「…うぅっ…うぁぁっ…」
ハルスはベッドの上で、眠りながらも涙を流す。彼女は眠る時、うなされる事が多くなった。それを放っておくと、何をしてしまうかわからない。そのため、常に誰かが付くことになっている。しかし、その役目を負うのは決まった人物のみだ。
「だ…大丈夫。…大丈夫だよー」
そんなハルスをあやすように、優しく囁く一人の少女…いや、もはや立派な女性だろう。
「…ハルスちゃん」
手を両手で包むように握る彼女…ベルナデッタ。ヴァーリ家の一人娘であった。父が失脚した後、エーデルガルトに個人として仕えている。
…ハルスの世話係として、エーデルガルトから直々に声がかかったのだ。
彼女自身、その役目を辛いとは思わない。だが…心が痛い。
記憶も何も無くして、赤子のように弱々しくなってしまった姿を見ると、まるで昔の彼女が嘘だったようで。
それだけ、ベレスという存在は大きかったのだと、否が応でも気付かされる。
「戻ったわ。ありがとう、ベルナデッタ」
「…あ、お帰りなさい。え、えっと…どうでした?」
ベルナデッタ自身も大修道院へ赴こうとしていたのだが、ヒューベルトから声がかかったため断念したのだ。
「…別に、何も無かったわ」
苦虫を噛み潰したような顔で、そう答えるエーデルガルト。
先生が生きていると知ったら、ベルナデッタはどうするだろうか。ハルスと共に残るだろうか。それとも、先生の元へ行くのだろうか。
「…ベル、おねえちゃ…ん…」
ベルナデッタの太ももに顔を埋めるハルス。ぐりぐりと顔を押しつけて、悪夢で歪んでいた顔は随分と安らいだものになった。
ハルスはエーデルガルトだけを姉と仰いでいるわけではない。
自分を無条件に委ねられる者全てに依存する。その中の一人というだけ。それこそが、彼女の『姉』なのだ。
「ベルは…ベルはここにいるよ…」
先生の生存は伝えるべきなのかもしれない。ただ、ハルスの精神的支柱を減らしてしまうことになるかもしれない。
「…ごめんなさい」
結局、エーデルガルトにそれを言う事は出来なかった。
ハルスは先生の元へと帰すべき。しかし、ハルスの精神状態から安易に動かす事はできない。
ベレスの思いもよらぬ生存…守ると決めた信念が、エーデルガルトに大きな影を落としていた。
「エーデルガルト様、報告が…」
「…えぇ、何かしら」
いつも通りの声色で応対する我が主君。しかし、私の目には明らかに、憔悴しているように見える。休息は間違いなく取っている筈。
主君が日々、やつれていく姿を見るのは気持ちのいいものではない。…だが、だからと言って何かが出来るわけでもない。
あの少女の存在が原因というのはわかりきっているが、手出しはできない。それこそ、反感を買うだけだ。
「そう…わかったわ。ヒューベルト、直ぐに兵を集めなさい」
「はっ…」
帝国領土への足がかりであるミルディン大橋が墜とされ、グロスタール家は離反。同盟は一致して反帝国の意思を示した。
さらに、数節で力を取り戻し、橋を堕としたセイロス教団。
現時点では負けは見えないはず。しかし、その勢いは侮れるものではない。
故に、皇帝自ら出向きここで敵勢力を潰し切る算段だ。このような時のために、最低限の準備は進めてきた。
「…行ってくるわ。待っていてね」
皇帝ではなく、一人の女性として語りかける我が主。
「…そう変わりませんな。エーデルガルト様も」
ただ寄り添うだけでは何も進展しないと知っている筈。どこかの教師がしていた事を否定的に考えていたというのに、それと同じことをしている。
現実からただ遠ざけて、向き合わせるのをただ先延ばしし続ける。
「困ったものですな、我が主にも… それでは頼みましたよ、ベルナデッタ殿」
「…は、はい…わかりました」
今回の戦いが終わり次第、進言することにする。あのままでは、いつ擦り切れてもおかしくない。早いうちに、向き合ってもらわなければならない。
「……はぁ。いいのかなぁ、これで」
ベルナデッタは現状に満足していなかった。ハルスの相手が苦というわけではないのだが、この良くない現状維持を続けるということに疑問を持っていた。
先生を失い苦しむ友人を助けたい、力になりたいと言うのは本心だ。ただ、これは本当にハルスのためになっているのだろうか。ベルナデッタも自分なりにどうにかしたちとは思っているものの、特に良い案も思い浮かばずに今の今まで、ずるずると問題を引きずり続けてしまった。
気分は重いが、ハルスのいる部屋の扉を開く。
「は、ハルスちゃーん……え、え…?」
いつもはベッドの真ん中で泥のように眠るハルスはおらず、開いた窓から風が吹き込むばかりであった。
無双のエーデルガルトさんが無印より人間臭くて良かったです