こんにちは、ラウラ。 作:ラムダ
(──早朝から押しかけてすみません。)
「いや、それは構わないが」
ㅤどうしてこうなった……。
ㅤ空き缶の山に埋もれつつ、千冬は頭を抱えていた。
(──それはよかった。)
ㅤカチ、カチ、と瞬きをする訪問者。
ㅤ淡い光を放つセンサーを備えた丸型レンズが、千冬の顔を正面に捉える。
ㅤそれを一言で表すならば、球体だ。
ㅤ側面に白塗りのウサギが小さく描かれていることを除けば、滑らかなボディを黒く
「茶は…いらないな」
ㅤ見ての通り、彼は人間ではない。
ㅤしかし千冬の知る限り、彼は人並かそれ以上に悩むことのできる存在だった。
(──お気遣いに感謝します。織斑先生。)
ㅤレンズを覆うシャッターをもう一度閉じ、そして開くと、球体は千冬に再度問いかけた。
(──私はどうすればよいのでしょうか。)
ㅤそれはこっちのセリフだ。
ㅤ一体、自分にどう答えろと言うのだ。
「お前はどう考えている?」
(──研究所への回収要請を検討しています。)
「それだけはやめておけ、いいな」
ㅤこめかみに手を当てながら、千冬は即座に答える。
ㅤどうやら嫌というほど二日酔いを訴えてくる脳を、無理にでもフル稼働させる時がきたようだ。
ㅤさもなくば、可愛い教え子のパートナーが鉄くずになってしまうだろう。
ㅤそしてその原因がたとえほんの僅かであろうとも千冬にもあると弟の一夏に知られでもしたら、果たしてどうなることか。
ㅤきっと不味いことになる。いや、絶対に嫌われる。
ㅤ十中八九、一夏に千冬姉大っ嫌いと言われてしまう。
「とにかく、もう一度最初から話してみろ」
(──了解。)
ㅤ教師として、また大人として。そして姉として。
ㅤ自分の成すべきことを成すしかない。
ㅤというか、下手打てない。
ㅤお姉ちゃん、頑張るぞ……。
ㅤこうして、飲み明け千冬の無駄に長い休日が幕を開けるのだった。
ㅤ場所は変わって同時刻、一年生寮の食堂。
ㅤ黒一点の一夏を筆頭に、いつもの面子が揃っている。
ㅤ招集をかけたのはお誕生日席にいるラウラ、同室のシャルロット、そしてラウラに叩き起された一夏だ。
「はあ!?ㅤオルムが家出したぁ?!」
ㅤいつになく深刻そうなラウラに対し、鈴が素っ頓狂な声を上げる。
ㅤリアクション担当の彼女を含め、話を聞かされた他のメンバーが目を丸くするのも無理はない。
「ちょっとラウラ、その話本当なの?」
ㅤ正直言って、耳を疑う話だ。
ㅤそんな一夏たちの視線を一身に受け、珍しく弱りきった様子のラウラは頷いた。
「うむ。あいつは…私の半身は。私が起きた時には既に枕元からいなくなっていた。教官…いや、織斑先生のところへ行くとメッセージだけを残してな……」
ㅤ頭を両手で抱え、俯くラウラ。
ㅤ言われてみれば、いつもラウラの近くに浮いているユニークな球体の姿が、その日に限ってどこにも見えない。
「まさか、あのオルムさんが……」
「信じられないが、事実みたいだな」
ㅤセシリアが口元に片手を当て、腕組みをした箒は眉を寄せる。
ㅤ皆からオルムと呼ばれ慕われる球体の正体は、ラウラの出身元であるドイツ軍の比較的真っ白な研究所が開発した戦術支援AIの試作モデルで、普段はラウラの専用機であるシュヴァルツェア・レーゲンの拡張領域の一部に間借りする形で搭載されている高度な人工知能だ。
ㅤ努力が結実し専用機を与えられて以来、教官と敬愛する千冬以上に近くに在り、誰よりも長い時間を共有してきた相棒。故にラウラは、彼を半身と呼んでいる。
ㅤ一にも二にもパイロットの安全と健康を優先し世話を焼きまくるオルムと、なんだかんだ言いつつそれらを甘んじて受け入れるラウラ。
ㅤラウラがいればオルムがいるし、オルムがいるならラウラがいる。…と以上が一年の専用機持ちメンバー全員の認識だ。
「で、でもどうして?」
ㅤなのに、ラウラはそのオルムが家出をしたという。
ㅤ行先こそはっきり明言しているものの、自ら保護対象であるラウラから離れていったというのだ。
「どうして…?ㅤそんなこと、私が訊きたいくらいだ!」
ㅤ困惑気味に呟いたシャルロットに、今度のラウラは妙に苛立った様子で返す。
「あ、そうだよね…ごめんラウラ」
「っ…いや、こっちこそすまない。ついカッとなってしまった」
ㅤかと思えば、落ち込んだ様子でため息をつく。
「むう…。あいつが近くにいないと、どうも落ち着かなくていけないな……」
ㅤ明らかに情緒不安定なラウラ。
ㅤ落ち着かないというよりは、無理やり不安を押し殺しているといった様子だった。
「…………」
「と、とりあえずオルムは千冬ね…織斑先生の所にいるんだろ?」
