第67話です。
では早速どうぞ!
遥か彼方に入道雲が躍動感を露わにし、ギラギラと照らす太陽の下で、無数の蝉達の鳴き声が轟く。
気温も湿度も高い故に、ただ立っているだけなのにも関わらず汗が滲み出てくる。
まさに夏と言わんばかりの環境───
「はっはっはっ……」
そんな中で、スクールアイドル同好会のメンバー達は、規則正しい息遣いでグラウンドを駆け巡っている。
そんなグラウンドの傍ら……どうも、高咲徹だ。
昨日は合宿の前夜祭といった位置付けで思いっきり楽しんだが、今日から本格的にトレーニングを始めている。
スクールアイドルとしてハイクオリティのパフォーマンスを持続させるための体力作りは不可欠。特に走り込みは徹底的に行う。
現在はその走り込みを、校内の広いグラウンドで行っているところだ。
そのあとはダンスのレッスン、筋トレなども行う予定だ。
ちなみに俺と侑は、グラウンドの二つあるゴール線付近のそれぞれにスタンバイしていて、残り何周するか、などメンバー達に声掛けをしている。もちろん、それぞれのメンバーの記録、様子などをノートにまとめていたりもする。
……おっ、丁度せつ菜ちゃん率いる同好会メンバーの集団が走ってきたな。
うーん、みんな大分険しい表情になっている気がするな……よし、ここでこの秘密兵器を使おう。
そして俺はそのブツを手に持ち、みんなに大声で励ます。
「いいペースだ! その調子その調子! これで涼しくなってもう少し頑張れ!! そらよっと!」
「はっはっ……はぁ〜涼しいですぅ〜!」
「う〜ん! 気持ちいいね! 徹くんありがとう〜!」
「恵みの水感謝だぜ〜」
走り込んでいたメンバー達の真剣な表情は少し綻び、笑顔を見せた。
……今俺が何をしたのか? 秘密兵器とは何なのか?
結論を言えば、彼女達にミストを撒いたのだ。
そして、秘密兵器というのはこの水鉄砲のことである。
水鉄砲とはいっても、鋭い水を発射できるだけでなく、そのノズルを回すことで霧状の水を出すことが出来るタイプの水鉄砲だ。
霧状の水、つまりミストを撒くことによって熱中症対策に繋がるということで、愛ちゃんにそうして欲しいと頼まれたのだ。理に適っていたので、俺はその頼みを快く了承した。
ただ一つ、驚いたことがある。なんとその水鉄砲は所謂夏のプールで見られるような、一際大きく、ボリューム感溢れるマシンガン風の水鉄砲だったのだ。
あれを何故合宿に持ってきたのか……愛ちゃんのことだし、まさかこのためだけに持ってきた訳じゃなかろう。
──そういえば、同好会のみんながプールに入りたいなんて話を合宿前の集まりで話してたんだよな。まさか、みんな本気なのか……?
あの時は流石に冗談だろうと思っていた。せつ菜ちゃんは乗り気じゃなかったし、合宿は遊ぶ行事ではない。『出来たらいいなー』程度の話であって本気ではないだろう……と。
ただ万が一に備えて、使わないだろうと思いながら水着一式を荷物には入れておいたが。
……いや、俺個人としてはプールに入りたい気持ちは正直ある。実際、虹ヶ咲の屋内プールなんてあまり入る機会がないし、今ならなんと、実質貸切になるのだ。こんな魅力的なプランはない。水着を用意してないからプールサイドでじっとしてられやしないだろう。
ただ再度言うが、合宿は遊ぶためのイベントではない。そこを履き違えないようにしないといけない。
「残り三周で〜す!」
そんなことを考えていると、グラウンドの反対側から侑の掛け声が聞こえてきた。残りたった三周……いや、まだ残り三周と考えるかどうか。
まあ前者で考えられた方が、やっている側としては気は楽になるだろうが……そう考えられるようにするためには心に余裕がなくてはならないから、難しいだろうな。
特に体力作りがまだ十分ではないかすみちゃん辺りがそろそろバテてくる頃だろう。こういう場面で持ち堪えればレベルアップに繋がると思うのだが、果たしてどうなるか。
そんなことを考えていた矢先……
「───おいおい、みんな何をしてるんだ……?」
グラウンドの反対側を走っていたメンバー達が、何故かコース外へと散らばっていく様子を目の当たりにした。
一体どのような状況か理解できない。でも、こんなことしたらせつ菜ちゃんが黙っていないはずだが……
「あっ! せっつー、あんなところにてっつーがいるから一緒に追いかけてみようよ!」
「えっ!?」
……ん?
