第59話です
「……すげぇな」
不思議なものだ。普段は何も人気のなかったこの敷地が、鉄骨によって組まれたステージと、盛んなライブ開催の宣伝によってこんなにも溢れかえっている。こういう、ザ・ライブといえるようなライブに参加するのは初めてなのだが……これは凄い。
……あっ、どうも。高咲徹だ。
果林ちゃんのDiver Fes参加が決まり、彼女のより熱心な練習を見守り、時にアドバイスをしていたりすると、気がつけばあっという間に当日を迎えていた。
そんな感じで俺は、Diver Fes多くの観客で溢れかえるライブの観客スペースにいる。侑と歩夢ちゃんも一緒だ。
フェスに参加するアーティスト達が待機する仮設の楽屋に居たのだが、その間侑が何かとそわそわしていたので訳を訊いてみた。すると、彼女は観客スペースから観てみたいようだった。なので、ライブ開催中は俺が果林ちゃんの様子を見るから行って来いと話したのだ。
だが、それを側で聞いていたせつ菜ちゃんが、俺も観に行って来ていいと言ったのだ。最初はその提案を断ったのだが、彼女は俺がまだ観客としてスクールアイドルのライブを観たことがないことを知っており、一度観客としてライブを観てみることを勧められた。これを聞いてた果林ちゃんも、『楽しんできなさい。私は大丈夫だから』と言われたので、みんなの優しさにありがたさを感じながら今俺はここにいる。
しかし、こんなに人が集まるライブに同好会が出るのって相当凄いよな。今まで同好会がやってきたライブの中でも最大級か? ……あっ、でも俺は同好会の初お披露目のライブを観てないから……侑と歩夢ちゃんは観てたようだし、どんな感じだったか訊いてみよう。
「なあ、侑と歩夢ちゃんはせつ菜ちゃんのあのライブを観たんだよな? その時はどれくらいいたんだ?」
「うーん……そこそこいたとは思うけど、ここまでじゃないよ」
「そうだね、ライブだって分かるくらいは人がいました」
なるほどね……
せつ菜ちゃんのソロパフォーマンス、見てみたかったもんだ。
でも本来ならそこに彼方ちゃん、エマちゃん、しずくちゃん、かすみちゃんが一緒にパフォーマンスをするはずだった。でも、仲間割れが起きてしまったことによりそれは叶わず、同好会は一時廃部になった。
……なんだろう。この話をすると、未だにあの時俺がいたら……と、あの時のことを悔やんでしまうな。同好会が初お披露目ライブという重大な局面を迎えていたのに……情報処理学科の合宿中という理由があるからどうしようもないというのは理解してるんだけどな。
でも同時に、過去を悔やんでも仕方ないと思う俺もいる。今の同好会のみんなが強い志をもって活動している。その側で支えなければ……悔やんでいる暇はないのだ、と。
『今日は楽しみだね! 何がお目当てなんだっけ?』
『えっ? あれだよ、この前ドームでライブをやった……』
『あぁ、あのバンドグループね! あそこ私も好きなんだよね』
すると、周りにいる見知らぬ観客の声が俺の耳に入ってきた。
この二人の女性が話すように、観客のほとんどがスクールアイドルには関心を持っていない様子だ。それに加え……
『虹ヶ咲〜? ねぇ貴方、この学校聞いたことある?』
『うーん、聞いたことないかも。新しく出てきたスクールアイドルなんじゃない?』
『そっか〜……ねぇそれよりさ──」
スクールアイドルに通じてそうな人でも、『虹ヶ咲』に関してはその名前すら知らないのだ。
「……そうだよね。ここにはスクールアイドルに興味ない人が大半なんだ……」
隣にいた侑もこれらの会話が聞こえていたようだ。まあ、分かってはいてもやっぱり悔しさを感じるよな。
「でも、ここでファンの印象に残るパフォーマンスをすればスクールアイドルに興味を持ってくれる人が増えるかもしれないんだぞ」
