絶望への反逆!! 残照の爆発   作:アカマムシ

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プロローグ

S/プロローグ

 

 

 都会の町並みを目に失ってどれくらいの時間が経ったのか。それをトランクスは考えていた。

十年以上前に突如現れた人造人間の傷跡は、明確に人々の心の中に、鮮明に残っている。それは荒廃した都市の亡骸であったり、親しい人の死であった。トランクス自身、生まれて間もなく父を失い、その顔すら見る事は叶わなかった。兄と慕い、師と仰いだ孫悟飯は昔言っていた。お前は残された唯一の希望だ、と。トランクスは目の前で悟飯を失った。

しかしその瞬間が訪れるまで、悟飯の言葉の意味がよく理解出来ていなかった。死んでいく人々への悲しみと、殺戮を快楽として愉しむ冷酷な人造人間達に対する、悟飯の怒りを知る由もなかった事は、何も責められる事ではない。トランクスは幼かったのだ。

かつて父を失った孫悟飯がそうであったように、死の実感を上手く捉える事が幼いトランクスの時分には飲み込みきれなかった。聡明だった孫悟飯は嘆き悲しむ暇もなく、トランクスの父であるベジータが敵として一年後に訪れる事がわかっていたために、ピッコロという厳しい師に扱かれてその闘いの基板を創りあげた。しかしトランクスは違った。孫悟飯が憧れる戦士達が死んだ時は赤子同然、孫悟飯は厳しくもあったが、ピッコロと違って甘さがある。それは人造人間という敵が現れた後でもそうだった。愛する父は病没し、人造人間に唯一対抗出来たであろうベジータは弄ばれるように死んでいった。慕い、追ったピッコロの背中はまたしても悟飯を逃がす為に失われた。

失われたのはピッコロだけではない。天津飯も、ヤムチャも、クリリンも、孫悟飯という遺児に未来を託し、逝ったのだ。

孫悟飯は孫悟空以上の穏やかさ、或いは甘えが存在する。それまでの戦いの最中、敵にすら言われたこともある。しかしこの時の悟飯の憤りは、今のトランクスにも想像が付くものではない。かつて父と死闘を繰り広げ、母とは奇想天外で摩訶不思議な冒険を繰り広げた孫悟空の話を誇らしげに語る母の顔が印象的だった。世界を恐怖に陥れたピッコロ大魔王の生まれ変わりとして現れて、天下一武道会で世界の命運を争ったという孫悟空。

ベジータにより殺された者達を生き返せる為に旅だったナメック星でのフリーザという宇宙最悪の支配者を倒した孫悟空。

孫悟空という人物を語る誰もが、その名を口にする時、優しい笑顔になる。

不思議な人。トランクスは師である孫悟飯が本当に誇り、心の底から尊敬していた孫悟空に会ってみたいと思った。話がしてみたい。孫悟空ならば、きっとあいつならば、孫君ならば。数えきれない程聞いた夢の話だった。もし、もしも孫悟空が生きていたら。心臓病などというくだらない理由で死んだのでなかったのなら。

 

「孫君? きっと彼なら、今の地球を見たらすっごい怒ると思うわ。みんなを守れなかった事にじゃないわよ。『人造人間なんて強い奴と、闘えないなんて』って、そう怒ると思う。うん、きっとそう!」

 

母ブルマはそう言って笑っていた。それでいいのかと思う。人造人間が西の都を破壊したのはそのすぐ後だった。唯一残ったラジオの電波放送で知ったニュースだった。

誰が聞いても悪いニュース。それはブルマにも変わらない事だ。

だが、ブルマは悲しんでいなかった。怒ってもいなかった。希望を信じた光が、その目にしっかりと輝いていたのだ。胸を張って背筋を伸ばしたブルマはすぐに部屋を出て行った。トランクスはブルマを直ぐにでも追いかけたかったが、流れ続けるラジオの声をまだ聞いていたくもあった。悪い音質とノイズが鬱陶しかったが、しっかりと耳に残る音が孤独の怒りに心地いい。

ふと、その内容を理解していないで聞き逃している事に気づいた。なんども鳴る言葉は同じだった。耳をすまして、人死にのニュースであったのにブルマの表情で削がれた心の憤りを不思議に思いながら聞く。

 

「かつて、ピッコロ大魔王により世界中が終わりを覚悟しました。しかし、一人の少年が大魔王を倒し、文字通り世界を救ったのです! わたしは彼の勇士を忘れない。絶望は目を逸らしても、事実はそこにある事に変わりはない。ですが、希望を捨てないでください!」

