第83話です。
では早速どうぞ。
「じゃあまた明日ね、歩夢!」
「うん! 徹さんも……また明日」
「おう。また明日な、歩夢ちゃん」
家に帰ろうと玄関から外に出ようとする歩夢ちゃんを、和やかに見送る俺達。同じアパートで、隣の部屋に住んでいるとはいえ、見送りは欠かせない。
俺達幼馴染三人は、一度は膠着状態になった仲違いを経て、改めてその絆を確かめ合った。
侑が見つけたという夢───音楽の道へと進むことを、歩夢ちゃんは快く受け入れた。それは、例え俺達が離れ離れになったとしても、3人の絆が消えることはない……その意思が伝わったからだろうと思う。
そのことに俺は安心感を持ちつつあったが、それとは別に、俺には確かめるべきことがあった。
「さて、侑。ちょっとテーブルのところに来てくれないか?」
「えっ? ……あっ、うん」
侑を食卓に呼び寄せ、正面に向き合って座る。
「さっき初めて聞いたんだが……侑、音楽科に転科したいんだってな?」
「……そうだよ」
覚悟に満ちているかのような表情を見せる侑。どうやら俺がここに呼んだ時点で、この話をすることを彼女は分かっていたようだ。
……一見すると、今から侑に対して反対する姿勢を示すように見えるかもしれないが、俺は彼女にそんなことを言いたい訳ではなく───
「……本気で音楽科に転科したいのか?」
「うん。私、音楽をしっかり学んで作曲できるようになりたい」
彼女が音楽の道に進むことはとても大歓迎だ。俺にはそこそこの音楽に関するノウハウがあるから、それを教えることで彼女の夢を応援したい。ただ、音楽科に転科するという方針に少し疑問が生じたのだ。
「でも、俺みたいに独学で作曲するという方法だってある。それを考えたことはあるか?」
「それは……考えたよ。でも、私はお兄ちゃんみたいに音楽の才能が元からある訳じゃないし……」
「いやいや、あんな曲を俺の教えなしで作ったじゃないか。とても良いメロディーだったし、それだけでも充分才能があると思うのだが……」
侑が初めて作った曲───歩夢ちゃんのパフォーマンスを見た後、侑が思いついたメロディーを歩夢ちゃんに聴かせたいと言うから俺の部屋に歩夢ちゃんを連れて来て、その部屋のピアノで弾かせたのだ。
そのメロディーは、初めて作ったとは思えないほどに美しく儚い旋律で……ただ、どこかしら希望を見せてくれるようなメロディーだったのだ。あれを聴いて、俺が今まで感じていた侑が音楽的センスを持っているという予感は確信に変わった。
「ふふっ、ありがと。でもあれは短いし、まだ作曲が出来たとは言えないよ」
苦笑いをしながらそう話す侑。
昔から侑は、自分を本気で凄いと自画自賛する姿を見たことがない。
彼女は……昔から自分に謙虚だ。
「私ね、自分に自信が持ててないんだ。確かに最近、スクールアイドルフェスティバルを提案して、色々な準備に関われて……とても毎日が充実してるよ」
いや、同じように俺だって作曲を始める前は自分に自信を持っていなかったよ。水泳みたいな習い事はしていたものの、それを自信として捉えることはなかった。
ただ、作曲を始めて……
「でもね、それはみんなの力があるから出来ていることなんだ。私自身はまだ、私の力で何かを成し遂げられてないんだ……」
「……だから、音楽科に行って自力で学びたい、ってことか」
今、彼女は勇気を持って自信を確かなものにしようと、本気で音楽と向き合おうとしている。音楽科に入れば、専門的な知識を得られることができ、作曲の幅は確実に広くなるはずだ。
……俺がやってしまったような過ちを、侑には経験して欲しくない。
だから侑の話を聞いて、彼女はその道を辿ると良いのかもしれない……そう思った。
「そうだよ。それで私───同好会のみんなのために、曲を作れたらなって思うんだ」
「……! ……ははっ」
「ん、お兄ちゃん……?」
俺はこの言葉を聞いた瞬間、思わず顔が綻んでしまった。
「あ、いや……俺達、同じこと考えてるんだなって思ったら、なんだか嬉しくてな」
「あー……えへへ。やっぱり私達、兄妹だね」
全く……侑も同じことを考えてたなんてな。
同好会のみんなのために曲を作るなんて、夢のまた夢だと思っていたが……俺もちゃんと作曲が出来るようになったら、もしかしたら二人で────
侑がその気ならば、俺は尚更兄としてしっかりサポートしてあげないとな。
「……分かった。その覚悟、俺も応援するぞ」
「……! ホントに!?」
テーブルから身を乗り出し、目をキラキラさせている侑。
「あぁ。でも、父さんと母さんはすんなり賛成してくれないと思うが、どう説得するんだ?」
「あっ、うーん……」
侑は、全く頭になかったといった様子で考える素振りを見せた。
