第77話です!
では早速どうぞ!
───不規則に響くキーボードを叩く音、ペンを走らせる音。
普段じゃなかなか聞き取れないような音さえ聞こえてしまうほど、同好会の部室は静かで、なんの邪魔する騒音も存在しない。
そんな中で、俺こと高咲徹、そして妹の侑とせつ菜ちゃんは黙々と作業を進めていた。
先日、かすみんBOXという名の意見箱を改良して設置したのだが、これによってイベントの開催場所は結論を後回しにし、それ以外の情報を申請書にまとめることとなった。それをまとめているのが、今只管机で書類と睨めっこしている侑だ。
俺とせつ菜ちゃんは、それぞれ別の作業に当たっており、俺は同好会のパソコンを使って色々調べ物をしている。スクールアイドルフェスティバルの具体的な内容について何かアイデアが浮かばないかと思い、こうやって関係しそうな情報を収集しているのだ。
……しかし、久々に学校に残ってここまで長時間作業したものだ。他のメンバーのみんなが練習して帰った後だから、多分今頃日が暮れるかどうかという所だろうな。集中しててそこら辺の確認は出来てないが。
「───できた! これでどう!?」
すると、どうやら侑が申請書の清書を終えたようで、俺とせつ菜ちゃんに最後のチェックを求めてきた。
侑が差し出した申請書を手に取り、書かれている内容を目に通す。
「……うむ。内容の過不足もないし、誤字脱字もないな。せつ菜ちゃんも見てくれるか?」
「はい! ……そうですね。あとは開催場所の欄を埋めたら完璧です!」
うむ。そこを乗り越えれば、今度こそ生徒会に提出して無事に承認されるだろう。
「やった!! ……ふぁぁぁ、疲れた〜」
ずっと椅子に座ったまま1時間ぶっ通しで書類と向き合っていた侑は、集中から解放され、背もたれに寄っかかって大きく背伸びをする。
そんな頑張り屋さんだった侑に───
「お疲れさん、侑」
「ひゃっ! ……あっ、それってお茶? ありがとう、お兄ちゃん」
労いの言葉を掛けながら彼女の頬に当てたのは、ついさっき学校の購買で買ってきた麦茶だ。多分集中していた間水分すら碌に摂ってなかったから、水分補給が必要だと思って買ってきたのだ。
「ふふっ、あんなに長時間書類と睨めっこ出来るなんて思わなかったぞ。よく頑張ったな」
「も〜、子供扱いしないでよ〜。私だってこれくらいは出来るんだよ?」
「ん、そうだったな。すまんすまん」
でも、侑があんな真剣に長時間何かに打ち込むなんてとてもレアなのは事実だ。定期試験の勉強の時は、数十分経ったら即集中が切れていたのにな。
「……でも、スクールアイドルのことだからこんなに出来たのかも」
少し膨れていたものの、少ししみじみといった口調でそう呟いた侑。まあ、大好きなものであるからこそ、全力で打ち込めるんだよな。俺も侑ほどではないかもしれないが、スクールアイドルのことが好きだからその気持ち、分かるな。
「侑さんのスクールアイドルへの情熱は、今に始まったことじゃないですね!」
「だな───ん、もうこんな時間だし、帰らなければ」
気がつけば、部室の窓から見える昇っていた日もそろそろ沈みそうになっていた。最終下校時刻も、もうそろそろだろう。
「そうですね! ……あっ、でも私は少し生徒会の仕事があるので少し残ります。お二人は先に帰っていてください!」
あっ、そうなのか……
俺って生徒会長時代にここまで残って仕事したのとあったか……? いや、俺の場合は生徒会以外何の部活も所属してなかったから、仕事が早く終わるのも当たり前か。
「おや、そうか……俺も少し手伝おうか? そうした方がせつ菜ちゃんも早く終わって帰れるだろうから」
「お気遣いありがとうございます。ただ、大した量でもないのでご心配なく!」
そう言って、右手でグッと拳を握るせつ菜ちゃん。
