IS1話ほど、歪んだ話はないですよね。一夏がハンデで馬鹿にされるシーンとか、多くの生徒から面白半分で見られたりとか。
「決闘ですわッ!!!」
セシリア・オルコットが捲し立てる様に言う。周囲の女たちは賛同する部分もあるようだが、あまりの無茶苦茶な言い分に困惑している者もいた。
少し、顛末を話すと、こういう訳なのである……
「なあ、ノアさん。俺、織斑一夏!男同士って事で仲良くしたいんだが、いいかな?」
躊躇うような、言葉尻がほんの少し震えている彼の声。大人として誠意を持って対応すべきだし、何より学友なのだ。良い関係を築くのも大切である。
「勿論だ、一夏君。俺もハサウェイで良い。堅苦しいのは無しだ」
彼の顔は少しだけ緩む。ハサウェイからは好印象だった。
「ああ、分かった、ハサウェイ。よろしくな!」
「こちらこそ」
固い握手をして、たわいない話をしていると気まずそうにこちらを見る女の子。確か、シノノノさん、だったか。
「なあ、話の途中で済まない、ノア。
「いいよ、どうやら久々の再会のようだからね」
「済まない、ノア」
「あー、じゃあまたな、ハサウェイ」
一夏と篠ノ之箒は廊下に出る。幼馴染みの再会とか漫画の中だけの話と思っていただけに、不思議な感動が心に生まれる。
そんな感動に、一滴の雫が落ちて来た。
「ちょっと、よろしくて?」
「オルコットさん……だったか。間違ってたらすまないな、まだ全員の名前を覚え切れてないんだ」
形の整った眉が僅かに顰められる。
「まぁ、よしとしますわ。セシリア・オルコットですの、どうぞよしなに」
貴族然とした立ち振る舞いに目を奪われる。一挙一挙が優雅であった。
次の授業の予鈴が鳴る。
「オルコットさん、もうじき時間だ。席に着こう」
「そうですか。それではまた」
授業が始まる。企業所属の俺はある程度が分かっても、小さい頃からISの教育を受けて来た彼女らには敵わない。なんとか着いていくのに精一杯だった。
男はIS自体が使えないので、殆ど興味が無く、マニアかそれに深く携わる者でないと細かい知識は持ち合わせない。あの異常に分厚い、殺意すら感じる参考書は見るだけで気分が萎えてくる。
一夏はどうやら古い電話帳と間違えて捨ててしまったらしい。酷い言い訳だと思ったが、彼の様子からすると素でアレのようだ。案の定、織斑先生の出席簿が振り下ろされて、大きな、痛い音が鳴った。
まあ、無理もない事だが、周囲の女達は奇異の目で彼を見ていた。ISの事を学ぶ為にひたすら勉学に励んだ彼女らには理解が及ばないのだろう。
爆弾が炸裂したのは、授業の終盤であった。
「クラス対抗戦の前に代表者を決めなくてはならない。クラス代表者というのはそのままの意味だ。対抗戦だけではなく、生徒会の開く会議や委員会への出席……所謂、クラス長だな。ちなみにクラス対抗戦は入学時点での各クラスの実力推移を測るものだ。今の時点で大した差は無いが、競争は向上心を生む。一度決まると一年間変更は無いからそのつもりで考えろ」
ハサウェイはあまり乗り気ではない。こうした所で疲弊して、不覚を取る訳にはいかないからだ。しかし、いつだって好奇心と興味は要らぬものを連れてくる。
「自薦でも他薦でも構わない。誰かいるか?」
織斑先生の言葉に、すっくと手を挙げる者がいた。
「はい! 私は織斑君が良いと思いますっ!!」
「私もそれが良いと思います」
「ちょっッ!!」
まさか、と面食らっている。世界最強の弟だから、期待が大きいのだろうか。それとも、ただの冷やかしか。
「私はハサウェイ君かなあ……」
「たしかに。大人だから頼れそうだよね」
「うんうん」
推薦されることに悪い気は起きなかった。だが、当人が蚊帳の外にされるのは困る。
抗議の声を上げようとすると、一人、大変に文句のある様子で立ち上がった。
「納得がいきませんわ!!!」
相当の怒りで、額には青筋が浮いている。ヒステリックな声が教室にカンカンと響く。
「そのような選出は認められませんわ!! 大体、男がクラス代表だなんていい恥晒しです! 私に、このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」
なんとまあ、過激な発言だ。セシリア・オルコットの怒声は続く。
「実力から行けば私がクラス代表になるのは必然。それを物珍しいからという理由で極東の猿にされては困ります! 私はこのような島国までIS技術の修練に来ているのであって、サーカスをする気は毛頭ございませんわ!! 大体、文化としても後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体、私にとっては耐え難い苦痛で―――」
ハサウェイにとってはどうでもいい事であるし、彼自身は感情をコントロールする術を持っていた。しかし、つい先日まで普通の男子学生だった織斑一夏に、自分や国の事を馬鹿にされて黙っていろと言う方が酷だった。
