第86話です。
では早速どうぞ。
「はぁ……」
『石橋を叩いて渡る』という
しかし、必要以上に用心を重ねると、不利益を被ることがある。諺に倣っていえば、石橋を叩き過ぎて壊してしまうといったところだろうか。
……何故こんな話をしているのか? それは、今の俺がその状態だからだ。
そんな訳でどうも……挙動不審な高咲徹だ。
侑を後押しするために、四六時中パソコンと向き合って作曲していたのは、もう数日前のことで……明日はスクールアイドルフェスティバル当日。しかも、今日もあと数時間で終わってしまうのだ。
本来なら、俺は生徒会のイベント運営の補助に入るために色々確認するべきことがあるにも関わらず、俺はただただパソコンに映っている作った曲のファイルを眺めては、自分の部屋をうろちょろしてため息を吐くことを繰り返している。こんなことをしても無意味だと分かっていながらもな……
ただ、今俺がこんなに焦燥感に襲われているのは、自分の作った曲に自信がないからではない。
曲を完成させて、俺はすぐに侑を除いた同好会のみんなを部室に招集した。その時はそこそこの自信がありながらも、どこか不安を拭いきれずにいた。
でも、作った曲をみんなに聴いてもらった時の、目をキラキラさせて褒めてくれたり、この曲に対して賛同してくれるみんなを見て、俺は不安を払拭できた。
じゃあ、何故俺はこんなに焦っているのか?
それは───この曲が、俺が作曲者として再起する大きな一歩になるから、なんだろうな。
この一歩は大切だ……そう思えば思うほど、その一歩を踏み外す場合のシナリオを連想してしまう。それは曲自体の問題ではない。例えるなら……あの文化祭で起きた音源のトラブルだ。あのようなことが二度と起きないとも限らないのだ。
ホント、今更こんな不安になってどうするんだって感じだが、このままじゃ埒が明かないな……
そんなことを悩んでいると……
「ん、スマホが鳴ってる……?」
部屋の勉強机に置いてあるスマホが、絶えず小刻みに震えていることに気づいた。
俺は画面に映った電話を掛けた主の名前を見て、着信に出た。
「もしもし?」
『あっ、もしもし? こんばんは、徹さん』
電話を掛けてきたのは、明日スクールアイドルフェスティバルのライブ本番を控えたせつ菜ちゃんもとい菜々ちゃんだった。
「おう、こんばんは。電話掛けてきたってことは、何か用があったり?」
『あっ、いえ! そういう訳ではないんです。えっとその……ただ、徹さんとお話をしたかっただけでして……』
普段はショートメッセージでやり取りしているから、わざわざ電話を掛けて来るということは何か重要な用件があるかと思ったが……なるほどな。
「あぁ、そうだったか。ははっ、菜々ちゃんの話し相手ならいつでもなるぞ?」
『あっはは! そう言ってくださると、嬉しいです』
とても楽しそうな笑い声を聞かせてくれる菜々ちゃん。
……そうだ、一応彼女の様子を伺ってみるか。
「そういえば、明日に向けて調子はどうだ?」
『調子はバッチリです! 明日のためにコンディションを整えてきましたが、ちゃんと本番で最大のパワーを発揮できそうです!』
いつも以上の声量……聞いた感じ、調子は良さそうに感じるな。
「そうかそうか。つまり、明日になればせつ菜ちゃんは無敵のスターの状態になるだな?」
『はい!! それはもう、マ◯オさんもびっくりな無敵状態になりますよ!!』
例の有名なゲームに出てくる演出みたいに、虹色に輝きながらパフォーマンスをするせつ菜ちゃん……これはもう見た目からしても、敵うものなしだな。
まあ、そんな冗談は置いといて……
「ははっ、そりゃぁ面白そうだ! ……でも、あの件は大丈夫か?」
『あの件……? ……あぁ、あれのことですか』
俺には、せつ菜ちゃんが不安に思っているかもしれないことに一つ思い当たりがあった。
それは、俺の作った曲が、同好会全員で披露するというところだ。
俺が完成した曲をみんなに聴かせた時、実はこの曲をみんなで歌ってほしいとみんなにお願いをしたのだ。
今思えば、侑を後押しするために誰か一人でも欠けるのは違うのではないかと感じていた。それが、曲を完成した瞬間に確信に変わった。
俺のお願いに、最初は少し驚きを見せたものの、みんなは笑顔で賛成してくれた。どうやら、みんなも曲を聴いた時に『これはみんなで歌うのが良い!』と思ってくれたようだった。
しかし、それでも心配なのは、かつての同好会に所属していた五人だ。特に、せつ菜ちゃんはその中でも中心的な人物で……同好会の合宿では、同好会の分裂に対する怖さを話していた。
