「ちょ、ちょ、嘘でしょ!?」
ジェラルトを手に掛けた張本人、クロニエは逃げ惑う。彼女自身の戦闘能力は高い。並の兵士では到底敵わない程の実力の持ち主だ。そんな彼女がただ逃げ惑う事しかできない。
それは仕方がない。彼女が相手にしているのは、そもそも人間ではないのだから。
その牙は岩をも砕き、皮膚の硬度は鋼鉄に等しく、息を吐けば辺り一帯は焦土と化す。角を生やした竜がいた。
卓越した兵士が駆るドラゴンなどとは比較にもならない。そんな強大さを、その場にいた全ての者は感じ取っていた。
この竜はどこからか飛来してきたわけではない。ただ、一人の少女の姿を模していただけの事だ。
竜はクロニエを常に視野に入れ、暴れる。
竜と化した時点で、目的はあれど理性は無く、周りの被害など厭わない。
「っち!舐めんじゃ無いよ!」
噛み付いてきた所をなんとか避け、その手に持った短剣を首に突きつける。その武器は彼女が所属している、ある組織が作成した特殊な武器だ。鉄や銀などよりも頑丈な特殊な鉱物を使ったものだ。
頑丈な鎧ならば軽々と斬れただろう。しかし、この竜の鱗には通用しない。鱗に傷が付いただけ。到底ダメージにはなっていない。
岩壁を噛み砕いた竜はそのまま首を振るいクロニエを吹き飛ばす。
「うっ…うそ…!ガッ……」
地面を転がり、倒れ伏す。クロニエ自身、ここまでの痛みを感じた事は今までにない。それ故に、自身に何が起きたのかが冷静に判断できなかった。
状況を理解し、正面を向いた。
竜の口元から、炎が溢れる。
次に何をしてくるのか…想像は容易かった。あと数秒もすれば自身は灰になると。
震えが止まらない。死にたく無い。彼女の心の刃を折るには充分過ぎた。
クロニエにその炎が向けられる……前に、竜に魔法が飛ぶ。
【ルナ】という、対魔導士の為の魔法だ。
魔法に対する人間が備え持つ抵抗力を無視して、直接ダメージを与える物だ。
魔導士の中でも少数な闇魔法に適正を持つ者。その中でも熟達した魔導士しか使えない物なのだが…黒衣の男が放ったその魔法は竜の鱗を通した
竜が叫び声をあげる。威嚇では無く、痛みによる物だ。
黒衣の男…タレスは、伏しているクロニエに歩み寄る。
「ふん、所詮は獣よ…。行くぞクロニエ」
「っ………はぁ……はぁ……!こんな……ひっ!?」
竜は二人に向かい飛びかかる。その牙が届くまであと数センチ…と言った所で、タレスはクロニエを連れどこかへ転移する。
竜はその勢いのまま礼拝堂に突っ込み、崩壊させる。
敵は去り、魔獣と化した生徒も元通り。各々言いたい事は沢山ある。だが、ひとまず戦いは終わった。
そう誰もが思った。だが、止まらない存在が一つ。
尻尾を、首を、腕を振るい、既に半壊状態の礼拝堂を尚も破壊する、そんな破壊の権化がここにいた。
「な……!止まりなさいハルス!」
「お、おいおい!なりふり構わずかよ!!!」
竜は戸惑う生徒たちを視界に入れた。
口から炎を溢れさせる。
竜は火球を放つだろうと皆は理解した。だが生徒達の中には負傷者も少なくない。全員を逃すには時間が足りなさすぎる。
いや、逃げた所で追撃がくる。
生徒達は半ばパニック状態に陥っていた。
「皆、落ち着きなさい!リシテア!」
「あんたに言われなくても!はっ!」
落ち着いている生徒も勿論いた。級長のエーデルガルトは特に冷静であった。
リシテアは竜の口元に魔法を放ち、気を引く。
その狙い通りに、リシテアへ気を引かれ突進していく。
人間より数倍も大きい体に、筋力。魔法が使えるとはいえ、身体能力はただの少女だ。それを躱せる道理はない。
竜の牙が届く、その寸前にリシテアを天馬が攫う。
「大丈夫ですか。あまり無茶はよした方が…」
「何にせよ、このまま放っておく訳には行かないでしょう。イングリット」
「…はい。あれはハルス、なのですよね。どうにかしなければ…」
その天馬の主は、つい先日に学級を移ったイングリットだ。リシテアの危機を察知し、天馬を駆り上空へと逃したのだ。その素早い判断力に救われた。だがリシテア自身、ある程度の信頼が有りあの様な無茶をしたのだろう。
空へと逃げた二人に向けて火球を放つ。だが優れた飛行能力を持つペガサスはそれを悠々と回避する。
「しかし、一体どうすれば…」
生半可な武器では傷付けることができない。英雄の遺産レベルの武器ならば話は別だが…
あれはただの理性の無い獣ではなく、今まで共に戦ってきた友人なのだ。元に戻すことが出来るのならば無闇に手を出す事は憚れる。
「うぉぉぉ!負けねぇぞ!」
「くっ…ここまでの強さだとは…」