「イギリスだって大してお国自慢ないだろ。世界一まずい料理で何年覇者だよ!」
彼の堪忍袋の緒が予想通りプッツリと切れた。炎にガソリンを注ぐ様な真似。両者はますます感情を爆発させていく。
「決闘ですわッ!!!」
怒りの頂点に達した彼女が一夏に決闘をふっかける。
「いいぜ、四の五の言うより分かりやすい」
売り言葉に買い言葉。血気盛んに返答してみせる。
「わざと負けたら私の小間使い、いえ、奴隷にして差し上げますわ!!」
「ハンデはどのくらいつける?」
一瞬、空気が止まる。セシリア・オルコットも、周囲の女生徒も二の句が継げない。
「早速、お願いですか?」
煽る様に、明らかに見下してそう言った。
「いや、俺がどのくらいハンデを付ければいいのかなぁと」
堰を切ったようにゲラゲラと笑い声が漏れる。失笑を買ったと気づくのも遅くは無かった。
「お、織斑くん、それ、本気で言ってるの?」
「男が女より強かったのってISが出来る前の話だよ?」
「もし、男と女が戦争したら3日も持たないって言われてるよ?」
三度の追撃を受け、一夏は吃る。強ち嘘でもないのを体感しているからこそ、そうなった。街に出れば、男がこき使われるのを簡単に目にする事が出来る。買い物の金を強請る者もいるのだから、とんでもない。裁判で訴えてもそこら辺ではロクな裁判など無い。ありとあらゆる場所に女が進出して、男女のバランスが真逆になってしまった職業すらある。
ただ、一つことわっておくが、代表候補生というエリートの彼女にハンデを貰ったところでずぶの素人である一夏が勝てる確率は限りなく低い。
「……」
ハサウェイは黙って聞いていた。これは一夏自身で解決する事だし、学生と言えど大人に足を突っ込んでいる彼が口を出す問題では無かった。
だが、この世界の歪みが噴出しているのを目にするのは気分が良くない。
「なあ、どうする気なんだ。二人は」
成人男性の、よく通る低い声が響く。思わぬ人物に笑っていた有象無象は黙り、セシリア・オルコットはハサウェイを睨み、織斑一夏は救いの手が来たと安堵の表情を浮かべている。
「俺もクラス代表候補だ。どう決める?俺は若い二人に譲りたいと思っている。いつ本社に帰れと命令されるか判らんのもあるからな」
静粛の後、織斑先生が話す。
「では、織斑とオルコット。勝負は次の月曜、第三アリーナだ。ノアもクラス代表候補戦の後に二人と模擬戦をしろ。それでいいな」
クラスの帝王、織斑先生の鶴の一声で決定した。
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「ありがとう、ハサウェイ。俺、ちょっと冷静じゃなかった」
「いいさ、別に。俺にも思うところはあった。だが、今の一夏でオルコットにはほぼ勝ち目は無いぞ」
キッパリ断言した。一夏は苦々しく眉を顰める。
「ッ!やってみなきゃ--」
「言いたい事は分かる。彼女が自分で言っていただろう、イギリスの代表候補生だと」
「あ……そうだ」
彼女に言われた事が、頭の中を巡る。イギリスのエリートだと一夏は思い出した。
「日本風に言うなら、クロオビとシロオビだ。これで分かるだろ?」
「くっ、でも……」
まだ、引き下がる。
「一応、俺も企業所属でそこそこ乗ってる。だから、手伝いはする。物にできるかは知らんが」
よく言えば友人のよしみ、悪く言えば恩を売る。決してリターンがない事をハサウェイはほぼしない。
「おぉ……ありがとう。本当に」
一夏は頭を下げて感謝した。ハサウェイには少々照れ臭く感じた。
「なあ、そこ。居るだろ」
一夏が頭を上げたタイミングで、こちらの話をこっそり聞いている彼女を呼ぶことにした。
「ッ……バレていたか」
篠ノ之箒は意外と素直に出てきた。軽くジャージを羽織っている。
「箒!?」
とても驚いている。そして、篠ノ之さんの顔は紅色に染まっていく。これが若さか、と思った。
「二人で話し合うといい。俺はもう寝る」
二人の世界に入ったみたいなので、おじゃま虫はそそくさと去る事にした。
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「こちら、ハサウェイ。聞こえますか」
静まった夜。連絡端末で、とある場所とハサウェイは交信をしていた。
「ああ、届いている。聞くところによると、模擬戦があるそうだが……分かっているな」
「ええ、過剰戦力過ぎますから。こちらの状況も良好です」
端末越しの声は調子が良かった。
「では、引き続きデータ収集を頼む」
「了解」
一夏、セシリア戦は戦闘は次回です。
ハサウェイの今後(参考程度に)
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主人公たちと敵対
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味方のまま