高咲兄妹とスクールアイドルの輝き   作:Ym.S

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第63話 大切な……

 

 

「……そういうことなんだ」

 

 

 俺が経験した過去を、ありったけの勇気を振り絞って話し終えた。

 

 

 俺の心臓が緊張のあまりに速い鼓動を打って、喉の渇きも忘れていた。そんな中俺は、それぞれの椅子に座りながら話を聴いてくれていたみんなの反応を待っていた。

 

 

「徹さんに、そんなことが……」

 

 

 一番最初に反応を見せたのは、歩夢ちゃんだった。

 

 

 この中では、侑の次に付き合いが長いからな……多分とても驚いているだろう。

 

 

「そうだったんだ……侑ちゃんをとても大切に思ってたんだね」

 

 

 それに続いて、エマちゃんは優しい微笑みでそう話しかけてくれた。

 

 

「あぁ。あれがあってから、より強くそう思うようになった」

 

 

 一度どん底に落とされた俺を、眩しい笑顔で照らしてくれた時の感情。それが今でも力となっている。

 

 

「私は……徹さんが作曲できることに驚きました……!」

 

 

 顎に手を置いて考え込むせつ菜ちゃんは、俺が作曲する才能があることが意外だったようだ。

 

 

 まあ、それに気づかれるようなきっかけもなかったし、何より隠してたもんな。

 

 

「あぁ……それも事実だ」

 

 

「今は作曲、やってないの……?」

 

 

 ……そこ聞いちゃうか、璃奈ちゃん。

 

 

 ここで嘘をつくのは良くないか。仕方ない。

 

 

「……作曲はやってないけど、やっぱり曲をどうこういじるのは楽しいもんでね。今は元々ある曲をアレンジしたりしてる」

 

 

 あまり言いたくなかったんだよな。スクールアイドル活動に役立つようなスキルは残ってるか分からないし、これがきっかけで作曲してくれって頼まれても正直困るしな……

 

 

「そうなんだ……」

 

 

 少し俯く璃奈ちゃん。

 

 

 みんなが無表情で下を向いている。

 

 

 やっぱり気まずい雰囲気になるから、話さない方が良かっただろうか……

 

 

「てっつー。一つ気になったんだけど、どうしてその事を話そうとしてくれたの?」

 

 

「えっ?」

 

 

 すると、愛ちゃんが手を挙げながらこちらに向かってそう訊いてきた。

 

 

「……てっつーが辛い過去を、勇気を持って話してくれたことは嬉しいよ。でも、それだけの勇気を出せる、何かきっかけがあったのかなって」

 

 

 いつもの陽気な振る舞いとは打って変わって、俺の過去に正面から向き合ってくれている。そういう風に感じた。

 

 

「それは……俺のクラスメイトが励ましてくれたからだ」

 

 

「クラスメイト……?」

 

 

 意外な登場人物が現れたことに、彼方ちゃんは疑問符を浮かべる。

 

 

 そうか。まだ璃奈ちゃん以外のみんなには瑞翔(なおと)のことを紹介してなかったか。

 

 

「そう。瑞翔っていうやつでな。璃奈ちゃんは知ってるだろ?」

 

「うん。知ってる」

 

 

 璃奈ちゃんボードを制作してくれたのは、瑞翔だ。ゆえに、璃奈ちゃんは瑞翔と会っている。

 

 

 

 侑にも一度言おうとしたことだけど、怖くて言えなかったこと。

 

 でも、瑞翔がそれに対する克服を促してくれた。とても力強い言葉で……

 

 

『たとえ過去が情けなかっただけで、妹ちゃんが失望するとか絶対ないと思う。だって兄妹でしょ?』

 

 

 

『仲良くしてるほど、その人のことをもっと知りたくなる心理が働くと思うんだ。同好会の子達とも凄く仲良くしてるみたいじゃん。だから話してみるといいよ』

 

 

