どうも!
第104話です。
「かすみちゃん……?」
MV撮影初日を終え、同好会の部室に立ち寄った高咲徹こと俺は、一人中で何かをしているかすみちゃんを目撃した。
外はもう既に夕陽で綺麗な橙色に染まっており、校内で活動している部活もほとんどが活動を終えている時間だ。俺は撮影現場の片付けを終えてから活動記録を書こうと一人でここに来ているが、他の同好会のメンバーもスーツから着替えて家に帰っているはずだ。まあ少なくとも、侑からは『シャンプーが少なくなってるから買ってきて』というメッセージが来てたから間違いなく家に帰っている。
しかし、かすみちゃんは立ちながら一体何をしてるんだ……?
「んー、これはどうかな……?」
部室のドアから少し覗くと、かすみちゃんは鏡の前で何かしらのポーズをとっているようだった。何かを確かめようとしているようにも感じる。
俺がこれらの情報から判断するに……これはポージングの研究だろうか。今日は初めてスーツを着てMVを撮ったし、彼女としても自分の見え方を気にしているんだろうな。
そう考えると、こういうことに彼女はとても研究熱心なんだろう。自信を持って自分の可愛さをアピールするのも、こういう努力があるからといったところか……
……と色々想像してしまったが、このような覗きを続けるのは悪趣味と云う他ない。一声掛けてから部室に入るとしよう。
「えっと、失礼しまーす……」
「ひっ!?」
できるだけ控えめの声量のつもりだったが、かすみちゃんはびっくりしたのかその場で固まり、恐る恐るとこちらに顔を向けた。
「て、徹せんぱぁい!? ど、どうしてここにいるんですか……?」
「あー……ちょっと活動記録書いていこうかなって思ってな。かすみちゃんが取り込み中だとは思ってなくて……驚かせてしまったようだな、すまん」
「い、いやいやそんな! 先輩が気にすることじゃありませんっ!」
「そ、そうか……」
声が聞こえた正体が俺だったことに気づいたからか、かすみちゃんは少し安心しているようだ。まあ部室の電気が点いているとはいえ、人気がほぼなくなっている部室棟の一角に一人でいていきなり声掛けられたらビビるよな。
「えーっと、活動記録活動記録……あっ、あった! はい先輩、どうぞ!」
すると気を利かせてくれたのか、ササッと活動記録のノートを持ってきてくれた。
「あぁ、ありがとうな……そしたら、俺はあっちの方で書いてた方が良いか? かすみちゃんの邪魔になるかもしれないし」
「いや、それはその……だ、大丈夫です! 丁度やることは終わったので!!」
「? そうなのか……?」
「はい! なので……さあさあ、ここで書いていってください!」
「お、おう……何から何までありがとうな」
「いえいえ〜! 同好会部長のかすみんなら、よゆーですっ!」
「ははっ、それは心強い」
凄い勢いで俺を部室の椅子に案内してくれるかすみちゃん。
やっぱり、さっき鏡の前でやっていたアレには触れられたくないのだろうか? アレが終わったようには見えないよな……むしろ途中で遮ってしまったまであるもんな。とても気になるが、ここでそのことについて訊くのも野暮だな。ならば、ここは彼女に従って活動記録を書くとするか。
そう考えて俺は椅子に座り、テーブルにノートを開いてから普段使っている筆記用具を取り出して書き始めた。
俺が書いている間、何故かかすみちゃんはテーブルを挟んで向かいでソワソワしていた。
二人でいるのが気まずいのか、はたまたさっきのアレを見られたのかが気になっているのか分からない。だが、会話が無いのはあまり好ましくないので彼女に話題を振ることにした。
「そういえば、かすみちゃんは今日疲れてないか? 割と一日中撮ってた気がするが」
「えっ? あっ、そうですねぇ……確かに今日はずっとスーツを着てた気がしますが、疲れならありません! かすみんは、普段の練習で身体を鍛えてますので!」
得意げな表情で力瘤を作って見せるかすみちゃん。
そういえば、最初の頃に比べたら随分ランニングで疲れを見せることも少なくなったよな。最近は少しずつランニングの距離を長くするような練習プランを侑やせつ菜ちゃんで決めていたが、今度は少し大きく伸ばしてみようか……
「確かに。かすみちゃんも、大分レベルアップしてきたんだな」
「そ、そうなんですよ〜、あはは〜っ……」
ん? かすみちゃん……?