 

すっかりしゃがれた声で。それは単なる老けではなく、なんども声を荒らげてしゃべり続け、枯れてしまいそうな声だったが。エイジ733年より地球を統治してきた国王である人間の声だった。トランクスの心はかき乱された。ブルマでも悟飯でもない、『国王』が言っているこの『少年』は、間違いなく孫悟空の事だ。確信めいたその考えは、須臾の疑いすら持たずに脳髄を駆け巡り、身体の芯までを熱い気持ちで焼き付かせた。もう三十年近く前にあった小さな救世主の存在を、国の王が覚えていた。いや、忘れられなかったに違いなかった。

トランクスは自分が拳を握りしめ、汗ばんでいる事に気付かなかったのに笑ってしまった。と、同時に、久々に笑った気がした。悟飯が亡くなってから、心の底から笑った覚えがない。そこまで張り詰めて、よく倒れたりしなかった物だ。こういう時、サイヤ人の血が混じっている事に恩恵を感じた。ブルマはこれを聞いたのだろうか。希望を、信じたのだろうか。

 

「お前は、残された唯一の希望だ」

 

孫悟飯はそう自分に言った。それは言い聞かせるような言葉であったろうか。それとも、未来を見据えた力ある言葉だったか。孫悟飯に直接尋ねる事はもう出来ない。だが、今でもはっきりと瞼の裏に刻まれているその時の孫悟飯の顔が、佇まいが、性格が。見た経験すらない孫悟空の姿を重ねさせた。

 

「会ってみたい。……俺も、孫悟空という人に」

 

 跡がつく程握りしめ、汗ばんだ拳を開いて震える。二度と願わないこの想いを、どこに向けていいのかトランクスには解らない。絶望する事すら忘れたあの瞬間を誰に話せばいいのか解らない。胸が締め付けられる様な感情の瀑流に身の毛がそばだつ。思い立ったトランクスの行動は早かった。今まで場当たり的にしかしていなかった感覚的な修行と孫悟飯――ひいてはピッコロ独特の瞑想や魔族に似た戦闘訓練を辞め、最高峰の知識と技術を誇る祖父ブリーフ博士、母ブルマの手を借りて少しづつだが科学開発を行い始めた。

長年人類の夢の一つであったタイムマシンの研究だ。かつての昔、神の宇宙船を改造し、サイヤ人の宇宙ポッドを流用した二人の偉大な先駆者の技もあり、思いの外早くタイムマシンは完成に漕ぎ着けた。一番停滞したのがブリーフを探し出す事だったのがなんともいえないとトランクスは思った。

海底深部へとコロニーを作成して多くのペットと人々を隠して密かに生活していた祖父母は久々にあったというのに相変わらずのマイペースだった。祖母はいきなり成長したトランクスをナンパし、祖父はやたらと自分のホイポイカプセルの在処をブルマに聞いていた。ブルマは呆れ顔で知らないそうにしていたが、大分昔に祖父はカプセルにポルノ雑誌を収納していた話を後で聞いて知った。あの天才にもやはり普通な部分があったのだと安心した。コロニーでの生活はまるで平和で、外の世界の地獄のような残酷さをどこかに置いてきた別世界だった。記憶にすら残らない祖父母との関係も良好で、何気ない一言や仕草で童心に帰る事ができた。しかし、人造人間との長い因縁に終止符を打たなければならない。誰も本当の幸せを取り戻す事が出来ないのだ。当初の予定にあった多人数搭乗可能の物は完成できなかったが、元々トランクス以外は過去にも未来にも興味がない為問題なかった。そして今日、初めての試行運転の日が来たのだ。トランクスの行脚も自ずと軽快さが満ちていた。人造人間19号、20号には生体エネルギー反応のサーチャーは搭載されていない。コロニー内部で安心した運行テストが行えた。祖父と母が居る部屋へと辿り着いた。祖母は興味がないのかペットの餌やりと庇護者への食事や生活用品を配給しに行っているそうだ。深海とは思えないライトの明るさを眩しく思いながら、ドアの暗号コードを入れた。ドアは間を置かずスムーズに開いた。中ではブルマがコーヒーを二人分手に持って立っていた。

 

「あらトランクス、もう来たの? コーヒー、いるかしら!」

 

ブルマは目が合うとそう言った。振り返った時に耳の赤いピアスがちらりと嬉しそうに光った。

 