今の同好会の活動スタイルはソロだ。それは、お互いの衝突を避けるためのものだった。それが今全員揃ってライブをしようとなれば、少なからず不安が湧き上がってくるのではないかと思い、そのことについて彼女に訊いた。
『それは大丈夫ですよ。皆さんの侑さんを応援したいという気持ちが同じだってことも確認出来ましたし、今の同好会ならば心配ありません!』
「そうか……ならば良いんだ」
声色に翳りはなさそうだから、本当に大丈夫なんだろうな。流石せつ菜ちゃん、強いなぁ……
『はい! ……それより、徹さんの方は大丈夫ですか? 明日は徹さんが作られた曲がお披露目になりますが……』
すると、せつ菜ちゃんは先ほどまでとは一転して心配するような口調で俺にそう訊いてきた。
大丈夫だと言って彼女を安心させたいと言う気持ちもあるが……ここで嘘は良くないよな。
「……大丈夫、とは言えないな。不安があるのか、緊張してるのか……少し落ち着いてられないんだよな」
『そうですか……』
……あぁ、こんな時に至ってスクールアイドルとして本番を控えているせつ菜ちゃんに悩みを聞いてもらうことになるなんて、先輩として恥ずかしいなぁ……
『……ふふっ、大丈夫ですよ。完成した徹さんの曲を聴いて、私達全員が納得したんです。それに、例えどんなトラブルがあったとしても、私達は乗り越えられると思っています!』
「せつ菜ちゃん……」
乗り越えられる……か。なんだか、せつ菜ちゃんに言われるとそう思えてきたような気がするな。
何があってもこのスクールアイドルフェスティバルを成功させてやるという気概──そうだ、そう思って望めば良いんだな。
「……ホント、心強いな」
『徹さん?』
「ありがとな。せつ菜ちゃんの声が聞けて、良かったよ」
『えっ……!? そ、そうですか……お役に立てたなら、嬉しいです……えへへ』
こうして俺たちは、少し話をした後に電話を切り、俺は明日に向けて確認作業に集中した。
「明日の確認事項は……これくらいかな」
あれから数十分経っただろうか。スクールアイドルフェスティバルの開催概要やスケジュールなどを今一度頭に叩き込み、今それが終わったところだ。
気づけばもう寝ようと思っていた時間だった。しかし、せつ菜ちゃんのおかげでやるべきことを今日中に終えることが出来た。彼女……いや、今まで助けてくれたみんなの恩を返すためにも、早く寝て、明日に備えなければ。
「さて、寝る前に少し水分補給でも……おっ」
リビングに向かうために自分の部屋のドアを開けると、その先に誰かがいた。
「わっ、びっくりした〜……お兄ちゃん、作業終わった感じ?」
「あぁ、一通りな。侑も起きてたんだな」
「うん、少し喉が渇いちゃって」
パジャマに着替えた侑と遭遇した。もしかすると、侑も俺と同じように寝る前に水分を摂りに来たのかもしれないな。
「おぉ、そうだったか。じゃあ一緒にお茶飲もうぜ」
「だね!」
「……ってちょっ、走ったら下に響くぞ!」
すると、侑は小走りでリビングの方へ向かっていった。そんなに急ぐ必要はないはずなのに何故だ……?
まあ、あれくらいなら下に足音が響くことはないか。うちはアパートだからそこら辺気を遣わなきゃいけないんだよな。
そんなことを考えながらリビングまで辿り着くと、テーブルには既にコップに入ったお茶が二つあった。
「え、侑……俺の分まで注いでくれたのか?」
「うん! いつもお兄ちゃんが先にやってくれてるけど、たまには私もやりたいなって……はい、どうぞ!」
「お、おう……サンキューな」
そうか……だから侑はさっき小走りで俺より先にここに行ったんだ。それで、俺の分までお茶を注いで用意してくれたんだな。
一体どういう風の吹き回しなのか疑問ではあるが……まあ、ありがたく頂くとするか。
「いえいえ〜! これくらい、明日の忙しさに比べたらへっちゃらだから!」
「明日……そうだな。ついに、スクールアイドルフェスティバルが始まるもんな」
「だね……」
侑の表情が僅かに暗くなった。それに、明日の事と今のお茶を注ぐことはあまり関係ないと思うが……
いや、もしかして───
「……緊張、してるか?」
「……! ……うん、ちょっとね」
「そうか……」
なるほどな……やっぱり、侑もそうなんだな。
いくら自信を持って準備をしたって、本番直前になれば不安になってしまうのだろう。それに、侑は謙虚だからより不安は大きいだろうな。
こういう時は……
俺は、侑が注いでくれたお茶を一口飲んだ。
「……はー、侑が淹れるお茶は美味しいなぁ」
「えっ……? ねぇお兄ちゃん、これってただの市販で売ってる麦茶でしょ? 『淹れた』って、コーヒーじゃないし……」
「ふっふっふっ……違う違う、そういうことじゃないんだよねぇ……」
