ああ、どうして世界はこんなにも醜くなってしまったのだろう。
かつて人々で賑わった街には人の、いや、命の影もなく静寂だけが……。いや、それも違った。
この煩わしい耳鳴りだけが脳に響く。
そこらの看板や標識を見れば、普通の看板と文字が反転した看板とが入り交じっている。
なんとも歪で、否応なしに不安を押し付けられる光景だ。
いつ見ても、この景色だけはなれない────。
「奈々ちゃん大丈夫? 具合悪い?」
「大丈夫です。ちょっと、耳鳴りがいつもより酷くて」
「そっか……。もし、モンスターやライダーが出てきても僕が戦うから安心して。奈々ちゃんは戦わなくていいから」
「分かりました……。ありがとうございます、鰐淵さん」
同じ隠れ里に住む
世界がこうなる前は大工として働いて、今でも隠れ里で新しく建物を建てるとなればまず頼られる。それ以外にもこうして隠れ里の外。かつての街に出て、物資の調達を行うなど彼は正に便利屋と言ってもよかった。
「……やっぱり、奈々ちゃんが行くことにもっと強く反対しておけばよかった」
ふと、昇ったばかりの太陽に照らされた鰐淵さんがそう呟いた。
確かに彼は私がこうして街に出ることを反対していた。
「だって奈々ちゃん、戦うこと嫌いだろう? いや、戦うのはみんな嫌いだから隠れ里なんての作って生活してるわけだけどさ、奈々ちゃんはもっとこう……。苦手っていうかなんていうか……」
上手く表現する語彙が見つからず頭を捻る鰐淵さんを見て、なんだか張りつめていた緊張の糸が弛んでしまった。
「心配してくれてありがとうございます。けど大丈夫です。こうして、畑仕事や子供達の相手以外に役に立てるんですから」
「ならいいんだけど……。本当に無理はしないでよ?」
念を押す彼を安心させるべく元気よく返事をする。
大きな声を出したおかげで、本当に元気になれた気がしてきた。
これなら物資調達だって上手くいきそうだ……。
そう思っていた。
突然、私達の後ろのかつて店だったであろう建物の閉められていたシャッターが弾け飛んだ。
「なにッ!?」
「キィシャアァァァ…」
低い唸り声を発しながら、それは現れた。
赤茶色の、およそ人類の大半が生理的嫌悪感を抱くであろう虫が人型を得たもの。
人で言うおでこにあたる部分から伸びる長い触角。
選り好みせずになんでも喰らってしまいそうな牙の生えた口。
このモンスターはいま、餓えていた。
「奈々ちゃん!」
「大丈夫です、モンスターならいけます!」
上着のポケットに入れていた緋色のカードデッキを手に取り、モンスターに向かって突き出す。
すると、どこからか銀色のベルトが現れ腹部に巻かれる。
そして……闘争の始まりを告げる言葉を口にする。
「変身!」
その言葉と同時にデッキを突き出していた左手と右手を左腰に一度集め、デッキをベルトのバックルへと装填。そして、勢いよく両手を下に向けて勢いよく開いた。
騎士の虚像が幾重にも重なり変身する。
【仮面ライダーティタヌス】
それが、私のライダーとしての名前。
緋色の鎧に、クワガタのような二本角を持った仮面。
「ゴキブリなんかに負けない!」
左手に装備している「スタッグバイザー」を構え、突撃する。
契約モンスターである【タイタヌス・スタッグ】を模した召喚機はその顎をもって敵を切り裂くことができ、その甲殻で敵の攻撃を防ぐことも出来る攻防一体の優れもの。
「はあっ!」
スタッグバイザーをモンスター目掛けて振り下ろす。
が……。
「っ!?」
予想にもしていなかったモンスターの高速移動によって左腕は空を切った。
「シャアッ!!!」
高速移動によるタックルを仕掛けるモンスター。
その速さに対応出来ず、直撃を食らうことを覚悟した。
「奈々ちゃん!」
モンスターの攻撃は横から殴りかかったモアさん……。
【仮面ライダースパイン】によって阻まれた。
細長い顔をした恐竜のような契約モンスターの頭部を模した手甲による攻撃はかなり効いたらしい。
素早さを取り、防御は捨てたであろうモンスターにとって不意打ちでかつ直撃。自身も加速していたことによるダメージの増加は致命傷だろう。
【FINAL VENT】
モアさんは既に切り札を使用していた。
契約モンスターである、大きな丸い背鰭を持った恐竜のような契約モンスター【ディノスピナー】が廃墟を破壊しながら現れ、その背鰭を刃とするように身体を丸めた。
そして、その巨大な刃をモアさんはバイザーである棍棒で殴り付けると、勢いよく車輪のように回転する刃が敵モンスターへと迫った。
虫の息であるモンスターにはそれを避ける体力もなく、真っ二つに切り裂かれ爆散した。
倒されたモンスターのエネルギーが宙へと浮かび、それをディノスピナーが捕食したのを見て、戦闘は終わり。
互いにデッキをバックルから外して変身を解除した。
「奈々ちゃん大丈夫?」
「大丈夫です。ほとんどモアさんが戦ってくれたので……」
「そう? 奈々ちゃんのモンスター、しばらくエサ食べてないだろう? さっきのやつ、あげようと思ったのにディノスピナーの奴……」
そこまで気遣ってもらっていたのか。
やはり、モアさんは優しい人だ。
だけど、いつまでもモアさんに甘えてばかりはいられない。
「大丈夫です! 次にモンスターが出てきたら私がやっつけちゃいますから!」
「そう?頼もしいね」
「はい!」
ひとまず、この話はこれで終わり。
早く本来の仕事に取り掛かろう。