ホント、せつ菜ちゃんには頭が上がらない。生徒会長とスクールアイドルを両立できるなんてな……あっ、この場合は『菜々ちゃん』と呼ぶべきか? でも目の前にいるのはせつ菜ちゃんだし、『せつ菜ちゃん』でいいか。
「そうか。じゃあ、頑張ってな。また明日……」
その時、俺は一つせつ菜ちゃんと約束していたことを思い出した。
「……あっ、そうだそうだ。せつ菜ちゃんにあれを渡すんだったわ」
「あれ……? ……あぁ、そうでした! 私としたことが、そんな大事なことを忘れていたとは……!」
あかん、アレを忘れちゃいけないだろ。昨日一昨日と毎日細かい調整を念入りに続けてたっていうのに、これで忘れたら今までの努力が無駄になってしまうじゃないか……
「ねぇお兄ちゃん、せつ菜ちゃんと何か約束してたの?」
「あぁ、これを渡すってな」
「これは……USB?」
俺が取り出したのは、そこそこの容量を取り込むことが出来るUSB。この中にはあるデータが入っているのだ。
「ありがとうございます! 家に帰ったら、じっくり聞かせて頂きます!」
「……あぁ」
こうして、なんとかやるべきことを全て果たし、部室を後にした。
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「はぁ〜……疲れたな」
ほとんどの部活動、講習などが終了し、学校の廊下は人気がなく静かだった。
侑が教室に物を取りに行きたいとのことなので、俺達は普通科の棟へ向かっている。
「だね〜……それでお兄ちゃん、さっきせつ菜ちゃんに渡してたUSBって……もしかしてお兄ちゃんが作った曲だったりして?」
「ん、まあ大方そんな感じだな。よく分かったな」
「ふふん、お兄ちゃんのことはなんでもお見通しなのです!」
「ははっ、流石我が妹だ」
「えへへ……」
俺の意図を見破り「えっへん!」と言わんばかりに胸を張る侑の頭を優しく撫でる。
しかし、USBを見ただけで中身が分かるなんてな……侑がそこまで洞察力が優れてるとは思わなかった。
まあただ、
「まあ、あっちから頼まれたのさ。『徹さんが作った曲が聴きたい』ってな。ただ、俺が作った曲はもう手元にないから、アレンジした曲を渡したのさ」
「……そっか、お兄ちゃんが作った曲は、もうなくなっちゃったんだね」
すると、侑は残念そうに俯いた。
……なんだかあの作った曲を消去してしまったことを後悔したが、多分残してたら俺にとってはずっと負の遺産と化していただろう。あれは俺にとってのケジメをつけるために必要だったのだ。
「あぁ……でも正直、まだ残ってたとしてもせつ菜ちゃんに聞かせるのは無理だっただろうな。なんなら、アレンジ曲ですら聴いてもらうのを憚られたからな」
アレンジ曲───俺が作曲を辞めてから作り始めたのだが、個人的にそこそこの出来だとは思っても、気軽に誰かに見せられるような作品だとは思っていなかった。
「未だに俺は、自分の音楽を人様に見せられる程の自信を持てていない。でも、それで日和ってたら俺は変われない。だから、これを機に一歩を踏み出そうって思ったんだ。まあ、完全克服にはまだ程遠いけどな」
俺が一通り自分の思いを吐露すると、侑は俺に尊敬とも言えるような眼差しを向けてきた。
「凄いね、お兄ちゃんは……私だったら、そんなすぐに行動できないな〜……」
「いや、侑だってスクールアイドルフェスティバルを考えついて、それに向かって進んでるだろ? 侑も侑で凄いってお兄ちゃんは思うぞ?」
そう、侑だって俺以上にビッグなことを立ち上げようとしているのだから、むしろ俺が凄いと思ってしまう。
「あはは、でもそれ私一人じゃ出来ないし……」
俺の言葉に、侑は苦笑いしながらそう言った後───
「私も、一歩踏み出そうかな……」
「えっ?」
その呟きを聞き逃さなかった。
一歩踏み出す? もう踏み出しているような気もするが、一体どういうことだ……?