少し辛そうな表情をしていたので、ポジティブな言葉を掛けることで励ました。
外部の人にも興味を持ってもらえば、その人達は口伝いに評判が広まっていき、一気に虹ヶ咲の存在が知れ渡ることになる。
「……うん。果林さんならそれが出来る。だって、あの果林さんだから!」
侑は信頼の眼差しを、果林ちゃんが出てくるであろうステージに向けていた。
……しかし、こんなアウェーな空気に一人で挑むことは相当のプレッシャーというものを感じているはずだ。普段モデルとして不特定多数の人に見られることに慣れている果林ちゃんなら大丈夫だと思うが……
ここからは様々なアーティストがパフォーマンスする様子を、周りが盛大に歓声を上げる中、冷静に観た。
侑は周りの観客のように、ペンライトを勢いよく振りながら盛り上がっていた。普段あまりはしゃいだりしない歩夢ちゃんも、可愛らしくペンライトを控えめに振りながらも楽しんでいた。
俺はそこまではしゃいだりしないさ。もう高三なんだし、こうやって常に冷静に見守る人が一人いないとダメだからな。
しかし、そんな冷静さも……
「えっ、果林ちゃんが見つからない!?」
再び戻った楽屋の状況を知った瞬間、崩れたのであった。
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「果林ちゃーん! 居たら返事してー!!」
「はぁ……はぁ……ダメだ、こっちには居ない!」
同好会のライブ枠が迫る中、俺たち同好会のメンバーは果林ちゃんの捜索に尽力した。
俺はみんなが探すところとはまた反対側を探しに行ったところで、今みんなに追いついたところだ。
「どうするんですか、みなさん!?」
「探し出すしかないよ! まだ枠まで時間はあるし!」
焦るあまり強い口調で問い詰めるかすみちゃんに、愛ちゃんは至って冷静にそう話しかける。
探し続けるしかない。それは正しくその通りだ。ただ、果林ちゃんを見つけ出さない限り、誘ってくれた遥ちゃんと綾小路さんを始め、ライブに携わる方々に迷惑が掛かってしまう。
さらに、ライブをする本人がいないとなれば、観客達はこのライブのプログラムを分かっているので、『あれ、一つ枠飛ばされた?』『虹ヶ咲の人はどうしたんだろう?』と気づかれてしまう。最悪、この同好会の評判が悪化しかねないのだ。そんな重責を果林ちゃんに担わせる訳にはいかない。なんとしても……
……ダメだ。ネガティブな思考が続いてしまう。
正直、今俺は内心とても焦っているのだ。こんな時こそ冷静でいなければならないというのにな……
「っ! ねぇ、あれ……!」
すると、璃奈ちゃんが後ろの方を向いて指を差した。それにみんなが振り返って彼女が指差す先を見ると……椅子に座って下を向いている、見覚えのある衣装を着た人がいた。
その瞬間、みんなは一目散に走り出した。俺もそれに続いて走り出す。
「果林ちゃ──ん!!!」
「……! みんな……」
果林ちゃんは、エマちゃんの声に反応して顔を上げると、少し目を見開いた。
「心配したんですよ! ……どうしたんですか……?」
「具合悪いの……?」
せつ菜ちゃんと璃奈ちゃんが問いかけると、果林ちゃんは躊躇うことなくその理由を話してくれた。
「……ビビってるだけよ」
彼女の言葉に、一同から驚きの声が漏れた。
「我ながら、情けないったらないわね。こんなところでビビってるなんて……ほんと、みっともない」
自分を嘲笑うように語る果林ちゃんの手は、小刻みに震えていた。
「あんな偉そうなことを言った癖に……ごめんなさい」
手で顔を覆う果林ちゃん。彼女の声色から、ライブで自信を持ってパフォーマンスをすることに対しての絶望が感じられた。
「……」
すると、神妙な面持ちで彼女の話を聞いていたメンバーの内、せつ菜ちゃんがベンチに座っている果林ちゃんの側へ歩み寄り、隣に座った。そして彼女は柔和な微笑みを浮かべながら、果林ちゃんに話しかける。
