第52話です。
ではどうぞ!
かすみちゃんがしずくちゃんを励ますために駆け出していく姿を見送ったあの時から、もう一週間以上経っただろうか。
あれから色々あったのだが、それらを事細かに説明すると日が暮れそうなので省く。ただ、一つ大きな出来事を挙げるならば、しずくちゃんが無事合同演劇の主役の座に返り咲くことが出来て、合同演劇自体も成功したということだろう。
かすみちゃんが彼女に何を話したのか俺はまだ聞いていないのだが、そのおかげでしずくちゃんは立ち直ることが出来たようである。俺の『かすみちゃんならやってくれるだろう』という期待に見事応えてくれるという形になった訳だ。
まあ、未だに俺がしずくちゃんになんとかしてあげられなかったことは心残りではあるが……
……それにしても、しずくちゃんの演技は凄かったなぁ。彼女が出ている演劇というのもあり、しっかり観ようと心がけてはいたのだが、実際観ると思っていた以上にその演劇で繰り広げられる物語にのめり込んでしまった。
まあそれが週末の出来事で、今は週が明けて月曜の早朝である。
今日もいつも通り朝練で早起きし、練習場所である海辺の公園にやってきた。梅雨の最中なのであまり天気はよろしくなく、朝日は厚い雲によって覆われている。
「ふぁぁ……眠いね、お兄ちゃん」
隣にいる侑が欠伸をしながらそう呟いた。
同好会のスクールアイドルを支える役割を持つマネージャーは、他のみんなが来る前に準備をしておく必要があるので、今この場にいるのは俺と妹の侑だけだ。
ただ、今は朝練のための準備を終えたので、今は俺たち以外で一番最初に誰が来るか待っている状況だ。
「そうだな。俺もちょっと眠気が覚めないや……」
「だよねー……ってお兄ちゃん、結構遅くまで部屋の電気点いてた気がするけど、ちゃんと寝た?」
侑は眠そうに目を擦っている最中、ふと思い出したかのようにそう問いかけた。
「あぁ、気づいてたか。大丈夫、前のあれに比べたらまだ寝てるから」
俺の言う
あの時は結局いろんな人に心配されちゃったな。彼方ちゃんの枕も使わせてもらっちゃったし……
「もー、夜更かしは厳禁だよ〜? 私、お兄ちゃんのこと心配してるんだから」
「うむ……っていやいや、そういう侑の方だって最近そこそこ夜更かしてるじゃないか」
「うっ……そ、それは確かにそうかもしれないけどさ……」
侑も定期的に遅くまで起きてることあるんだよなぁ……多分、スクールアイドル関連の動画やらサイトを見ているからなのだろう。
それにしてもほんと……侑は心配性だな。彼方ちゃんが枕を使わせてくれたあの時はちょっと寝不足過ぎたかなと思うが、今ではその反省を活かしてるつもりさ。まあ、心配してくれることはとてもありがたいことではあるけども。
俺がそんな風に考えている間、侑が少し深刻そうな表情をしていたことに気づかなかった。
「ねぇ、あの時───」
「せんぱ──い!!!」
侑が話題を切り出すかのような声掛けが聞こえたが、それと同時に背後からも可愛らしい大声が聞こえてきた。
そちらに振り返ると、遠くから駆け寄ってくるしずくちゃんの姿があった。
「おぉ、しずくちゃん! 今日も早いね」
「徹先輩! はい、いつもの習慣なので」
毎日の朝練、最近一番最初にやってくるのはしずくちゃんなのだ。確か、レベルアップを図るために時間を少し早めた時からだろうか。
「でも、一昨日合同演劇が終わったばかりで疲れているんじゃないか? もうちょっと遅めに来ても……あっ、そうか。しずくちゃんって鎌倉に住んでるんだったっけか」
「はい。電車の本数も限られているので、一本後に乗ると遅刻になってしまうんですよ」
そうだった……しずくちゃんは鎌倉からここまで約1時間半かけて来ているんだった。俺たちみたいに近所から来ている者だったら決められた時間にジャストで行けるが、それは難しいんだな。
