最終電車がでた駅のホームはとても静かだった。いつもは清掃員が掃除をしていたり、整備士が線路の横で作業したりするが、今日はそういうモブは早々と仕事を切り上げて帰っていった。駅のすべての電気が消され、あたりは暗闇に包まれている。
恵はサラマンダーの淡い光に微かに照らされていた。
恵は雰囲気を作るのにはとても気を使う、やっぱり演出担当だからだろうか?
こうして英梨々によって壊されたエピローグに混乱し、それらを整理し立て直すのには一からやり直さないといけない。
だから、ここで倫也と綺麗に物語を終わらせることなんてできるだろうか?と悩んでいた。
「お待たせ」
「うん」
倫也が来た。恵はもう怒らない。もう怒る時間がない。
また10話ぐらい会話するか?・・・いや、ここでの会話はさんざんした。何度も何度もシミュレーションしてボツ原稿は山のようにある。リテイクも繰り返した。最初、パジャマでノーブラのまま駅に飛ばされたときはびっくりした。寒くて演技どころじゃなかった。
物語が終わるのが嫌で・・・駄々をこねたこともある。倫也くんに熱い告白をさせたこともあるし、自分からしたこともある。無数にここで演じてきた。どうすればメインヒロインのように終われるか、そんなことばかり考えていた。なのに、ぜんぶ台無しだった。
「少し時間かかるよ」
「いくらでも待つよ」
「まず、世界中を停電にします」
「大迷惑だなぁー」
恵は指をパチンと弾く。
地上から光が消えると、まるで夜空に明かりが灯されたかのように星空が広がった。大熊座の北斗七星もカシオペアも綺麗に浮かび上がる。
「それから、空は快晴。雪の降り始めもいいんだけど・・・」
「大停電だし、快晴だな」
「うん」
恵が指を軽く弾く。
六等星まで見えるようになるとあまりの星の多さに星座がわからなくなる。ミルキーウェイが星空を流れる。
「すごいなぁ・・・東京でもこんなに星空があるんだねぇ」
「昔の人はこれを見てきたんだ。今は空があることすら忘れてる」
「安芸くんは星空の話はできるの?」
「ご要望とあれば」
「でもいいや」
「いいんだ・・・」
倫也は苦笑いをする。ここで天体にまつわる神話も、最新の天文学の話もした。でも、今はもう恵の中ではボツになっている。それでいいと思った。
恵が満足そうに星空を見つめている。宇宙で見た瞬かない星空よりも、こうして隣にいてくれる倫也と見るほうがずっといいと思った。
「とっておきのがあるんだ。なんだと思う?」
「わかんね」
「・・・そういうときは何か適当に答えてよ」
「じゃあ、美智留の新曲」
「・・・当てられても怒れてきちゃうんだけなっ」
恵がまた指を弾く仕草だけをする。もう指を鳴らす音もいらない。
BGMが『BE MAIN HEROINE FOR YOUR STORY』に変更される。
それは優しくせつない曲調のもの。
「発注しておいた」
「伏線回収かぁ」
「そういう言い方はどうかと思うよ」
恵がコートのポケットをがさごそする。
「はい、これ」
「ん?・・・あっ」
倫也が受け取ったもの・・・それはブラックサンダーのチョコレート。今度は外装の雑さからはっきり手作りとわかる出来栄えだった。
「なんだか、倫也くんのシナリオに負けた気がするんだけど」
「そんなことないよ、はははっ、ほんと嬉しい。ありがとな。恵」
「ねぇねぇ、食べてみて?」
倫也がブラックサンダーの袋を破いて食べる。恵も自分の分を食べる。
「うまっ!何これ?」
「材料厳選して高級感だしてみました」
「すごいなぁ。料理上手スキルははずせない感じ?」
「そうだねぇ、『加藤恵』を意識しつつも、元が元だしねぇ?」
「ははっ」
どちらともなく、手を相手に差し出す。
倫也と恵が恋人つなぎをする。
「そろそろ終わろうか」
「恵がそれでいいなら」
「うん」
二人が見つめ合う。
「あっ、でも恵。無理してキスすることもないと思うよ?そうじゃなくて、星を眺めたまま終わっても」
「どうして?」
「ここで霞ヶ丘先輩にキスをされてさ・・・」
「わたしをまた怒らせたいのかな?かな?」
「いや、違うよ。その思い出を書き換えようっていうのはわかる。でもさ、本当に消えるわけでもないよね。」
「まぁね」
「それからいろいろあって、告白して、恵とキスして、付き合って、ゲーム作ってさ・・・大人になって結婚して・・・で、物語が終わってしまって・・・」
「ん?」
「加藤恵ロスみたいな気持ちになった心がさ・・・こう彷徨っていてさ。そんなのが俺らみたいな出来損ないみたいな同人キャラに宿ってさ・・・ぎこちなく俺らを演じて・・・なんていえばいいんだろう? お前・・・恵はさ、この物語を通して成長して、それはもう『加藤恵』とは、ぜんぜん違うかもしれないけど、俺はやっぱりそうやって過ごしてきた時間が・・・お前のことが好きだからさ・・・」
「何をいってるかわからないよ?」
「んーだからさ、こうして恵に出会っている時間そのものが愛しいから・・・十分に幸せなんだよ。ファーストキスを書き換えるためにキスをする必要なんてないと思う」
「そっかぁ。わたしはね・・・女の子として思うのは、もっとシンプルな言葉があると思うんだよね?それを聞きたいなって、さっきはドタバタしていて、よく聞けなかったし・・・」
恵がぐいっと顔を倫也に近づける。その頬が赤く染まっている。
倫也も緊張をする。
「安芸倫也は加藤恵を・・・愛してる」
恵が静かにうなずいた。
「これだけは回収しとくね」
そして、唇を優しく重ね合わせる。
こうして、一つの物語がまた終わった。
(END)
※ 作者注 ※
この「負け犬5」の次は「負け犬7」に続きます。
連載中の方は問題ないかと思いますが、あとから追ってくるかたはお気をつけください。
評価。感想等あればよろしくお願います。