「ううん、何でもない! ──あれ? あそこに寝てるのって……歩夢?」
話題を逸らすかのように、侑はそう言った。
気がつけば俺たちはもう普通科の棟にある侑達のクラスの前に来ていたが、その教室にぽつんと、机に伏せて寝ている女の子がいた。
ピンク色の髪の毛に、三つ編みで結ばれているお団子が見えることから、その子が歩夢ちゃんであることは一目瞭然だった。
「ん? ……ホントだ。もしかして、待っててくれたのか?」
歩夢ちゃんを驚かせないように教室へと入り、机の前まで来て侑が彼女の身体を揺する。
「……んん?」
「歩夢、待っててくれたんだね」
「侑ちゃん……それに、徹さんも」
歩夢ちゃんは少し寝ぼけているようだ。俺たちがここに来るまでずっと待っててくれたのだろうか……そう考えると、なんだか申し訳ないな。
「びっくりしたぞ。もう時間もそこそこ遅いのにな……よし、一緒に帰ろう、歩夢ちゃん」
「……うん!」
そうやって、3人で一緒に家まで帰ることになった。
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「……そういえば、徹さんと一緒に帰るの、久々ですね」
帰りのバスの中、二人掛けの席の隣に座った歩夢ちゃんは開口一番そう話してきた。
この時間帯、バスはそこそこ混んでおり空く席が限られているため、侑は少し離れたところに座っている。
「えっ? ……あぁ、そうかもしれないな。俺も最近は割と遅くまで残ることも多かったし、歩夢ちゃんに態々そこまで残ってもらうのも申し訳ないからな……」
そう、他のメンバーが居残り練習をしていくことがあるので、俺と侑はそれに付き合うために歩夢ちゃんには先に帰ってもらうことが最近ほとんどだったのだ。
歩夢ちゃんはまだ駆け出しのスクールアイドルで、せつ菜ちゃんやかすみちゃんなどのスクールアイドルの経験がある者、果林ちゃんや愛ちゃんのような体力に自信ある実力者などに比べると、そこまで練習をする力もない。
だから最近こうやって3人で一緒に帰ることも、珍しくなっていた。
「そ、そんな気にしなくていいのに……」
「いやいや、そこは気にするさ。歩夢ちゃんも普段の練習で疲れてるだろう? 早く家に帰ってしっかりクールダウンした方が良いかなって思ったのさ。歩夢ちゃんが心配だからな」
もちろん、歩夢ちゃんのスクールアイドルとしての成長は実感している。始めたての頃に比べると、ランニングで息が切れることもほぼ無くなったしな。
でも無理はしてほしくない。それで彼女が倒れてしまう事態は避けなければならないからな。
「もう……優しいのは昔から変わらないですね」
少し微笑んだ歩夢ちゃんは、窓の外を見て、思い出したかのようにこう続けた。
「あの、覚えてますか? 小学4年生の頃、登校中に私が怪我をして立ち上がれなくなったら、徹さんがおんぶをして学校まで走ってくれましたよね」
小4……小4……もしかして、あの事か? なんか、俺の頭の中でその時の景色が再生されているが……多分、あの時のことだな。
「……あー、思い出したかもしれない。確かあの時は割と遅刻ギリギリだったよな。本当はその場で消毒とか処置を施すべきだったんじゃないかって反省してるが、あの時の俺は無我夢中だったな……」
うっ、改めて言葉に出してみるとあの時の俺がどれほどバカだったのか酷く痛感するわ……全く、もっと考えろっての……って、あの時の俺に言いたいもんだ。
「ふふっ、保健室でしっかり絆創膏貼ってもらったので大丈夫です。でも、あんなに必死な徹さん初めて見ちゃいました。嬉しかったな……」
「そ、そうなのか……」
───なんだろう、ある時から俺は歩夢ちゃんと話していて少し懐かしい気持ちになるのが不思議だったのだが……
歩夢ちゃん、俺にタメ口で話してくれてる時がある……?
多分そうだよな。それも、つい最近のこと……合宿の頃からだろうか。
もしそうならば、あの頃みたいにまた話せる時が近づいているのだろうか? ……またあの渾名で呼んでくれるだろうか。
しかし、敬語が混じっているところも気になる。これは、本人に訊く必要があるだろうか。
そう思って、俺は思い切って彼女に声を掛けたが……
「「なあ(あの!)」」
歩夢ちゃんも俺に何か訊きたいことがあったのだろう。声を掛けるタイミングが重なってしまった。
こっちを向いた歩夢ちゃんと目が合い、お互いぎこちなくなった。
「あっ、すまん。歩夢ちゃんが先に良いぞ」
「い、いえ! 徹さんから先にどうぞ!」
どちらが話すか……俺も歩夢ちゃんも譲り合ってしまい、話が進まず、気不味い空気になってしまった。
どうしよう……ここは俺が切り出すしか────
「二人とも、もう着いたよ! 行こう!」
「……あっ、待って侑ちゃん!!」
それも束の間だった。気がつけば俺たちが降りるバス停まで着いており、先に降りる侑を歩夢ちゃんが追いかけていった……俺も降りなければ。
……歩夢ちゃん、どんな心境の変化があったのだろうか?
そんな疑問を持ったまま夜は明け、同好会の部室へ行くと……大量の紙が詰まったかすみんBOXが置かれていた。
今を活きる者、過去を望む。
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