「なんで…礼拝堂に魔獣が…!?」
「ちっ、考えんのは後だ。とりあえず片付けるぞ」
戸惑う生徒の声がそこらから沸き上がる。それもそのはず。突如大修道院内に魔獣が出現したからだ。理由は不明。普段の学級の皆に加え、父さんがいるならば、そう苦労はしないだろう。
父さんが単身、魔獣に向かって斬り込み、魔獣の額を攻撃する。魔獣は苦しんで倒れたと思えば……中から生徒が出てきた。
魔獣の生徒が魔獣……?どう言うことかはわからないが…そういえばこの魔獣はいつもの自然に出てくる奴らとは違い、額に何か…石の様なものがある。父はその違いに気づき行動を起こしたと言う事か。
「ぐぅ……う、うぅぅ…」
「どうしたの!?ハルス」
後ろからハルのうめき声か聞こえる。それに戸惑う生徒たち。
「な…ハルス、その腕…」
ハルが意識していないにも関わらず、隠している腕が晒される。
……そういえば、塔の時にマイクランが魔獣に変貌した時も同じ事が起きなかっただろうか。魔獣と何か関係が…?
「だ、大丈夫、戦える!」
腕に火を纏い、ハルは前へ走り出す。
「…皆んな、行こう」
ハルを孤立させないように、指示をだす。放っておくと一人でどこまでも行ってしまいそうだ。
しかし…皆、ハルをちゃんと受け入れてくれたようだ。そこは一安心だ。
父さんとハルが前線を走る。
魔獣はそこらの一兵卒とは比べ物にならない強さだが、数はそう多くない。
大人数で、確実に一体ずつ倒していく。その度に、魔獣の中から生徒が出てくる。
「せい…やぁ!」
ハルが魔獣の頭を力一杯殴りつける姿が見える。魔獣は石壁に強く叩きつけられ絶命……と言って良いのか、魔獣の姿から生徒の姿へ変化する。
力を解放している時の怪力は流石だ。
そして、その魔獣に襲われていた生徒がハルを見つめる。
「…あ、ぅ……そ、その…逃げ…て」
咄嗟に腕を隠そうとするハル。生徒が、口を開く。
「…ありがとう!怖かったよぉ……絶対お礼しますから!」
そう言って生徒はその場から立ち去った。ハルに向けられたその感情に、悪意は全く無い。
暫し放心していたハルだったが、直ぐに動き始めた。
うん…それで良いの。ハルが思っているより、人間は優しいから。それをもっと知って欲しい。
「グルルァ!」
「……!」
魔獣が襲いかかってきた。予想以上の近さだ。
だが動きは緩慢なため、その攻撃を躱す事は容易だ。天帝の剣をしならせ、
魔獣を切り刻む。どれだけ魔獣を傷つけても中の生徒には支障は無い…はずだ。先程までの例を見ても。
「っち、何の痕跡も残っちゃいねぇ。村の件と無関係だとは思えねぇな」
父が奥の礼拝堂に辿り着いたが、誰かいる訳でも何かある訳でも無かった。今回の騒動は…村の時と一緒で、誰かの陰謀なのだろうか。
「待ってくださぁい!」
その奥から誰かの声だ。この声は…
「逃げ遅れた生徒か…?さっさと戻んな」
モニカ…ハルとフレンが拐われた際に同時に救出された生徒だ。去年の生徒だと言う事を聞いたが…私は正直彼女のことを信じられない。なぜあちらにいるのだろう。父さんに徐ろに近づいて…
「……あ?」
モニカが…父さんを刺していた。
考えるよりも早く私は行動していた。
私の中にいるソティスの力を借り、少しだけ時間を巻き戻す。一日に一度までしか使えない切り札だ。
絶対に、そんなことはさせない。
……モニカが父さんに近づく。剣を伸ばし、モニカの命を絶とうとする。奴は油断している。
これは届いた…!
モニカに剣が届く、後数秒のところで…どこからか魔法で撃たれた。生徒達の方に吹き飛ばされて、父の元からは突き放された。
「せ、先生!?」
「……ガハっ…くっ!だ…誰!?」
魔獣は魔法を使えない…それなら誰が!
そこには黒衣の男…トマシュとは違う。奴の仲間か。
魔法の威力と、石壁に強く叩きつけられた反動で直ぐには立てない。それでも…それでも!
「ぐっ……父さん!」
全力で声を上げる。父に異変を伝えなければ。声に反応してか、こちらを振り向く父。
お願いだ、もう時間は巻き戻せない。明日になっては…もう遅いと言うのに…!
そんな私の願いは…届くはずもなかった。モニカの凶刃は父を貫いた。
直ぐ様父の元へ駆け出す。まだ…まだ間に合う!
「あぁ……くそっ…ちっ、へまこいちまったなぁ…」
「フレン!早く!」
「は、はい!」
私は回復術師ではないため、誰かに任せるしか無い。この時間が煩わしい。
「……ごふっ、ベレス…あいつを…」
父さんが血を吐きながら、ある方向へ視線を向ける。今は喋っている場合では……!