 ホント、瑞翔は普段マイペースで頼りないように見えて、周りのことを人以上に見えて、アドバイスも説得力がある頼れる奴なんだよな……

 

 

「……俺はその瑞翔のおかげで、今日この場で自分の過去を話すことが出来ているんだ」

 

 

 俺はずっと立っていた疲れから、自分の席に座り込んだ。

 

 

 ……しかし、その瞬間俺の中の何かがプツンと切れた。

 

 

「……でも、正直まだ怖さがある」

 

 

 何故こんなことを言ってしまったのか……気がつけば、心の奥にしまっていたネガティブな感情が漏れていた。

 

 

 

「俺があの時以来やっていたことは果たして正しかったのか。侑のため……みんなのためになっていたのか。もしかすると、それすら単なる自己満足、だったのかもしれない……って」

 

 

 こんな悲観的な言葉しか出てこない俺が情けない。

 

 俺ってやつは……聞いている者の身になってみろ。全然良い気がしないだろうが……

 

 

「っ……すまん。こんな話は聞きたくないよな。ごめん、忘れてくれ」

 

 

 俺の目には、涙が溜まっていた。

 

 

 

 

「……徹さん」

 

 

「せつ菜ちゃん……?」

 

 

 すると、せつ菜ちゃんが立ち上がり、俺の方に向かってやってきた。

 

 

 そして座る俺の前に来ると、しゃがみ込んで俺の手を両手でギュッと握った。

 

 

「そんなに自分を卑下しないでください。私たちは、徹さんに色々助けてもらったんですから……」

 

 

「……!」

 

 

 せつ菜ちゃんの眼差し、そして、掛けてくれる言葉一つ一つから暖かさを感じた。

 

 

 せつ菜ちゃんの一言をきっかけに、みんなが俺を説得しようとしてくれた。

 

 

「そうですよ……徹先輩は気づいていないのかもしれませんが、私たちのことをとても励ましてくださってるんですよ? それで、私も自信を持とうと思えたのですから」

 

 

「てっつーって、悩んでたらすぐに気づいて相談に乗ってくれるからさ! とても安心感あるし、優しいから愛さん好きだよ!」

 

 

「自分の弱点を克服することって、そんなに簡単な事じゃない。それだけで凄いことだと思う」

 

 

「みんな……」

 

 

 各々が、各々の観点から俺を励まそうとしてくれている。

 

 

「……侑は……」

 

 

 

 でも、肝心な妹からの反応が来ない。向かい側に座る彼女を見ると、下を向いていて、どんな表情をしているか分からない。

 

 

 もしかして、本当に失望されちゃったかな……そう思っていた次の瞬間。

 

 

 

「……お兄ちゃん!!!」

 

 

「うおっ!? ゆ、侑……?」

 

 

 急に立ち上がった瞬間、一目散に駆けてきた侑は、俺の身体を抱擁した。

 

 

 胸元の方を見ると、目からは涙が溢れている侑がいた。

 

 

「私、全然知らなかった……ある時から急にお兄ちゃんが、まるで別人みたいに頼れるお兄ちゃんになって……最初は戸惑った。とても嬉しかったよっ……!」

 

 

「侑……」

 

 

 その言葉が清廉潔白であることが分かるくらい、彼女の声音は真っ直ぐで、澄んでいた。

 

 

「そこから、そんなお兄ちゃんに慣れていっちゃって……気がついたらあの時の違和感を忘れてた……私もそんな自分が許せないよ……!」

 

 

「侑……! 俺が言わなかったのが悪いんだよっ……ごめんな……!」

 

 

 

 遂に堰き止められていたダムの水のように、俺は涙を流した。

 

 

「はいはい。これはお互い様、じゃない?」

 

 

 すると、彼方ちゃんが俺たちの間の仲介に入った。このままお互い、自分が悪いんだということを言い合ってたらどうしようもないからだろうな。

 

 そんなことは分かっているのだけれども……やっぱり、いつも思ってる事を行動できるなんて難しいのかもな。

 

 

