灰燼~アラミゴの風~ 作:みずき
アラミゴに戻る時にはさすがにベロジナ川の西で憲兵に止められた。出る時には見逃してやったが、入る時は駄目だという意味だ。こんなことはよくあることで、俺も慣れている。憲兵にもまたお前か、という顔をされてしまった。憲兵二人がパイクを持って睨んでいる。
はいはい、判った判った。俺は腰に提げた小ぶりの荷物入れを探って布に巻かれたものを取り出した。俺が武器なんか出さないことを知り尽くしている憲兵は無言のままだ。
「持ち合わせはこのくらいしかねえんだけど」
干し肉が二枚。乳を発酵させたチーズの小さな塊が二個。これなら二人が取り合って喧嘩することもないだろう。しかも干し肉とチーズは食料の中でも日保ちする貴重なものだ。憲兵二人は渋い顔をしてみせたものの、ちゃっかりと食料を受け取って、早く行け、とぞんざいに言った。
こういう時のために保存食を携帯しているのだが、俺のこれにはちょっとした訳がある。秘密というほどではないのだが、あらゆる職人に伝手を作っているから物々交換で譲ってもらっているのだ。
だが干し肉はともかく、チーズはけっこう痛い。出来れば使いたくなかったが仕方ない。下手に捕まると色々と面倒になるのは判りきっている。
チーズはこの辺りでは昔から作られている。だが、そこに暮らす人々の口に入ることは滅多にない。何故なら外の国に売る方が確実に儲かるからだ。伝統的な作り方をしているらしく、職人以外が作業に関わることは出来ない上、商品に触ることが許される者は決まっている。
そんな状況で分けてもらうのだから貴重に決まっている。俺は商品にならないような形の悪いものや、成形した残りの部分を譲ってもらっているのだ。チーズを作る職人は味見はするが、チーズを食事として食うことはあまりないという。アラミゴで暮らす多くの民はチーズにそこまでの執着はない。基本的に交易品だと思われているのと、彼らにはチーズより好きなものがあるからだ。
アラミゴの民の多く……というか、ハイランダーは軽く炙った肉を喜んで食う。さっきのような遠くに詰める憲兵でもなければ、生肉に近いものの方が好まれるようだ。表面だけを炙った肉は生肉に近いからか、それともすぐに食わなかったのか、腹を壊して動けなくなったり、中には死んでしまう者もいるという。それでも食べるのだから人の好みはよく判らない。
そういう肉を好んで食べる連中に言わせると、肉汁がどうとかいうのがあるらしい。語り始めると長いので俺はその話になったら逃げる事にしている。価値観が違うと言って話題を変えればいいのだが、頭のかたい奴らにはその手は通用しない。中には喧嘩を仕掛けてくる者もあるのだからたまったものではない。
だが、野獣や魔獣の肉でもしっかりと加工されるものもある。アラミゴの生産力は低く、家畜だけでは食料が追いつかないため、野獣や魔獣も食べられるところは食べるという習慣がある。特に魔獣の肉は大抵臭みが強く、そのままでは食えたものではないのだが、中には工夫次第で食べられるものもある。干し肉もその工夫のひとつだ。土地が痩せているアラミゴでも特に山岳地帯は乾いた日が多く、風が吹くというのが干し肉を作るのには最適なのだと調理職人から聞いた。
干し肉は単に干すだけでなく塩などをつけて干してある。だが更に煙で燻すと日持ちが良くなる。どちらも干し肉として売られているが、俺は断然、燻製の方が好きだ。だから俺は少し高いが燻した肉を食べることにしている。
だが干し肉を作れる職人は少ない。でも伝手さえあれば干し肉だけでなく、肉料理も手に入る。俺は干し肉は好きだが、出来ればきっちり調理されたものの方がいい。例えば野菜と一緒に煮込むとか、薄切りにしてしっかり焼いた肉をパンに乗せたものがいい。
穀物を粉にして混ぜて焼いたものはパンと呼ばれている。俺が好んで食う、肉を乗せるパンは薄くて両面が焼かれている。焼いた肉に出来れば野菜とチーズを細かく砕いたのを乗せて食うと最高に美味い。……のだが、俺はこれは隠れて食うことにしている。変な奴に見つかったら盗られそうだからな。
いやでも、肉も良いが魚も捨てがたい。魚は生でもいいが、何より焼くと旨味が出て美味い。中でも燻製魚を炙ったものは独特の香りを楽しみながらゆっくり食べたい。
でも魚は釣りが出来る奴を捕まえないとまず食べられないし、何より燻すことが出来る職人が圧倒的に少なすぎて希少性はこっちの方が断然高い。というか、俺も滅多に食べられない。その辺の水場に飛び込んで自分で捕ろうとしたこともあるんだが、魚の方が素早くて無理だった。深く潜るのは苦手だからな、俺は。
は? サンシーカーは泳ぎが得意なはず? 何事にも例外ってのはあるんだよ……。
しまった。飯のことを考えていたら腹が減ってきた。俺は急いでベロジナ川を渡って近場の集落に移動した。任務はあるが急ぎではないから、もう少し休んでいこう。腹が減ってはなんとかって言うしな。
近場の集落に立ち寄った俺は馴染みの職人達に挨拶して食事を摂ることにした。この集落は川に近いためかけっこう賑わっている方だ。細々とだが商売をしている者もいるし、食事を摂ることが出来るために寄る者も多いのだ。
「おー、ぺこねこ。今日はどこ行ってたんだ?」
食事をしようと調理職人が開いている店……と呼べるかどうか判らないが、布屋根のある場所で石の椅子に腰掛けていた同僚に話し掛けられた。
「あー、見回り? みたいな? って、また生肉食ってんのかよ」
相変わらず同僚が食べているのは、長い串に刺した生焼けの肉だ。出兵した先でも野獣を狩り、さばいた肉を火で炙っただけで食って美味いと思えるのは、それはそれで幸せなのかもだが、悪いが、俺はごめんだ。
「生じゃない。焼いてある!」
俺はうわあ、という顔をわざとしてやった。むきになって否定する同僚の頭からは俺の事なんかすぐに消えたらしい。それ以上は追求されなかった。
その日は無難に焼いてある肉と潰して乳をかけた麦を食べた。果物が入っていれば儲けものだったのだが、残念ながら今日の麦には入っていなかった。やっぱり果物もそうそうありつけるものじゃないか。
兵舎まで戻るのは面倒だ。戻るまでにかなり時間もかかるし、今日はカーサも早く休みたいだろう。俺は近くで眠れる場所を探した。幸い、今日は調理職人が泊めてくれることになった。ありがたい。伝手は作っておくものだな。
生焼けの肉は自分はちょっとムリ……w
牛でも出来ればミディアムくらいまでは火を通したいところです。
魚は刺身でもいいんですけどねー。