かすみちゃんの様子が妙なことに俺は気づいた。何だか、歯切れが悪いというか、視線が下がっているような……一体どうしたのだろうか?
……もしかして、さっき俺がかすみちゃんのあの姿を見てしまったことがそこまで彼女にとって深刻なことだったのか? それならば、俺が悪いことをしてしまったことになるな……直接的な内容で訊くのは地雷を踏みそうだから、それとなく訊く必要がある。
活動記録を書く手を止め、俺は彼女に問いかけた。
「なあ、かすみちゃん。俺、かすみちゃんに何か悪いことしてしまったか?」
「えっ……?」
かすみちゃんは、俺の唐突の発言にキョトンとした。俺は椅子を立ち上がり、彼女と正面で向き合った。
「何だか表情が曇ってるかなって思ってさ。もしそうならちゃんと謝るし、お詫びなら俺の出来る範囲でなんとかするから……」
「ちょ、ちょっとタンマ!!」
俺の言葉を遮るように、かすみちゃんは焦った様子で俺に待ったをかけてくる。
「先輩は何か誤解をしています! 先輩がかすみんに何か良からぬしてしまったと思ってるみたいですけど、それは全然ないので!」
「本当か……?」
彼女の様子からは、その言葉に偽りがないように見えるのだが……じゃあ、あの表情は一体何だったのだろうかという謎が俺の中で消えない。
「ほんとのホントですよ〜! もぉー、かすみんそんなに酷い顔してましたかぁ〜?」
彼女はそう云うが、あの表情は明らかに何かしらを抱えている顔だった。それを無かったことにすることを、俺はしなかった。
「いや、酷いとかそんなことはない。ただ俺がかすみちゃんの表情を見て、
俺がそう話した瞬間、かすみちゃんは目を大きく見開いた。
「っ!! もう、先輩はずるいですぅ。
「ん? あの時……?」
俺はそのワードに疑問符を浮かべたが、同時に、それに対して妙なデジャヴを覚えた。確か、前にも同じようなことがあったような気が……
予想外の反応に困惑しているところ、かすみちゃんが再び口を開いた。
「……徹先輩、実はかすみん、徹先輩に伝えたいことがあって……その、聞いてくれますか?」
伝えたいこと……? もしかしてやっぱり、俺があそこで部室に入って彼女の邪魔とも云えることをしてしまったことなのだろうか……とにかく、しっかり彼女の話を聞こう。
「お、おう、分かった。聞くぞ」
「ちゃ、ちゃんと笑わないで聞いてくれますか!?」
「あ、あぁ! 笑わない。ちゃんと聞くぞ」
「ホントにですか!?」
「あぁ、ホントだ。約束する」
驚く勢いで念を何回も押されまくったのだが、そこまでマル秘情報を伝えようとしてるのか……?
「わ、分かりました……」
すると、かすみちゃんは珍しく深く呼吸をしてから、こう俺に訊いてきた。
「───先輩はかすみんと初めて出会った時を覚えてますか?」
俺が予想していたものとは大きく異なる第一声だった。少し動揺したが、俺は冷静に答えを返す。
「あぁ、あそこのショッピングモールだったよな。かすみちゃんもまだうちに入ってなかったし、まさかあの時の子がうちに入学してきて、さらにスクールアイドル同好会に入るとは思わなかったな」
そう、俺が不注意だったことが原因でかすみちゃんと正面衝突してしまって、彼女が持ってた期間限定のコッペパンが地面に落ちてしまったんだよな。それで、俺がお詫びに同じものを買ってあげて一応解決した。ホント、そのコッペパンがまだ残ってたことが幸いだった。
そして、その時の子と同じ部活で一緒に活動するとは思いもしなかったな。あれはまさに、偶然という他ない。
「はい……かすみんも、もう一度先輩と会えて嬉しかったです」
「そ、そうか……それで、それがどうしたんだ?」
昔の思い出に浸ってるあまり本題を忘れるところだった。しかし何故、今更その話を持ち出したんだ……?
