「……はぁ」
───今日で何回目の溜息だろうか。少なくとも、この昼休みの間に5回はしているかもしれないな……
結局、侑と話し合ったあの時から数日が経ってしまった。スクールアイドルフェスティバルの準備は着々と進んでいるようで、同好会メンバーそれぞれに対して協力してくれる子達は、俺の想像以上に意欲的に取り組んでくれているようだ。
俺は主に生徒会との連携の役割を担っていたりもするから、生徒会のメンバーと共に打ち合わせも行なっている。
そういえば、フェスティバルの運営を支えてくれるボランティアのみんなを対象とした説明会の時には、生徒会のメンバーと俺の他に、せつ菜ちゃんがやってきてたな。その時、せつ菜ちゃん推しだと話していた若月が汗をかきながらも冷静を保とうとしてた、なんてこともあった。まあ、頬も赤くしてたから書記の佐藤姉妹から心配されてて隠しきれてなかったのだけれども。
まあ、そんな感じで俺もスクールアイドルフェスティバルの準備は何の支障もなく進められてはいる。
……でも、一人でいる時はあの事を考えてしまう。
歩夢ちゃんとの間には……依然として
その軋轢を無くすために色々考えたものの、これといった解決策は出てきていない。作業や打ち合わせに集中することは出来るようになったが、未だに心の
今は昼休み。みんなはそれぞれの作業場所で昼飯を食べているだろう。
そんな中で俺は、俺は一人とある場所に来ていた。
「この屋上に来たのも、あの時以来か。せつ菜ちゃんのパフォーマンス、凄かったよなぁ……」
部室棟の階段を登り切った果てに存在する……屋上へと足を運んでいた。
そして、せつ菜ちゃんを侑が説得して、同好会へと戻ってきてくれたあの時を思い出していた。
ただ、何故俺はこんな
「んー……あそこに座るか」
屋上の端に位置していたベンチを見つけ、俺はそこに腰掛けた。
屋上に人気はこれっぽっちもなく、閑散としていた。
「はぁ……なんで何も出来ないんだろうな」
幼稚園、小学校、中学校……そして高校。歩夢ちゃんとは、長い間ずっと仲良くしてきた数少ない幼馴染だ。彼女が困った時だって、俺なりにアドバイスをしてあげられてたというのに……
……それだというのに、何故こうなった時に限って何もしてあげられていられないのだろうか?
無機質な屋上の床を見つめながら考えていると、屋上の扉が開く音がした。
「……えっ、お兄ちゃん!?」
扉を開けた者の正体は、我が妹の侑だった。
「ん、侑か。奇遇だな」
「えへへ。屋上に誰かいるから少しドキドキしたけど、それがお兄ちゃんで安心したよ〜」
……意外といつも通りに振る舞う侑。
あれ以来、侑は元気に振る舞うことが多くなった。多分、俺が家で考え事をしていることが多くなったのを察して、必要以上に暗い雰囲気にしないようにしてくれてるのだろう。
───でも、侑もここに来たってことは……
「その感じだと、ここに来た理由は……聞くまでもないか」
「……うん、お兄ちゃんの思ってる通りだよ」
一瞬、彼女の表情が曇った。
やっぱり、同じ理由だったか……それにしても、来る場所まで同じとは流石兄妹といったところか。
「……っておい、屋上の床で寝っ転がるのか?」
侑が目の前で床に仰向けになるのを見て、俺は驚きの声を上げた。
「いや〜、だって今日天気が良いから……ほら、お兄ちゃんも寝てみて! 日差しが気持ち良いよ?」
えぇ……?