「うん。ああ、自分でやるよ。母さんは座ってて」

 

トランクスはそう断って自分の分のコーヒーと、祖母手製の温かいクッキーが入ったおぼんを手に、部屋の真ん中で陣取った大きめのカプセルコーポレーション製ガラステーブルを囲むように置かれたふわふわのクッション椅子に座った。左隣では祖父ブリーフが茶と黒の色違いのクッキーをぽりぽりとゆっくり食べながら落ち着いている。既に席に着いていたブルマがポケットから一つのホイポイカプセルを取り出した。テーブルに立てて置き、人差し指の先でくるくると回すように遊ばせた。トランクスがコーヒーを、唇を濡らす程度含むと、示し合わせたようなタイミングでブルマは言った。

 

「で、タイムマシンは完成したけど? トランクスは今直ぐにでも行きたいのかしら」

 

ことりと音を立ててカプセルが横倒れる。

 

「はい。この瞬間にも人造人間の被害は拡大している事でしょうし」

「そんな事言っちゃって。本当は孫君に会いに行きたいだけでしょう?」

「母さん!」

 

それともベジータにかしら? とブルマは言って悪戯っぽく笑みを浮かべる。人造人間の猛威に晒されながらこうして笑えるブルマの奇特さは時に美徳とも言えた。

 

「……父さんには、会いたいですけれど。それと同じくらいに怖いです」

「ほお、怖いかね?」

「お祖父さん」

 

ポップな黒猫の小さい絵が入った白いマグカップを傾けて、音を立ててコーヒーを啜うブリーフが尋ねた。

 

「なに、トランクス。そう怖がることもないさね。君の父さんである事に変わりはない。例え会った事もない人でもね」

「そうよ、トランクス。ベジータなんてさっとコテンパンにして、デコッパチの一つでも二つでも撫でてやりなさい!」

「母さん……」

「ブルマ……」

「え、何? なんか違ったかしら?」

 

おほほと上品そうにごまかし笑いをして、直ぐにブルマの顔が引き締まる。微笑みは残っていたが。いつになく真剣そうな母の様相にトランクスも息を呑んだ。

 

「このタイムマシンのエネルギーは往復一回分。タイムマシンが一度壊れれば直すだけで相当な時間を要する事になる。トランクスも直せない事も無いでしょうが、人手と技術者が居ればその分早く修復出来る。ここまではいい?」

 

ブルマとトランクスの目があう。迷う事なくこくりとトランクスの筋張った首は動いていた。

 

「時間はフリーザ親子が宇宙船で地球に来た時。孫君達と皆が一緒に会えるタイミングはこれ以降無いわ。孫君が心臓病にかかった時以外はね。あ、ベジータは居なかったか」

 

ま、あいつはどうでもいいわ。と一言。

 

「その時に孫君に心臓病の薬を予め渡しておく事。そして人造人間についてよーく話して置く事。多分、無駄だと思うけれど。いざとなったらピッコロかクリリンにでも言っといて。で、トランクスの事はアタシとベジータに話さない事。あっちでトランクスが生まれない事になっちゃうかもしれないからね。そんで最後に」

 

昔のアタシに惚れない事――真顔でそう言ってのけるブルマの素っ頓狂さにトランクスもブリーフも汗を掻かされた。どうにも程々に締まらない母だ。悪い人ではないんだが。失礼ながら、そうトランクスの思考をよぎった。この母に礼を失するも何もないが、律儀な物である。ブリーフが喉を一つ鳴らして、トランクスに微笑んだ。

 

「そいじゃまあ、クッキーはおやつに持ってっていいから、さっさと行ってさっさと帰って来なさいな」

「そうそう。案外人造人間の事も直ぐに解決しちゃうかもねー。向こうはドラゴンボールあるし。ついでに孫君と手合わせでもしてきなさいよ!」

 

弄んでいた手からピンとカプセルを、トランクスの前にころころと転がした。大事なタイムマシンで遊ぶあたり、ブルマの考えにまだまだ理解が追いつかないトランクスだった。

 

 

 ところ変わってコロニーの中心部。恐竜などの大型動物を保管しているエリアに、タマゴ型のタイムマシンを前にしてトランクスとブルマは居た。孫悟飯の友であったハイヤードラゴン達が遠目に二人を気にして注視している。残りのカプセルが入ったホイポイカプセル携帯パックをブルマはトランクスに手渡しながら言った。

 