そう考えていると、彼女は少し俯きながら言葉を紡いだ。
「えっと、その……実はかすみん、その時色々とあって、少し落ち込んでいたんです」
「そうなのか……?」
どうやら、あの時の背景には深い事情があるのかもしれない。続けて彼女の言葉に傾聴する。
「はい……もちろん、かすみんが自分の可愛さに絶大な自信を持っていたのは、今もその時も変わってないんですけど……なかなか色々物事が上手くいかなくて……気が滅入ってたというか、そんな感じだったんです」
……なるほど。
普段のかすみちゃんはとてもポジティブで、例え何かうまくいかないことがあっても、それを引き摺ることはないように見える。でも、昔の彼女は、一時期それを引き摺ってしまっていたということなのだろうか。
「こんなに可愛いのに、誰もかすみんのことを褒めてくれないし……それに、小テストで補習になっちゃったり、何もないところでずっこけちゃったりしちゃうし……こんなの、神様がかすみんのことを羨ましがって意地悪してるんだー! って思って気を紛らわしたりしてましたが、やっぱりそれじゃどうにもならないこともあって……」
言葉に詰まりながらも、彼女は必死に自分の言葉で伝えようとしているのが見てとれた。
「───でも、そんな時に先輩と出会ったんです」
すると、かすみちゃんの表情が少し明るくなった。
「先輩は、ぶつかった時に落とした期間限定のスイートポテトコッペパンを買ってくれましたよね。かすみん、それがとても嬉しくて……あの時は久々に心の底から笑えた気がしたんです」
心の底から……か。確かに、あの時見たかすみちゃんの笑顔は、なんの邪気もない純粋無垢な笑顔だったように感じる。
「そうだったのか……まあ、あの時は俺も不注意だったからな。むしろそんな落ち込んでた時に更に追い討ちをかけていたということだ。そう考えると、改めて申し訳なかったってな……」
俺がコッペパンを買うという選択をして結果オーライになったが、もし選択を誤っていたらと考えると……あぁ、深く反省しなければ。
「そ、そんなことは気にしないでくださいー! むしろ、あれがなかったらかすみんはスクールアイドルになってなかったかもなんですから……」
「えっ?」
俺は自分の耳を疑った。俺とかすみちゃんがぶつかっていなければ、かすみちゃんはスクールアイドルになっていなかった……? いきなり話の規模が大きくなりすぎて理解が追いつかない。
「先輩、かすみんに笑顔でいて欲しいって言ってくれて、笑ったら褒めてくれましたよね。それからかすみん、これからもっと笑顔でいようって前向きになれたんです! 先輩と会っていなかったら、スクールアイドル同好会に入らなかったと思います!」
「……! かすみちゃん……」
かすみちゃんはそこまで覚えていてくれてるんだな……俺の記憶は正直曖昧なんだが、確かにそんなことを言ったような気がする。
「だから……先輩には、とても感謝してるんです。その後も、先輩にいつかどこかで会えたらな〜って思ってたんですけど……まさか入部した同好会にいるなんて予想外だったので……」
「そうか、だからあの時突然泣きながら俺に飛びついてきた訳か」
「そうです。とても嬉しかったので……」
俺が同好会に初めて訪れた時にかすみちゃんと再会したんだが、何故あんなに嬉し泣きをしていたのか分からなかったんだよな。でも、やっと合点がいった。
「でも、それなら早く言ってくれても良かったんじゃないか?」
「で、できませんよ! だって先輩いつも他の人といるじゃないですか! こんなかすみん、他の人に聞かれたくないですから!!」
いや、俺だって一人でいることもあるんだが……と思ったが、確かに同好会の活動している時は誰かしらと一緒にいるか。
「なるほどな……いや、てっきりかすみちゃんのポージングの様子を見たことについてかと……」
「ゔぁっ!? まさか本当に見てたんですか!?」
……しまった。色々と驚かされる話を聞いた後だからだろうか、思わずいらないことまで口走ってしまった。
「あっ、えっと……はい」
