お月様の兎を追って   作:リンリン

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ごゆるりとご覧あれ。


prologue

 この世界にはダンジョンと呼ばれる生き物(・・・)がいる。

 

 

 

 

 それは一言で言えば『下界の冥府』なんて意味がピッタリだろう。

 

 見た目は地面にポッカリと空いた大穴。内部は広大な地下迷宮。奥に入っていけばいくほど、光も届かなくなり、常識すら通用しなくなる地獄と化す。壁や床や至る所からモンスターと呼ばれる異形の化け物たちが文字通り生まれ落ち、そして襲いかかってくる。

 

 そして厄介なことにこの穴には戸締りするための鍵も番人もいない。モンスターは無尽蔵に生まれ続け、そして何故か生まれたモンスターたちは光を求めて地下迷宮を上へ上へと上がっていき、時には同士討ちを引き起こす。

 

 因みにダンジョンはいつできたのかわかっていない。

 

 中身は信じられないぐらい整理された迷宮であるにも関わらず、人の手など一切関わっていない。

 

 大昔、古代と言われるほど昔、ある日何も無いただの平原に1日経ったらいきなり大穴が空いてダンジョンができていた。

 

 意味がわからなくても理解するしか無い。書物にはそう書いてあるからだ。一番訳がわからなかったのは古代の人類だろう。

 

 

 

 ーーそして訳もわからないまま人類はダンジョンから出てくるモンスターに蹂躙された。

 

 

 

 古代のダンジョンに(バベル)は存在しない。するはずもない。いきなり空いた大穴が冥界に繋がる門だなんて誰も思わないからだ。

 

 そこから始まるのは阿鼻叫喚の宴。

 

 無尽蔵に生まれ続けるモンスターたちは次々に地上に到達し、人間を目にするや否や問答無用に襲いかかった。

 

 例外なく化け物たちは強い。人間よりも数倍大きな体格や力を持ち、10数人の数の暴力がまるで通用しない。『質より量』という下界の常識を力の暴力で粉微塵に撃砕していく。

 

 そして強いもの、弱いもの、戦うもの、逃げるもの。例外なく誰もが恐ろしいほど平等に化け物たちに食い尽くされ、燃やし尽くされ、消し飛ばされた。

 

 口から火を吐き空を闊歩するドラゴン、作物も家も町すらもその足で踏み潰していく凄まじいデカさの巨人。船を容易に丸呑みにする巨大な海の魔物。

 

 近づく前に消し炭、よしんぼ近づいて剣で斬りつけても鎧のように硬い鱗に切り傷をつけられないばかりか、刃がへし折れて宙を舞い、逃げようとしたものから牙で鎧ごと食い尽くされて無様な死体を晒す。

 

 力のない彼らにとってモンスターは初めて見る理不尽の塊であった。

 

 そうしてはじまりは世界の片隅になんの前触れもなく空いた穴であったそれは地上を覆おう分厚い雲のようにじわじわと侵食し続け、陸海空問わず世界各地で嵐の如き大災害を巻き起こし、対抗する手段のない人類を地面の端へ端へと追い詰めて行った。

 

 

 気がつけば世界に死臭のように漂う絶望感。

 愛するものが死にすぎたが故のどうしようもなく浮かぶ諦念。

 いつ襲いかかってくるかわからない化け物たちを警戒しながらもいざ現れたときには、ただ己を盾にするか逃げることしかできない虚しさ。

 

 かつては地上の食物連鎖の頂点にまで駆け上がった人類のその自尊心(プライド)などとうに腐って落ちてその辺を転がっていた。

 

 海に出られず、動物も狩れず、街を守る頑丈な城壁の外にすら出れず。

 

 金に、食べ物に、愛に、様々な物に飢える人々の不安感と吐き出しようもない不満は溜まりに溜まり続けて頂点へと達した。

 

 

 人の手によって火に包まれる街並みとモンスターに向けられるはずの剣や槍を同胞に向かって振りおろす矛盾。

 

