「全員、集まったか」
「アナスタシアさん……」
カーテンの締め切られた夜の生徒会室。節電も兼ねた雰囲気作りのアルコールランプが、机の上で爛々と輝いていた。
窓を背にして誕生日席に座るアナスタシアが、おもむろに慈を見て言った。
「先ず、根本的な問題として、私と皆の間に流れている時間は恐らく違う。
「えっと……
慈の答えにそうか──と、アナスタシアは、まるで当たってほしくなかったとばかりに深くため息をついて更に続ける。
「──私は25歳だが、産まれたのは
『えっ……?』という声が、アナスタシアを除いた全員から聞こえてきた。全員を一瞥して、彼女は一息ついてから口を開く。
「本来なら今の私は4歳じゃないとおかしいんだ。結論を述べようか────私は2034年のモスクワで死んで、この時代に来た」
「……面白いジョークだ、って言えたら良かったんだけどな……」
「私自身、最初は疑ったものだ。撃って撃たれて、それから爆発。なのに目が覚めたら日本の駅の中で倒れていたのだからな」
スキットルを開けて
「私の知っている歴史では、2013年に核戦争が起きて世界各地が汚染されたんだ。
私と母……そして他の人々が地下鉄に逃げ延びて20年。外に出るときはガスマスクが必須の世界には問題があってな、ダークワンという化物が現れるようになったんだ」
「ダーク、ワン……?」
「テレパシーのような力で精神を侵食し、心を破壊する恐ろしいミュータントだ。
ある時私が訪れていたエキシビジョン駅がそのダークワンに侵攻されたことで、ハンター……ミュータントと戦う者が外からやって来たのだが、それでも侵攻は抑えきれなくてな。
それからハンターと『ポリス駅のミラーにダークワンの驚異を伝えろ』という約束をしていた男と出会い、私の戦いが始まったんだ」
──幼い頃から母と移動を繰り返して落ち着いた土地、ポリス駅で育ち戦い方を学んだアナスタシアは、エキシビジョン駅で偶然にもハンターと約束した男・アルチョムと出会う。
ポリス駅に帰る予定だったアナスタシアは、アルチョムと共にリガ駅に向かうキャラバンの護衛を買って出る。しかしそこでも問題が起きて、二人は戦わざるを得なかったのだ。
「私とアルチョムはリガ駅に向かう途中、アレクセイフスカヤという駅で軍のキャラバンが足止めされているとして違う道を迂回しなければならなかった。だが、その道中でダークワンと
気絶から覚めたらノサリス……人間くらいの大きさの狂暴な獣だな。そいつの群れに襲われた私たちは交戦して、なんとかアルチョム共々リガ駅に到着することが出来た」
──青年・アルチョムの旅に同行することになったアナスタシアは、リガ駅でとある悪名高い人物と出会うこととなる。
身ぶり手振りで何が起きたのか、誰とどんな話をしたのかを表現するアナスタシアの話に、全員が自然と聞き入っていた。
「ある人物って誰?」
「詐欺師ブルボン、よくも悪くも
食い入るように質問したゆきにそう返し、ブルボンとアルチョムとの三人旅を思い出して口角を緩める。
「マーケット駅を経由してドライ駅に向かう道中は外に出る必要もあったな。あのガスマスクも、汚染された外を歩くのに必要だ」
自身のリュックにぶら下がっているガスマスクをちらりと見て、そう呟く。
「──だがブルボン……奴の身に問題が起きた。ドライ駅を占拠していた野盗に捕まってしまったんだ。助けようとして向かった先で……ブルボンは撃たれて死んでしまってな。
そんなとき、私とアルチョムはカーンという少し、いやかなり妙な男に助けられた」
「妙、というのは?」
「チンギス・ハンの生まれ変わりを自称している男だ。妙以外に言い様がない」
うわぁ、と質問した美紀が小声で息を吐くように呟いて渋い顔をした。それはまあ確かに……と思案して、アナスタシアの話を聞く。
「私とアルチョム、カーンはそこからカース駅に向かい、ミュータントが湧いてくるトンネルのエアロックを爆破したりもした。
残ることにしたカーンにアンドリューを頼れと言われてアーモリー駅を目指すことになったのだが……アーモリー駅は共産主義者の監視の目があってな。そこで襲われた私たちは、なんとか件のアンドリューに匿われた」
──ポリスに通じる唯一の道が共産主義とファシストの交戦する戦場であることから、二人は戦いがより熾烈になることを悟っていた。
輸送列車になんとか忍び込んだりとなんとか突破した二人だったが、共産主義の兵士と間違われたアナスタシアたちはファシストの基地で捕らえられ、尋問を受けていた。
「もう少しで二人揃って処刑される、といった所で我々オーダー……メトロの治安を守るレンジャーのウルマンとパヴェルに助けられた。
ハンターからタグを渡されていたアルチョムがメッセンジャーだと理解した二人が、ポリスまで同行してくれることになってな。
パヴェルが加わり、ウルマンとはブラック駅で合流することになったのだが……」
