ここはどこだろう。真っ暗で何も見えない。感覚も、何もない。何が…あったんだっけ。
よく思い出せないが、ここは不思議と心地がいい。虚無といえば虚無なのだが、この静寂に浸るのもまた悪くない…
『…起きろ、起きぬか!この寝坊助め! 皆…お主を待っておるぞ』
…うるさい、なぁ。
『はぁぁー!? うるさいとはなんだ、この大馬鹿者め! 甘えとる場合か!立て立て!』
ま、眩しいっ…
暗闇に光が差し込む。眩しさに耐えかねて目を瞑る。そして、暫くして目が慣れた頃合いに目を開くと……
「ここは……?」
焼け野原、と言っていいだろう。荒れた畑に崩れた家屋。パラパラと雨も降っていて、とてもではないが良い気分にはなれない。
「…そうか、あの時…私は…」
レアを助けに向かったところを、帝国の魔獣に崖から突き落とされたのだ。なんで私は生きて…?
「お…おい、あんた。大丈夫かよ」
ふと、後ろから声をかけられた。知らない男性だ。
話によると、私が川から流されて来たようである。私が助かった理由にはならないが…まぁ、深くは考えないことにしよう。
しかし、今気がかりなのはそれではない。話によれば、今はあの時から五年も経っているらしい。そして、今日は本来ならば千年祭の日なのだ。
私の足は、考える前から動き始めた。
「ちょ、どこへ行く気なんだ、あんた」
「大修道院」
…鷲獅子戦の最後に、皆で約束した。千年祭の日に、大修道院で集まると。
「しょ、正気かよ…盗賊もでるんだぞぉー!」
男性は大きな声で私に呼びかけるが、生憎と止まる気は無い。生徒が待っている、その可能性があるならば、行かないわけには…
それにハルとも、会えるかも知れない。
長い道のりだが、明日の朝までにはきっと辿り着く筈だ。
「………」
あの男性から聞いてはいたが、これは酷い。瓦礫が散乱していて、扉も外れている物ばかり。武器や血の痕も残されている。かつての賑わいも、学校としての影も感じられない。
教団も、ここを放棄してしまったのだろうか。
荒れ果てた教会を横目に、女神の塔まで辿り着いた。ここを見れば、大体見て回ったことになる。
「………!」
誰かが立っている。赤い戦闘用のドレスを着た、貴族と思わしき姿。
…いや、あの白い髪は…まさか。
ジリっ
「誰っ…!」
階段に散らばっていた砂を靴の裏で踏んだ時に音が出てしまい、気づかれてしまう。その振り向いた姿は…
…やはり、そうか。
「そん…な、先生っ…? 生きてっ…」
エーデルガルト。私が教師として活動していた学級の級長。気高い、帝国の皇女。5年間の間に何が起きたのかはわからないが…大体は察することができる。
あの大修道院での戦いが、きっと戦争の火蓋が切られたのだろう。そして、今でも続いている。
「今まで何をっ……いや、そんなことはいいわ。私と、共に来る気は無いかしら」
あの学校生活は、私にはつい昨日の出来事のように感じるが、エーデルガルトは違う。5年間は少なくとも経っている。だというのに、思いは変わらずに私に向けて手を差し伸べる。
自信無く手を差し出して、不安げな表情を薄らと浮かべるところを見ると、その手を取ってあげたくなる。
「…それは、できない」
でも、それは駄目だ。寄り添うだけではいけない。私は、エーデルガルトのいう覇道を正しいものとは思えない。
この戦争を止めたい。今のエーデルガルトについていくことはできない。
「…そう。ならば…呑気に言葉を交わしている場合じゃない!」
エーデルガルトは剣を抜いて、私に向かってくる。
「くっ…エーデルガルトっ…」
私はそれに応戦して、天帝の剣を抜く。刃が交差し、火花が散る。
「剣は容易く交わると言うのに、私たちの道は決して交わらない!」
エーデルガルトは鋭い剣幕で声を荒げる。そうして幾度か剣を交え、お互いがお互いを突き放す。
「また会いましょう、先生。次は…無いと良いわね」
エーデルガルトは踵を返し、その場を立ち去ろうとする。
「っ…! …待って! ハルがどこにいるか、知ってる?」
ハルが、一人だけで生きていけるとは思えない。エーデルガルトが、もしくは他の誰かが面倒を見てくれていたりしないだろうか。
…あの状態のハルを置いていってしまったのは、本当に悔やまれる。5年間…上手くやっていけただろうか。
「…さぁ、どこにいるのかしら。今となっては、私にもっ…わからないっ…!」
拳を強く握り、震えるような声でそう言った。
…その場から去るエーデルガルトの背中は、とても小さく見えた。
「皆んな、良くやってくれた」
エーデルガルトと別れた後に、セテスと出会った。そして修道院を根城にした盗賊たちを掃討した。
そして、教団に属する皆んな…フレンやアロイス。シャミアまでもが集まってくれた。
…彼らだけでは無い。
「久しぶりですね、先生。いやぁ、まさかこんなご時世に本当に集まるとはね」
「ふふっ、約束しましたもんね、先生?」
リンハルトやドロテア…フェルディナント。黒鷲の学級に所属していた彼らも、五年前の約束を信じて集まった。
帝国出身の貴族も多くいる。失脚した者だけでなく、将来は帝国の重鎮となるだろう者も、家を捨てて来たのだ。
「そういえば、ベルちゃんがいないわね」
あの、良くも悪くも目立つ引きこもりの少女の姿が見えない。
「今、帝国に反旗を翻すのは容易では無いだろう。彼女は帝国の貴族。…責めることはできんさ」
セテスの言う通りだ。それに、ベルナデッタが際立っているだけで、あの学級の全員が集まっているわけじゃ無い。
「しかし、彼女のヴァーリ家は我がエーギル家と同じく失脚した筈。なかなか肩身の狭い思いをしている筈だ。彼女の性格上、先生の下に来ると思っていたのだがな」
「うーん、どうでしょうね」
「リンハルト、なんか知ってんのか? 俺は5年間流浪してたからわかんねーけど」
カスパルはそもそも家を出奔していたのか。確か彼の家はエーデルガルトの派閥に与していた筈だったが…彼自信が帝国に納得いかなかったのだろう。リンハルトは…ものぐさな性格的に考えて帝国にいたのだろう。
「彼女、度々宮城で見かけましたよ。僕も詳しくは知りませんが…文官にでもなったんじゃないでしょうか」
そんな世渡りの上手い人には見えなかったが…、仕方がない。
「あの、先生。少しよろしくて?」
後ろから、フレンが私の袖を指で引っ張る。他の生徒達と違って、…何も変わっていない。
「その…ハルスさんの事ですけれど…」
「…! …知ってるの?」
…そうだ。フレンとハルは仲が良かった。もしかしたら、5年間一緒にいたのでは…
「…すみません。私も存じ上げませんわ。ただ…」
「彼女が生きているとすれば、帝国に囚われている可能性が高い。…君が姿を消したあの後、彼女は一人で帝国の最後尾…エーデルガルトの下へと喰らいついた。失敗に終わり、その後はわからないが…」
「生きてる。絶対に」
セテスの言葉を遮って、私は答える。
…絶対に見つける。死別だなんて、そんな結果は嫌だ。
…言わなければならない事がたくさんある。だから、まず会ったらこう言いたい。
置いていってごめんなさい、と。
血の同窓会…書きたいですね