 そして何より社会不安に喘いでいようが、喪に服していようが関係ないとばかりに襲いかかり続けるモンスターたち。

 

 

 古代の世界におけるダンジョンとは死の象徴であった。

 

 

 

 ーーーだが、ある大馬鹿野郎(ヒーロー)の登場が時代と世界を大きく揺るがす。

 

 

 

 その男は誰がどう見ても愚者だった。

 

 

 明らかに頼りない3枚目、中肉中背のどこにでもいるヒューマン。エルフの魔法のような摩訶不思議な力もなく、獣人たちの五感や豊かな身体能力も無く、小人族(パルゥム)のようなどんな物にでもむかっていく勇気すらも無い。

 

 おまけに性格も軽薄なお調子者で喧嘩をふっかけられては隠れて逃げる足の速さと機転だけ持ち、美女に会うと鼻の下を伸ばしてはお手本のように張り手(紅葉)を食らっては振られ、その時に吐いたキザったらしいアホな言葉を一人語りのように語って英雄日誌に書き綴ってはヘラヘラ笑ってさらなる奇行に及んでは失敗する。

 

 あまりにも大きすぎる武運不相応な夢を抱えてところ構わず吹聴しては笑われて後ろ指を刺される。そして迷惑を常にかけながらもどこか虚無に浸っていた人々を狙ったかのように抱腹絶倒させてそんなことすら忘れさせてしまう。そんな毎日を過ごす街の笑い者(ピエロ)だった。

 

 そんな彼は世界に住む人類のみならず、天界と呼ばれる別世界から見守っていた全知全能の神々すらびっくり仰天させる『偉業』を巻き起こした。

 

 -ーー人間による怪物(ミノタウロス)討伐。及び生還。

 

 

 たった一人の少女(王女)を助けて笑顔にするために少年は赤い布()をたずさえて猛牛(ミノタウロス)芸を披露した(立ち向かった)のだ。

 

 

 女なら手を貸すと言ったはずのドスケベ精霊にお前女みたいな顔つきだからというクソテキトーな理由で武器をもらった。

 

 言葉もわからないであろう牛男にホラ話の大見えを切ろうとしては言い切る前にぶん殴られそうになって死にかけた。

 

 途中で目も見えなくなった。でもそのせいでラッキースケベを犯して戦闘中に少女に顔面を思いっきりぶん殴られて死にかけた。

 

 

 

 まるで配役から展開まで綺麗に決まっていたかのような笑いしか浮かばないドタバタ英雄譚(ラブコメディ)。でも主役は間違いなく愚者と呼ばれた少年(ピエロ)だった。

 

 

 人の身でありながら、明確に人の身を遥か彼方に超えて行く。

 誰かを笑顔にするために常にバカなことをしていた自惚れ野郎がバカを超えた大馬鹿者へと飛躍した瞬間であった。

 

 

 この珍妙かつ嘘みたいな物語は喜劇として本にまとめられ人から人へ世界中に知れ渡った。そしてそれは燻っていた資格を持つ者たちを大きく奮い立たせる聖書(バイブル)になった。

 

 

 そして止まっていた人類の歯車は大きく動き出す。

 

 

 後に『始まりの英雄(アルゴノゥト)』と呼ばれる彼の後に続くように、もしくはこんな能無し野郎に負けてたまるかと吠え返すように、世界各地であらゆる者たちが英雄神話に名乗りを上げたのだ。

 

 

 ーーある小人族(パルゥム)の一団は自らの信仰する女神を旗印として掲げ、襲いかかってくるモンスターたちに小さい体に秘めた誰にも負けない勇敢さを武器に立ち向かった。

 

 

 ーーある王族(ハイエルフ)の聖女は、人里離れた里を出てその凄まじい魔法を行使しモンスターを駆逐した。

 

 

