第74話です。
ではどうぞ。
「えーっと……一通り回って、みんなの反応が良さそうなステージだけに絞ったら……こんな感じか」
手にスマホを持ち、画面をスライドしながら入念にチェックをしている。
先日、スクールアイドルフェスティバルをどこの会場で行うかが課題に挙げられたと思うが、今日は候補地を見学しに行った。
見学した場所は、全て虹ヶ咲学園周辺の地域であった。ただ、そんな限られた範囲の中でも多様なライブ会場が存在しており、それらを全て回るのに大体一日の四分の一を使った。
そうして全ての候補地を巡った俺たちは、心を安らぐためにカフェで飲み物を購入し、近くの広場で寛いでいた。
「今日は楽しかったね〜!」
とても美味しさを感じていそうな表情で抹茶ラテを飲むエマちゃんは、みんなに向かって今日の感想を伝える。
それに対して、豆乳ラテを片手に果林ちゃんが応える。
「そうね。私も納得できるステージを見つけたし、良かったわ」
「私はあの公園が良かったなぁ……風と波の音を聞きながら歌えるって素敵だなって思うよ〜!」
あぁ……あの公園か。確かにあそこでエマちゃんが歌ったら映えそうだな。彼女は自然豊かで緑が溢れるような場所が好きなんだろうし、そこだからこそ彼女の魅力が引き出されるのだろうと俺は思う。
「かすみんはですねぇ、えーっと……徹先輩、ちょっとそれ見せて貰えますか?」
「ん、ちょっと待ってな……はいよ」
すると、俺の横でかすみちゃんが顎に指を当てて考える仕草をしながら、ライブ会場を記録したスマホを渡すようにお願いをしてきた。
最初に撮った写真に位置を整えてから手渡すと、彼女は伝えようとしているライブ会場の写真を探し始めた。
「んー、どのステージも良かったですが……でもやっぱりここが良いです! かすみんここでライブをする予定だったので、今度こそこのステージに立ってみたいんですよぉ〜!」
かすみちゃんは、今俺たちが寛ぐこの場所を指しながらそう言った。
……そうか。かすみちゃんにとっても、ここに立ちたいという想いが今でもあるんだな。
そう考えると、その時に同好会に居たメンバー達も少なからず同じ想いを持っているかもしれないな。ここは、候補の中から決める中で本命にしておくべきか……?
「愛さん、ふつーに家で歌ってみたいんだよね〜!」
「家か! ……でも楽しそうだし、愛ちゃんならではのライブだな」
「でしょでしょー!」
多分察するに、愛ちゃんの家の中か、もしくはその前でライブをするって感じだろう。彼女のことだから、もんじゃを振る舞いながらになりそうかな。ふむ……なかなか独創的で面白い案だ。
「やっぱり、みんなバラバラだね」
侑の言う通り、みんなの反応はバラバラ……予想通りではあるが、希望する会場が被っているメンバーはいないんじゃないか、というレベルである。
果たしてライブ会場を決められるか、先は見通せない状況だが……
「まあでも、みんなが考えてるライブの構想は最高だし、なるべく実現したいよな」
ここで先走って結論を強引に出してはいけない。みんなの意見を尊重して、ライブをより良いものにしていくべきだ。
スクールアイドルのみんなは日々の練習に一生懸命なんだから、俺みたいなサポーターはこういうところで頑張るんだ。
「うん、私も同じ気持ちだよ! ……ってお兄ちゃん、コーヒー買ったんだ?」
「えっ? ……あぁ、考えが捗るかなーって思ったからアイスコーヒーにしたけど」
あれ、俺以外にブラックコーヒーを頼んだ人は……いないのか。
まあ、カフェインを摂って集中力を高めたいからな。みんなみたく甘い系の飲み物もこの機会に飲んでみたさはあったけども。
「徹先輩って、割と辛党なんですか?」
辛党……まあそうか。コーヒーを好んで飲む人は、甘党な人は少ない傾向にあるのかな。少なくとも、しずくちゃんはそういう見方をしているのかもしれない。
ただ……
「んーいや、むしろ甘党だね。スイーツ系は基本好物だったりするし」
そう。実は俺、そこそこ甘党なんだよな。辛い物が苦手とまではいかないが、どちらかといえば甘い物が好きだ。
「へぇ〜、徹先輩が……意外です」
意外か……まあ確かに、みんなに食べ物の好みはあまり明かさないから、かすみちゃんのような反応をされてもおかしくないか。
ていうことは俺って、そこそこ大人っぽい感じで見られてるのだろうか。もしそうなら、嬉しいけどな。