待て待て、今『追いかける』って言ったよな? それってまさか……
「……分かりました。そこまでおっしゃるなら、十分な体力作りになるくらい、徹さんを追いかけて見せましょう!」
「おっ、気合い充分だね〜! じゃあ早速、レッツゴー!」
ちょっ、本当にこっちに走ってきたんだが!?
……間違いない、これは鬼ごっこだ。せつ菜ちゃんと愛ちゃんが鬼、俺は逃げる役って状態である。
「徹さん! 覚悟してくださいね!!」
Oh……常識人であるせつ菜ちゃんすらもスイッチが入っちゃってるじゃないか……
これは、ノリに乗っていくしかないな。
そして俺は……
「仕方ないなぁ……さらばだ!!」
素早くその場を去った。
俺の俊足を舐めちゃいけないぞ? この鬼ごっこ、最後まで生き延びてやる……!
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「はぁ……はぁ……嘘だろ?」
「ふう……かなり手こずりましたが、やりました!!」
逃走劇が始まってたったの20分……一時追手を撒けたにも関わらず、せつ菜ちゃんに何度も見つかっては追いかけられ……力尽きて捕まえられる始末。
……俺ってやつは捕まるのが早過ぎるんだよぉ!!
「せつ菜ちゃん……何回か行方を眩ましたのになぜ見つけられるんだ……?」
「それは、運が良かったというのもあるのでしょうが……徹さんの行動がなんとなく予想がついたというのもありますね!」
「マジ……? なんだ、せつ菜ちゃんはエスパーだったのか?」
「そんな、エスパーだったら徹さんじゃなくてもすぐに捕まえられますよ! 徹さんとは、去年の生徒会からの仲ですから……えへへ」
少しはにかんでそう答えるせつ菜ちゃん。
……懐かしいな。俺が生徒会長なりたてだった頃に初めてせつ菜ちゃん、もとい菜々ちゃんと会話したあの時が。
「……はっ! な、何を言っているのでしょうか私は!? 侑さんや歩夢さんと比べたら全然長くないですよね、すみません!」
「えっ? いやいや、そんなことないぞ。確かに侑は妹で、歩夢ちゃんとは長い仲だけど……
「……!? い、今私の本名を……?」
早口気味で慌てふためいたり、目を見開いて驚いたり……コロコロと表情を変えるせつ菜ちゃん。
「ん? あぁ……ここは本当の名前を言おうかなって。もしかして、ダメだったか?」
今思えば、今はせつ菜ちゃんの格好だし、そんな中で本名を呼ぶのはレギュレーション違反だっただろうかと少し反省しているが……
「ダメではないですが……不意打ち過ぎますよ……」
「そ、そうだったか……なんかすまん」
……なんかお互い気不味い雰囲気になってしまった。
話題を変えなければ。話題話題……
「お〜、せつ菜ちゃんじゃん! これは大物を捕まえたね〜」
そう必死に頭をフル回転していると、向かいから彼方ちゃんが歩いてきた。
場所は部室へと繋がる廊下で、多分彼女は部室からやってきたのだろう。
「あっ、彼方さん! そうですね、苦労した甲斐がありました! 彼方さんも誰が捕まえたんですよね?」
「そうだよ〜。誰かはあとで話すね。徹くんの楽しみを取っておきたいから〜」
「えぇ……一体誰なんだよ……」
彼方ちゃんが捕まえたメンバー……誰だろう? というか、せつ菜ちゃんと愛ちゃん以外、一体誰が鬼なのか把握してないじゃないか……これじゃ全く見当がつかない。
「そんな訳で〜。次の獲物を探しに行こ、せつ菜ちゃん?」
「そうですね! では徹さんは部室で待っててくださいね!」
「う、うん。分かった」
そんな訳で、俺は部室という名のプリズンに一時的に閉じ込められたとさ。
