私はあれから薄緑の狼---森狼(フォレストウルフ)を虐殺していた
森に着地した時の轟音か、それとも同胞の血の匂いを嗅ぎつけてか森狼によく遭遇する
薄緑の狼---森狼(フォレストウルフ)は私のヨルムガルダンとしての知識にあるモンスターの一つだ
一匹一匹の戦闘能力は低いが、集団になると稚拙ながらも連携を取るため
並の戦士程度では太刀打ちが出来ない厄介なモンスターだ
まあ、私にとっては力加減をする良い練習台にしかすぎないが
---それにしても、少々鬱陶しいな
モンスターを事前に感知するために使っているピット器官にちらほらと人間の反応を感じるのだ
ピット器官とは蛇が持っている器官で、赤外線つまりは熱を感知するレーダーの様な働きをこなす器官だ。サーモグラフィーなどはこのピット器官を参考につくられている
ヨルムガルダンのピット器官で感知できる最高範囲は一キロにも及びそうだ
まあ、私がそれだけの情報量を処理出来る訳も無く、今は半径五十メートルまで抑えているのだが
そのピット器官にこちらをつけて回る人間を感知するのだ
付かず離れずのスタイルでこちらが近づこうとすると逃げられる。全くもって鬱陶しい
私は感知している中で一番近い人間目掛けて一足飛びに近づく
目の前には驚愕し硬直している黒装束の人間。私は素早く背後へと回り込み腕に関節技を極めて無力化する
その後私は周りに聞こえるよう思念(・・)を飛ばした
思念とは高位のモンスターでも一部が使える先天性魔法《生まれつきの魔法》である
使っている言語が幾ら違おうとも意思を一方的にぶつける魔法なので言語の違いは関係ない
一方的なので相手がわからない言語を使っている場合には意思の疎通は不可能だが、今回は話し合いが目的ではないから問題無い
"出て来い!お前等の仲間を殺されたくなかったらな‼"
む、人間の反応が私から遠ざかって行く
…まさか見捨てるとは、目論見が失敗してしまった
私は用なしとなった人間を解放する
解放した人間はこちらを化物でも見るかのように怯え、情けない悲鳴を上げながら覚束ない足取りで必死に逃げて行く
私はその後ろ姿を見て思わず嘆息する
---殺す価値も無いな
一応逃がした理由も有るのだ
彼ら人間には見届け人になってもらう予定なのだ
幾ら他の怪物達を打ち倒して私が最強になったとしても、人間や他種族まで皆殺しにしてしまっては我が名を歴史に刻むことは出来ない
何時だって歴史を刻むのは当事者では無く傍観者だ
彼らにはそれを担って貰わねば為らない
そんな事をつらつらと考えながらも草木を掻き分け森を進んで行く
"---ヴォッ"
---此方に凄いスピードで岩が投げられる
私はそれを避けず、打ち砕く
木の上から投石を行ったのは〈岩愛猿(ロックラブモンキー) 〉一メートル五十センチ位の体長をした
その名の通り猿である
異常に発達した両腕が特徴で、攻撃手段が投石オンリーというモンスターである
投石と言っても、投げてくるのは最早岩と言った方がいいだろう
そんな代物を異常に発達した豪腕で投げつけてくるコイツはこの森でも上位に位置する
どうやら知らず知らず森の奥深く迄突き進んでいたらしい
中々骨の有るモンスターだ
このモンスターの厄介な所は本当に投石しかしてこず、集団戦でも一定の距離を取り投石でフルボッコする
以前の私は踏み潰し轢き殺していた
でもそれは巨体であった頃話し
目には目を歯には歯を、投石には投石で
私は近くの岩を拳で砕き岩愛猿(ロックラブモンキー)が投石をし終わった瞬間に投げた
私が放った岩は見事命中
岩愛猿の胸に大きな穴を空けた
"一撃で終わってしまってはつまらない、な"
これからはもっと加減して行こう
それから色んなモンスターに遭遇した
猛毒を吐く巨大な蝸牛〈蝸牛毒針(エスカルゴポイズンノッカー)〉
周りの茂に擬態していた大蜥蜴〈緑下位竜(グリーンレッサードラゴン)〉
身体は小さいが風の中級魔法ウィンドカッターを尻尾に纏い、音もなく切りかかって来た
〈無音之暗殺鼠(ジャックザリッパー)〉
等と交戦した。交戦と言ってもワンサイドゲームに近かったが…
近かった、と言うのは無音之暗殺鼠にはヒヤリとさせられたからだ。幾ら最強とも言える肉体を手にしても音もなく刃が首目掛けて迫って来るのには肝が冷えた
