第70話です。
では早速どうぞ。
「あー、もうこんな時間か……少し外に出るくらいならいいよな?」
充実した時間を過ごせたプールを出た後、俺たちは屋内の施設でトレーニングを行った。
同好会のみんなは侑の熱いプレゼンに感化されたのか、いつも以上に張り切って練習に励んでいた。
普段ならクタクタになっている時まで経過してても、今回はみんな全く疲れを見せていなかった。
いや、こうやってライブの方針が決まっただけでこんなにも変わるんだってびっくりしたもんな。改めて、みんなのスクールアイドルに対する想いの強さを感じたよ。
そんなこんなで白熱した練習も終え、みんなは部屋で各々の時間を過ごしている中、俺は少し合宿施設の外に出ている。まあ、ちょっと少し外の空気を吸いたくなったってところだな。
気温は夏だから暑くて熱帯夜と言えるかも知れないが、海がある方から吹いてくる浜風がなかなか涼しいから心地いいんだよね。
そんな訳で外へ出てきたが……あそこに芝生があるから、そこの上に座ってみるか。
少し斜面になっている芝生に下り、そこに腰掛けてみた。
「こんな良い天気だから、星見えるかな……?」
少し開けた場所で真上には夜空が大きく広がっていたので、俺は試しに見上げてみた。
……いや、ここは大都会・東京だ。至る所に電灯という名の光があちこちに点在しているから、そんな場所から星が眺められる訳がないな。
そう思い、俺はすぐに見上げるのをやめた。実際、俺はそのためにここに来た訳じゃないからな。
そうやって一人の時間を過ごしていると……
「あれ、徹さん?」
後ろから俺の名を呼ぶ声がした。後ろを振り向くと、そこには私服姿のせつ菜ちゃんがいた。
「おっ、せつ菜ちゃんじゃないか。どうしたんだ、こんな場所で?」
「トレーニングで身体が熱くなったので、ちょっと風に当たろうかなと思いまして……徹さんこそ、どうされたんですか?」
「あぁ……せつ菜ちゃんと同じ感じだよ。外の風に当たりたいなぁって。それと少し考え事ってところかな」
やっぱり、いつも以上に気合入ってたよな。俺はトレーニングしてないから、せつ菜ちゃんのとは少し訳が違うけれども。
「考え事、ですか?」
「そう、別に大したことじゃないんだけどね。ほら、ここに座るか?」
「いいんですか? じゃあ、お邪魔します! ……奇遇ですね。私も少し考えたいことがあって」
俺が隣の芝生をポンポン叩きながらそう言うと、せつ菜ちゃんはそこに体育座りをした。
せつ菜ちゃんも考え事があったんだ……ちょっと気になる。
「ほう、そうなんだな……どんなことを?」
「私も大したことではありませんが……私の原点についてです」
「せつ菜ちゃんの原点……? つまり、スクールアイドルを始めた頃ってことか?」
俺は、せつ菜ちゃんの言葉から読み取った自分の解釈が正しいかどうかを彼女に確認した。
「そうですね。私がスクールアイドルを始めたきっかけですとか……始めた頃だけじゃなくて、今までのことについて振り返ろうかなと」
「なるほどな。始めた頃……生徒会室でいきなり宣言したあの時が忘れられないなぁ」
俺が言うあの時というのは、せつ菜ちゃんもとい菜々ちゃんがスクールアイドルをやりたいと俺に伝えてきた時のことだ。
あの出来事も、もう少ししたら一年が経とうとしてるんだよな……ホント、時間が経つのはあっという間だ。
「ふふっ、意外でしたよね。あの頃の私は、スクールアイドルなんてするような人間じゃなかったですから……」
少し微笑んでから、遠くを眺めながら過去を振り返るせつ菜ちゃん。
「でも、あの時徹さんが後押ししてくださったから、私はこうして自信を持ってスクールアイドルに邁進出来てる気がします」
彼女がそう言い切ると、俺の方を向いて眩しい笑顔を見せた。
「だから、徹さんにはとても感謝してるんです!」
彼女の偽りのないと分かるその言葉に、俺は動揺を隠せない。
「い、いやそんな……俺はただ薦めただけだし、それ以上のことは何もしてないぞ。ほら……」
照れ隠し……のつもりはないのだが、少し話をすり替える。
「せつ菜ちゃんのスクールアイドル活動もあまり手伝うことも出来なかったし、同好会が出来た時だって、練習を見ること以外は何も出来なかったし……」
「えっ? ……そこは仕方ないですよ。徹さんも生徒会長で忙しかったでしょうし、私は徹さんに練習を見に来てくださるだけでその……とても嬉しかったんです」