 ーーあるアマゾネスの女帝は、まるで血を貪り尽くすような荒々しい剣技と豪快な体技で伴侶を求めてモンスターを蝿を叩き潰すかのように撃砕した。

 

 

 ある獣人は、あるヒューマンは、あるドワーフはーーー。

 

 

 出るわ出るわの偉業の数々。世界各地から飛び出した物語は、人から人へと次々に広まり、俺も私もと我先にそれに続こうと立ち上がるものが現れた。

 

 そしてそれらの物語は種族ごとにいがみ合っていたそして荒んでいた人々を憧憬という熱狂でひとつなぎに連帯させるに至り、数々のハーフを生み出す原因にもなった。

 

 そうしていつしか人はその体に備わっていた才能を定義する器を自ら壊し、人という別の何かへと次々に飛躍を遂げてモンスターの波をどんどん押し返して行った。

 

 そして悠久と言える時を経てついに人は全ての始まりの地であるダンジョンへと辿り着き、そこに砦を築いた。

 

 もうダンジョンからモンスターを出さないように。大穴を囲うように分厚い城壁も作った。

 

 まさしくそこは人類最後の砦にしてダンジョンへの最前線。

 

 そしてとある大英雄が己の命と引き換えに黒竜を砦から追い払った時。

 

 それと同時に長らく続いていたモンスターの支配の時代、古代に終止符が打たれた。

 

 天界と呼ばれる世界に住む、斬られても死なず、不自由もなく、寿命すらない生活に飽き飽きしてしまった『神々』が下界の不自由さや制限された生活に興味を持ち、地上にそして砦に大量に降臨してきたのだ。

 

 人々の前に突然やってきた神々は、

 

 

 『ヒモにしてもらっていい^ ^?』

 

 

 とほうけてアホのような顔をしている人々に対して実に綺麗な笑顔で言ったとか言ってないだとか。過去の歴史書においてそこの部分だけまるで怒りでペンをへし折ったかのようにインクがダダ漏れしていたらしく真実は不明だが。

 

 こうして地上にお試し期間のようにすみはじめた神々は歓喜の声を上げた。ものを買うためにいちいちお金を使わねばならない。トランプなどのカードを使った賭けに一喜一憂し、労働で汗を流した後に酒場で馬鹿騒ぎを起こして下界の子供達と逢瀬を楽しむ。まさしく一から作り上げる全く新しいマイライフのスタート。

 

 下界の子供に背中で怒鳴られながら慣れないバイトなどに挑戦するその生活はまさに新鮮そのもの。『マイクラよりすこ!』というわけのわからないことを言いながらステップで街中をかけていく神もいたそうだ。

 

 そうして地上にいる間にその不自由の素晴らしさ(・・・・・・・・・)に大きく魅了された神々は奇跡を起こす権能、神々曰く使えば平気でチートを起こせる力である『神の力(アルカナム)』の使用を下界にいるあいだは封印することを決めたのである。

 

 ルールブレイクなんて萎えてしまう。それでは天界の頃と何も変わらない。神々にとっても下界で暮らすということは一種のゲームとかしており、今もそのゲームに参加したいと降臨待ちの神々が天界で待っている状況であるのだ。

 

 そして何より子供たちを、下界を尊重するために。

 

 こうして全知零能にまでわざわざ身を落とすことになった神々だが、そうなると一つの問題が生じる。

 

 神々に自分で生活できる能力が全くなかったことである。

 

 崇められてはいるものの所詮神々など指を振れば勝手に飯が出てくるような世界で育った実に温室育ちで苦労知らずな連中である。彼らを神々たらしめている奇跡の力を封印した時点で、ただ無駄に長い年月を生きている役立たずが完成するだけだ。

 

 幸いにも下界の人間は神々を敬うという習慣と礼儀が身に付いていたために、殺されて奇跡の力で強制復活させられた後、天界に強制送還なんてことはそう起こり得なかったものの、お金も稼げずに餓死しそうになって神の力(アルカナム)発動で強制送還ではあまりにも間抜けすぎる。