「……………は?」
突如、とんでも無い存在感を背後から感じた。たった一文字、呟いただけなのに、私にはやけに鮮明に聞こえた。
ハルがこちらを……真っ黒な瞳をして見つめていた。
礼拝堂に魔獣が発生したらしく、私達はそれの鎮圧に当たっていた。
予想以上の数だし、魔獣が生徒だったり…もう意味わかんないよ。
単身、特攻するハルスちゃんを援護する。ハルスちゃんはいつにも増して強い。私なんかとは全然違う。
その腕で魔獣を貫き、ちぎり…
その光景は精神衛生上非常によろしくない。とてもスプラッタだ。
「はぁ……!まだ…まだ!」
ハルスちゃんに目立った外傷は無いが疲れている様子だ。息が上がっている。
「は、ハルスちゃん!無理はしないで!」
「……無茶なんか、してない」
「いいえ、してるわ。ハルス、一旦退きなさい。私たちが相手をするわ。ベルナデッタ、その子を見ておいて」
え、エーデルガルトさん…その強引さは私も少し見習わないと行けないかなぁ…。
今のハルスちゃんは諭しても聞かないだろうから、そうしないと行けないのだろう。ハルスちゃんを前線から下げようとした時…誰かがこちらに吹き飛ばされてきた。砂埃が舞い散る。
「……ガハっ…くっ!だ…誰!?」
「せ、先生!?」
私達が一番信頼を置いていて、とても強い先生が吹き飛ばされてきた。魔獣は私達でも倒せるレベルなのに…一体誰に?
「ぐっ……父さん!」
先生はすぐに元々いた場所へ走っていった。お父さん……ジェラルトさんに何かあったの?
その方向を見ると…ジェラルトさんが後ろから刺されていた。
「あ、あの子…どうして!?」
下手人は…以前、ハルスちゃんと一緒に救出されたモニカだった。
「……………は?」
そんな戸惑いをよそに、隣から…圧倒的な威圧感が……え?
全身の毛が逆毛立つ。腰を抜かす…事すら出来ず、完全に私は固まっていた。なにか、得体の知れない物が、わたしの隣に…いる。
……はるす、ちゃん?
皆んな…気づいてない?私の隣にいるのは…だれ?なに?
首を横に、少しだけ動かすだけで良いのに、動かせない。
「キャハハハハ!あんたも死んどくぅ!?」
体は固まっていても、目はまだ動いている。ジェラルトさんを刺したその勢いでこちらに走ってくるのが見える。
そんな時、ハルスちゃんがドサっと崩れ落ちる音がした。
……ようやく首が動いた!隣を見るとハルスちゃんが膝立ちになって、自身の体を抱えて、荒い息をしている。
ま、守らないと、ハルスちゃんに、手は…出させない!
ようやっと動いた体で、弓を構える。
「皆んな!ハルから離れて!」
……先生の怒鳴り声が聞こえた。ハルスちゃんから離れてって…今はそれどころじゃ……
「う……うぅ……!に、逃げ……!ぎ…ギァアアァァ!」
「は、ハルスちゃん!?って、きゃぁ!」
弓を構えたその瞬間、突如として強風に煽られる。立っていられない程の、物凄い風量で。それどころか私の体を軽々と浮かし、私は壁面に叩きつけられる。
「は、はぁ!?な、なにそ…れぇ!」
ハルスちゃんを襲おうとした者も私と同じ状況だ。
「お、おいおい!どうなってんだよ!」
「な、何が起こってるの!?」
皆んなが戸惑いの声をあげている。
吹き飛ばされたところ…8メートルぐらいだろうか。先程まで私がいた所に…黒い旋風が巻き上がる。
あそこは……ちょうどハルスちゃんがいた場所では…?
「……う、うう!い、行かない…と」
壁に強く打った背中が痛む。でも、ハルスちゃんの所に…行かないと!あの旋風の中に…ハルスちゃんがいる筈!
強風で直進する事すら難しい。でも、一歩一歩確実に…進んで!
あと少し、あと少しで、あの場所まで……!
風に耐え、手を精一杯伸ばして、風の出どころまで、あと……一歩!
その渦巻いた風に…触れた。
「いっ……!たい!」
指を切った。軽く触れただけなのに。
こ、この中に…ハルスちゃん…が?
腕を入れたらひとたまりも無いだろう。私は……数秒間、動けなかった。
たった数秒、されど数秒。その戸惑いの時間に、一際強い風が吹き、ついに私は耐えきれなくなった。
瓦礫などが散乱した地面を転がる。
せっかく近づいた数メートルは無駄になったのだ。
そして……風が止んだ。
先程の一際強い風の影響で、誰しもが目を瞑っていた。そして、目を開けるとそこには……
竜がいた。魔獣と同等、いや、それ以上の巨大な漆黒の竜が。
竜は咆哮する。大気を揺るがす程の大きな咆哮が、大聖堂に響き渡る。