あっ、このプリズンというのは部室の前に貼ってあった文言のことだ。牢屋という意味を持つ英単語だが、こんな平和な本物の牢屋は実在しないぞ……なんなら平仮名で書いてあったし。
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「おいおい……侑だったのか……」
「ん……? あっ、お兄ちゃん! お兄ちゃんも捕まったの!?」
部室の扉を開けて目に映ったのは、椅子に座ってパソコンを弄る侑の姿だった。
「あぁ。せつ菜ちゃんに猛追されてさ〜。もう勘弁してくれってところさ……そっちはどうだったんだ?」
「それがね……彼方さんの罠に引っ掛かって……」
「罠?」
彼方ちゃんが侑に罠を仕掛けたのか? 一体彼方ちゃんはどんな手段で捕まえたのか……
「彼方さん、体育座りで寝ているフリをしててさ……心配して近寄ったら手首掴まれちゃって……まんまと捕まっちゃった」
「あちゃー……彼方ちゃんは、なかなかの策士だな」
「あはは、ホントそうだね〜」
お手上げだと言わんばかりに苦笑いする侑。
そりゃ俺でもその罠に引っ掛かっちまうな。これは彼方ちゃんと何か勝負をする時には、心して挑まなきゃいけないな。
それからふと、侑が見るパソコンの画面に視線を移すと、ある動画がそこで再生されていた。
「おっ、それは……Diver Fesの時の果林ちゃん?」
「あっ……そうそう。部室のパソコン弄ってたら、見つけちゃって」
そうか、後からライブが見れるように動画サイトにアップされてたんだな。
「なるほど……再生数も凄いし、コメント欄も色んな感想が載ってるな」
それにしても、この動画を見るとあの時の熱気と感動が蘇るな……
絶対にはしゃがないと決めていたのに、俺はあのライブにはしゃがずにはいられなかったのだ。
初めて客席で盛り上がれるライブを観た俺は、自分自身が驚くくらい熱くなっていた。
「うん……」
「……侑?」
考え込んでいたせいか、侑の反応が薄いことに気づくのが遅れてしまった。
「えっ? ……あっ、ううん、何でもない! 少しコメント欄に感動しちゃっただけ!」
「ん、そうか。確かにコメント欄の熱量が凄いよな……」
……改めてコメント欄を眺めると、元々からスクールアイドルを推していなかった、存在を認知していなかった人からのコメントも散見される。
今まで全然関心を持ってなかった人が、ここまで熱くなれる。そんなライブだったんだな、あのDiver Fesは……
そんなライブを、また見てみたい。
ふとそう思った。
「ただいまーっ!! 全員捕まえることが出来たよ〜!!」
すると、部室の扉が開き、同好会メンバー全員の姿が見えた。
俺がここに来てから、まだそんなに時間経ってないような気がするが……いや、気がするだけだろうか。
「おぉ、早いな。お疲れ」
鬼ごっこに熱中したみんなに労う言葉をかける。
「さて! 走り込みが終わっていい時間ですし……
「ふふっ、いいじゃない。せつ菜、
「……もう、仕方ないですね。終わったらまたトレーニングするんですよ?」
ん? 『あれ』って何のことだ?
待て待て、みんな知ってるような表情をしてるのだが!? 知らないの俺だけ!?
ダメだ、このままだと一人置いてかれそうだ……
「ちょっ、ちょっと待て!! あれって何のことだ?」
「えっ? それは……」
しずくちゃんが不思議そうに首を傾げるが……
「プールのことだよ! 徹くん!」
このエマちゃんの言葉で『
「……マジか」
君たち……本気だったんかい!!
今回はここまで!
せつ菜ちゃんに追いかけられたい人生でした。ハイ←
次は皆さんお待ちかねの……あのシーンです。
ではまた次回!
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