いと思います! では、この話し合いは保留にしておきまして、これから準備運動に行きましょう!」
「「「おぉー!!」」」
こうして、侑がいない中でも平常運転で同好会は活動をするのであった。そして俺達同好会は、次の新たなる段階へ向けて動き出そうとしていた───
今回はここまで!
これにて、原作一期から二期に繋がる話の内容は終了です。
次回からは原作二期に直接関わる内容に入っていきます。
ではまた次回!
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