いやまあ、確かにうちの校舎は新しいから、床もそこそこ綺麗にはなっている……ように見えるが。
……でも、今思えば今日はいい天気だな。日差しも十分、夏にしては少し気温も控えめで過ごしやすい気候かもしれない。
「まあ、侑が言うなら……よいしょっと」
侑と一緒にひなたぼっこをしようと、俺はベンチから立ち上がり、侑の隣に寝っ転がる。
「……ホントだ。空も綺麗で清々しいし、気も紛れるな」
「でしょ? 少しリフレッシュしたくてさ」
ホント、気持ち良いな……
仰向けになれば、見えるのは青い空に浮かぶ眩しい太陽、もくもくと湧き上がっている雲達。それを見せられて、俺も少し気が晴れそうだ。
「……そういえば、そっちは何か進展あったか?」
少し気分が良くなったからだろうか、スクールアイドルフェスティバルの準備の進捗について訊いてみることにした。
「進展? ……うん、あったよ! さっきね、歩夢のことをサポートしてくれてる今日子ちゃんから話があってさ。歩夢のために、ステージ作りを手伝って欲しいって!」
「ステージ作りか……また急だな」
「うん。それに、お兄ちゃんにも協力して欲しいんだって」
「俺もか……今日子ちゃんに俺と歩夢ちゃんが幼馴染だって話したっけな……?」
今日子ちゃんというのは、璃奈ちゃんの同級生の一人で、歩夢ちゃんのファンになったという子のことだ。そういや、璃奈ちゃんがクラスでどうしているか、今度訊いてみるのもいいな。
そんな今日子ちゃんが、俺にもステージ作りを誘うとは……意外だ。
……そんな事を考えていると、侑の声色が一変した。
「……今日子ちゃん、歩夢が元気なさそうだって心配してるみたいで……私達がステージ作りを協力すれば、元気なるんじゃないかって言われたんだ」
「……そうか」
───歩夢ちゃん、辛そうな表情をしているのだろうか。俺たちが、彼女を悲しませてしまったから……
「あっ……」
すると、周り一面が瞬く間に暗くなった。
空に浮かんでいた雲が、眩く照らしていた太陽に覆い被さってしまったのだ。
「……隠れちまったな」
「……うん」
ひなたぼっこが終わった。まるで、呑気にしている場合ではないと俺達を追い込むように───
「私達……ステージを作ったら、歩夢に喜んでもらえるのかな……?」
「……」
……侑の問いに、俺はすぐに答えることができなかった。
どうしたら、今の歩夢ちゃんが笑ってくれるのかが……分からないから。
「暗くなっちゃうな……もっと明るくいきたいのに……っ……!」
騒々しい風の波が俺達を通り過ぎ、目に砂が入っただろうか、痛くて声ならぬ声を上げる。
風が去り、目に入った砂を流してようやく目を開けると……
「何が暗いんだって〜?」
「「うわっ!?」」
俺の前に、誰かの顔が現れた。
しかしその顔には見覚えがあった。
「って、
「ハハッ、君たちが屋上で仰向けになってるもんだからついね」
朗らかに笑いながらそう話す親友の瑞翔。なぜ彼はここにいるのか? まさか、瑞翔も────
「こ、こんにちは、瑞翔先輩……先輩は、何故ここに?」
「あー、少しテストをしたくてね」
「テストって……あぁ、ロボットのことか」
「ご名答。僕が今取り組んでる新しい技術を取り込んだロボットなんだけどさ、いつも正常に動くとは限らないみたいでね〜。こうやって定期的に屋上で動かしてるのさ」
なるほど、部活のためにここに来てたのか。ロボットの動作テストに必要な広くて障害物がない場所として、屋上は最適だろう。
どんな新しい技術なのか気になるが……まあ、それは今訊かないでおこう。機械系に少し通じている俺でさえ理解するのが難いような説明をしてくるから、俺は良いにしても、侑が混乱してしまうだろう。
「……そう言う君達は、何故ここにいるんだい? 確かスクールアイドルフェスティバルで忙しくしていると思ってたんだけど」
「「それは……」」
「……何か悩むようなことがあったりした?」
……ホント、瑞翔は鋭い。洞察に優れているな。
瑞翔にもう一度頼ってしまうことになるが、このまま話してしまおうか……そう一瞬悩んだ瞬間だった。
「……あの!! 瑞翔先輩に相談したいことがあります!」
「侑……!?」
素早く立ち上がった侑が、真剣な眼差しでそう話した。
この出来事に瑞翔も少し動揺したが、再び優しい微笑みを浮かべた。
「おや……一体どんなことかな? 僕のような者が相手で良いなら、話してくれるかい?」
「はい、ありがとうございます! それで……」
