「降参するわ」
英梨々は恵が宣言するとすぐに白旗を立てた。
「だから、落ち着きなさいよ、恵」
「安芸くん、フラグ管理もあるだろうけど、わたし・・・先いって待ってるから」
「ああ、すぐ追いつく。サラマンダー持ってっとけよ」
恵が指を二回鳴らした。一回目で雷鳴が止み、二回目で恵の姿が消えた。
英梨々は茫然とする。
「なんなの?あなたたちは一体なんなのよ??もう、恵でも倫也でもなんでもないじゃない?」
「お前は、英梨々なのか?英梨々っぽいか??」
「あたしは・・・よくわからない」
「まぁいいさ。で、英梨々の説をどうぞ」
「あたしはこの『負け犬5』はもういいの。だから倫也、恵を幸せにしてあげて。呪いはあたしが過去にいってなんとかする。『負け犬7』でちゃんと解決するから・・・」
「英梨々ッ!なんで『負け犬5』を放りだすやつが次の物語だと上手くいくんだよ?『ちゃんとする』ってなんだよ?」
「だって、あたしがここに助けにきて、倫也と恵を駅に送りだして・・・ふたりはそこで『ファーストキス』をして、物語が終わるんでしょ?あたしはあたしの役割を果たした。それの何がいけないのよ?」
「その結論が大事なら、俺と恵がタイムリープしながらやり直す物語でいいんじゃないの?出海ちゃんがあんなにメカニカルなものを用意する必要はないし、それこそ巨大隕石だって必要ないだろ?」
「だって、そういう物語なんでしょ。あたしは悪くない!」
ドン!
倫也が横にある壁を殴った。
「そうだ英梨々、・・・ごめんな。駅で突き飛ばしてしまって。俺、サイテーだった」
「うん。悲しかった。どうしていいかわからなかった。でも、倫也だけが悪いわけじゃない・・・」
「英梨々、やっと軌道修正してさ、エピローグでくだらないことをやって・・・なんとか朗らかな気分になってさ、ああ、ハッピーエンドで終わるんだって・・・やっと恵をメインヒロインから解放してやれるなって思ってた」
「でも、呪いが発動して・・・」
「恵が消しただろ。俺も消せるよ」
「倫也は消せないでしょ」
「消せるよ。消さないだけだ」
「そしたら死んじゃう」
「死ぬ物語が必要なら死ぬよ。恵が望む物語がそうであるなら、その役割を果たすよ」
「結局倫也も役割を果たすんじゃない?」
「俺は恵のために・・・恵が最大限に輝くために演じるんだよ。お前は物語を進行することばかり考えているだろ、やってることはモブと同じだよ・・・」
「確かにそうかもしれない・・・」
「お前はもう少し自分を大切にしろよ。なんで指を弾くしぐさになったんだ」
「ああ、これかぁ・・・」
英梨々が指を弾く。
小さなサラマンダーが現われる。
「照れか?指を弾く方がかっこいいと思ったか?『アーデルハイト』っていうのが、恥ずかしくなったか?」
「うーん、そうじゃなくってさ・・・」
「じゃあ、なんでやめちゃったんだよ、あれだって、紅坂さんや出海ちゃんがつないでくれたものだろう?もっと大事にしろよ」
「いや、だからそうじゃないだってば!」
「なんだよ!?」
「ちょっと離れてくれる・・・。あれは小回りが利かないのよ。いちいち細かいことに大仰な儀式は必要ないわ・・・」
英梨々の体が光はじめて、美しい金の髪が逆立っていく。
「アーデルハイト、火を司りし誇り高き獣。火の契約に従い・・・」
爆風で倫也の家が吹き飛ばされる。
煙が消えてくると、倫也の視界には赤い大きなものがあった。
「火竜か・・・」
数十メートルの巨大なレッドドラゴンが召喚されていた。
「英梨々・・・」
「何?」
「ごめん・・・」
「わかればいいのよ」
「お前、ファンタジー向けなのかもな」
「さぁ?」
火竜が羽ばたいて空へ消える。
「どこ行ったんだ?」
「過去のメインヒロイン型のところよ」
「戦ってるのか」
「まるで埒が明かないけどね、でもね、倫也・・・あたしは魅力で恵に負けているっていうのは納得いかないわ」
「へぇー」
「へぇーってあんたね・・・、だから『負け犬6』ではラブコメを真面目にやるわ」
「そうだな、それが王道だしな」
「もう、恵のところに戻りなさいよ」
「そうだなぁ・・・」
「あと、恵には『絶交』だなんて、悲しいこと言わないでって、そういうときは好敵手と書いてライバルと読むんだって・・・」
「それは直接いえよ」
倫也が頭を抱え込む
「そうだ、家は直してくれよな?」
「ああ、そうね」
英梨々が指を鳴らすと周りが復旧する。
「じゃ、またね、倫也。恵、大切にしなさいよ」
「もうやってることと、言ってることと、予告してることが滅茶苦茶なんですけど・・」
英梨々が指を弾くと、倫也が消えた。
※※※
英梨々が一人ぼっちになってぼんやりしている。これで『負け犬5』での出演は終わりだ。
「黄昏てるなぁ・・・」
英梨々が声のする方を見る。倫也が立っていた。
「ちょっと、あんた何してんのよ!それに何その恰好!?」
「しぃー」
倫也が指を一本、顔の前に立てる。服装は秘密だ。
「大丈夫。『負け犬5』の倫也はちゃんと恵のところへいったし、彼らなりにちゃんと物語を終わらせたよ」
「ふーん。で、あんたは何しにきたの?」
「英梨々に・・・一番つらかった役割を引き受けた『負け犬5』の英梨々にさ・・・最後に会いにきたんだよ」
倫也が英梨々に深く下げる。
「ありがとうな英梨々。この負け犬シリーズはお前の望むようにちゃんと完結したよ。だからさ・・・」
「そっ、よかったじゃん?」
英梨々はさっぱりとした様子で答える。
「だからさ。やっぱりお前にも伝えておくよ」
「何を?」
倫也が笑顔を作って言う。
「優しい君が好きだよ」
英梨々の目が点になる。
それから、だんだん顔が赤くなる。
我慢がしていた何かが弾けて、涙があふれだす。
堪えていたものがなくなると、英梨々はやがて声をあげて泣き出した。
倫也は英梨々を抱きしめると、そっと髪をなでた。
「お前はやり遂げた。ちゃんと最後まで読んでくれたら、笑ってくれるよ。笑顔を届けられる。お前のファンの期待に応えられる。だから今は、どんなに泣いても大丈夫」
英梨々はしばらく泣く。
倫也は英梨々が落ち着くまで過ごした。
そして、この物語シリーズから2人で一緒に消えた。
(つづく)