進撃の巨人 vs スパイダーマン 作:泡三郎
人生にどんなことが起ころうとも、決してこの言葉を忘れない。
『大いなる力には、大いなる責任が伴う』。
俺は力を与えられ、そして呪われた。
俺が誰かって?
「おい」
「は、はい。なんでございますか。」
窓の向こうから、睨んできている人がいる。
今日もいい天気。
さっさと終わらせて、朝食にしたいのだが。
「全然ダメだ。拭き跡が残っている」
「いや、結構この体勢、きついんですけど!」
外からとはいえ、2階の窓拭きのために、『大いなる力』を使わせるなんて、相変わらず鬼畜だ。鬼畜兵長。
「リヴァイさん、下の階は終わりましたよ」
「流石だ。だが、無理はしていないだろうな?」
背を向けたから、表情は分からないけれど、もじもじしているペトラさんから、だいたいの想像は付く。彼女に向ける優しさの1割でも、俺に向けてほしいものだ。
「さっさと終わらせろ」
ペトラさんを支えるように、肩を抱き、部屋の奥に歩いていく。
「了解しましたっと」
さて、美味しい朝食が冷める前に、終わらせよう。
今日は一体、誰が来てくれるだろうか。
あの頃からの友人が来てくれると嬉しくなるものだ。
****
~845年~
3重の壁の最奥に位置するウォール・シーナ、王都の市街地には地下街が存在しているらしい。想像もつかないほど、華やかな暮らしを行っているだろう王都の地下に、人が住めるほどの大きな街があるだなんて話、わくわくしたのに。
「おいおい、まさか行こうとしたんじゃないだろうな?」
釘を刺すようにそう言い、彼は深いため息をついた。
子ども扱いしやがって。
「この悪ガキめ」
「いかない! いかないから!」
俺の頭をぐりぐりとしてくるが、それくらいであまり痛みを感じることはない。それでも、俺の返答に満足したヨハネスさんは、再びグラスに手を伸ばそうとして。
「朝から飲みすぎですよ、ヨハネスさん」
「おお、メイちゃん。相変わらず気が利くことで」
タイミングを見計らったかのように、その空のグラスにお酒が注がれていく。
「ペーターと何の話をしていたんです?」
「ちょっとした世間話さ」
舌がピリピリするその飲み物をぐびぐびと、よくもまあ、美味しそうに飲むものだ。2人が仲が良い姿を見て、嬉しいはずなのだけど、胸の奥がちょっぴり変な感じで、それを紛らわすようにパンへ齧りついた。
「この話はできれば、オフレコにしてほしいんだが」
「はむ……わひゃりあした」
ヨハネスさんは、長めの金色の前髪を指でさっとしたが、何のための仕草なのだろう。母さんもパンに齧りついており、首を傾げながら返事をした。束ねた焦げ茶色の髪が、ふんわりと揺れ動く。
「駐屯兵団の他に、憲兵団と調査兵団があるのは知っているだろう。でな、最近調査兵団に、飛びっきり凄いやつが入ったらしい。そいつが、王都の地下街で有名なゴロツキだったって話さ。おっと、なぜ有名だったのかは、そいつが立体機動装置を使うゴロツキでな」
「ふぁるほど……?」
どこか早口で、まくし立てるように話すヨハネスさんに、母さんは相槌を打った。散々酔ったお客さんを見てきたが、嫌そうな顔もせず、話を遮ることもない、そういうわけでこの食堂の常連客は増えていく一方だ。
「これは俺の予想だが、そいつは伸びる。調査兵団は実力主義と聞くからな。まっ、いずれは駐屯兵団司令官になるこの俺ほどじゃあないがな」
「おー」
パンを食べ終えて満足顔の母さんは、賞賛するべく、軽くパチパチと手を叩いた。
「だったら。俺は司令官の、その上だな」
「ぐっ……立体機動装置を使えばお前なんか、けちょんけちょんだ」
大した特技もなかった俺だが、蜘蛛に嚙まれてから急に強くなった。
今では、ヨハネスさんよりもずっと力が強いし、体力は満ち溢れていて、どんなパンチだって効かないくらい身体は丈夫だ。それに、立体機動装置なんて使わずとも、町を跳びまわることだってできる。