 

 そこで彼らは神々の権能の中である一つの権能だけは使用できるようにとりきめた。それが神の恩恵(ファルナ)である。

 

 奇跡の力が宿るという神の血(イコル)を使って人間をその神の血を受けた眷族(ファミリア)とすることで、それを授ける代わりに働いてもらったり、お金を稼いでもらったりして地上での生活をサポートしてもらう。要するに人間に養って貰うのだ。

 

 一見すると人間を奴隷にして自身をヒモにさせているようにも見えるが、人間側にもこの上のないメリットがあった。

 

 恩恵を授けられた人間は誰しもがモンスターに対抗できる超人的な身体能力を簡単に手に入れることができたのである。

 それこそ戦闘経験も全くない一般市民が授けられた瞬間にゴブリン1匹ぐらいならフルボッコにできるほどに。

 

 英雄神話において年月に対して英雄の数があまりにも少なかったのは、スタート地点におけるモンスターと人間の力にあまりにも差があったからだ。

 かつての英雄たちは何度も何度も死にかけながら体をいじめ抜き器を無理やり何度も破壊することでそれらの力を得ていたが、神々の恩恵は遥かにローリスクでそのガチガチの器を溶かすように解放してくれるのである。

 

 モンスターに苦しめられていた人間たちにとってこれほど有難いものはなく飛びつくように彼らは恩恵を求め、さまざまな神々と契約して行った。

 

 こうしてモンスターと人間の力に優劣がなくなり、今度は逆にダンジョンの中に積極的に潜っていく神時代(しんじだい)がやって来て世界はそのありようを根本的に変えた。

 

 モンスターは人々にとって理不尽な存在ではなくなった。むしろ彼らを倒した時に残る魔石は都市の一大産業となって大きく貢献している。

 

 命をつなぐためではなく、冒険のため、名声のため、お金を稼ぐため、様々な理由で世界の中心になったダンジョンに潜る冒険者たちが織りなす宴。

 

 世界各地で鮮烈な活躍をし、そして散って行った英雄神話が引き寄せた夢を浮かべて嬉々としてダンジョンを訪れる時代。

 

 ダンジョンの上に築づかれた(バベル)の周りを囲うように1000年の時間をかけて発展した人類最後の砦、迷宮都市オラリオを舞台に今日も形を変えた新たな英雄譚(オラトリア)が紡がれていく。

 

 来るものは拒まず去るものはおらず。

 

 昼も夜も眠らない街は今日も1000年以上の重みを乗せて賑やかに喧騒を響かせるのである。

 

 

 

 ★

 

 

 私は幼い頃から本が好きだった。

 

 さまざまな本を読んだが、一番好きだったのは英雄譚や御伽噺だ。

 

 貧しい生活をしていた私にとってわらしべ長者のような一攫千金を夢見る話や大冒険が描かれたお話は何よりの退屈しのぎであり、憧れであり、バイブルだった。

 

 月の中には兎さんがいるって本当ですか?

 

 ある時空に浮かんだ大きな満月と雲が織りなす幻想的な光景を見て私はそんな疑問を口にしていた。

 

 そしてそんな疑問に対して瓢箪の中に入っていた酒を煽りながら、青い髪をした女神は『さあねぇ』とこっちの反応を面白がるようにはぐらかし、そして言い募ろうとする小さな口に近くの食べ物を無理やり押し込んできて黙らせていた。

 

『人がそう思い続ける限りは、かね?』

 

 つぎはぎだらけの見窄らしい服を着て、鮮烈な美貌に浮かぶ赤い顔の中の小振りな口からは酒臭さを撒き散らしていたものの、目は真っ直ぐだった。程度よくいい加減というか、どこか捉え所のない飄々とした彼女は最後にはいつもそんな呟きを落としていた。

 

 全知零能であった彼女がそのことについて知っていたかどうかはわからない。ひょっとしていたら全部を知っていたのかもしれない。当時は何も教えてくれないことにむっくれていたし、呟きの意味もよくわからなかったが今ならばわかる気がする。

 

 なにかあるのか?

