とある黎明の縦線仮面(ボンドルド) 作:イチカワヒナナテスカトリ
早く削板とか暗部抗争とかと絡ませたい!!
(あン? 何処だ、ここは)
一方通行は混濁とした意識の中覚醒した。視界がぼやけていて、上下の感覚もあやふやだ。何かに横たわっているような気がするが、三半規管がうまく機能していないのかグラグラと揺れている感覚が襲う。
(一体何があったンだ。……あァ、そォか。俺はあの野郎に負けたのか)
現状の把握より先に記憶の確認をする。幸い問題なく思い出せた。もっとも、思い出した記憶のせいで一方通行は苦虫を噛み潰したような表情になる。
後になって冷静に考えると、ベクトル操作で遠距離から攻撃し続けていれば確実に勝てた。一回殴られて頭に血が上ってムキになって、近距離戦を仕掛けてしまったのが最大の敗因だろう。
しかし負けたことを悔しいとも思ってないし、あの無能力者のことを恨んでいるわけでもない。むしろ馬鹿馬鹿しいお人形遊びをこれ以上しなくていいなら良い気分だ。死ぬほどムカつくのは事実だが。
(となるとここはどっかの病院かァ? いや、それにしてはおかしい。どれだけ待っても視界は明瞭にならねェし聴覚も戻らねェ。気絶した人間に寄ってたかって脳味噌弄ったりしてンのか? ったく、研究者ってのは惚れ惚れしちまうくらい良い趣味してやがる)
驚くべき速さで現状を推定する一方通行。
軽く確かめたところ、視覚、聴覚、平衡感覚、痛覚に異常が確認できた。
それが実験によるものなのか、それとも自身を押さえつけるためのものかは分からないが、思考能力を奪わないなんて詰めが甘すぎる。仮に感覚を弄られたとしても思考能力さえあれば能力が使える。能力が使えるということは今頃ハイエナのように群がってるであろう研究者どもも蹴散らせるということだ。
そう判断した一方通行は、研究者達に呆れながら能力を発動しようとした。
したの、だが……。
(!? 能力が使えねェ。いやもっと根本的な問題だ。クソ、演算能力を奪いやがったか)
意識はある。思考は出来る。しかしいざ能力を発動しようとすると演算が出来ない。そんなもどかしい状況に一方通行は舌打ちをする。舌の感覚と聴覚がないため舌打ちしたのかすら分からないが。
感覚と演算能力を奪い意識だけ残すなんて器用なことが出来るなら、意識を奪ったままにする方が簡単なはずだ。敢えてそれをしないのだからこの研究者は相当性格が悪いのだろう。
(こンな悪趣味なやつは一人しか知らねェ。木原クンよォ、俺に睨まれンのが怖くて怖くてちびっちまったってか?)
犯人に予想をつける一方通行。同時に今回ばかりは本気で殺してやろうと殺意を高める。
これまでは最強の先に到達するためだとか、無敵になったら何かが変わるだとかで実験や研究に協力していたが、今回負けたことで力に対する執着は消えた。つまり、クソ鬱陶しい白衣着たインテリどもとは二度と関わる必要がないということだ。
一方通行は能力が使えるようになった瞬間にぶち殺せるように集中した。
数分後、いや、彼からしたらその時間の感覚が合っているか分からないが、ぼんやりとフィルターがかかったような視界に黒と紫の物体が覗き込んだ。
「縺翫d縲√♀逶ョ隕壹a縺ァ縺吶°縲ょ、ア遉シ縲∵─隕壹r謌サ縺励※縺?∪縺帙s縺ァ縺励◆縺ュ」
(こりゃ聴覚だけじゃなく情報処理の能力も相当落とされてやがるな……。つーかそンな被りモンしなきゃあ人の面もまともに見れねェなんて、木原クンも見ないうちに可愛くなったじゃねェかよ。……いや、この仮面見たことある、か)
何か話しかけた仮面の男が視界から離れ、再び戻ってくるのにそう時間はかからなかった。その間に視界にかかっていたぼんやりとしたフィルターがなくなり、聴覚が戻っきた。しかし、依然演算能力は奪われたままだ。
焦点のあった一方通行を見て満足げにうなづいた仮面の男は、低く穏やかな声で話し始めた。
「おはようございます一方通行。久しぶりですね、最初の実験の時以来でしょうか」
「最悪のモーニングコールだなァクソ仮面。昼はお人形遊びのパパ役、夜は闇の科学者ってか? かっこいいことしてんじゃねェかボンドルドさんよォ」
「おやおや、悪態もユニークで可愛いですね一方通行」
一方通行とボンドルドの出会いはこれが最初ではない。第〇〇〇〇一次実験、つまり一方通行が実験のことを聞き、そして意図せず銃弾を反射してミサカ1号を殺してしまった日。その時に研究者達がこぞってみっともなく頭下げていたのがこの男、ボンドルドだ。
俗世にあまり明るくない一方通行でもその名前はよく知っている。学園都市を、いや世界を代表する科学者『黎明卿』ボンドルド。
能力開発にはあまり関与せず、停滞していた単純な科学の発展を推し進めて世界中で産業革命を引き起こした世紀の功労者、というのが世間一般の認識だ。もっとも一方通行は学園都市の元締めの科学者が能力開発に関与してないなんてちっとも思っていなかったが、やはりその考えは間違ってなかったと理解する。