「そうか?……ほら、特に団子なんか毎日食っても飽きないくらいだし。なっ、歩夢ちゃん?」
「……! ……はい、懐かしい話ですね」
スイーツの中でもお団子は格別なんだよなぁ。みたらし団子とか三色団子とか……どれも好きで、ナンバーワンを選べないのさ……
ただ、歩夢ちゃんが作ってくれる団子はどれも美味しかったんだよな……
懐かしい話……そうか、最近は食生活に気を使うようになって、食べなくなったんだよな。
最初は好きな物が食べれないことが辛かったが、健康のためにと思ってその辛さを我慢して継続した。そしたら、団子を食べない日常が当たり前になってた。
……なんだか昔を思い出したせいか、久々に食べてみようと思ったが……食べ過ぎないか心配だ。
……そこら辺、歩夢ちゃんに少し話を持ちかけてみるか。
そう思い、彼女に声を掛けようとする。
「……なぁ、歩夢ちゃ───」
「あっ……!?」
しかし、誰かの驚く声が耳に入った俺は咄嗟にそちらの方に視線を切り替えた。
「どうしたの、璃奈さん……あっ、ボードにクリームが……!?」
璃奈ちゃんの右手には、ホイップクリームが乗った飲み物、そして反対には、角にクリームがべとりと付いた璃奈ちゃんボードを持っていた。
この時、彼女はボードを飲み物の上に落としてしまい、クリームがついてしまったのだろうとすぐに察した。
「大丈夫か、璃奈ちゃん!?」
「うん。私は大丈夫だけど……やっちゃった」
璃奈ちゃん本人が無事であることを確認したが、本人は少しショック気味のようだ。
今まで彼女が、自分の気持ちを伝えるために考えてきた顔の数々が収められている璃奈ちゃんボードは、かけがえのないモノだからだろう。
こんな時には……よし。
「えーっとティッシュは……あった! ちょっと拭くから、それ貸してみ?」
「う、うん……はい、これ」
「ありがとう」
俺は、自分のバッグからティッシュを取り出し、璃奈ちゃんボードについたクリームを取ろうとする。
上から擦ると広がってしまうので、横から掬い上げる形でクリームを除去した。
「よし……お待たせ。幸い、あまりクリームの油分が染みてなかったからほぼ無傷だったぞ」
幸いなことに、油がボードに染み付くのを防ぐことが出来た。
「そうなの? 良かった……」
ホッとして胸を撫で下ろす璃奈ちゃん。
「流石徹くん、こんな時でも落ち着いてるね〜」
「いやいや、彼方ちゃんほどではないし……って起きてたんだな」
「彼方、いつの間にか起きてたのね……」
気がついたら、さっきまで気持ちよさそうに寝ていた彼方ちゃんが起きていた。いや、いつでもどこでも気持ちよさそうに寝る彼方ちゃんって、かなり冷静だなって思うんだよな……
「……あの、徹さん」
「ん、何だ? 璃奈ちゃん」
シャツの裾を引っ張りながら俺を呼ぶ璃奈ちゃんに、俺は振り返って応答する。
「私は、徹さんの冷静さに救われた。だから、ありがとう……」
「おう……またいつでも頼ってよな」
……なんだろう、別に感謝されたいからやってる訳ではないのだが、こうやって感謝を伝えてくれると頼られがいを感じるよな。
「……あっ、もうこんな時間ですか。そろそろ日も暮れて来ましたし、そろそろ解散としますか!」
「そうだね! 明日はしっかり話し合いをして、どこを会場にするか決めよう!」
……ん、確かに程々な時間か。ライブ会場については、明日本格的に話し合うかね。
「じゃあねー! また明日〜!」
「ちょっと彼方せんぱぁ〜い、かすみんの肩で寝ないでくださいよ〜!?」
「にひひ〜……いいじゃないか〜」
「良くないですよぉ〜!」
「このまま彼方さんはかすみさんの家に……?」
「あははは……途中で起こしてあげようね?」
彼方ちゃんは再びおねむタイムに入り、かすみちゃんの肩を借りる状態になっている。それには、しずくちゃんとエマちゃんも苦笑いしちゃってるな……
「……さてと、俺らも帰るか?」
「あっ、徹さん! 少しお話しよろしいですか?」
「ん、いいぞ。どうした?」
俺が帰る仕草を見せた時、せつ菜ちゃんが俺を引き留めた。
「その、前に徹さんが言ってた曲作りについてなんですが……」
「……うむ」
曲作り……それはつまり、作曲のことだろう。俺が今、克服しようとしていることだ。
「それで一つお願いがありまして……徹さんの曲を聴かせて頂けませんか?」
「えっ!?」
せつ菜ちゃんに、俺の作った曲を聴かせる……だと?