「そんなことないですよ」
「えっ……?」
せつ菜ちゃんの言葉に、果林ちゃんは覆っていた顔を表し、驚きの表情を見せた。
「大丈夫だよ、果林ちゃん」
エマちゃんは、座る彼女の目の前にしゃが込み、右手を自分の手で包み込んで安心させるように話しかける。
「でも、こんなんじゃ……」
「大丈夫」
璃奈ちゃんは、彼女の横にしゃがみ、彼女の右手を優しく握る。
「私たちがいるじゃん」
「そうですよ。ソロアイドルだけど、一人ぼっちじゃないんです」
彼方ちゃん、しずくちゃんは彼女に向けて励ましの言葉を贈る。
みんなの表情から、果林ちゃんを励ましたいという気持ちが見てとれた。
それに対して、果林ちゃんはその優しさに感涙を目に溜めていた。
「なんで……そんなに優しいのよ……」
彼女がそうみんなに訊いた。
「分かるでしょ! そんなこと言わなくても」
愛ちゃんの返答に、みんなが大きく頷く。
これを聞いた果林ちゃんは、溜めていた涙を拭い、胸に手を当てて一つ深呼吸をした。
「……うん、大丈夫!」
こうして立ち直った果林ちゃんに対して、かすみちゃんの提案によって一人一人ハイタッチをしていくことになった。とても粋な計らいであり、みんなとハイタッチをする度に、彼女の気持ちが高まっていくように見えた。
俺は大分後ろの方にいたので、やっとターンが回ってきた。
「……徹」
「おう。今の果林ちゃんなら絶対最高のパフォーマンスが出来るからさ。楽しみにしてるぞ」
俺は、右手を顔の高さに上げながらそう話しかける。
「えぇ、楽しみにしてて頂戴。絶対に徹を興奮させるようなライブをしてみせるわ!」
挑戦的な表情で言ってみせる果林ちゃん……なんだかこういう状況になってまで、はしゃぐことを意地でも控えようとする俺がバカらしくなってきた。
だがしかし、この勝負に負ける訳にはいかない。俺は案外意地っ張りなんだぞ?
「ははっ……やってみせろよ、果林ちゃん!」
そうして、二人でお互いの手を弾いた。
そこからはあっという間だった。侑が俺の手を引き、再び観客スペースに連れてこられたのだ。侑曰く、『果林さんのステージを目の前で観たかったんだ。それに、お兄ちゃんとも一緒に盛り上がりたかったから』だそうだ。マネージャーの仕事は……? とも思ったが、正直侑と同じ思いだ。
しかし、盛り上がりたいという願いは難しいとも感じた。仮に盛り上がる意志が持てたとしても、そもそもどうやって盛り上がるかも忘れてしまっていた。こんな俺にどう盛り上がれというのか? こうなると、難しいというより最早無理に等しい。
そう悲観していたら、周りが静まったことに気づいた。ふと前を見ると、たった一人……でも存在感が強い
「───〜♪」
「っ……!?」
曲が始まった瞬間、俺の心の中にあった塊が溶けていくような感じを覚えた。
何だろう……何故だか分からないが、動きたくて仕方がなかった。とても……刺激的だった。
彼女の仲間を想う……その気持ちにも感化されたのかもしれない。
そして気がつけば……俺はただ只管その場の雰囲気に呑まれていった。
全力で淡いブルーに輝くペンライトを振って、叫んでいた。
こんなにはしゃいだのは初めてかもしれない。同時に、侑があんなにスクールアイドルに熱中する理由が分かった気がした。
……やられた。果林ちゃん、お前の勝ちだ。
パフォーマンスが終わった後、そう思った。
そしてその結果……
「……うわっ、38.5度……マジかよ……」
力尽きたのであった。
今回はここまで!
これにて原作第9話分の話は終了になります。
最後に気になるような展開がありましたが、果たしてどうなるのか……?
ではまた次回!
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