「っ……そう、なのかな……そうかもしれない」

 

 

 

「うむ、そうかね……ほら、これで涙を拭いてくれ」

 

 

「あっ、ありがとう」

 

 

 お互い納得がいったところでひと段落し、俺はポケットに入っていたティッシュを二枚取り出して、片方を侑に渡した。

 

 

 

「ねぇお兄ちゃん。一つお願いがあるんだけど……良いかな?」

 

 

「ああ、もちろん。なんだ?」

 

 

 抱擁を解いて涙を拭き終わった侑が、平常心を取り戻してそう訊いてきた。お願い事……侑が相手ならばなんでも聞くつもりだけれども、何だろうか。

 

 

「もっと……私のことを頼ってくれないかな?」

 

 

 頼る……か。前から家事とかに関しては頼りにしていたつもりなんだが、そういうことじゃないのかな。

 

 

 

「お兄ちゃんが私のために色々してくれることは、とっても嬉しいし、そんなお兄ちゃんのことが大好きなんだ。でも……私だって、お兄ちゃんのために何かしてあげたいって思ってるんだ」

 

 

「っ……!」

 

 

 侑の手……暖かいな。

 

 

 

 ……そっか、侑も俺と同じように、頼られたいんだな……家事に限らず、諸々の事について……か。

 

 

 

「だから……何か悩んでいたら言ってほしい……一人で、抱え込まないで。それが、妹からのお願い」

 

 

『一人で抱え込まないで』

 

 

 ……自分のことは自分で何とかしなきゃ、とか思ってたけど、そうとは限らないのかな……俺は、もっと妹を信じることが必要なのかもしれない。

 

 

「……うん、分かった。約束する」

 

 

 俺がそう返事をすると、侑は満面の笑みを浮かべた。

 

 

 

「やっぱり兄妹は仲が良いね〜」

 

「うんうん。でも彼方ちゃん、なんだか妬けちゃうな〜」

 

 

「あっ……」

 

 

 すると、うっかり兄妹の世界に入っていたことに気づいた侑が恥ずかしそうに俺から離れた。

 

 もう少し妹の温もりを感じていたかったが、みんなを放置するわけにはいかないな。

 

 

 席を立ち上がり、みんなに向かって声を掛ける。

 

 

「みんな、長らく俺の話を聴いてくれてありがとうな」

 

「いえいえ! 徹さんの過去を知る機会を得ることができて、良かったです!」

 

「せつ菜先輩と同じくです! でも徹先輩、一つだけ言わせてもらいますけどぉ……」

 

 

 すると、かすみちゃんは手を後ろに組ませながら、俺のそばに寄ってきた。

 

 

「頼れるのは侑先輩だけじゃなくて、かすみんもいますからね! それを忘れないでください!」

 

 

「かすみちゃん……!」

 

 

 かすみちゃんらしい可愛らしい笑顔で、そう言ってくれた。

 

 

「そうそう〜。彼方ちゃんだって、徹くんを頼りにさせてもらってるんだから、頼りにされたいもんね〜?」

 

「うんうん! みんなも徹くんにはもっと甘えてほしいって思ってるよ! ねっ、みんな!」

 

 

 エマちゃんがみんなにそう問いかけると、みんなは激しく頷いてくれた。

 

 

 そんなに優しくしてくれて……また泣いちまうぞ。

 

 

「本当に、良いのか……? 俺、まだみんなにどうやって頼ればいいか分からないぞ……?」

 

 

 ……幼い頃からずっといた二人は別だが、みんなとはまだ交流期間が短い。弱い自分を見せるのには相当の勇気が必要となる。だから、上手く頼れるかが分からない。

 

 

 ……そんな懸念を果林ちゃんは吹き飛ばしてくれた。

 

 

「分からないのなら、分からないなりにやってくれれば良いのよ。私たちが受け止めてみせるから」

 

 

 みんなの言葉が……とても頼もしく思えた。

 

 

 

 ()()の居場所、見つかったのかな……?