「能力に関する非常に興味深い実験を思いついたのですが、いかんせん実験に耐えられる被験体が少なかったのですよ。差し当たり妹達のオリジナルに協力してもらおうと思っていたのですが、第一位の方がより効果的だと思いましてね」
「演算能力と感覚を麻痺させておきながら意識を奪わねェなんて舐めた真似してくれんなァクソ仮面さんよ。素直にビビってりゃあ俺の怒りを買わずに済んだってのに、黎明卿ってのはテメェの寝ぼけた思考回路のこと指してんのかよ?」
「素晴らしい、まさにその通りです。流石は第一位は頭の回転が早いですね。まさかこんな早々に私の意図を察してくれるとは」
「あァ? 何言ってンだコイツ……」
「もともとは解剖しようと思っていたのですが、やはりこっちの実験にしたのは正しかったみたいですね」
本気で殺意を飛ばして脅したというのに、恐怖しないどころか意味不明なことを言いながら称賛してくるボンドルド。基本こういう言い合いでは常にマウントを取っていた一方通行だが、その一方通行でさえボンドルドの異常性の前では困惑することしか出来なかった。
「そうです、敢えて意識を奪わずに貴方の前に姿を見せたのは怒りを買うためです。どちらにせよ大脳新皮質と前頭葉を操作して怒りを爆発させるつもりでしたが、やはり怒りの対象が明確である方が効果が高いだろうと判断しました」
「……オイオイ、前からまともなやつじゃねェだろうと思っちゃいたが、まさか木原クン以上のクソッタレとはな」
今の少しの会話だけで一方通行はボンドルドの実験の概要を理解した。簡単に言うなら『怒りによる自分だけの現実の拡張とその制御に関する実験』と言ったところだろう。
この手の学者が能力者の脳に興味があるのは今日に知ったことではない。幼い頃から隅から隅まで開発された一方通行は、身をもって自身の脳に詰め込まれている価値を理解している。ボンドルドが脳を操作して自分だけの現実を研究しようとしているのは明白だ。
問題はその後、怒りを『操作』すると言った点にある。
能力は、通常の人間の脳より異端で、端的に言えば思い込みが激しい人ほど強い力を発揮できるというのは誰もが知っている事実だ。となるとどの研究者も、能力者の感情を大きく揺さぶることによって強い力を発揮できるだろうと予測し、実験を行う。しかし、その実験は意外なことに満点の結果を出したことはない。
例えば被験体の恋人や家族を目の前で惨殺するなどして怒りを増幅させるという実験はほとんどの確率で能力を大幅に向上させることに成功している。ただ、それは厳密には100%の力ではない。
というのも、人間は自分自身で引き出せる感情には限界が存在するからだ。
人の脳には大脳新皮質で発生した感情を前頭葉で抑制する働きがある。この前頭葉が存在する限り、感情には限界があり100%の能力を引き出すことは出来ない。
それなら前頭葉の働きを鈍らせれば良いのではないかと思うが、能力発動に必要不可欠な演算はこの前頭葉によって行われているため不用意に働きを抑制するとそもそも能力が発動できなくなってしまう。
一方通行の研究を担当していた木原数多ですらこの実験が成功したことはない。なにせ脳を操作するだけでも相当難しいのに、感情を最大まで引き出しつつ演算能力に支障が出ないように前頭葉を弄る必要があるのだ。その難易度は他の実験と比較して計り知れない程に高く、失敗して発狂した子供の数は数え切れない。
それ以来、この方法の確立に必要な犠牲が余りに多すぎるということで、研究者達の中で禁忌となったという経緯がある。
しかし、ボンドルドは躊躇いなく一方通行の脳を操作して能力を引き上げると言った。あのボンドルドが不確定な可能性に賭けて学園都市第一位を使い潰すというのは考えにくい。
となると考えられるのは、ボンドルドは禁忌とされている実験を繰り返し、そして成功させたということだ。成功するという確信があるから、一方通行にも躊躇なく行える。当然、そのデータを手に入れるために犠牲となった子供の数は二桁では済まないだろう。
「流石学園都市一位、察しが早くて助かります。それでは早速ですが始めましょうか。一方通行、私への殺意を出来るだけ保っていて下さいね」
「頼まれなくても能力が使えるようになった瞬間テメェの悪趣味な仮面ごと消しとばしてやるからよォ。せいぜい残り少ない余生を楽しみやがれ」
「ええ、楽しみにしていますよ」
強気な言葉を吐いたものの、一方通行は状況のまずさを正確に理解していた。
(能力さえ戻ればなんとかなると思っていたが……これはまずいな。奴の実験の内容だと演算能力が戻るのは理性を失ってからだ。ヤツをぶち殺すには問題ねェが、そのあと自力で戻れるかどう___)
生き残るための方針を立てようとしたがその努力も虚しく、それを最後に一方通行は再び意識を失った。