俺は誤魔化すことなく、素直にそう答えた。
「もぉ〜、先輩もそれならそうと早く言ってくださいよ〜! まあ、先輩なら見られてもそこまで問題ありませんが……あっ! 一応言っておきますが、ここで話したことは他の人に言わないでくださいね! 言ったら……えっと、先輩に針千本飲んでもらいますからね!!」
針千本って……指切りげんまんのやつじゃないか。まあ、誰かに話すつもりは元から無いが……
「わ、分かったから……まあ、そうだよな。自分の弱いところって、人に気づかれたくないもんな」
今までかすみちゃんの話を聞いて、かすみちゃんが今まで過去を明かしたくない気持ちが理解できる気がした。
「はい……あとそれだけじゃなくて、その……かすみんの過去を明かしたら、先輩に失望されてしまうんじゃないかと思ってしまいましたし……」
「かすみちゃん……」
「最初は言わないつもりでいたんですけど、先輩が自分の過去を打ち明けてくれて……だから、かすみんも打ち明けてみようかなって思って……でも……」
そうか……あの時からずっと……
俺は自然とかすみちゃんに歩み寄り、彼女の頭を優しく撫でた。
「失望なんてしないよ。どんな過去があろうと、かすみちゃんが俺にとって大事な存在であることに変わりはない。それに、俺の過去を明かした時も受け入れてくれただろう? それと同じだ」
「っ……! 先輩……」
見上げたかすみちゃんの瞳は潤んでいた。
「もう、ズルいですよぉ……」
すると彼女は俺から離れ、その場で目を二の腕で擦った後───
「……あー! 何だかとても恥ずかしくなってきたー!! もうこうなったら先輩には、かすみんに恥をかかせた罰としてMVに出てもらいます!」
「えっ!? いや、何故そうなった!?」
なんと、一気に話が飛躍したのだ。ま、まあ確かに恥をかかせたことについてはそうかもしれないが、その罰としてMVを引き合いに出してきたのは……いやマジで何故そうなった?
そう思っていたが……
「というか! そもそも侑先輩がMVに出るのに、先輩が出ないのはおかしいです! だって、先輩も同好会の一員なんですから!!」
「……!」
俺はハッとした。かすみちゃんの思いは、俺が思っていた以上に強かった。
「先輩が言うことも分かります! 確かに、かすみん達みたいな可愛いスクールアイドルのMVに男の子が出たら、嫌だと思う人は居るかもしれません……ですが、かすみんは納得できません! このMVは、同好会全員で出たいんです!!」
「かすみちゃん……」
「きっとみんなだって、先輩を困らせたくなくて何も言わないだけで、どこか腑に落ちてないと思うんです。だから……!」
かすみちゃんの熱い説得に、俺はただただ圧倒された。そして同時に、俺が今まで自分がMVに出ないか否かの重要性を軽視していたこと、自分がMVに出るために全く策を考えてなかったことに気づいた。
俺自身がMVに出なかったとしても、大して問題ない。妹の侑とみんながMVに出て、俺が全面的に裏方に回ればそれが良いだろうと思っていた。
でも、その考えは浅はかだった。かすみちゃんやみんながどれだけ俺と一緒にMVに出たいかを認識していなかった。
「……かすみちゃんはホントに優しいな」
「えっ?」
かすみちゃんはみんなのことを想って、俺に厳しく当たってくれたのだろう。そんなかすみちゃんが、とても頼もしい。
───俺自身は、MVに出ることをとっくに諦めていたが……これは、ちゃんと出れる方法を考えなきゃな。みんなのためにも……
「分かった。どうにかしてMVに出れるように、もっと考えるよ。かすみちゃんの望みに少しでも近づけるように、な」
「……! えへへ、先輩ならそう言ってくれると思ってました♪」
かすみちゃんの満面の笑みは、外で沈む夕陽の光と相まって幻想的だった。
今回はここまで!
果たして徹くんはMVに参戦することが出来るのか!?
次回をお楽しみに!
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