「そうなのか? ……でも、肝心なお披露目ライブも合宿で見れなかったし……」
色々悔やむところがあるが、これだけはどうしても悔やんでも悔やみきれないことだ。なんなら、俺はその前に起きた重大な出来事に関与出来なかったんだから……
「あっ……凄く、楽しみにしていてくださったんですね……?」
せつ菜ちゃんは、意外といった表情でそう話しかけてきた。
「そりゃ、もちろん。合宿の帰りのバスの中なんか、内心ソワソワしてたからな。今頃ライブやってるんだよな……ってな」
「ふふっ。ソワソワしている徹さん、とても珍しかったでしょうね」
「まあな。それだけ俺にとっても一大事だったんだ」
今思えば、あの時から同好会は俺にとって大きな存在だったんだなと思う。元々スクールアイドルなんてこれっぽっちも知識がない人間だったのに、不思議なものだ。
「……そんなライブも、問題だらけでしたけどね」
「……そうかね」
俺は、せつ菜ちゃんのその言葉になんとも肯定しがたい思いに駆られた。
結局、同好会のみんなはライブに出ず、せつ菜ちゃんのみがステージに立ったんだよな。披露する曲も、元々せつ菜ちゃん独自で作っていた曲に変わっていた。
……失敗と言えるかもしれないが、悪いことばかりではない。
「……それでも、せつ菜ちゃんに熱狂的なファンが生まれただろ?」
「……はい。あんなに純粋な眼差しで詰め寄られたのは初めてでした」
そう、俺の妹である侑が、お披露目ライブでのせつ菜ちゃんのパフォーマンスに強く惹かれたのだ。
あの日家に帰ったら、パソコンの前でイヤホンつけて見たことないくらい集中してたのを見た時の衝撃は大きかった。
「そんな侑が、同好会に変化をもたらしたんだ。そのおかげで、せつ菜ちゃんを同好会に呼び戻すことが出来た。ホント、あいつがいなかったら今はないだろうなってつくづく思うよ」
ホント、本人にはなかなか言う機会がないけど、とても感謝してるんだよな。
「そうですね……でも、私を説得するのを手伝ってくれたのは徹さんですよ?」
「えっ? ちょっ、なんでそれを知ってるんだ……?」
待て待て、もしかして……
「昨日侑さんから聞きました。それに、途中から徹さんも一緒に説得してくれましたよね? 侑さんもそうですけど……徹さんもですよ?」
すると、せつ菜ちゃんは不満そうな表情を見せた。
「ぐっ……分かった、分かったから」
俺が降参と言わんばかりにそう言うと、彼女は元通り笑顔を見せた。
「でも、スクールアイドルフェスティバルなんて……あのような大きな企画を提案されるのは予想外でした」
「ホントにな……」
そう、侑と言えばさっきのあの出来事があったよな。せつ菜ちゃんも侑があんな大きな夢を語るとは思ってもいなかったようだ。
「侑さんの『大好き』、見つかったんですね」
「『大好き』……そうなんだろうな。侑は昔から何か特に好きなことはなかったのだが……」
「そうなんですか……?」
そうか。最近知り合ったせつ菜ちゃんからしたら、そういうところは知らないか……
「あぁ。何かやりたいこととか、目指したいものはないって言ってたから……多分あいつは今、自分を変えようとしてるんだ。スクールアイドルを通じてな」
昔は何か習い事に通わせようと親が必死だったが、悉くダメで……まあ、こういう俺も水泳以外は全然だったんだけど。
だから普段は侑と歩夢ちゃんで仲良く遊んでたよ。高校生になってからも、放課後にショッピングとかして……そういう日々が続いてた。
そんなあいつが、何かに夢中になって、今までの自分を変えようとしている……
「だからあの時思ったのさ、兄である俺が何も変わらない訳にはいかないって。まあ正直、そのことを考えたくてここに来たってところだ」
「あぁ、そういうことでしたか……」
兄が妹のお手本になるべき。妹が一歩踏み出そうとしているのなら、兄はその先に居たい。そう意識して、俺はどうしたらいいかを考えていた。
……いや、それを考え始める前からもう結論は出ているんだけど、だな。
「んー……まだ侑には言ってないけど、せつ菜ちゃんになら話してもいいかな」
「わ、私にならですか!? えっと……心して聞きますが、どのような……?」
せつ菜ちゃんは結構抜けているところはあるが、とても義理堅い子だ。
だから俺は、その結論を彼女に吐露した。
「……俺、再び作曲して自分の曲を世に出せるようになろうかなって思うんだ」
「……!」
せつ菜ちゃんは目を大きく見開いた。まあそれはそうだ、俺が明かした過去を聞いたばかりだもんな。