 そう思い続ける限り、世界は広がり続ける。

 

 そしてそれらが肥大化していってやがて飛びっきりの『未知』を生み出す。下界に降りて来た神々が追い求めるとびっきりの物語を。

 

 『事実』に限界はあるが『想像』に限界はない。

 

 知ってしまえばなんてことは無くなってしまう。

 それが『事実』というものだ。

 

 ある鉱山から砂金が取れて大金持ちになった人間がいたとして、もしかしたらもっと砂金が取れるかもしれないと多くの人々が群れて鉱山に集まった。

 しかしもしもそれがパフォーマンスであり実際には砂金なんて一粒もでやしないという『事実』がわかっていたとしたら誰も寄り付いてくることなんてなくなる。『事実』は思いも情熱も砂をかけるように鎮火してしまう。

 

 神々が不変であるのは彼らが生まれたその時から文字通り『全てを知っている者』だからだ。そして生まれた瞬間にあらゆる結論に決着をつけており、それぞれの答えを『権能』という形で有している。

 

 事実を知り尽くしている彼らは『想像』ができない。もはや呪いのように刻みつけられた神格(じんかく)のせいで彼らは悩むことはできないし、抗おうとさえしなくなる。

 

 暇でしょうがないから、なんでもできちゃうから天界から降りて来たという人間からすれば若干イラッとするその謳い文句も彼らにとっては真剣なのだろう。その真剣さが訳の分からない方向にねじ曲がっているからムカつくのだろうが。

 

 

 閑話休題

 

 

 ともかく何が言いたいのかといえば今自分はまさに御伽噺のような幻想的な世界に視界を占領されているのだ。

 

 洞窟の中。光なんて一切届かない場所で猛烈な水飛沫に反射した()が広がって幻想的で大きな虹を至るところに生み出している。数はひと一つではなく、あたりに生えたクリスタルに何個も写っている。

 

 観客は一切おらず、聞こえてくるのは猛烈な勢いの水が上から叩きつけられている音のみである。

 

 まさにそれは自然のプラネタリウム。洞窟の中の幻想性はまるで誰も知らない秘境のような神秘性と共に物語の一風景を切り抜いたかのような心地よさを与える。

 

 まさしく人の手のない理想郷のように。

 

 

『ギシャアアアアア!!』

 

 ただし、たまに人の形をしていない化け物(クレーマー)が不快な叫び声と共に乱入してくるというおまけ付きだが。

 

「喧しい」

『ゲエッ!?』

 

 幻想的な光景の中に現れた邪魔者ならぬ邪魔物(モンスター)相手にイラついたかのように剛速で突き出された槍が胸をうがち、半魚人(マーマン)が文字通り灰に帰る。

 

 華奢な体格に似合わないほどの速さでブンと槍をひと祓いし、先端にこびりついていたモンスターの血糊を豪快に吹っ飛ばした少女は盛大にため息をついた。

 

「聞きたいのはあなたの不快な叫び声じゃないんです。」

 

 艶やかなショートヘアの黒髪にアメジストの瞳をしばたたかせるその相貌は息を呑むほどに整っている。15、6歳の見た目をした彼女は極めて目立つ容姿でありながら、その美貌は同世代の金髪金瞳の少女の宝石のような輝く美しさとはまた違う。

 長いまつ毛を潜めた憂いの表情さえ一つの絵になりそうな顔立ちは、秘境の中にひっそりと月の光を受けて咲く月見草のような静寂の中に佇む儚さと静かな美を誇っている。

 

「退屈が過ぎる‥‥」

 

 ドドドドッと凄まじい音を奏でる目の前の水の爆音ぐらい(・・・)なら邪魔な音には入らないぐらい少女の五感は優れているが、生理的嫌悪を呼び起こすモンスターの叫び声は冒険者の本能が反応してしまい集中を乱されてしまう。少女の周りにはこの場に突っ立っていた彼女に襲いかかって来た哀れなモンスターたちの末路が灰になって堆く溜まっている。