「?」
「んー……まあ、そういうことだ」
「いやどういうこと!? もー、お兄ちゃんそのキャラなんなの〜? あっはは!」
「ははっ……そうそう、それで良いんだ」
「えっ?」
俺の行動に疑問符を浮かべる侑。
「そうやって緊張をほぐして、ぐっすり寝て……明日全力でスクールアイドルフェスティバルを盛り上げられるようにする」
「お兄ちゃん……」
「大丈夫だ。スクールアイドルフェスティバルは、侑だけが背負ってる訳じゃない。俺だってそうだし、同好会のみんな、そして協力してくれるニジガクのみんなだっている。そうやって、みんなで乗り越えていこうぜ?」
これはせつ菜ちゃんの受け売りの言葉だが……きっと、この言葉は侑に対しても効くんじゃないかと思った。
「……そうだね。ありがとう、お兄ちゃん。お陰で安心出来たよ」
「ん、それは良かった……あっ、そうだ。実は今日の為に買った物があるんだよ……ほら、これだ」
「これは……アロマオイル?」
「そうそう、ラベンダーの香りだ。これをティッシュにつけて枕の側に置くと寝れるんじゃないかと思ってな。どうだ?」
「使う!」
良かった。侑もさっきに比べたら、柔らかい笑顔を見せてくれてるな。よし、ラベンダーオイルの力を借りて、今夜は十分休むぞ!
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「はっはっはっ……!」
──俺は今、部室棟の廊下を走っている。
本来学校の廊下を走ることはよろしくない。俺が今まで生徒会長として生徒に注意してきたことだ。
でも、俺には今走らなければならない事情がある。
「はぁっ……みんな!!」
「あっ、徹せんぱぁい! 遅いですよぉ、もうみんなで円陣組もうかどうしようかってところでした!」
「おぉ、待ってたよ〜! ほらほら、てっつーも輪の中に入って!」
「徹くんが入らないと、円陣が出来上がらないよ〜? 早く早く〜」
スクールアイドル同好会の部室を思いっきり開けてみんなに声を掛けると、円形に集まっている同好会のメンバー達がこちらを向いて笑顔を見せた。
今日はスクールアイドルフェスティバル当日。俺は生徒会の運営スタッフとして最終の打ち合わせに望んでいた。しかし、思った以上に打ち合わせが長引き、気がつけばフェスティバル開幕の時間が迫っていた。
俺は、フェスティバルが開幕する前に同好会の方の様子を伺おうと決めていた。そして、十一人みんなで円陣を組もうと決めていたのだ。
「あぁ、分かった分かった……!」
みんなが円に入るのを急かす中、俺はみんなの側に近寄った。
「ほら徹さん、私の隣に」
「ん、ありがとう。歩夢ちゃん」
すると、歩夢ちゃんが右側に少しずれた。俺はそのズレて空いたところに入った。
みんなは既に円の中心で手を乗せており、残りは俺がそこに手を上から乗せるだけだった。
「……よし、俺も準備完了だ」
円の中心に手を伸ばし、みんなの重なった手の上に乗せた。
……ついに始まるな、スクールアイドルフェスティバル。
みんなの表情は……ははっ、みんなやる気満々だな。
かすみちゃんの可愛いが詰まったライブ、愛ちゃんのみんなが元気になれるようなライブ、璃奈ちゃんのみんなと感情が繋がることが出来るようなライブ……
しずくちゃんの自分を曝け出す覚悟を魅せるライブ、エマちゃんのみんなの心がポカポカになれるようなライブ、果林ちゃんのみんなを虜にする刺激的なライブ……
彼方ちゃんのみんなを夢の世界へ誘ってくれるライブ、せつ菜ちゃんのみんなが大好きを叫べるようなライブ、歩夢ちゃんのみんなのために優しさを届けるライブ……
各々魅力的で、素晴らしいライブを果たすことが出来そうな表情をしてるな。
そして……侑と俺は、そんなみんなを全力でサポートする。みんなが最大限のコンディションでパフォーマンスを出来るようにするためにも、な。
「じゃあ、お願い。かすみちゃん」
「任せてください! ……それでは、行きますよ〜!」
「「「「私(俺)達の虹を咲かせに!!」」」」
その掛け声と共に、一斉に手を天井に向かって掲げた。
俺達、虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会として初めてのライブをする、スクールアイドルフェスティバルが始まったのであった。
今回はここまで!
ついにスクールアイドルフェスティバルが始まりましたね。
少し第13話の内容に入りましたが、次回から本格的に内容に入っていきます。
ではまた次回!
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