「……ああ」
ㅤこの学園で最も安全なのは、やはり千冬の傍だと一夏は考えている。
ㅤ暴れる牛百匹だろうが、ミサイルだろうが、腹を空かせた大蛇だろうが、その身一つでなんとかしてくれるのが自分の姉。
ㅤつまり姉の近くにいるのなら、家出中のオルムの身の安全はまず保証されていると見ていい。
「なら、そのうちラウラのとこに帰ってくるんじゃないか?」
「う、うむ。あいつがいなくなったわけではないというのは、私も頭の中では理解できているのだが…しかしな……」
ㅤとはいえそれとこれとは話が別。
ㅤ遂には貧乏ゆすりをしはじめたラウラを見て、心中を察した一夏は冷や汗をタラりと流す。
ㅤ事は思っていた以上に重大らしい。それこそ、今のラウラは以前オルムがとある事件により破損してしまった時のような、再起不能の一歩手前に近い状態にあると見た。
「だ、大丈夫なのですかラウラさん?」
「大丈夫か、だと?ㅤはは、愚問だな……私は平気だ」
ㅤなどと言っているが、本当だろうか。
ㅤ傍目には気丈に振舞っているように映っていても、口調に反して顔面は蒼白、貧乏ゆすりのせいか声も震え気味。
ㅤ心做しか唇にチアノーゼも出ているし、普段は自信に溢れキリリとしている眉も、今はすっかり八の字に下がってしまっている。
ㅤ問題ないという言葉も疑わしいものだ。
「は、はは…大丈夫だ。あいつと私はずっと一緒なんだ」
「ら、ラウラ…?」
「お、おい…どこへ行く。私とお前は、一心同体だと言ったろう? い、行くな、行かないでくれ……わ、私たちは、ずっと一緒に、イッショニ……」
「わ、わぁラウラー──っ!!?」
ㅤダメだ、やっぱりどこをどう見てもぶっ倒れる五秒前にしか見えない。
ㅤ誰だ傍目からはまだ気丈に振舞っているように見えるとか言ったやつは、とんだ節穴じゃないか。
ㅤトラウマを刺激されて、思いっきりハイライト消えちゃってるぞ。
「──おっ!ㅤ起きたらいなかったって言うけど、昨日何かなかったの?」
「……何か、とは?」
「え?ㅤそ、そりゃあ何かよ。喧嘩したとか、寝る前に軽く…言い合いになったとか」
ㅤ具体的な例を求められ、しどろもどろに答える鈴。
ㅤ途中から尻窄みになっている辺り、自分で言っていて「これはない」と思ったのだろう。
ㅤ二人の間に多少の諍いがあったとしても、それが原因でオルムの家出に発展するとは考えにくい。
ㅤおまけに自分たちが知る限り、この二人が喧嘩をしたのは後にも先にも数ヵ月前の一件のみだ。
「……記憶にない」
「そ、そう?」
ㅤやっぱりね、と鈴。
ㅤまたその件では壮絶な口論の末、耳を塞いだラウラに手酷く突っぱねられていたものの、オルムは黙って寄り添い続けたという実績がある。
ㅤ結果的に最後の最後でオルムは中枢回路が焼き切れ、更にはコアの破損──つまり存在の消滅にまで追い込まれるのだが、それはまた別の話。
「あ…でも昨日ラウラ、あの後オルムに怒ってなかった?」
「……ああ、あれか」
「あの後?」
「うん。僕が昨日、ラウラと二人で買い物に出かけたのは一夏も知ってるよね。その時にちょっと一悶着あって……」
ㅤそうしてシャルロットは、昨日あったことを話しはじめた。
「なるほど。つまりお前はパートナーを怒らせてしまった理由がわからず、悩んでいるわけだな?」
(──悩むという表現は私には適していません。)
「そうかもしれないが、似たようなものだ」
ㅤ場所は変わって、千冬の部屋。
ㅤ今一度オルムから事情を聞かされた千冬が、自分なりの結論を出したところだ。
「成り行きでラウラたちがバイトをすることになった店に、強盗が入ってきた。その制圧に乗り出したラウラに向けて強盗が発砲し、お前は咄嗟にパートナーを庇った」
(──はい。デュノアさんとラウラのコンビネーションは即席でありながら完璧でしたが、男性が取り落とした銃が暴発し、またその銃弾が偶然にもラウラに直撃する可能性の極めて高いコースだった為、保護プロトコルにより与えられた権限のもとボディを展開、弾丸をカットしました。)
「その後パートナーが残りの強盗を取り押さえ、警察への身柄引渡しも滞りなく行われた。事件は解決。しかし肝心のラウラがお前の行動を問題視した…ここまではいいな?」
ㅤ生徒二名が強盗事件に巻き込まれ、これを解決。
ㅤ千冬はIS学園の教師であり、かつラウラたちの担任なので、当然その件については全て把握している。
(──はい。何故あのような判断をしたのか、説明を求められました。)
「そのようだな。お前はきちんと説明したが、ラウラの怒りは収まらなかった?」