遠くから学校に通うって俺だったら難しいだろうね……早起きあまり得意じゃないし。
「しずくちゃん、おはよう! ……あっ、ごめん。少しトイレに行ってもいいかな?」
すると、侑はしずくちゃんに挨拶した後に少し苦笑いをしながらそう訊いてきた。
俺がそれに行っていいよと伝えると、彼女はトイレがある方向へ向かって行った。
これで、この場にいるのは俺としずくちゃんの二人のみになった。
沈黙が少し続いた後、先に口を開いたのはしずくちゃんだった。
「そういえば、徹先輩」
「ん、なんだ?」
「その……私が一時主役から降りて、その時先輩は私のために動いてくれたんですね」
「あぁ、そう……えっ!?」
待て待て、なぜしずくちゃんがそれを知っているんだ!? かすみちゃんには口止めしたはずだし、俺が演劇部部長に話を聞きに行ったことは彼女にしかしていないはずだ。まさか……
……いや、待て。これでかすみちゃんを疑うのはよろしくない。他に情報が漏れる原因があるかもしれない。よし、こうなったらしずくちゃんに訊いてみよう。
「えっとな……その話はどこから聞いたんだ?」
「あっ、それはうちの部長から聞きました。先輩が聞きに来られたと」
……あっ。
しまった……肝心な演劇部の部長さんに口止めするのを忘れていた。
俺としたことが詰めが甘すぎた……まあ、あの部長さん口止めしようにも出来なさそうな雰囲気あったから、仮に対策していたとしても無理だったかもしれんな、うん。
それに結局しずくちゃんに何もアドバイスしてあげられなかったし、客観的に見たら一体何をしたかったのかって感じだろうな。
あぁ、俺はまだまだ未熟だ……
そう脳内でこれでもかと自虐していると、しずくちゃんが話を続けた。
「それで、先輩に感謝を伝えたくて……ありがとうございます」
すると、彼女はそう言って頭を下げた。あまりの予想外の言葉に、俺は驚きを隠せない。
「えっ……いやいや俺、しずくちゃんに何もしてあげられなかったぞ? 別に感謝される筋合いはないと思うのだが……」
「そんなことはありません! 私が悩んでいたことを先輩が知ろうとしてくれた事実を知った時、とても嬉しかったんです。だから……本当にありがとうございました」
彼女の視線は真っ直ぐで、俺を見つめていた。
「そ、そうか……お安い御用だよ」
俺はその眩しさに思わず目を逸らしてしまった。なんか、ここまで素直に言われると照れるわ……
「あ、そういえば! 一昨日の劇のことでさ……」
あまりの恥ずかしさに話題を振ろうとして彼女に話しかける。
「あ、はい! いかがでしたか?」
「うん、とても良かったぞ。しずくちゃんをはじめとしたみんなの演技に惹かれちまってさ……劇の初っ端からもう物語に世界に引き込まれたんだ」
今回藤黄学園の合同演劇で披露されたのは、『荒野の雨』という題名の劇である。主人公は新人の歌手で、彼女の目標は『誰かにとっての理想のヒロインになりたい』というものだ。
しかし彼女の人気は全くと言っていいほど出ず、彼女が歌っている劇場の主から『このまま歌わせることはできない』と言われてしまう。そんな中で『理想のヒロイン』を演じるのではなく、『ありのままの自分』を曝け出してパフォーマンスをしなければいけないのかという結論に至る。
しかし、そこから彼女は周りからの見られ方を気にして葛藤する。そんな中でも、彼女はありのままの自分を受け入れ、嫌われるかもしれないという不安を乗り越え、無事にパフォーマンスをすることが出来てハッピーエンドを迎える。そんなエピソードだった。
「そうでしたか! 私達は日々演技の表現をどうすればいいのか試行錯誤してきたので、そのように言ってくださるとそうした甲斐があります」
俺の感想に対して、しずくちゃんは嬉しそうに微笑みながらそう答えた。
その劇において、どのように表現をすべきかという疑問に正解は存在しないのだろう。しかし、その中でも観る者を満足させる最適解を見つけるために、日々探求しているのだろうと俺は想像している。