それから、侑はこれまでの顛末を瑞翔に話した。
────────────────────
「……なるほど。上原ちゃんと仲直りするにはどうしたら良いのか……ね」
「はい……私達、幼稚園の頃からずっと仲良くして来て一度も喧嘩したことが無かったんです。だから、どうしたら良いか分からなくて……」
顎に手を当てて真剣な表情で考える瑞翔。それに対して、素直に自分の悩みを明かす侑。
今侑が話したことは、侑が歩夢ちゃんから受けた言葉と行為、そして俺が共有した歩夢ちゃんの今の心情についてだ。
「ふむふむ……それで、てっちゃんも同じく悩んでるんだよね?」
「……あぁ。俺も、今歩夢ちゃんとどうやって接したら良いのかが分からないんだ」
俺が侑と同じ悩みを抱えていることは、その通りだ。
だが……
「それに、俺の場合はそもそも歩夢ちゃんが俺のことを嫌っていないか……心配だったんだ」
俺と歩夢ちゃんの二人で話した時のこと……それも悩みの種の一つになっていた。
「……過去形ってことは、今その心配はないんだね?」
「……完全に無くなった訳ではない、ってところだ。侑が歩夢ちゃんから聞いた話を話してくれたから、深刻さはそこまでない。ただ、本人から話を聞きたいんだ」
「でも、今の状態じゃ訊けない……そういうこと?」
「あぁ、瑞翔の言う通りだ」
「ん〜……なるほどね」
侑はあぁいう風に話してくれたとはいえ、本人に確認しない以上、その不安は完全に晴れない。
本人からちゃんと話を聞きたいのに……な。
「幼馴染の仲直り、か……全く、
「「えっ?」」
「あぁごめんごめん、こっちの話だよ……じゃあ、単刀直入に言うね」
重なる……? どう言う意味だろうか?
そんな疑問が浮かんだが、瑞翔が何かを話そうとしたいるので、俺と侑は固唾を呑んで彼の言葉を傾聴する。
「君達……少し難しく考え過ぎなんじゃないかな?」
「「……えっ?」」
瑞翔の思わぬ反応に、俺達は拍子抜けになった。
俺たちの表情を見て少し微笑むと、そのまま話を続けた。
「……分かるよ。自分にとって大事な人のことになると、単純なことにも気づかなくなっちゃうんだよね」
まるで懐かしむようにそう話す瑞翔。
大事な人……か。確かに、歩夢ちゃんは俺にとって大事な人だ。
「まあ……二人の話を聴くからに、上原ちゃんは君達からの
「
「うん。上原ちゃんは『二人が離れていっちゃう……』って思ってるみたいだけど……実際二人は、上原ちゃんから距離を置こうとは微塵にも思ってない訳だよね?」
「「……! 勿論です!(当たり前だ!)」」
俺と侑の大声が重なり、屋上全体に響き渡った。
俺もこんなに声を出すつもりはなかったが……でも、これが咄嗟に出た正直な気持ちだ。
「……それで、その気持ちを本人に伝えたのかな?」
離れないという意思を伝える……
よく考えれば、俺たちはまだそれを歩夢ちゃんに伝えてすらいないじゃないか……本当に俺たちは、初歩的なところを見失っていたのか。
───いや、でもな……
「それは……でも、伝えるだけじゃダメな気がするんだ。歩夢ちゃんは、言葉だけでは納得してくれなさそうな気がするんだ」
これは、俺と歩夢ちゃんが二人で話したあの時を思い出して感じたことだ。
彼女は俺の言葉を完全に受け入れられていない……俺たちに見えない壁を作っているようにも感じた。
だから、いくら俺達が言葉を贈っても、それは
「うーん……まあ、それは僕も同意見だよ。だから……言葉がダメならば、モノだったらどうだい?」
「モノ……」
瑞翔が言った言葉を反芻する侑。
「ほら、モノって形に残るじゃん? 相手のことを考えて選んだり、作ったりしたモノを渡せば……言葉以上に想いを伝えられると思うんだ。だから、二人とも上原ちゃんのために何かを贈る、というのはどうかな?」
なるほど……言葉で伝えられないなら、その想いを込めたモノを贈れば、ちゃんと届くかもしれない。
「歩夢のために……あっ!」
すると、侑が何かを思い出したかのように声を出した。
「……ねぇお兄ちゃん。今日子ちゃんの提案、受けてみようよ!」
……! それがあったか。
「……なるほど。歩夢ちゃんのためにステージを作ろうってことだな?」
「うん! 私達は、今歩夢のことをこんなに想ってるんだよって伝えようよ!」
……俺も、歩夢ちゃんに伝えたいことをステージに込めて、贈りたい。
「……分かった。俺も引き受けよう!」
よし、やっと問題の解決へ向けて一歩前進ってところか……!