(──その通りです。むしろ私の説明により、彼女はより大きな憤りを感じたようでした。)
ㅤ確かにオルムの特殊塗装済みチタン製ボディに、小口径の銃弾が傷をつけることは、万に一つも有り得ないだろう。
ㅤそうすることが最適解だった。
ㅤオルムにとっては、ただそれだけのことである。
ㅤしかしラウラはそう感じなかったらしい。
(──デュノアさんが上手くその場を取り成してくれましたが、ラウラが抱いた怒りは相当なものだったようです。彼女によって以降の外出中の行動を、私は制限されました)
「ふむ。具体的には?」
(──拘束です。ラウラは私のボディを両腕で抱え、移動を封じることが有効な制限手段だと考えたようです。)
ㅤいや、それは単に適当な理由を付けてお前を抱きしめてただけなんじゃないか。
ㅤそう感じたものの、大人な千冬はなにも言わないでおいた。
ㅤバレーボールサイズの喋る球体を抱える美少女という構図は、なんだか一昔前のロボットアニメを彷彿とさせる。さぞかし某所はこのネタで沸いたことだろう。
ㅤあくまで独立した戦術支援AIという立ち位置のオルム。IS関連の法律に触れないとはいえ、目立ちすぎないよう自重してもらいたいものだ。
「その拘束は、寮に帰るまで継続されたのか?」
(──いいえ。直前にデュノアさんがクレープの購入を提案し、私はラウラの右隣で待機することを条件に解放されました。)
「なるほど。それでこの件はお終いと思いきや、ラウラが就寝前に金輪際あのようなことはするなと、再度念を押してきたわけだ」
(──その時の彼女は怒りではなく…何かを恐れているようでした。)
ㅤカチ、カチ、とオルムは瞬きをした。
(──それが何なのか、私にはわからない。)
(──原因が不明である以上、私はまたラウラを怒らせるでしょう。私はそれを望んでいません。)
ㅤほう、とため息をつく千冬。
ㅤ高度な学習型人工知能だと聞いていたが、ここまで人間の感情について学んでいるとは。
ㅤさすが、あいつが妙な興味を持つだけはある。
「……そうだな。この件で私から言えることは、ひとつだけだ」
(──何でしょうか?)
ㅤラウラの変化については、千冬も思うところがある。
ㅤしかしそれをそのままオルムに伝えても、彼の成長には繋がらないだろう。
「ラウラともう一度よく話すか、でなければ考え続けろ」
ㅤ故に千冬は、オルムの前に明確な答えを出さないでおくことにした。
「おっと、間違っても自分をラボ送りにしようなどとは考えてくれるなよ」
(──よくわかりません。詳しい説明を求めます。)
「説明も何も、言葉の通りだ。そもそもこれはお前とラウラの問題で、他人である私が横から口出しするべきじゃないんだよ」
ㅤしかし、と口を挟むオルム。
(──他人であっても、ラウラがあなたを教官と呼び敬愛している。)
(──私たちがバディを組んで間もない頃、よくラウラからあなたの話を聞かされました。強く気高い、素晴らしい女性だと。)
(──それらの経験から、私はあなたが相談するべき人物として、最も適していると判断したのです。)
ㅤよくもまあそんなことを恥ずかしげもなく言えたものだ、本人の前だぞ。
ㅤもっとも、彼の中に羞恥心というものがあるのかは依然として不明だが。
「……今のお前たちは学生だ」
(──はい。国内外での不穏な動きを掴んだ情報部により、織斑千冬の弟、織斑一夏の護衛として我々はIS学園に派遣されました。護衛対象である織斑一夏が卒業するまでの三年間、我々も学園の生徒として活動することになっています。)
「ああ、違う違う。そんなものは建前だ。それくらいお前も察しているだろう」
(──私はラウラと共に任務を遂行するまでです。)
ㅤいっちょ前にしらばっくれるオルムに、千冬は鼻を鳴らす。
ㅤ一夏という護衛対象に縛られず、休日もある程度の自由が許されている辺りから、少し考えれば護衛任務とは名ばかりのものであることがわかるはずだ。
「まあいい。ともかく卒業まで三年、少なくともそれだけの時間がある。たっぷり悩み、大いに学べ。それが学生である今のお前たちに必要なことだ」
ㅤわかったら出て行け、とオルムを部屋から追い出す千冬。
ㅤ二日酔いだから、とか。部屋の掃除をしたいから、とか。そんな適当な理由を付けて。
(──了解。)
ㅤそう言ってオルムは去っていった。
ㅤ彼の悩みが解決したのかはわからないが、少なくともラウラの元には帰ったのだろう。
ㅤ何故わかったかって?
「千冬姉、またこんなに散らかして……」
「う…一夏……」
ㅤ親切な球体から、相談のお礼という名のお節介が、千冬の部屋にやってきたからだ。