「恐らく、過去をどんなに改変してもこの時代が変わる事はないかもしれない。可能性が一番高いのはそれだわ。でも、ダメで元々だし。最悪切っ掛けでも掴めれば問題ないわよ! 平和な時代に旅行しに行くつもりで頑張りなさいねー」

「ああ、わかった。俺も孫悟空さんや若い頃の悟飯さんに早く会ってみたいんだ!」

 

トランクスは、母の自慢気な笑顔で見送られながら、タイムマシンで旅立っていくのだった。

 

「孫君達によろしくね……」

 

母の意味ありげな陰気顔と、静かな呟きを残して。

 

 

 

 

M/プロローグ

 

 

 私が最初に目にした光景は、果たしてどんな景色だっただろうか。薄暗い研究室の中の、そのまた狭く暗いコクーンの中で、血みどろの怪しいライトグリーンが輝きを放つ液体の中で、私という個体は誕生した。親は居ない。既に人造人間と呼ばれる者達に殺されたらしい。らしいと言うのは、この目で見たわけでもなく、人づてに聞いたわけでもない。私が初めて声を聴いた相手に教えられたのだ。既にその相手は一部の欠片も、元の形を残していないが。

ボロ雑巾の様な糸くず塗れの汚れた白衣が、誕生した私のコクーンには掛かっていた。誰が掛けたのかはわからなかった。もしかしたら、記憶にある白衣を着ていた人間がそうしていたのかもしれない。まるで何かから隠すような形で残っていた事が理解出来た。その後、産まれたばかりの私は、隣の大きいポッドを目にした。コールドスリープのスイッチが起動しており、埃と蜘蛛の巣だらけの小汚いポッドだったが、成長したばかりの私と同じかそれ以上の大きさのポッドが気になった。

誕生して直ぐの私には、コールドスリープの装置を停止する方法がわからなかったが、ポッド自体に繋がった太い束になった様々なコードを切る事を思いついた。今思えば、もし仮にポッド内部に眠っていた者がエネルギーを要する類であった場合、私は一番の共を手に入れる事なく失う事になっていただろう。コードを切られたポッドは冷気と水蒸気と積年の埃を放出し、爆発する様に木端微塵に砕け散った。

多少の煙たさに視界が奪われる。ゆらり、と、煙の中を大きな影が揺らめいた。ふと、私の背中に羽が付いている事に気がついた。大きな羽だ。虫の様に羽をはためかせると、見事に煙が晴れた。深淵の中、死にかけの機械達が微かに魅せる光の交差の中に、黄緑色のダウンジャケットを着た、大男が現れた。そいつは名を人造人間16号と名乗った。

同時に役目があると。役目とは何か私は尋ねた。お前を補佐する事だと16号は言った。また、お前に知識を移植する事だとも。知識の混濁。それは確かにあった。

人という存在を私は知っていた。見たことも、そして人間について聞いた事もなかったというのに。それだけじゃない。私を作った人間を思い出せないのに、私はここが研究室である事も知っていた。後から考えてみても、私の頭脳は不安定だった。あのまま成長しても、私が一人で出来る事は少なかっただろう。16号は無口だった。無口だったが、知識はあった。奴に言われるまま、私は卵の形に戻った。なんでも、私に知恵を与える為だそうだ。ただ教えるだけでは駄目なのか私は尋ねた。可能だが、時間が掛かるらしい。私に時間の概念は余り関係がなさそうだったが、16号の様に、私にも役目があるのだそうだ。素直に卵になった私が次に意識を取り戻したのは、もう三年の月日が経って居たらしい。時間が掛かるのは同じ事だったなと16号に皮肉を言うと、16号も不気味に少しだけ笑った。既に記憶は取り戻していた。知識も出来た。しかしその分、私を作った相手の顔と名前が未だに思い出せないのが不思議でしょうがなかった。16号に尋ねても、無表情で何も答えが帰って来なかった。仕方なく私は改めて自己紹介をした。私の名前は、かつて存在した名だたる武闘家や、孫悟空達最強の戦士と、宇宙の帝王フリーザと父コルド、そして多種多様な動物の細胞と記憶情報で構成されたバイオ戦士――名をセルと言う。これから私の大進撃が始まると思うと心が躍動し、羽が生えた様だった。いや、羽は生えていたか。と、下らない冗談を頭の中で洒落こみ、16号に初めての命令を下す事にした。

 

 

 

 

 

私の役目の遂行の為に貴様には――魔人ブウの封印玉を調査して欲しい。

 

私の命令に、16号は無言で頷いた。


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