攻撃の届かない空へ目を向けるのをやめ、地上に残っていた生徒たちに目を向けて、襲いかかる。イングリット達の時間稼ぎの甲斐があり、負傷した生徒達の避難は終えることができた。
力自慢の生徒を筆頭に足止めを行うが、長くは持たない。
「いかがいたしましょうか、エーデルガルト様。私の魔法も効かない様では…」
「……私もこれ程の強さだとは思わなかったわ。まともにダメージを与えるのならば…物理で殴るしか無さそうね」
自らも斧を携え前に出る事を決意した。しかし、学級内でも屈指の力を持つカスパルの攻撃ですらあまり堪えて無さそうで、あまり自身は無かったが、妹の様に可愛がっていたハルスがこれ以上暴れる事が、彼女には耐えられなかった。
「エーデルガルト、待って!」
「……!先生、どうすれば良いのかわかるかしら」
「角に…強い刺激を与えれば、人の姿に戻せる。手伝って」
「ええ……先生、今はこちらに集中して」
目の前で父を刺された彼女に直ぐ戦えと言うのは酷な事だ。悲しむのは後でいくらでもできる。今救える命を多くでも拾う。それが大事だということをエーデルガルトは再確認しただけに過ぎない。
「……わかってる。ハル…ごめん」
ベレスは妹の元へ駆け出す。だがハルスの方は姉を認識できていない。それ故に容赦なく迎撃をする。その大きく振るった腕をベレスに届かせない様に、エーデルガルトが抑える。
エーデルガルトは数メートル吹き飛ばされたが大した怪我にはなっていない。そのお陰でベレスの天帝の剣は竜の角へと一直線に向かい、直撃する。
すると、竜は先ほどまでの大暴れをやめ、倒れ伏す。
「や、やった…のか?」
誰かが、そう言葉を漏らした。
「ギャア”ア”ア”ア”ア”ア”!!!」
突如竜は立ち上がり、咆哮する。大気を揺るがす…所ではない。
「なっ…何だそりゃあ!?」
「うっ……きゃあ!」
咆哮の余波で近くの生徒は吹き飛ばされる。石造りの建物にヒビが入り、倒壊する物もあった。それほどの衝撃が響いた。
「そ…想定以上ね…くっ!」
エーデルガルトの足が瓦礫に埋もれ、思うように動けない。そして運悪く、身動きが取れないエーデルガルトに向かい、竜は突進する。
生徒達は誰も動けない。
「ここまで…なの…!」
自身の野望を叶えることができず、この様な死を遂げるという事に納得がいかなかった。足を動かそうにも、瓦礫の重みが脱出を阻む。
どれだけ抵抗をしても、状況は好転しない。気づいたベレスは駆け出すも間に合わない。
目線を上げれば竜が迫る様子が見える。
帝国の皇女の運命は……ここまでだったのだ。
「グオオォォォォォ……らぁ!」
しかし、エーデルガルトの元へ届くよりも早く、突進を身一つで受け止めた者がいた。
「ぐっ……本当にお前は…あいつと違って手間がかかる…娘だなぁ…!」
そんな、竜と真っ向から力比べをするかのように押し留める、人間離れした人物が…一人。
「な……!…ジェラルト…さん?」
胸を後ろから刺されたと言うのに、竜と化したハルスと同等の怪力で突進を食い止める。
「早く…しろ。長くは持たねぇ……!」
力比べではジェラルトがじりじりと押されているのがわかる。胸の傷口から血が噴き出す。もう…彼の命は長くないと誰もが悟った。
ジェラルトが食い止める、そこに…ベレスがもう一撃、天帝の剣で攻撃を入れる。
「グッ……!ギィャァ…」
一瞬、強い光が竜から発され、誰しもが目を瞑った。目を開ければ、そこには竜の姿は無く、いたのは父に抱えられた見覚えのある少女だった。
「あ……うぅ……お、おとお…さん…。ごめんな…さ…」
朦朧とする意識の中、涙を流しながら、ハルスは父に謝罪を述べる。
「……気にすんな。親に迷惑かけんのは…娘の特権…だから…な」
彼も意識を保つ事すら難しいだろうに、娘に心配をかけまいと、気丈に振る舞うジェラルトだったが…もう限界は近い。
「と…父さん…!」
ベレスの目から涙が溢れる。普段の仏頂面からは想像できない。父親としてずっと一緒に生きてきた彼も初めて見る、彼女の涙だ。
「やれやれ…初めて見るお前らの涙が手向けとは…な」
彼は最後の力を振り絞り、ベレスの手を取る。その弱々しい手をベレスは握り返す。
「お前が…支えてやるんだ。姉妹…だから…な。助けあっ…て…」
遂に、握られていた手から力が抜ける。
セイロス騎士団団長、ジェラルト=アイスナー
彼は死の運命から少しの寄り道をして、その生涯を終えた。
FGOのストーリーとかDBDの5周年とか風化雪月の7周目とかやってて更新が遅れたわけじゃないですよ……?