「……んんぅ…ベレス?」
眠りから覚め、一緒に眠っていたはずの姉の温もりが無いことに気付く。私が目を覚ますまでは隣にいてくれるのに、今日は違う。
どこへ行ったんだろう…と、軽く身嗜みを整えて外へ出る。
普段と違う、修道院が喧騒に包まれている。
ベレスはおらず、慌ただしく走り回る兵士や修道士達。何かが起きている事を確信した。
私は不安になって、誰かから話を聞こうと思った。学級へ顔を出したが…中には誰もいない。エーデルガルトさんも、ベルナデッタも、ベレスも。
「皆んな…どこに行ったの…?」
誰もいない、私を置いて、何も言わずにどこかへ行ってしまった。
…どうして?
胸が不安で押し潰され、蹲ってしまう。
「嫌…だれか、いないの…?」
震える足を運んで、修道院を歩き回る。知り合いと呼べる人はおらず、怖い顔をして走り回る大人しかいない。
「ハルスちゃん!」
「……ぅあ…ヒルダ…!」
親しい友人にやっと会えて、不安を殺す様に抱きつく。
「心配で戻ってきちゃった、部屋にいなくてびっくりしたよー」
「……ありがと。あれ?……ヒルダ、その怪我…どうしたの?」
制服の袖が破れて、血が滲んでいる。おしゃれに気を使うヒルダに限って、そんな汚れや傷を視界に捉えられる様にしておくのは想像できなかった。
「あちゃー……。何でもないから大丈夫だよー」
「そ、そんなわけないじゃん!……ベレスは?」
絶対におかしい。皆がいないのも、修道院が慌ただしいのも、ヒルダが怪我をして帰ってくるのも。
戦ってるの…?じゃあ、何と…?
「行かなきゃ…ベレス…」
足の震えなんて気にもならなくなった。騎士の人たちが走っていく方向へ私も同じく駆け出す。
「ちょ、駄目だよハルスちゃん!」
ヒルダの静止する声は聞こえたが、それはすぐに人の波に消えていった。
前の騎士を抜かして抜かして、全力で駆け抜ける。そして門から出て平原に出た。
その先は戦場であった。
その光景を見ると、無意識に息が上がる。ここに駆け付ける時と違い、また足が震えだす。
あの旗っ…帝国の、エーデルガルトさんのっ…なんでっ…!
「おいおい、嘘だろ…?」
「あれは…?」
ふと、隣から二人の級長の声が聞こえた。そして戦場を見ると、一匹の白い竜が前線に向かって駆けて行くのが見えた。
そしてそれを追うベレスの姿も。
「あ…ベレス…」
ふらふらと、足に上手く力が入らないがベレスの元へ向かう。
その間に白い竜は魔獣に取りつかれ動けなくなった。
そして…ベレスの元には魔法が飛んで……
その身は崖から投げ出された。
「ベレス…待って…!?」
手を伸ばしても届くはずもない距離だ。そのまま重力に任せて、ベレスは落下していく。
「いや……」
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ま…また化け物だ…!」
兵士達がざわめき始める。先程の、大司教レアが【白きもの】と化して暴れた際のものと同じ。
黒い竜が帝国兵を鏖殺する。
「…ハルス、ね」
以前、クロニエ達と対峙した際に現れた竜。その力の強大さはよく知っている。並の兵士達では相手にならないだろう。
背後から大きな足音を鳴らし、魔獣が複数匹でハルスに襲い掛からんと猛進する。
ハルスは大きな咆哮を上げて炎を吐く。
何匹かの魔獣と、兵士が巻き添えになり倒れる。そして、接近した一匹の魔獣の首筋に噛みつき、それを持ち上げ振り回す。
それはさながら巨大な鈍器。魔獣同士をぶつけ、用済みになったその魔獣は兵士のもとへ投げ飛ばす。
ハルスは辺りを見渡すような仕草をとる。そして……私と目が合った気がした。
「っっ……!」
また、甲高い咆哮を上げ、耳を塞いだ。それから、一直線に私の元へ走ってくる。
それを食い止めんと兵士達が立ち塞がる。が、巨体から来る純粋な質量によって押されて、みるみる距離は詰まっていく。
「……ヒューベルト!」
半端な魔法を弾く竜の鱗、それを貫く魔法【ルナ】。
それを受けたハルスは足を止め…ない。
「…なに、エーデルガルト様っ…!」
ハルスの牙が私の盾とぶつかる。
「くっ……!舐めないことねっ…!」
なんとか踏ん張り、堪える。そして、狙う場所は…!
「角っ…でしょう!」
ガキンっ…と、金属同士がぶつかったような音が響く。以前と同じ対処法、その効果は絶大だった。竜はしばらく動きを止めてから、呻き声を上げて動きを止めた。
そして身体が縮んで行き、普段の少女の姿へと戻っていった。そして生まれたままの姿で倒れ込むハルスを受け止める。
「……あ、ぅう……どうし、て…っ」
力を振り絞った掠れた声でそう言う。ハルスの目には敵対心は無く、困惑だけが残されている。次第に目が閉じられて、意識を失った。
「エーデルガルト様。彼女は…」
「……帝都へ連れ帰るわ」
ひとまず布を身体に巻く。
…危険な選択だと思う。ハルスが帝都で暴れれば被害は甚大だろう。
それでも、手元に置いておきたかった。先生は、いない。きっと…もう生きてはいないだろう。ハルスは1人では生きていけない。赤子のように、常に誰かに身を委ねながら生きてきたのだ。
私が先生の代わりになるなんて思っていない。それ以前に先生を殺したのは私だ。
……恨まれても良い。でも、死なせはしない。
「エーデルガルト様、なぜそこまで…」
ガルグ=マクの門が破られたのを確認して、私はハルスを抱えて戦場を後にした。