 

 

「みんなは本当に優しいな……ありがとう。みんなを……頼らせてもらうよ」

 

 

 そう言うと、みんなは嬉しそうな表情を見せた。

 

 ……さて、俺も調子を戻していくか! 

 

 

「……よし! この話は終わりにして、飯食わないか?」

 

 

「はい、そうしましょうか!」

 

 

 俺の掛け声にせつ菜ちゃんが笑顔で応える。

 

『いただきます』の挨拶と同時に、みんなが自分の好きなように食べ物を取っていく。

 

 

「あれ? このクラッカーってまさか……!」

 

 

「おや〜? しずくちゃん、分かっちゃった? もちろん、徹くん監修のディップセットで〜す!」

 

「うわぁ……! よし、これを乗せてっと……はーむ……ん〜! やっぱり美味しいです、徹先輩!」

 

 

 ある一角では、俺が作ったディップをクラッカーに乗せて美味しそうに食べるしずくちゃんがいた。

 

 

「おぉ、早速食べてるか! そう言ってくれると作った甲斐があるよ」

 

「……ねぇ徹さん、これって前作られた時とメニュー変えてますよね!?」

 

「おぉ……せつ菜ちゃん、気づくの早いなぁ。今回の合宿に向けて、レシピを新たに考えてみたのさ」

 

「そうだったんですか!? 流石……尊敬します!!」

 

「そ、そこまで言われるとなんだか照れちまうな……」

 

 

 しずくちゃんよ……流石にそこまで慕われると恥ずかしさが隠せないぞ……

 

 

「あっ、お兄ちゃんが得意なクラッカーにつけるディップだ! 昨日台所で何してるかと思ったら、これを考えてたんだね〜」

 

 

 そうそう、実は昨日少し時間をとってレシピの考案をしてたんだよな。

 

 あっ、今度は侑にも手伝ってもらおうかな? もっと良いレシピが出来るかもしれないし。

 

 

「ハハッ、実はそうだったんだよな……でも、今回はそれだけじゃなくてデザートもあるからな?」

 

「「「え!?」」」

 

 

 ふふふ……実はディップだけじゃネタ不足だと思って、少し前から用意してたアレを作ったのさ……

 

 

「てっつーが力を入れてたあのデザートのことだね!」

 

「そうそう、かすみちゃんのアイデアも取り入れたあれだ」

 

「えっへん! 皆さん、美味しすぎて食べすぎちゃうかもしれませんよぉ〜!」

 

 

 かすみちゃんは胸を張って自信満々のようだ。

 

 ……でも、食べすぎはしないようにな。明日の練習あるし。

 

 

「ふふっ、あと彼方ちゃんと歩夢ちゃんにも手伝ってもらったんだ。なっ、歩夢ちゃん」

 

「えっ? ……あっ、そうなんだよ! 徹さんとかすみちゃんの自信作だから、是非食べてね!」

 

「自信作って……ハードル上げるのは勘弁してくれよぉ……」

 

 

 全く……でも、そう言われて悪い気はしないな。

 

 

「デザート……楽しみ〜!!」

 

「私も……! なんならデザートから先に食べたい……璃奈ちゃんボード『デザートの顔』〜」

 

「璃奈ちゃん、そこは主食から先に食べた方がいいわよ……?」

 

 

「「「「「あはははは!!」」」」」

 

 

 みんなでくだらないことで笑ったり、有意義な時間を過ごしたり……それに、俺が作った料理は大好評だったりして食事の場は幕を閉じた。

 

 

 ……みんなに話して良かった。

 

 

 そして、こんな仲間を持てて良かった。

 

 

 これからは、時に頼りにしながらも、みんなとの縁を大切にしたい。

 

 

 そう強く思ったひと時であった。

 

 

 




今回はここまで!

虹ヶ咲のみんなは……本当にお人好しで優しいのですよ……

次回からは本格的に合宿の話に入っていきます!
ではまた次回!
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