「えっと、それは……」
「あっ、別に強制ではないんです! 徹さんがどのような音楽作りをしているのか、気になってしまいまして……なんでも構いません! 徹さんが手を加えた楽曲を聴きたいんです!」
なるほど。作曲したものというより、俺が何かしらアレンジさせた曲も含めてってことか。
でも、それでさえ聴かせたことがあるのは侑だけだ。正直、それを聴かせるのは憚られるのだが……
……いや、ここで怖気付いていたら作曲なんて克服するのは夢のまた夢だろう。ここは一つ、勇気を出してみよう。第一歩を踏み出してやる。
「分かった。ただ俺が独自で作った曲はもう残ってないから、元々ある曲のアレンジになるけど、良いか?」
「……! はい! 問題ないです!」
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夜は更け、外から月の光が差している。
俺は、自分の部屋の真ん中に立っていた。
目線の先にあるのは、腰の高さまであるテーブルの上に置かれた、コンパクトなサイズの電子ピアノだ。
「……少し弾いてみるか」
ピアノの前にある椅子に座り、電子ピアノに繋がれたヘッドホンを耳に当て、右手の人差し指で白鍵を弾く。
そこから、少しずつ両手を使って頭の中で思い浮かんだ曲を弾き始めた。
「お兄ちゃーん、またピアノ借りるよ……あれ?」
「……ん? あ、侑か。すまんすまん、すぐ退くから」
俺がピアノを弾くのを止めたのは、侑が俺の部屋にやってきた時だった。
彼女は毎晩ピアノを弾くことが習慣になっていたため、彼女が部屋に来たら、席を譲ろうと思っていた。
「えっ、良いよ良いよ! ……お兄ちゃん、久々にピアノ弾いたね」
「あぁ。驚くほど下手になってたけどな。ははっ」
両手で弾いたとは言ったものの、リズムを維持できない、ミスタッチが連発するなど、非常に拙いものだった。
まあ、作曲をしなくなったらピアノを弾くこともなくなったからな。当然のことだろう。
「作曲を克服するって言ってたもんね……」
「そうだな。まあ、まずはこうやって席に座って鍵盤を触ってみようって思ったのさ」
「ふふっ、良いと思う!」
作曲を克服することは、せつ菜ちゃんに伝えた後、侑にも伝えた。最初は物凄く驚いてたけど、訳を話したらとても喜んでくれてな。『応援するよ! 私も手伝えることがあったら手伝うから!』と言ってくれた。
ホント、いい妹に恵まれたなと改めて強く感じたな。
「……ねぇ、お兄ちゃん」
「ん、なんだ?」
すると、急に改まって俺に声を掛けてきた。
「作曲をするのって、難しいことなの?」
「えっ?」
このタイミングで作曲について聴くなんて……まさか。
「あっ!? べ、別に私が作曲したいとかじゃなくてね! ただ、最近そういうことを訊いたことなかったから気になって……」
「あー……なるほどな」
ありゃ、違ったか。少し残念かもしれない。
でも、久々にその質問聞いたな。
「……侑は覚えてるだろうけど、作曲活動を始めた頃の俺は、作曲はセンスだとか、大分大口を叩いてたよな?」
「そうだったね。お兄ちゃんがあんなに自信満々で珍しいなーって思ったのを覚えてるよ〜」
ははっ、確かに珍しかった。俺自身当時はあれ以外に自信を持てるものがなかったからな。
「あれから俺は、実は作曲ってかなり難しいんじゃないかって、見方を変えたのさ。まあ実際……どうなのかは分からないんだけどな」
「お兄ちゃん……」
まあ、要は作曲を舐めてたってところだな。だから、克服出来たとしても、あの時みたいな作曲は出来ないだろう。
……ただ、今一つだけ分かったことがある。
「でも、俺が一つだけ言えるとすれば……『音楽は楽しい』ってことだな」
「音楽は……楽しい……」
俺が発した言葉を、噛み締めるように復唱する侑。
「そう。作曲をするのだって、スクールアイドルの曲を聴くのだって、『音楽が楽しい』からなんじゃないかって思うのさ。俺だって、一時作曲は辞めたけど、音楽と縁を切ることは出来なかったしな」
音楽に触れ合うことはとても楽しいことである……それはあの時も、今も変わらない。それは、さっきピアノを弾いた時に気づいたことだ。
「俺はこれから作曲の新たな楽しさを見出そうと頑張るけど……?」
少し意味深な言い方をして、侑に思わせぶりな視線を送ってみる。
「……えっ!? だ、だから私は作曲する気はないって言ったでしょ〜!?」
「はははっ、すまんすまん。ちょっと面白くなっちまった」
うーん……揶揄い半分で言ってみたが、やっぱりその気はないのか?
もし自分には無理そうだという訳ならば、後押ししたいんだけどなぁ……
「も〜……そんなお兄ちゃんにはこうしちゃうよ?」
「えっ!? いやそれはマズい、やめてくれ。てか、ピアノ練習しなくていいのか!?」
「ピアノ練習するよりこっち優先! お兄ちゃん、覚悟!」
「ちょっ、あかん……やめっ、ぎゃぁぁぁぁ!!」
結局、侑による必殺・くすぐりによって撃沈した俺こと高咲徹であった。
しかし、これが後の侑の行動に影響を与えることを、俺は知る由もなかった。
何事も、純粋な気持ちから始まっている。
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