親からすれば、最初から入った普通科で卒業まで順当に学年を上げてほしいという望みがあるだろう。うちの親は、世間の親と比較すればまだそこらへんの許容範囲は緩い方だと思うが、流石に少し反発するかもしれない。そんな大事なことを侑一人で説き伏せるとなると、心細いだろう。
ならば……
「考えてなかったか……よし、俺もどう説得するか一緒に考えるぞ。兄妹二人で知恵を絞れば、なんとかなるはずだ。だから、頑張ろうぜ?」
「……! ありがとう! お兄ちゃん大好き!!」
「あちょっ、こらこら……ふふっ、お前ってやつは……」
向かい側のイスから立ち上がり、俺の席まで走ってきて飛び込んできた侑。よほど嬉しかったのだろう。
俺は、侑を笑顔で居させたい。そんなことが出来る兄でありたい────この気持ちは、一生変わらないだろう。
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「ふう……スッキリしたな」
大分長風呂だったか……最近はこんなに風呂を堪能したことはなかったな。まあそれも、ずっと考え事をしていたからだろうな。
侑と話し合いを終え、先に風呂に入らせてもらって今自分の部屋へとやってきた。
そろそろ寝る人も居るであろう時間なんだが、俺には未だに眠気が来ていなかった。
悩んでいる訳ではない。ただ、さっき歩夢ちゃんと聴いた侑の演奏が妙に頭の中で付いて離れないのだ。
それだけ印象的なメロディーだった訳だが、それだけではない。
あまり上手く言葉に出来ないが……あのメロディーは、俺にとって何かしらのインスピレーションを与えてくれている。普段何かしらの曲を聴いた時とは違う感覚を覚えている。
俺は自然とピアノの前に座っていて、鍵盤の上に指を置いていた。
「ん、誰からか……歩夢ちゃん?」
奏でようすると、勉強机に置いてあったスマホが音を立てて震えた。
椅子から立ちあがり、勉強机からスマホを取り出して見てみると……
『今大丈夫ですか? もし良かったら、ベランダで話しませんか?』
なんと、歩夢ちゃんからメッセージが届いていたのだ。
すぐに『大丈夫だよ』と返信し、俺はリビングの窓を開けてベランダへと出る。
うちのベランダからは、住宅やお台場の観覧車や大型商業施設の光で灯っている様子が一望できる。それはまさに『ドラマチック』という言葉が似合う景色が広がっていた。
そんな景色を見ながらベランダの柵に肘を立てて待っていると、隣のベランダから一人顔を出した。
「あっ、徹さん……こんばんは」
「おう、こんばんは。珍しいな、歩夢ちゃんから誘ってくるなんて」
どうやら歩夢ちゃんも既に風呂を済ませているようで、彼女の特徴的なお団子ヘアが解けていた。
「うふふ、久しぶりですね」
「だな……侑とはよく朝こんな感じで話してるんだろ? 俺が家の料理を作るようになってから、朝は顔を出せなくなっちまったんだよな」
俺がこの家の食事を作るようになったのは、両親がこの家を留守にするようになってからだ。二人とも遠い場所で仕事をしているので、なかなか家に帰ってくることはない。
それまでは朝3人お互いの家のベランダから顔を出し、各々の近況を語ったり、世間話をしていた。懐かしいなぁ……
「そうですね……でも、侑ちゃんともここ最近はベランダで話すことも無くなってたんです。侑ちゃん、忙しかったみたいなので……」
そうか……確かに同好会に入ってから、朝練のために早く起きて、時間を持て余すことなく家を出ることは多かった気がする。そういうところから、俺たちは幼馴染の大切な時間を無くしていってしまっていたのだろう……
「そうだったか……まあ朝練とかもあって、毎日それをするのは正直難しくなっちまってるが……休日とか、朝に余裕があったら一緒に話そうな」
「ふふっ、ありがとうございます……」
歩夢ちゃんは嬉しそうに微笑んだ。
「……歩夢ちゃん、成長したよな」
「えっ……?」
俺が唐突に呟いたことに、歩夢ちゃんは驚きの声を上げた。
この時、俺は先程3人で話した時の歩夢ちゃんが言い放ったあの言葉が思い浮かんでいた。
「いや、みんなのために歌うって言ってたからさ。俺、正直歩夢ちゃんが堂々とそんなことを宣言してたからびっくりしてさ」
今までの歩夢ちゃんなら、大胆なことを自分からすることはなかったからな。そういう時は大体怖がることが多かったし……あれか、幼稚園の頃にお遊戯会で重要な役を任せられてアタフタしていたってことを侑から聞いた事がある。
「そんな堂々となんて……でも、自分でも少し前に進んだかなとは思います」
普段謙虚な歩夢ちゃんも、今はポジティブに自分を捉えられているようだ。