──三人でファシストの支配する領域を突破し、レールカーで逃げることに成功したアナスタシアだったが、またもや襲い掛かってきたノサリスの群れとの交戦が始まってしまう。
その後、戦闘中にパヴェルがノサリスごとレールカーから滑落してしまい、彼は手持ちの爆弾で自爆したのである。
そしてレールカーの加速に耐えながらも、二人は辛うじてホール駅に辿り着いた。
二人はホール駅を防衛する警備隊と共に戦うも、防衛ラインを突破されてしまった。だが唯一の生存者である子供と共にキャラバンと合流して、アナスタシアとアルチョムはブラック駅に向かえるルートを聞き出すことに成功する。
「それから再度外に向かい、倒壊したビルを歩き、ファシストを出し抜いてウルマンと合流し──私たちはポリス駅に到達した」
「おぉ……ようやくですね。アナスタシアさんは、ポリス駅で育ったのですよね?」
「ああ。我が友アルチョムも、ミラーにようやくハンターのメッセージを伝えることができて、エキシビジョン駅に救助を向かわせられる──と思っていたのだが。
ミラーはエキシビジョン駅に救援を向かわせないとして、それどころか我々に共同戦線を持ち掛けてきた。大戦前に軍が保有していたミサイルでダークワンの住みかを爆撃しようとし、それがある『D6』のありかを探ろうとしていたんだ」
──更には行軍中にデーモンに襲われたことで部下が負傷し、情報を探す任務はアナスタシアとアルチョムに託されてしまった。
ライブラリアンの巣、といっても過言ではないエリアを探索してD6に関する情報を手に入れた二人は、それからオーダーの前哨基地・スパルタでミラーたちレンジャー部隊と合流したのだ。
「……ライブラリアン、というのは?」
「巨大な……ゴリラのような……恐ろしく強いミュータントだ」
「ああ、くるみちゃん!」
「なんだってぇ?」
「いだだだだだ!!」
元気よく答えたゆきにアイアンクローを食らわせるくるみ。ああ、なるほど……というのはアナスタシアの呟きか。
「……レンジャー部隊の何人かを失いながらも、私たちはD6に蔓延していたアメーバ状のミュータントを片付けたりしつつ、停止していた原子炉を再稼働させた。
そうしてD6を制圧したミラーたちは、ミサイル発射の準備を終わらせると私たちにミサイル発射の指示を出したのだ。
しかしレーザーの照準を合わせるためにテレビ塔に向かった私たちだが、ダークワンにけしかけられたミュータントに襲われてしまう」
レンジャー部隊を急襲するハウラーとデーモンの群れに四苦八苦した光景を思い返し、さしものアナスタシアでも身震いする。
「それでも私とアルチョム、ミラーはテレビ塔に辿り着く事が出来てな。その後デーモンに襲われ負傷したミラーが我々に照射装置を託し、我々は頂上に向かった。
──そして最後に、私とアルチョムはダークワンの精神攻撃を受けながらも、ハンターとの約束通りにやつらの住みかを焼き払ったのだ」
──恐ろしいミュータントの住みかを爆撃し、人類は勝利することが出来ました。
ちゃんちゃん、めでたしめでたし。……それで済めば、どれだけ良かったのだろうか。
「──あの日から一年が経過して、ポリス駅でレンジャーをしていた私とアルチョムの元に、カーンがやってきてこう告げた。『ダークワンの生き残りが居る』と。
アルチョムと交信しようとしていたとして、カーンはダークワンに許しを乞うべきだと言ったが、当然ながらミラーはそれを却下した」
──そして、ミラーはアルチョムとアナスタシア、娘でありスナイパーのアンナに生き残りのダークワンを始末するよう命じた。
そして発見された場所の植物園に向かったアナスタシアたちが見たのは、子供のような大きさの小さなダークワンだったのだ。
「精神干渉で気を失った私とアルチョムはファシストに捕らえられ、そこで共産主義側の偵察部隊であるパヴェルという男と共に脱獄することになってしまってな……」
と、ふと疑問を覚えたくるみが気になったことをアナスタシアに問い掛けた。
「……あれ? パヴェルってさっきも居なかったか? あの……レンジャー? だかの、ウルマン……とかって人と居たよな?」
「ロシアでいう『パヴェル』とは一般的な男性の名前だからな。女性でいう『アナスタシア』くらいありふれているのだ」
「はぇ~」
豆知識を聞きつつ、一息ついてウォッカを呷ったアナスタシアはアルコールランプの光を僅かに弱めてから尚も続ける。
「──そうして脱出したあと、パヴェルと共にポリス駅に戻ろうとしたのだが、今度はパヴェルが捕まってしまったのだ。共産主義側で敵だが、助けられた恩もあるとして助けることになった。しかし、助けたパヴェルに、我々は裏切られた。
あともう少しでポリスに戻れたところでパヴェルの仲間の共産主義に捕まってな、アルチョムが自白剤でD6の事を吐かされていたのだが……そこで真実を知ることになる」