俺は曇る夜空を見上げながら、そのように考えた経緯を話し続けた。
「あの頃のように、純粋に音楽作りに没頭できるかは分からない。でも、あの過ちを償うことさえ出来てないのは、ダメだって……そのままじゃ、俺はもっと前に進めないんじゃないか、って……」
気づけば俺は、見上げていた頭がだんだん下へ向き、声色も弱々しくなっていた。
それを見たせつ菜ちゃんは、下がった俺の顔を窺うようにして俺に話しかけた。
「徹さん……手、震えてますよ?」
彼女に言われるまで、俺の手が震えるほど力んでいることに気づかなかった。
「えっ……? す、すまん。思わず手に力が入ってた……」
「……やっぱり怖い、ですか?」
「……あぁ」
俺の恐怖心の根源……それは、中3で起こした俺の過ちだ。
俺はあれから、作曲活動を一切していない。元々ある曲を弄ることはあっても、一から曲を創ることはしてない。もし仮に頼まれたとしても、俺はそれを例外なしに断っただろう。
「昔と今は違う、ってことは分かってる。俺だって、あれから色々考え方を変えて、新たな価値観も覚えたんだ。あの時の過ちを繰り返すことはない、そう思える時もある」
呑気でかつ楽観的だった俺を脱却して、成長したとは思っている。過ちを繰り返すほど、俺は成長していないことはない。
そう信じたい……信じたいのだが……
「でも、もしかしたら……万が一のことを考えてしまうだけで……怖いんだ……あの時のトラウマが、蘇ってしまうんだ。自分を変えなきゃいけないのにな……!」
脳内に、ただならぬ絶望感に満ち溢れたあの時の記憶がよぎった。
それに思わず頭を抱えてしまった。
俺は、再び恐怖心に支配されかけていた。
でも、そんな時……
「……大丈夫です」
「っ……! せつ菜ちゃん……」
せつ菜ちゃんが、震える俺の右手を優しく握ってくれた。
ふと前を向くと、しゃがみながら柔らかな微笑みを見せる彼女がいた。
「そんな焦る必要はないんですよ? 誰だって、すぐに何かを克服できる訳ではありませんから」
彼女の表情には、優しさだけでなく、憂いも混じっていた。
「私だって、同好会で起こしてしまった過ちを完全に克服出来た訳ではありません。またどこかで、暴走してしまって……同好会を分裂させてしまうかもしれない。そんな不安が完全に消えた訳じゃないんです」
「せつ菜ちゃん……」
そっか……せつ菜ちゃんも、あの出来事を克服できた訳じゃないのか……
「……でも、私は侑さんと徹さんがくれたあの言葉のおかげで、こうしていられるんです! だから……っ! 思い付きました!」
「? どうしたんだ?」
すると、せつ菜ちゃんは勢いよく立ち上がり少し前へ走った後、こちらを向いて大きな声でこちらに話しかけた。
「今からここで、私がお披露目ライブで歌った曲を、徹さんのために歌いたいと思います!!」
「えっ、ここで!? ……でもあの曲、聴いてみたい。そしたら俺、もっと頑張れそうな気がする!」
最初は相当驚いた。今ここで歌うというのだから、その時点でまず仰天した。ここで歌って大丈夫か? 周りの迷惑にならないかという不安が一瞬頭の中をよぎった。
でも、俺が聞けなかったあのお披露目ライブで歌われた曲。侑が一目惚れをして、行動を起こすまでの原動力となったあの曲。
……多分彼女は、この曲を通じて俺にエールを送ろうとしているんだ。そう思えると、俺の心はただただ『せつ菜ちゃんにここで歌ってほしい』という気持ちでいっぱいになった。
「ふふっ、分かりました! じゃあ、行きますよ〜!」
そして俺は、せつ菜ちゃんの
ははっ、まさか元部下にこうやって背中を押されるとは思わなかったなぁ……
……そうか、俺は焦り過ぎてたんだな。全く、侑には『焦らなくて良い。楽観していい』とか言ったくせに、人のこと言えたもんじゃないなぁ……
『夢はいつか輝き出す』か……少しずつでも自分を変えていけば、そうやって俺も輝けるんだろうな。
そう思いながら、俺は再び夜空を眺める。
夜空には、星々達が綺麗に瞬き、輝きを放っていた。
……少し離れた先に人影があったことを気づかずに。
今回はここまで!
せつ菜ちゃんとの掛け合い……いかがだったでしょうか?
最後が少し不穏な終わり方でしたが、果たして誰なのか……?
次回もお楽しみに!
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