「ねぇ、ハルス。私、炎の紋章を持ってるって」
「え……いきなりどうしたの?」
ベレスの膝の上に乗せられたまま、いきなり変な話をされた。炎の紋章かぁ……。いや、なにそれ。
「なんか、凄く珍しい物だって」
「いや、ベレスも良く知らないの?」
だいぶ凄い事だと思うのだが、話の導入も軽かったし、本人はそう気にしてなさそうだ。まぁ、ベレスがどうかなる訳でも無いし、大丈夫だろう。
「うん。…ああ、そうだ。今節の課題も賊の征伐だよ」
「……私たち、そんな課題ばっかじゃない?」
今節の課題「も」って言った。なんか、もっと楽な課題にはならないのだろうか。戦いが日常化するって言うのは、傭兵団やってた頃は普通だったけど、士官学校に入ってもその日常は変わらないのか。
「体調は大丈夫?」
「うん、もう全然大丈夫」
あのあとの体調不良は意外とすぐ治った。翌朝にはもうすっかりだ。聞いた話によると、ベルナデッタが私の看病をしてくれたそうだ。後で感謝を伝えておこう。
「それじゃあ、行こうか」
2人で立ち上がり、部屋から出る。また1日が始まるのだ。
雨が降り、嵐の兆しがあるが、近隣の村人達を脅かすのはそれでは無い。
コナン塔。いつかの戦争に於いて防衛と監視の拠点であった場所に、盗賊が立て篭っている。その盗賊たちの鎮圧が課題である。
先生が持つ天帝の剣が有れば、賊の鎮圧などは大した問題では無いだろう。しかし、賊の頭領は王国貴族である、ゴーティエ家……大修道院にもシルヴァンというゴーティエ家の者がいる。その兄、マイクランという男だ。
しかし…虚しい物だ。聞いた話によると、マイクランは紋章を生まれ持たなかったがために、家族に見捨てられ賊に身を落としたのだ。
「ねぇ、ハルス…あなたは、紋章についてどう思うかしら」
「……紋章?」
聞いてみたが、そもそも紋章とは何かと言った様子だ。……そこまで世間知らずだとは思わなかった。
「えーっと…あぁ、ベレスが持ってるやつ…」
彼女の姉が持っている、炎の紋章。私にも無関係では無い物だが………今はそれはどうでもいい。
「別に…何でも良いんじゃ無い?」
「何でも良い…そう、そうね。それが一番いいのかも知れないわね」
紋章に人生を左右される事ほど虚しい事はない。ハルスのそれは何か深い意味を持った発言では無いのだろうが、自分と似た考えを持っていることは少し嬉しかった。
紋章に左右されない世界を作る。ハルスは……私の道に着いてきてくれるだろうか。いや、先生が来てくれない限りは、ハルスは来ないだろう。二人は、そういう関係だ。
「エーデルガルト?」
「ええ、何でも無いわ。さあ、行きましょう」
「ガキどもが……なかなかやるじゃねぇか…!」
塔の内部は逃げ場がないため、私たちはすぐ盗賊達を追い詰めた。マイクランが持っている破裂の槍は、私が持っている天帝の剣と同じ、英雄の遺産と呼ばれる物だ。
「はぁ…はぁ…」
ハルの息が無性に上がっている。そこまで激しい戦闘はしていないはずだが…。
「う…うわっ!な、何が起こって…!」
正面を見ると、マイクランが持っている槍から、真っ黒な泥のような物が這い出てくる。その泥はマイクランを包み込み……
「ギイヤァァァ!」
黒い獣へと姿を変えた。見境なく、自身の部下であった盗賊達をも襲い始めた。逃げる…訳にはいかない。槍の回収のためには、倒すしかない。しかし、英雄の遺産と言うのはここまで恐ろしい物だったのか。自分もそれと似た物を振るっていると考えると、杞憂であると思うがゾッとする。
「う、あぁ……うぅああ!!!」
マイクランが変容したと思えば、後ろからそれに釣られるかのように、ハルスが苦しそうに叫ぶ。体を縮こめて、小刻みに震えている。周りの生徒も困惑している。
……いけない!ハルスの所へすぐに駆け出そうとしたが、それは黒い獣に妨げられる。
「お主!今は目の前の敵に集中せんか!」
弾き飛ばされ、なんとか受け身を取ったが、ハルスからは遠ざけられた。だが、今はそれどころじゃ……
「せ、先生ー!」
ハルスの方からベルナデッタの声が聞こえる。ハルスに雨除けの外套を被せて、私に目で合図を送ってくる。
……今は、ベルナデッタを信じよう。ソティスの叱責の通り、目の前の獣への対処を先決とする。
「はぁあ!」
天帝の剣を鞭の様にしならせ、獣の脚を切り刻む。大きく体勢を崩した獣へと、生徒達の一斉攻撃が始まる。
そうして黒い獣は倒れ、槍と変身者であったマイクランが中から出てくる。
破裂の槍は回収し、賊も崩壊。これで、課された課題は終わりだ。
「終わったわね、先生。ちょっと……先生?」
私を呼ぶ声を無視して、すぐさま駆け出し、ハルスの元に向かう。少し塔を降りた先にハルスとベルナデッタの姿が見える。
「あ……先生。も、もう大丈夫みたいですよ」
「うん……ごめんなさい。また、迷惑かけた」
ハルスの姿に変な所は見受けられない。それならば良かった。
「大丈夫。ハルが無事ならそれでいい」
そして、すこし外に出てくると言って、ハルスは塔の外へと向かっていった。一人で行かせるのは少し心配だったが、周りには騎士団もいるので、まぁ大丈夫だろう。
「ベルナデッタ」
「ふぇ、せ、先生?」
「ハルのこと、ありがとう」
「い、いえ……えーっと、と、友達です…から」
俯いて小声で何か呟くベルナデッタ。よく聞き取れなかったが、ハルスとは良い関係を築いていそうだったので良しとしよう。
「まったく……お主は少し過保護じゃのう。わしにも教えてくれぬのか?あの妹について」
「……?ハルスだけど」
「名前などわしでも知っておるわ!」
頭の中でソティスの大声が響き渡る。直に脳内に語りかけられているために、頭がくらくらする。
「全く……お主、あの妹について何か隠しておるじゃろ」
「………なにも隠していない」
「はぁ…わしとお主はほぼ一心同体なのじゃ。隠し事がそう易々とできると思わんことじゃな。わしぐらいには教えてくれても良いではないか!」
「……ごめん。私からは言えない」
やはり、私から誰かに打ち明けるのは難しい。これは、ハルスが自分から打ち明けるべき事なのだ。私が今言うべき事ではない。その相手がハルスには見えないソティスであろうと。
「……そうか。まぁ良いわ。せいぜい気にかけてやる事じゃな。ふん!」
私に隠し事をされているのが気に食わない様で、拗ねて黙りこけてしまった。
ベルナデッタは…気づいているのだろうか。以前にもハルスが倒れかけた時に面倒を見てくれていたのは彼女だった。失礼な言い方かも知れないが、彼女にしては気が利きすぎていた。
……まぁ、気づいていないならばいい。気づいていたとしても、言い触らすような事はしないだろう。それならば、問題ないか。
私の、決して代わりのいない大切な妹だ。ハルスの人生は、私が支えなくてはいけない。
そう、改めて心に決めた。
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