中級魔法程度ではこの肉体に傷一つ付けられない。そう解っていても怖いものは怖い
切り裂きジャック---ジャックザリッパーとはよく言ったものである
だが所詮は鼠、身体は脆い
手加減した私の拳でも地面に赤い花を咲かせる結果となった
唐突だが、この世界はゲームでは無い。
モンスターを幾ら倒そうが殺そうがレベルアップなんてしないし、ドロップアイテムなんかも無い
死体が残るのみである
死体が残るということは素材を剥ぎとれるということでもあるが、
モンスターの素材は布とは比べ物にならない。だからある程度の強さの基準は身につけている装備のグレードで判断するのだ。
世知辛い世の中である
---だから私の目の前に居る冒険者達もそう強くは無いのだろうな
***
俺たち冒険者ギルドのBランクパーティー[導きの杖と盾]は岩愛猿(ロックラブモンキー)の討伐にこの蛇神の森に来ていた
岩愛猿(ロックラブモンキー)は子供位の大きさしか無いモンスターだが豪腕による遠距離からの投石の威力は途轍もない
しかも、木の上に陣取って決して降りてこないから剣では戦い様がない厄介なモンスターとして有名だが、このモンスターの特徴としてもう一つ有名なものがある。
それは宝石を身体に埋め込むという物だ
岩愛猿(ロックラブモンキー)というだけ有り彼奴らは総じて岩をこよなく愛している。其れこそ身体の一部としてしまう程に、だ。
岩愛猿は生まれて間もない頃親か、それとも自分で美しい宝石を見つけ、身体に埋め込むのだ。埋め込まれた宝石はモンスターの持っている魔力に当てられ続ける事により魔石へと変異する
魔石は冒険者ギルドで高く売れる
たった一つの魔石でもこのパーティー五人で山分けしたとしても三日は酒場で豪遊出来る位にだ
「なぁザック、何か森の様子が可笑しくはねぇか?」
「あん?どういうこった ジョン」
「なんかよぉヤケに騒がしいと思うんだけどよぉ?」
うん?確かに何時もよりモンスター共が騒がしいな
ああ、俺の名前はザック この臨時パーティーのリーダー兼、盾騎士(ガーディアン)だ
話しかけてきたのはジョン。口が軽い奴だが腕は確かなうちの弓師(アーチャー)だ
他にも俺と同じ盾騎士(ガーディアン)のゼファー、寡黙な魔法使いグット、ジョンと同じ弓師(アーチャー)で紅一点のメルンがいる
剣士(セイバー)は居ない、というより連れてきてない。さっきも言ったが岩愛猿(ロックラブモンキー)を相手取るには不利だからだ。
このパーティー[導きの杖と盾]は岩愛猿(ロックラブモンキー)を狩るために結成した臨時のパーティーだ。
このパーティーの中で俺の組んでる正式パーティーメンバーはジョンしか居ないから必然俺とジョンとしか話さないのも仕方が無いかもしれない
「何かこの先に居るのかもな」
「何かってぇやべえんじゃねえの?」
……ヤバイ、か
突然変異種のモンスターでも生まれたのかもしれない
「突然変異種か何かが生まれているかもな」
「おいおい、引き返した方がいいんじゃねぇか?」
「何が原因か突き止めてからな」
…ジョンのいう事も尤もだが森の様子がおかしいから手ぶらで帰りました、ではギルドが納得しないし、依頼達成不可扱いになってしまう。せめて原因が何か突き止め、ギルドに報告しないとな
「ったくよぉ、了解リーダー」
「お前等もそれでいいか?引き返すなら今しかないが」
俺はさっきからだんまりな三人に問いかける。俺の中ではもう岩愛猿(ロックラブモンキー)を狩るという選択肢は無い、だから別に抜けても構わないんだが…
「いや、一緒に行こう、このまま一人で引き返しても危なそうだしな」
「……」(コクッ)
「ついて行くわよ、もしかしたら何も無いかもしれないじゃない」
上からゼファー、グット、メルンだ
グット‥‥せめて返事する時ぐらいは喋れよ‥
俺はそんなグットに苦笑いしながら森を突き進んで行く
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……俺はこの時、ジョンの言う通り素直に引き返すべきだった
そうすればあの化物(・・)に遭わずにすんだのに…
俺がそう後悔する時は、そう遠くは無い