──そう、アルチョムの過去を聞いて、アナスタシアは驚愕した。何故ならかつてダークワンをメトロに入れるきっかけを作ったのはアルチョム自身だったのだから。
子供の頃にエアロックを開け放ったことでダークワンを招き入れてしまったアルチョムは、あろうことかそのダークワンに救われたのだ。
その後は敵の情けもありなんとか脱出。アルチョムとアナスタシアを尋問した者達の目的がD6であるとして、二人はダークワンや黒幕の情報を知っているはずのパヴェルを追うことにした。
「かつて知り合ったアンドリューなんかの助けもあって、レールカーで後を追い、更には浸水した部分を船で移動したりもした。
ヴェニスに辿り着いた我々はパヴェルを発見するも、色々と一悶着あって逃がしてしまったのだが──彼は黒幕がダークワンを飼い慣らそうとしていることを教えてくれた」
──地表に出た二人は前哨基地の教会に向かい、仲間やアンナと合流。
しかし……敵の急襲に遭い仲間が殺され、アンナが連れ去られてしまった。
かつて行方不明になり、敵に寝返っていた男・レスニスキー率いる共産主義との戦いが続き、二人はアンナを人質にしている彼と対面するが、アンナが人質にされている以上は彼の要求を飲んでマスクを取らざるを得なかった。
見逃す代わりにアンナ共々近くの駅であるハンザに逃げ込んだが、そこで更に問題が起きる。──ハンザ駅に、未知のウイルスが流し込まれていたのだ。疫病鎮圧を名目に皆殺しにしようとする共産主義を許せるはずもなく……。
「治療を終えた私は、アルチョムと共にカーンと合流して、治療中のアンナを置いて戦いに出た。色々とあって最後のダークワンが捕らえられている列車に乗り込んだ私たちは、助けたダークワンと一緒に外からポリス駅に戻ることにして──」
──共産主義のレスニスキーの思考を暴くことに成功する。
ダークワンの助けもあってパヴェルの部隊を殲滅した二人は──パヴェルの真意を、本当はこんなことなどしたくなかったという考えを知りつつも、殺意を止められず。
──その後にポリス駅で共産主義者の思惑を明かすことが出来たが、侵攻を進める共産主義者達との戦いは避けることが出来ない。
かつてのエキシビジョン駅の閉じられた扉の向こうに小さなダークワンの仲間が眠っていることが明かされながらも、アナスタシアたちの戦いの舞台はD6へと移り行く。
そして────
「──D6で共産主義者と戦い、仲間が死に、呆れるくらいに連中を撃ち殺した。
それでも侵攻を食い止めきれず……最期に私が見たのは、アルチョムがD6を爆破するスイッチに手を掛けたところまでだった。
爆発の光を目にして──目が覚めたら日本に来ていた。これが……私の過去だ」
空になったスキットルを置きに台所へ向かおうと席を立つアナスタシアは、喋りすぎて喉を痛めたのか咳払いをする。その後ろ姿を目で追って、慈が声を掛けた。
「アナスタシアさん、は……それでいいんですか? そんなことがあったのなら、戦わないでいる選択だってあったのでは……」
「……あっただろうな。あったが、それでも──メトロで幼いながらに、レンジャーから戦い方を教わろうとしたのは私の選択だ」
クルリと振り返り、言葉を付け足す。
「それに、私は戦い以外の生き方なんて知らなかったからな。ここに来るまで、きっと私は──死ぬために戦っていたのだろう」
「……そう、だったんですね……」
「──尤も、今の私には新しい戦う理由もある。今年は2012年なのだろう?」
「ええ、そうです、が…………ッ!」
アナスタシアの言葉の意味を悟り、慈は目を見開いて息を呑む。
「──この世界も、このままでは私の居た世界と同じ結末を辿る可能性がある。
それも
ゴクリ、と、慈たちが固唾を呑む。アナスタシアの過去を知ってしまった以上、そんなことあるわけないだろう、と否定するだけの呑気な返答はもはや出来はしない。
壁に立て掛けていたティハールを手にして、銀髪を揺らし、アルコールランプの光をその蒼い双眸に輝かせて──宣言した。
「そうさせない為にも、ひとまず皆で生き延びて、それからパンデミックを止める。
それこそが──私がこの世界に落ちてきた理由なのかもしれない」
ふっと笑い、隅の机にティハールを置いて、アナスタシアは眠気覚ましに水を飲む。
胸に手を置いて逡巡した慈が、そんな彼女の前に立つと決心したように口を開いた。
「でしたら私は、貴女に、人並みの幸せを歩んでもらうために戦います。戦うことだけがアナスタシアさんの人生なんかじゃないって、貴女自身に知って欲しいから」
「────」
そんな慈の言葉と笑みに、アナスタシアは──病に倒れそのまま目覚めることは無かった母親の顔を重ねた。死ねない理由と、戦う理由と、守りたい人がいっぺんに出来て、彼女はしみじみとその幸せを噛み締めるのだった。
次→そのうち
※作中の時間はがっこうぐらし連載開始時を参考に2012年としています