椿、清香と同じ空間で同じ時を過ごす。
語らい、笑いあい。
なんて、幸せなのだろう。
二人さえいてくれればそれでいい。
私の幸せは、この二人。
なに不自由ない暮らし、というよりも贅沢な暮らしをしてきたと言った方が私の十数年を表すのに的確だろう。
父が興した会社が予想以上に上手くいき、そのまま調子を崩すことなく成長したので金に困ることはなかった。
父のおかげで金はあった。
そう、金は。
私には、自由がなかった。
教育熱心な母。そう言えば聞こえはいいが、あの人は教育に熱心なのではなく教育に狂っていた。
初対面の人との会話でまず学歴を聞くような人で一定以上の学歴の人間とは関わろうともしない。そのくせ、本人は別に大した学校を出ているというわけではない。典型的な学歴コンプレックスというやつだ。
それを娘である私に押し付けていた。
私を日本の最高学府に入れようと小学生の頃から同年代の子達とは比べ物にならないほど勉強させられた。
そこへ更に父の会社が好調という状況が重なってしまった。
庶民から富裕層へと階級が上がったことで求められるものが増えてしまった。
塾だけだった習い事にピアノ、バイオリン、茶道、華道、書道、水泳、テニス。贅沢な暮らしが出来るほどの金のおかげで私の時間と自由は奪われていった。
私に趣味など許されなかった。
流行に乗ることも許されなかった。
押し付けられたものに押し潰されてしまいそうだった。
私は決して優秀ではなかった。
天才などとは程遠い、平凡な人間の一人。
平凡な人間に、こんな生活が耐えられるはずがなかった。
助けてほしかった。
解答を間違えればヒステリックな母の叱責が飛び、父はそんな母が嫌で、関わりたくなくて仕事に逃げた。
他に兄弟でもいれば少しは分散されてマシだったかもしれないが、あいにくと私は一人っ子で親のありがたくもない愛情を一身に受けてしまった。
それでも、子は親に認められたいものだから。
平凡なりに努力して、藤花女学園に入学することが出来た。
学校は好きだった。
母から解放されるからだ。
なにより、あの二人に出会えたから……。
椿も清香も私と似たような境遇であったから、自然と惹かれあい、絆を深めていった。
そして、私達三人は同じ夢を持った────。
「失礼します叶様」
「……糸杉か。なんの用だ」
「定期報告が入りました。反乱分子は仲間を集めるために青葉岳の隠れ里に向かったそうです。里の場所もおおよそ掴めたと」
「そうか。古羽根と鏑島を向かわせろ」
「おや、二人だけですか。私も真葉もジェーンも出れますが?」
「惑わすだけだ。二人もいれば充分だろう」
「かしこまりました。では、そのように伝えておきます」
それではと丁寧な動作で部屋を出る糸杉をほんの少し睨み付ける。
私達の時間を邪魔したからだ。
「叶ちゃん怖い顔になってるよ。駄目だぞ~。そんな顔してるとずっと怖い顔になっちゃうよ」
「椿……それは嫌だな」
「そうですよ叶様! 笑顔、笑顔です!」
清香にそう言われて笑顔を作るが、自覚している。ぎこちないことに。そんなぎこちない笑顔を見た二人は笑って、釣られて私も笑って。
こんな風に三人で……共にいられればいいのに……。
「闘争主導者に挑むだぁ!? お前らそれ、マジで言ってんの!?」
私達が来た目的を話すと、水氣さんがオーバーリアクションとはこういうことだとお手本を見せるかのように驚いてみせた。
たしかに、驚かれるようなことだろう。
かつて、彼女達に挑む者達が何度か現れた。
そして殺されて、見せしめにされて、誰も彼女達には敵わないということを刷り込まれてしまっているのだ。
「……闘争主導者に挑むというからには、勝算でもあるのか?」
六堂さんの鋭い視線が私達を刺し貫くかのようだ。
そんな視線にも動じないで咲洲さんは六堂さんを睨み返すかのようにまっすぐ見つめて返答する。
「ないわ。ないから勝算を作りにきた」
「まったく……呆れたものだな。数を募れば勝てると思ったのか? それならば当の昔に闘争主導者など滅んでいる」
「数も重要だけれど、強いライダーを探してる。腕の立つ銀のライダーと紺色のライダーがいると聞いたわ。それって貴方達のことでしょう? どうか、力を貸してください」
頭を下げた咲洲さんに合わせて私も頭を下げる。ちらりと隣を見たら片月さんは頭を下げていなかった。
「……どうするよ千鶴」
「……京助、死にたくなければ断れ。彼女達の蛮勇に命を懸けられるなら共に行け」
「なるほど。じゃあ俺は行くぜ。女の子の頼み事を断るなんて、それもわざわざ俺をご指名だぜ? 断っちまったら男が廃る」
水氣さん……!