 

 例外なく魔石を狙った鎧袖一触で倒されたものばかりで魔石のかけらも転がっていない。魔石を適当に残しておくと、モンスターがそれをたべて強化種と呼ばれる強化版に変異してしまうため面倒だったが仕方なかった。

 

 少女の目的は迷宮に響く美しい歌の正体を探るというもの。クエストの紙を見た瞬間まさしく冒険っぽいと目を輝かせた彼女は隣にいたエルフの仲間(せんぱい)の胡散臭そうな目を無視してわざわざやってきたのだ。

 

 いや、たしかにそう簡単に現れはしないとは思っていたが。

 

 たまには空気ってものを読めよダンジョンと不満が頭をもたげる。

 

 この場に他の冒険者がいたのであれば、何考えてんだコイツというふうに見られたであろう。

 

 なぜならここはダンジョンであり、モンスターを産み落とし人間に襲いかかる怪物の体内そのもの。空気を読むとするならば喜劇ではなく、悲劇のトリガーのみを引くからだ。

 

 だが少女にとってはそれこそ知ったことではなかった。クエストのためにこの階層まで単独(ソロ)で降りて来た少女は18階層(リヴィラ)において法外な貯蓄を叩いてまで数日泊まり込みでこなそうとしていたのだ。

 

 ダンジョンがどうのなど、大金をはたいたヒューマンには関係ない。なんか出さなきゃ壁を粉砕するぞと言わんばかりのテンションであり、その気迫にびびったのか数日テントを張っているのにモンスターはそこまで襲いかかってくることはなかった。

 

 そして迷宮に響く歌が奏でられることもまたなかった。

 水面に顔を出す人魚(マーメイド)が魅了を含んだ歌を歌う間もなくクナイで首を吹っ飛ばされ、醜悪な顔面が水の中に沈んでくるたびに、歌声の主(ゼノス)が『ヒッ!?』とビビッて震えてしまい日がたつごとに殺気が濃くなっていく水面に顔を出せなかったことを少女が知る由はない。

 

「……帰りましょう」

 

 数日待っても歌が聞こえることはない。おまけに金もない。ならばこれ以上ダンジョンにとどまる理由もまたなかった。

 

 クエストを見た時ロマンに惹きつけられてしまった当時の自分を殴りたい気持ちにかられながら、近くに立てていた休憩用のテントをブツブツ文句を言いつつ片付けてバックパックにおさめていく。

 

 ダンジョンは階層性の地下迷宮であり、区分によって上層、中層、下層、深層と分けられている。少女がいるのは下層の区分に入る27階層、通称『水の迷都(みやこ)』と呼ばれる25階層から始まる下層の入口である。

 この領域において特徴的なのはなんといっても目の前を滑り落ちてくる水だろう。

 この水の出どころはなんと25階層。迷宮最大と呼ばれる巨大な滝『巨蒼の滝(グレート・フォール)』が3階層分もの階層をぶち抜いて止めどなく落ちてくるのである。因みに24階層までは水なんてかけらも出てこないためこの大量の水がどこから来ているのかははっきりしていない。

 全知零能の神々も『ダンジョンがダンジョンしている領域』という意味不明(ワケワカメ)な言葉でしか説明していない文字通りダンジョンの未知の象徴である。

 

 階層中に水路が張り巡らされているためか、出てくるモンスターたちも水に由来しているものたちがおおい。情景もモンスターも様変わりするこの領域においては冒険者の器(ランク)以上にどれ程の場数を踏んできたかという経験がものをいう。

 

 上級冒険者の中でも一流以上の人間しか踏み込めないこの領域は『新世界』なんて呼び名で一部の冒険者たちによばれているほどだ。

 

 ーーーーだが。

 