「……私、スクールアイドルフェスティバルの準備を通じて、私を応援してくれる人の熱意に触れることが出来たんです」
「応援してくれる人……今日子ちゃん達のことか。あの子達は、歩夢ちゃんに対して只ならぬ想いを持ってるなって、俺も感じたよ」
ファンと交流することは、歩夢ちゃんにとって今回が初めてだったんだよな。つまり、そこから色々収穫を得られたってことだろうか。
「……それで気がついたら、そのみんなのためにスクールアイドルでありたいと思うようになってたんです。でも最後に勇気が出なくて……そこで、せつ菜ちゃんに励まされたんです。『始まったのなら、貫くのみです!』って」
「へぇ、せつ菜ちゃんが……なるほどな」
つまり、自分を応援してくれるファンからの想いに触れることが出来て、もっとファンのみんなのために歌いたいという気持ちが芽生えた。ただ、その覚悟が持てずにいたところをせつ菜ちゃんが後押ししてくれたってことか。
……確か瑞翔が歩夢ちゃんのために動いてくれてる人がいるって言ってたよな? でも、あれは二人だから違うか……
「……あの、徹さん」
「ん、なんだ?」
すると、今度は歩夢ちゃんから声を掛けられた。
「……あの時のこと、覚えててくれたんですね」
「あぁ……まあな。俺が相変わらずの頼りなさで少し苦い思い出でもあるが、ちゃんと覚えてるさ」
俺が歩夢ちゃんのライブステージに使う花として選んだ蒲公英……とても喜んでくれたようで何よりだ。
……しかし相変わらず、俺は過去の話になると自虐に走ってしまうな。まあ、それくらい過去の俺は情けなくて頼りなかったんだが。この癖はなかなか治らないだろう。
「ふふっ、でも徹さんは優しい人ですよ? あの踏みそうになった蒲公英も、『ちゃんと育ってね』って声を掛けてましたし!」
「あれ、そうだったっけか? そこまでは覚えてないなぁ……」
「もー、そうだよ〜。今も昔も、徹さんは優しい人!」
そんなことまでした記憶がない……歩夢ちゃんがニコニコしながら蒲公英を眺めていたのは覚えているのだが……
……って─────
「ははっ……また、タメ口で話してくれたね?」
「……!? そ、そうでしたか……?」
俺の指摘に、歩夢ちゃんは頬を赤らめて驚く。
「あぁ。最近歩夢ちゃんがタメ口で接してくれることが増えて、俺はとても嬉しいんだ」
歩夢ちゃんがタメ口で俺に接してくれるタイミングがあれば、それについて言及しようと思っていたのだ。
そして、俺は歩夢ちゃんに訊くんだ───敬語で話すようになったのは何故かを……今の俺をどう思っているのかを。
そう思い、さらに話を切り出そうとしたその時だった……
「……あのっ、徹さん!」
「お、おう……どうした?」
少し緊張した様子で歩夢ちゃんが呼び掛けてきたのだ。俺は喉まで出かかっていた言葉を飲み込み、歩夢ちゃんの言葉を待つ。
「その───また、昔みたいにタメ口で接してもいいですか……?」
「……!?」
俺は、歩夢ちゃんの思わぬ申し出に目を見開いた。
今まで俺がタメ口で話してほしいとお願いしていた度に無理だと断られてきたが……
「私、徹さんが急に話し方を変えた時、困惑しちゃったんです。どう接したらいいのかなって……だから、敬語で話していたんです」
「歩夢ちゃん……」
やっぱり、侑から聞いた通りか……言葉遣いや態度まで変える必要はなかったのだろうか? でも、自然体でいれば頼りなさそうに見えるかもしれない……
「少し恥ずかしさもあるけど……」
「ん、すまん。もう一回言ってくれるか?」
「あっ、えっと……何でもないです!」
考え事をしてしまったせいで歩夢ちゃんの言葉を聞き取ることができなかった。俺は一時考えることをやめ、彼女の紡ぐ言葉に傾聴する。
「でも、私気づいたんです。昔に比べて色々上手になってて凄いし、とても頼れるお兄さんになって……でも、根はやっぱり徹さんだなって……だから」
すると、歩夢ちゃんは右手を胸に手を当てた。そして───
「……だから、昔みたいに───
「歩夢ちゃん……!」
彼女は、小さい頃から呼んでくれてた渾名で俺を呼んだ。
「うん……! 話そう、歩夢ちゃん!」
「……!! ありがとう、てっちゃん!」
あぁ、この感覚……ホントに久々だ。少しあの頃に戻れた気がする。
過去の記憶は思い出したくないことが多い。でも、そんな中でも大事にすべきで……今も未来も、変わらないままであるべきことがある。それを決して忘れるべきでないと、俺は自分の胸に刻んだ。
心を通わせて───
これにて原作第12話の内容は終了です!
次回からは第13話につながる話を書いていこうと思います。
ではまた次回!
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