思わず、感激してしまった。
理由は少しあれだけれど、即決したのは男らしい……のかもしれない。
「もちろんお前も来るよな!」
「いや、俺は行かない」
「そうかそうか……は? お前いまなんて言った?」
「行かないと言った」
え……。
ええ!?
「どうしてですか!?」
思わず、どうしてですか!?なんて言ってしまった。
水氣さんが快諾してくれたのもあってか、勝手に六堂さんも来てくれるものだと思い込んでしまったが故に、そんなことを言ってしまったのだ。
「どうして、か。そんな無謀に命を懸けられるほど、俺は馬鹿ではいられないからな」
そう言って六堂さんは部屋から立ち去った。
部屋は静寂に。
水氣さんが静かに怒っているようだったが、それも行き場なく冷めていったようだった。
「ま、千鶴は仕方ないでしょ」
「ああ、そうだな……」
壁に背を凭れさせてずっと話を聞くだけだった円居さんが口を開いた。
仕方ない、とはどういう意味なのだろうか?
「おい、仕方ないってどういうことだ?」
片月さんが私の疑問を代弁してくれた。
「あんな言い方してたけど千鶴には奥さんとまだ小さい子供がいるからさ、ここを離れられないんだろ」
「もしも自分がいない間になにかあったらってことを想像したらね……」
六堂さんの事情は仕方のないものだろう。
こんな時代、こんな世界なのだ。いつ、なにが起こるか分からない。
大切な人を失ってしまうかもしれない。
それはなによりも恐ろしいことだろう。
大切な人を守るためには、近くにいるべきだ。
「……そう、か。なら、仕方ないな」
意外にも、片月さんも仕方ないと言ってこの話題を終わらせた。
てっきり、厳しいことを言うかと思ったのだが。
「それより、ライダーを集めるんでしょ? 千鶴の代わりにはなれないけど私も行くわ」
「円居さん……いいんですか?」
「いいわよ。私も京助と同じく独り身だからね」
「なんかいまディスられた気がする」
「それと、強いライダーを探すならやっぱりツルギでしょ」
その言葉を聞いて即座に反応したのは咲洲さんだった。
「燐……ツルギについてなにか知ってるんですか!?」
「半年ぐらい前だったかしら? あなた達ぐらいの歳の子が10歳の男の子を連れてこの里に来たの。彼はその子をこの里に預けて旅立っていった。それで、預けられた子が言ってたの。彼がツルギだって」
ツルギ────。
死んだとされる英雄が、生きていた……。
もし、それが本当ならば大きな希望になるだろう。
「その子に会わせてもらえませんか!」
「いいけど……なに、もしかしてツルギはあなたの彼氏くんかなにかなの~?」
「……はい。大切な、人です」
咲洲さんは真剣だった。
円居さんを見つめ返す瞳は炎のように揺らめいて、強い意志を感じさせる。
咲洲さんにとって大切な人であるツルギ。死んだと言われても咲洲さんは生きていると信じて一人、彼を探していたのだ。ようやく見つけたツルギ生存の手掛かりをみすみす見過ごすはずがなかった。
「そう。それじゃ、ついてきて」
円居さんと共に部屋を出ていく咲洲さん。
俺も行くかと水氣さん。
気になるのか後を追った片月さん。
私も一人でここにいるのもなんだしと、部屋を出て追いかけた。