少し時間を遡って、新幹線の中。英梨々は尻もちをついたまま呆然自失していた。
ドアが開いて人がはいってくると、倒れている英梨々につまずいた。
「あらやだ、誰かしらこんなところにポンコツ捨てたのは」
「・・・」
さらに、足で頭をぐりぐりと踏む。
「ほんと困るわよね、こんなところにパチモン英梨々を捨てるなんて」
「・・・」
「・・・」
さらにさらに、足で踏みつける。
「なんなのかしら、この負け犬ヒロインは!」
「詩羽ぁ…」
英梨々が詩羽の足元にしがみついて泣いている。
「あの、ちょっとやめてくれる?調子でないから・・・」
詩羽がしゃがんで英梨々の顔に両手で触れる。
「ほら、しゃんとして。私はリテイクなんか使えないから、次はちゃんと対応しなさいよ」
詩羽が出ていく。
またドアが開いて、英梨々につまずく。
「あらやだ、誰かしらこんなところにポンコツ負け犬パチモン英梨々を捨てたのは」
「霞ヶ丘詩羽~!!」
「あら、澤村さん、こんなところでずいぶんと無様な様子だけど、どうしたのかしら?」
「ちょっと、あんたなんでここにいるのよ?」
「マルズに挨拶にいくのだけど、何かおかしな設定があったかしらね?」
「あんたもういなくなったんじゃなかったの・・・」
「それは加藤さんが決めたことでしょう?どうして私が従わないといけないのよ?」
「じゃあ逆に聞く、どうしてあたしの前に現れたのよ?」
「そうねぇ・・・まぁここじゃなんだから、グリーン車にでもいこうかしらね」
※※※
「・・・貸し切り?」
「本来はグリーン車じゃないから、グリーン車にするとモブを配置する予算が降りないのよ?気楽な澤村さんにはわからないでしょうけど」
「どういう理屈よ」
二人が並んでゆったりとイスに座る。詩羽は車内販売でコーヒーを二つ買った。
「別に私はあなたのことを慰めにきたわけじゃないのよ。むしろ逆ね。もう無様などうしようもないポンコツを一目見て、それから言ってやろうと思ってね」
「何をよ・・・」
「・・・(ため息)」
詩羽がコーヒーをすする。
「もう二十九章なのね・・・無駄に長いわね・・・。視聴覚室の会議で加藤さんとケンカをしたでしょう?」
「してたわね。そしていなくなった」
「何をケンカしていたかわかるかしら?むしろ何を加藤さんが怒っていたかわかる?なぜ会議なんて開いたのか、澤村さんわかる?」
「・・・ぜんぜんわからない・・・」
「私のプロットでは『マルズイベント』を無視していたからよ。負け犬3の最初に言ったじゃない?バレンタインイベントからやるって。あなたが運命的とはいえお正月イベントを初めてしまったから・・・いろいろ予定が崩れてしまったけれど」
「それと関係があるの?」
「バレンタインイベントでは、あなたが勝てばそれでいいし、あなたが負けても加藤さんは『メインヒロイン』の力で勝ったのだと伏線を張る予定だったのよ。そして負け犬6へ進むはずだった。でもね・・・加藤さんが絶対に許さなかった。この『マルズイベント』を無視して、物語の進行は彼女の中にはなかったのね」
「そんなに重要なの?」
「あなた、このイベントって誰のものだかわかってないの?」
「・・・」
「これはわたしのイベントよ!私の大切な・・・一番の思い出でじゃないの!これで加藤原理主義者からはヘイト集めても、サークル抜けたあとに登場するなとか散々言われても・・・それでも私が勝ち取ったイベントだわ。あなたに私の悔しさなんてわからないでしょうけどね!」
「でも原作・・・公式が変わるわけじゃない。こんな数人しか読まない同人なんか関係ないんじゃないの?」
「あー、ここまでポンコツだったか・・・。確かにあなたの言う通りよ?『霞ヶ丘詩羽』にはなんの影響もない。それは他の登場人物も同じよ。でもね・・・この物語の私は『霞ヶ丘詩羽』なのよ。だから改変なんか認められない・・・認めるわけにはいかないじゃないの!」
「ごめん・・・詩羽・・・そんな大事なイベントを・・・あたしは・・・」
「素直に謝られるとなんか腹立たしいわね」
「じゃ、謝らないわよ!」
「謝りなさいよ、このポンコツ!」
「ごめんね・・・詩羽」
「あーーーーーーー!!もう、なんなのかのかしらこの子!」
「どうすればいいのよ?」
「あなたが謝ろうが謝るまいが、どっちしても腹立たしいのよ」
「こう・・・出番がなくってストレスたまってた?」
「・・・」
詩羽が咳をしてから、コーヒーを飲んで落ち着こうとする。
「加藤さんの理屈では『マルズイベント』をスルーするなら・・・それは私がまだ倫理君に想いがあるって考えたわけ。澤村さんを助けるなんていうのは方便で最終的に私がでてくると思ったのよ。疑い深くね」
「なるほど!あんたの根暗な性格よく見抜いているわね」
詩羽が英梨々の頭をぐりぐりする。
「いたいいたいっ!」
「(ため息)・・・そんなつもり・・・ほんとにないのよ。それだけは信じてくれていいわ」
「わかった。信じる」
「必ず返すから100万円貸してくれる?」
「うん。いいよ」
「ちょっと、オレオレ、仕事で穴あけちゃって賠償金発生したから、300万立替えてくれない?」
「うん。わかった。振込先教えてくれる?」
「・・・えっ、この澤村さんって脳みそつけ忘れたのかしら。あんたまさかオズの魔法使いのカカシじゃないでしょうね?」
「勘のするどい子は嫌いだよ」
詩羽と英梨々が笑う。
「だいぶ調子が戻ってきたようね。まぁそういうわけだから、疑り深い加藤さんは私の参戦を要求してきたのよ。『マルズイベント』をスルーするなら、正妻戦争に参戦するのが筋だとね」
「なるほど・・・あんたら、考えすぎじゃないの?」
「あなたが考えなさすぎなんだと思うけど」
詩羽がコーヒーを飲み終わる。
「今回の物語はいろいろあったけれど、結局、加藤さんの勝ちね」
「そうなの?」
「だって、誰もキスできなかったじゃない?」
「あっ・・・あたしのは夢オチにされてる・・・」
「やっと気が付いたの・・・」
「良かったじゃない!恵」
「ため息しかでないわ・・・」
「霞ヶ丘詩羽!これでいいのよ。あたしだってあんなキスは嫌だった。フラグを立てるためのキスなんて・・・」
「なんにせよ、物語がこれで終わりなら、エピローグはまた加藤さんのものね」
「なんか苦しそうだったけど・・・大丈夫なのかしら」
「人の心配している場合なのかしら?」
「そうだけど・・・もう・・・恵にばっかり頼っていられない」
「なんだかんだ上手くしめるでしょ。あんなんでも私たちの物語の「メインヒロイン」なんだから・・・主役が例えポンコツでもね・・・」
「あたし・・・どうしたらいいのかな」
「あなた・・・どうしたいのよ?」
霞ヶ丘詩羽は問いかける。英梨々がどうしたいか決めなければ、これ以上物語は進まないのだから・・・
(つづく)
次回からエピローグです