『オオオオオオオオォォォォ!』

「ふっ!」

『ガッ!?』

 

 バックパックを背負った細身の少女の蹴り一撃でモンスターの頭部が爆砕する。

 

 襲いかかる半魚人(マーマン)が、側面の川から飛び出して来た海蛇(アクアサーペント)が、ボーリングの玉のように転がってくるクリスタロス・アーチンが、蟹なのに前進してくるブルークラブが。

 槍、手甲が煌めき、前開きのロングスカートが翻るたびに、殴殺され、解体され、破壊され、鮮血の花を咲かせる。

 

 見敵滅殺。

 

 超一流と呼ばれる冒険者たちですら目を見張るような確かな『技と駆け引き』を駆使して凄まじい槍の技量でモンスターを蹴散らす。

 

 それはまさに斬撃の檻。

 

 少女の間合いに入った瞬間に大抵のモンスターが空間に一閃の軌跡が走ってはこなごなになり、間合いを抜けてきた数少ない個体も弾丸のようなスピードで繰り出された拳で体に風穴を開けられ魔石を無理やり引き出されて灰になって消える。その繰り返しだ。

 

 極めて単調であるが、モンスターは本能のままに行動する上に、力はあっても慎重になるという脳みそはないので、結果的に作業的な殺戮が出来上がる。

 

 一人の器を昇華させた人間、それも年はもいかない少女がモンスターでできた壁をたった一人で粉砕し、屍を踏みつけて進んでいくその様はまさに神時代(しんじだい)における冒険者というものをよく表していた。

 

 長い柄の穂先(クレイブ)が閃くたびに、血化粧の輪廻曲(ロンド)を奏でるかのように次の瞬間には怪物の死体の山が築かれていく。

 

 

 こんなことならマーメイドの生き血(超レアアイテム)を回収しておくんだったと少女は呑気なことを考えながら、つぎ込んだ費用を回収するために出会ったモンスターを逃さず殺戮し、手も触れずに(・・・・・・)魔石をモンスターから抉り取り、浮かせて(・・・・)そのままバックパックに放り込んでいく。

 

 モンスターを殺して、通り過ぎる頃には魔石は既にバックパックの中で、モンスターの死骸はかけらも無くなっている。ついでのように発生するドロップアイテムもきっちり浮かせて回収する。

 

 単独(ソロ)での探索は基本的に最上級冒険者でも推奨されていない下層に単独で数日籠ってのお金稼ぎを彼女がファミリアで一応許されている理由はこれである。モンスターを殺したあと死体に群がって、魔石を抉り取らなければならないというアクションが不要なのだ。

 

 よって探索スピードは格段に上がる。その分精神力(マインド)は消耗するが、精神力回復薬(マジックポーション)の値段などさっ引いても十分にお釣りが来る。

 

 どこぞの小人族(パルゥム)サポーターが知ったら、今度こそ自分の価値に意味を見出せなくなりそうなそれを平然とした顔で行いながらモンスターを惨殺し、飛んでくる血飛沫を槍の豪風で斬り払いながら地上への道を一歩一歩しっかりと踏みしめて地上に足を進めていく。

 

 

 とっておきの未知を。

 まだ見ぬ知らない世界を見るためにダンジョンに日々飛び込む。

 

 これがヤマト・葵という冒険者のオラリオでの日常。

 

 18階層(セーフティポイント)に着く頃には気がつけばバックパックがはちきれんばかりに魔石で満杯になり、街の眼帯をつけた頭領に酒を噴き出させ、地上に着く頃には25階層で何かヤバいやつ(少女)から逃げてくる化け物たちによるプチ怪物の宴(モンスターパレード)が起こったと知己のハーフエルフの受付嬢から焦ったように言われて、エルフの団長のジト目に晒されつつ、顔を引き攣らせながら空笑いすることになるのは少し未来の話である。

 

 

 

 




 時系列的には、原作が始まる少し前ですね。
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