「なんかめっちゃ強い女の子の話も最近耳にしたし、お兄さんはそういうのが羨ましくなるぜ」
お兄さんって、年齢じゃないだろ。
まあ、同じくらいの年齢の母さんは、若々しい。
「というか、お前、まだ夜遊びしているらしいな?」
「慈善活動や保安活動と言ってほしいね」
それに、目出し帽を被った子どもを、チンピラたちは血眼になって捜しているらしいのだ。何度も痛めつけてやったのに、懲りないのだろうか。最近、むしろ数が増えてきている気がする。
そもそも、あいつらがこの店で暴れたのが悪い。
俺と母さんをバカにするやつは許せない。
「どうせ駐屯兵団に入るんだから、今のうちに練習だよ」
「決めた、その時は上司としてお前をこき使ってやる」
「まあまあ、2人とも……」
母さんに諫められて、ヨハネスさんは視線を逸らした。
「『大いなる力には、大いなる責任が伴う』」
呟くように、そう告げる。
重々しいその声が、表情が、記憶に残る。
「訓練時代に教えられたことだ。俺はな、生半可に成績が良くて、調子に乗っていた。巨人だって、訓練時代に狩ったことがある。というか今思えば、憲兵団の推薦を蹴ったのも、あのおっさんのせいだな……はぁ、おかげで出世から遠のいたぜ」
口元に笑みを浮かべながら、酒を飲み干す。
そして、お金をカウンターの机の上に置いた。
「メイ、今日も美味かった。またくる」
「あ、はい。ありがとうございました」
俺の頭をぐりぐりとしてから、薔薇の花が描かれた服の背中を見せた。
「お母さんは仕込みをしますけど、お昼はどうします?」
「……散歩してくる。夕方まで」
そう答えた俺を呼び止めて、革袋を持ってきてくれる。
お弁当だ。
「お母さんは、ペーターが、みんなが幸せでいてくれたら、それでいいから」
にっこりと微笑み、いってらっしゃいと告げる。
扉を開けば、見飽きた壁がすぐ近くにある。
あちこちで苔や草が目立っており、時間帯によっては、完全に影に覆われてしまう立地なのだが、地価が安いことと、仕事終わりの兵士たちが寄りやすいメリットがある。非番のヨハネスさんとは違い、仕事中なのに、昼間に酒を飲んでいる兵士は、今晩も来るのだろうか。
「英雄の凱旋だ! 行くぞミカサ!」
「待って、エレン」
少し高い子どもの声が聞こえた方向には、人混みができている。意識して耳を澄ましてみると、調査兵団の帰還という内容が分かった。歓声というよりは、憐れむようなひそひそ声が多いのだが、なぜ歓迎ムードではないのだろうか。
周囲に誰もいないことを確認し、指先だけで屋根の上へよじ登っていく。
そして。
「なんだよ、これ。ただ、外を見に行くだけの話だっただろ」
思わず絶句した。
吐き気がこみ上げてきて、凄まじい脱力感が俺を襲う。
亡霊のようにトボトボと歩いていく兵士たち。
もう歩くことすら不可能な兵士も見える。
それに、行く時と比べて、合計20人いるかどうか。
「ヨハネスさんの野郎、分かってて黙ってたな。どうりで営業時間外に店に入ろうとしたわけだ」
まあ、もし母さんが興味本位で見に来ていたら、たぶん失神していたから、助かったけれど。
俺たちの世界は、閉ざされている。
壁の中で生まれ、壁の中で生を全うする。
だが、それを疑問に思う人はほとんどいない。それが当たり前であり、調査兵団に対する批判の声が、あちこちから響いている。普通ならば、わざわざ危険な場所に行こうとも思わない。一度こっそり壁の上から巨人を見たことがあるが、10m以上ある個体もいた。あれに立ち向かう勇気は、今の俺にはない。
とはいえ、蜘蛛みたいなことができる俺でも、一苦労するくらいには、50mもの高い壁がある。だから、安全だ。今の俺が戦うべきは、巨人ではなく、母さんの幸せを奪う人間なのだ。この力があれば、理不尽な暴力にもう、誰にも、俺は負けない。