王国近衛兵団は王国の治安維持に努める組織であり、国政の実権を握る宰相とも繋がりのある部隊である。その権力は絶大であり、特に隊長達は優れた能力・・・特に剣術の力量から後釜たり得る人間がおらず、一人でも抜けたら後任の隊長が用意できる保証も無い。故に彼ら隊長達は相手次第で殺人すら許されてしまう。迂闊に処罰すれば取り返しのつかない事態が起こり得るからだ。
一見すると狂気的にも思えるこの待遇も、そのような環境下で「己を律する精神」を鍛えるための「精神修行」として機能しているのだ。だからこそ彼ら近衛兵団は人々から尊敬の念と羨望の眼差しを一身に受けているのである。
「オールアンに『政教派』の一派とその協力者が身を潜めている。俺達は先に捜査を始めている第七隊員二人と隠れ家で合流し、発見次第拘束して王都に送還する。」
オールアンの街中、寂れた路地裏を第七隊の面々は通り抜けている。近衛兵団が一隊単位で動いている様は大衆の目に鮮烈に写るのだが、目立ち過ぎると狙っている相手が行方を眩ましてしまうかもしれない。彼らの仕事は難儀なのだ。
「あのー隊長・・・ボク地元じゃ世間知らずで有名なんだけど、政教派って?」
「簡単な話だ。王国の政治に口出しする宗教勢力の総本山。二十年以上前に全滅したと思っていたが、各地で細々と生き永らえつつ再起を図っていたわけだ。」
「へー・・・」
「政教派・・・」
そう呟いたアリサの顔は不機嫌なように見えた。本人にも何故かはわからないが、政教派と聞くと何か感じるモノがあるのだとか。
「宰相殿が政権を握ってから早十二年、それ以前に実権を握っていた連中にして見れば今の王国は窮屈な事この上ないだろう。あらゆる横暴がまかり通る時代に回帰したい奴らは多いからな。」
そして一同は隊員二人が身を潜めている隠れ家に到着した。そこは以外にも人通りの多い繁華街のど真ん中にある商店擬きであり、とても隠れ家には見えなかった。
「本当にここに仲間が?でもここ・・・」
「隠れ家に見えない・・・そうだろうな。だが怪しまれない事は大事だ。多人数で出入りしても不審に思われないようにな。」
「・・・はい。」
早速色々学びながら隠れ家の扉を開ける。その中には一組の男女が居た。
「隊長、随分とお早い到着で。」
「早く終わらせたかったからな、事を急いだわけだ。」
「たいちょ〜う♪久しぶりにお会いできて嬉しゅうございます♪あら?その子達は?」
「新入りだ。アリサとウィル・・・挨拶ぐらいは自分でしろ。」
「は、はい!アリサ・ロム・エーデンです!」
「ウィル・カット・リーバスです!リーバス男爵家の1人娘ですよ!」
「うちに新人が二人、しかも女の子なんて・・・楽しい事になりそうね。」
「隊長の試験を受けて合格したんなら、素質はあったって事だろう。この仕事でそれを証明してみろ。」
これでようやく第七隊の面々が勢揃いした。一同は情報交換と休息を兼ねて腰を下ろし、これから成すべき事について話し合った。
「オルソ、ミネルバ。何を何処まで掴んでいる?」
「政教派を掲げる団体が街中に隠れているのは掴んでます。だが入念に痕跡を消しているようで、追跡はおろか構成員は何人いるかもわかっていません。」
「確認できた限りでは、複数の男爵家が資金提供元になっているみたいですわね。政治的な思惑が結構複雑に絡み合っているようでして、どこか潰すだけでも一苦労しそうですわ。」
「それ以上具体的な情報は無いと?」
「残念だが、これで打ち止めです。」
「わたくしもこれ以上は望めないですわ、強行手段もできそうにないですし・・・」
手詰まり、端的に言えば現状はその一言に尽きる。二人が築いた情報網ではこれ以上の進展が見込めず、かといって更に深い情報網を構築しようものなら獲物に警戒され、その尻尾を掴む事は更に難しくなる。しかも実力行使で行こうとしてもまだ強行手段に踏み込めるだけの証拠がない。事態は暗礁に乗り上げだした・・・
「隊長、提案が。」
「言ってみろアルバ。」
「俺達は向こうに顔が知られている可能性がある。隊長は当然として、俺達隊員も知られている可能性は排除できない。じゃなきゃアイツらが本気で調査して何も掴めない事を説明できない。」
「・・・何が言いたい?」
「ここにいるじゃないですか。まだ顔を知られていない隊員が二人も。」
そう言ってアルバはアリサとウィルを指差した。
「「 ・・・・・・・・・・え? 」」
アリサは何が起きているかサッパリ分からず間の抜けた顔になり、ウィルは何が起きようとしているのか理解したのか汗だっくだくである。
「この二人が正体を隠して敬虔な信徒のフリをし、奴らにわざと目をつけられる。勿論俺達はその間囮も兼ねて別手段の調査を実行します。」
「どうやって目をつけさせる気だ。」
「奴らに関与している男爵家は確認を取れたんだろうオルソ。ソイツらとは別、しかも子爵家との繋がりを仄めかすように細工を施す。」
「え、えっと・・・つまり?」
「アリサ、えっとねぇ・・・ボク達これから・・・スパイになるみたい。」
「え・・・?えぇ〜ッ!?」
人生で一番デカい声で驚いた。後にも先にも、彼女がこんなに驚いた事は無い。
《オールアン市内 裏通り》
作戦は速やかに決行された。アリサとウィルは近衛兵団員である事を隠して政教派の団体に接触を図り、他の団員は二人と情報交換を行いつつ資金提供元の調査。爵位を持つような家は近衛兵団を無碍に扱えないし、万が一彼らの機嫌を損ねて権力者達に目をつけられれば男爵家なんて簡単に滅びるから対応は最大限の礼節を持って行わねばならない。その考えを利用するのである。
「ここは倒壊しかけて以来放置された地下聖堂だ。身寄りの無い子供が神に祈るにはうってつけというわけだ。」
「あ、あの・・・本当にこれが作戦なんですか・・・?」
「ボクあんまりいい暮らししてこなかったけど、流石にここまでボロボロにはならなかったなー・・・」
アリサ達の身なりはボロボロを通り越してズタズタである。確かに近衛兵団の団員には見えないだろうが、これはこれで違う問題が生じそうである。
「夜になったら隠れ家に戻って来い。それまでは極力、俺達との接触は避けろ。」
「「 はい!隊長! 」」
「上手く立ち回れよ・・・救助に行けるとは限らんからな。」
そう言い残してシヴィアス隊長は去って行った。
「・・・えっと、頑張ろうかアリサ。」
「うん・・・」
いきなり課せられた重大任務。しかし・・・或いはこれも運命か、歯車は回り始めていた。
アリサとウィルのどっちが喋っているのか、区別するのは大変なのだ。