「あと、歌のパフォーマンスをするところも良かったな。しずくちゃんの新たな一面が見れて、凄く新鮮だった。そこら辺無事に乗り越えられて良かったな」
「あぁ……はい、かすみさんが励ましてくれたお陰で、勇気を振り絞ることが出来ました……あの、皆さんはどのような反応を……?」
しずくちゃんは不安そうに訊いてくる。
みんなっていうのは、同好会のみんなのことか……
そういやしずくちゃんが主役から降りたという噂は、かすみちゃんと璃奈ちゃん、俺以外は未だに誰も知らないみたいなんだよな。一年生のクラスの間ではその話題が飛び交っていたようだが、逆を言えば二年生と三年生は全く知らなさそうな感じに見えた。
それで一つ疑問が浮かんでな……『何で俺は知ることが出来てるんだ?』ってことだ。
そこで、そのことを教えてくれた
……あかん、本題に戻さなければ。確かに、あのパフォーマンスがみんなにどう思われたかは気になるよな。
俺としては彼女のパフォーマンスは、今まで彼女が隠していた素直な自分を曝け出していた。歌詞の中にも大胆な一面が見受けられたり、挑戦的な表情も見ることが出来た。
衣装も、白と黒の2つの生地が交わり合って重なったフリルとなっていた。これは、白を表の自分、黒を裏の自分として、お互いを受け入れた上で表裏一体となったという意味合いがあるのだろう。
そんなパフォーマンスにみんなはどんな反応したか。それはもちろん……
「うん、みんなとても興奮してたよ。歩夢ちゃんは感動して涙流してたし、かすみちゃんなんて今まで見たことないくらい盛大に拍手を送ってたよ」
「そうでしたか……! 良かった……」
すると、しずくちゃんの張り詰めた緊張感は解け、胸を撫で下ろした。
かすみちゃんに励まされ、自信がついたとはいえ、それでも不安は残っていただろうな……
「ハハッ、これで悩みは解決したってところかな?」
「……えっと、はい! そうですね。 アハハハ……」
ん? 今少し返事までに間があったな。
これはもしかすると、まだ何か悩みがあるのかもしれない。
「……もしまた何か悩みがあるなら、言ってよな」
「……! ……先輩にはバレてしまいますか」
しずくちゃんは苦笑いしながらも、一呼吸吐いてから自分の胸の内を明かし始めた。
「今後のスクールアイドル活動のことです。今の私は、自分を出してパフォーマンスをすることが出来るようになりました。そうすると、今まで理想を演じてきたスタイルと、自分をそのまま出すスタイル、どちらも共存する形になると思うんです。そこで少し、これで良いのかなって思っちゃいまして……」
「ほう……何故そう思ったか訊いてもいいか?」
「はい……私がスクールアイドルになって、公で一番最初に披露した曲があの曲なんです。でも、あの曲は私の本来のスタイルとは異なっていて、仮に私が今後本来のスタイルでパフォーマンスをしていったら、あの曲で私を知ってくださったファンの皆さんが戸惑うのではないかと思いまして……私は、ありのままの自分を出すスタイルでやっていくべきなのでしょうか……」
……なるほど。彼女の懸念するところは理解できた。
極論で言い換えれば、2つのスタイルを混在させた場合に、ファンが混乱するのではないか、という懸念だろう。
まあ、あの曲を歌っているしずくちゃんしか知らない人が、本来の『理想の誰かになりきる』というスタンスでパフォーマンスをするのを観れば、驚くことは間違いないだろう。
でも……
「うーん……その心配は必要ないと思うぞ」
「……えっ?」
しずくちゃんは、予想外の返答に驚いているようだ。
「理想を演じる……自分に素直になる……俺はどちらの面も見せてくれるしずくちゃんを見てみたいけどね」
俺は、自分が彼女に対して思っていることを丁寧に言語化して伝える。