「えへへ! さっそく、今日子ちゃん達のところへ行かなきゃ……!!」
すると、侑はいきなりその場から走り出そうとした。彼女の咄嗟の行動に、俺もついて行こうとするが……
「えちょっ、俺を置いていくな───」
「……あっごめん、てっちゃんにだけ伝えたいことがあるんだった」
瑞翔にそれを止められた。
「ん? あぁ、すまん。あいつお礼を言わずに行っちまったから……」
全く……後でまたお礼の挨拶に行かせるか。まあ、多分あいつのことだから自分から言って来そうだけれども。
「ううん、そのことは良いのよ。それより、上原ちゃんがてっちゃんを嫌ってないかって心配してたんだよね?」
「あぁ、そうだが……」
「……その心配は無用だよ。僕のところに妹ちゃんと二人で来たことがあったでしょ? あの時、上原ちゃんが最後になんて言ったか覚えてる?」
「えっ? それは……」
瑞翔にそう言われ、俺はその時の歩夢ちゃんが言った言葉を思い出した。
『あと最後にその……徹さんを、よろしくお願いします……!』
そんなことを、彼女は言っていた。
あの時は何故俺なのか疑問に思った。ただ、歩夢ちゃんは優しいなと感じていた。
「……あの時の表情、とても切実そうだったよね。しかも去り際に態々僕にそれを伝えるなんてね。それで僕は思ったんだけど────そんな子が、心配する相手を嫌いだって思うことなんてある?」
「……!」
そうか……彼女は俺のことを心配してくれて、態々瑞翔にそう伝える程に……俺のことを気にしてくれているのか。
「……そっか、そうだよな。ありがとう。俺、大事なところを見失ってたわ」
「ふふっ、良いってことよ〜」
……バカだな。いや、最早大バカと化してるな。そんなことにすら気づかないなんて……それとも、これを『鈍感』っていうのだろうか? それならホント……あいつらの言う通りだな。
「あと、そうだなー……これだけ言っておこう。歩夢ちゃんのために、ある子達が動き始めてるってことをね」
すると、瑞翔は更に衝撃的な話題を挙げた。
「えっ!? そ、それって誰だ……?」
ある子達が動いてる……? もしかして、歩夢ちゃんをサポートしてる今日子ちゃん達のことか?
「んー……それは教えられないな。てっちゃん、鈍感だし」
「はい!? 何故そこで鈍感が引き合いに出されるのか意味分からないんだが!?」
えっ、どういうことだってばよ……普通に考えてそんなこと分からないだろうが……
「アッハハ、もう仕方ないなぁ……まあ、君とも親しい二人、とだけ言っておくか」
俺と親しい二人……だと?
ダメだ、ますます分からない……
「……まあともかく、それでその二人に心配掛けちゃってるってことだよ。てっちゃんが話さなかったのも訳があるんだろうから、ちゃんと訳を話した上で謝るのがいいよ。分かったかな?」
「お、おう……そうだな。心得ておく」
誰なのかは分からないが……確かに、心配を掛けてしまったのは悪いことだ。ちゃんと訳を話して、謝らなきゃな。
「よろしい! ……ほらほら、これ以上居座ってたら妹ちゃんを困らせちゃうんじゃない〜? さっさと上原ちゃんのために、準備をしてらっしゃい!」
色々考え事をしていると、瑞翔は俺の背中をバシバシと叩き、俺をこの場から離れさせようとした。
「お、おう、そうだな……じゃあ、ありがとう。また明日な!」
俺はそう言って、屋上を後にした。
「……日が眩しいね」
屋上に残った瑞翔は、掌で目を影にしながらそう呟いたという……
慎重さは、その人の想いの強さだ。
評価・感想・お気に入り登録よろしくお願いします!