「確かにしずくちゃんの言う通り、あの曲を見た人が理想を演じるしずくちゃんを観たらびっくりするだろうね。でもだからといってその人がしずくちゃんのことを嫌になるとは思えないんだ。だって、どちらのしずくちゃんも素晴らしいから」
「徹先輩……」
「俺だって、理想を演じるために練習してるしずくちゃんを今まで見てきた訳だし、その魅力を分かってるつもりさ。だから……そこは自信もってくれ」
「……!」
俺の言葉に、しずくちゃんは大きく目を見開いた。
これが俺の正直な感想だ。決してお世辞とかじゃない。お世辞だとか思わせないように、真剣に言葉を紡いだつもりだ。
「お待たせ〜! ごめんごめん遅くなって……あれ、何かお取込み中だった?」
すると、トイレから戻ってきた侑がこちらに駆け寄ってきた。
俺としずくちゃんの様子を見て、彼女は何か察したようで、そう話しかけてきた。
「いや? 何でもないよ」
「ほんと〜?」
「ホントだって……ところで侑、一昨日のしずくちゃんの歌とパフォーマンス良かったよな」
俺は、侑の問い詰めを避けるために話題を変えた。
「えっ? ……あ、うん! しずくちゃんの見たことない一面が見れた気がして良かったよ!」
話題が変わったことに困惑しながらも、侑は興奮気味にそう答える。
「でしょ? じゃあさ、もしあんなしずくちゃんと今までのしずくちゃん、これからどちらかしか見れなくなる、ってなったらどっちを選ぶ?」
ここで、侑にこんな質問をしてみる。すると……
「……え、何その究極な二択!? そんなのどちらも選べないよ〜、どちらのしずくちゃんも好きだから!」
「っ……!」
すると、侑の言葉にしずくは頬を赤くする。
……予想通りの返答が来てくれて良かったぜ。
「ハハッ、その答えを待ってたんだよ……ほらね?」
侑にこの質問の真意を伝えた後、今度はしずくちゃんの方を向く。
侑だってみんなだって、どちらも見たいと思ってるんだ。どんなしずくちゃんでも、俺は受け入れる。
「先輩……ありがとうございます! 私、先輩と会えて良かったです」
しずくちゃんの表情には、迷いはもうなくなっていた。
「……あっ! ねぇねぇしずくちゃん、ちょっと一昨日の劇の話してもいいかな!? 私しずくちゃんに言いたいことが沢山あるんだ!」
「侑先輩……えぇ、良いですよ。まずどこから話しましょうか……」
しずくちゃんは侑と一昨日のことについて話すようだ。そういやこの二人、あまり絡むところを見かけなかった気がする。仲良くなる良い機会だろう。
「……あっ、徹先輩!」
「おや、どうした? しずくちゃん」
すると、しずくちゃんは侑の横から顔を出して俺の方を見て声を掛けてきた。
俺がそれに応えると、しずくちゃんはこう続けた。
「今度、いつか演劇を見に行きませんか? 私、先輩におすすめしたい作品がありまして……!」
「おぉ、いいな! じゃあ、近いうちにな!」
なんと、しずくちゃんから演劇を観に行こうと誘われたのだ。
演劇な……実は昨夜俺が少し夜更かししたのは、演劇についての知識をつけていたのだ。こりゃ、一緒に観に行く前に徹底して調べなきゃな。
「……うわっ、眩しっ!?」
すると、俺の視界が端からいきなり白くなった。何かと思えば、雲のほんの僅かな隙間から覗いた朝日の光だった。
今日は太陽の光を見れない程の曇天だと思ってたが……なんだか、今日はいい事がありそうな気がするな。
「おーい! てっつー、ゆうゆ、しずくー、おまたせー!」
おっ、愛ちゃんの声だ。そろそろ朝練の時間か。よし、今日も頑張っていくか!
今回はここまで!
今回にてアニメ第8話の内容を終えた形となります。
この後は少しオリジナル回を挟んで第9話に進んでいこうと思ってます。
アニメ2期が迫ってますね。どんな内容なのか楽しみです。
ではまた次回!
評価・感想・お気に入り登録・読了報告よろしくお願いします!