バカが魔法少女になった話   作:わらしべいべー

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遅れてサーセン
リアルがかなりいそいそのイソなので今後もペースがこんな感じになるかもです。
とりあえず10周年ピックアップになぎさちゃんいなかったのは許さん。



ちょっと前の話
百江なぎさ①


 

 

 背負っているランドセルの重さを感じながら街中を歩く。

 最近は行く意味があるのかどうかすら自分でも怪しいと思っている学校から自宅への帰路を辿っている。

 今はまだ夕刻まで時間があるからか人通りはあまりない。しかしそれでも道ゆく人は何事もないように自分の隣を通り過ぎる。自身の眼前にあるモノが見えていないかのように。否、事実見えていないのだ。

 なぎさはそれを視界に入れると、歩みを止める。

 

「…またお前かなのです、動物。いい加減付き纏うのをやめてほしいのです」

 

「そう邪険にしないでほしい。キミには素質があるんだ。なぎさ」

 

「何度も言ってるのです、なぎさはそんな胡散臭い契約はしないのです」

 

 数日前から現れたナマモノ。キュウベェというらしいが、最近はコイツに魔法少女なるものになれと付き纏われているのだ。何でも願いを叶えてくれるかわりに魔法少女になるとか。

 なぎさとしては魔法少女なんて存在は信じてないし、良い都合ばかりをもたらす『願い』の話もどこか胡散臭くてかなわなかった。

 だが否定だけではこの目の前にいる白い獣の説明がつかないのもまた事実である。しかしだからといって全てを鵜呑みにしろというのも土台無理な話だった。

 

「なぎさは魔法を信じているわけではないのです。それに聞いてる限り魔法少女はすっごく危険で死ぬかもしれないのです」

 

「そうだね。勿論死ぬ危険だってある。だけどそれと引き換えにしても"何でも願いを叶えられる"ということはキミからすればとても魅力的だと思うけれど」

 

「勝手に決めるななのです。なぎさには不幸の片道切符にしか見えないのです…」

 

 百江なぎさは利口だった。

 考え方は他の同年代と比べても大人びているし、達観した物見、物言いができた。それはひとえに天性のものとも言えるが、育った環境から来たものという方が大きかった。

 

 なぎさの育った環境はお世辞にも良いとは言えなかった。愛というものを学ばず、温もりを知らなかったなぎさ。だがなぎさは利口だから自分が他の子供より不幸せだと分かった。そんなある日なぎさは本を読んだ。なんてことはないただのありきたりに不幸に終わる物語だ。

 

 本の中の登場人物が不幸になっていく様を見ると不思議と安心した。不幸なのは自分だけではないと思えたからだ。それを逃避と分かっていながらもなぎさにとっての救いはそれだけだったからやめることはできなかった。

 いつしかそんな不幸な物語こそがなぎさの世界の基準になった。なぎさの欠落を埋めるようにつぎはぎに固まった。

 

 だからなぎさはキュウベェの言う『願い』を恐れていた。なぎさの読んでいた物語では大体『願い』を叶えたものは不幸になった。国の王子様でも、善人な旅人も、欲深い海賊も、みんなだ。

 なぎさはそんな登場人物のように、自分が願いを叶えて不幸に終わってしまうことを恐れていた。

 

「なぎさは今は魔法少女になるつもりはないのです。叶えてもらう願いもないし…」

 

「そうかい。でも気が変わったらいつでも歓迎するよ」

 

「……」

 

「今度はこの街にいる魔法少女を連れてくるよ。実際に魔女を倒している姿を見れば考えが変わるかもしれないからね」

 

 そう言うとキュウベェはなぎさに背を向け、路地裏に走り去ってしまった。ふとキュウベェが去った路地裏を見るが、そこにキュウベェの姿は無かった。

 

「…魔法少女」

 

 なぎさは再び帰路への足を動かしながら思案する。

 なぎさは別にまったく魔法少女に興味がないと言うわけでは無かった。なぎさも年頃の女の子である。一握りの魅力は感じるし、そんな自分の姿を幻想したことも一度ではない。

 

 しかしなぎさにとって魔法少女というものは『願い』を叶えてもらう代わりに人のために魔女と戦う人という認識だ。そんな人のために戦える魔法少女は"善い子"でないとなれない、なる資格がない。なぎさは育った環境から自分のことを"善い子"とは思えないのだ。

 

 それになぎさはまだ魔法少女というものを知らないし、何なら見たこともない。キュウベェの言う通りまずは魔法少女というものを知ってからでもまだ考える余地はあるだろう。なぎさはそこまで考えて一旦、思考を切る。

 

 自分の家が見えてきた。父親が出ていき、母親も入院している今は自分1人だけが住んでいる家だ。埃の溜まった無駄に広い家に鬱陶しさと虚無感を感じたのは一度ではないが、育った場所だからか愛着はきちんとあった。

 

 なぎさは家の外門の鍵を開けて、少し広めの庭に入る。庭もあまり手入れがされていなく雑草が生い茂っている。どうしてもなぎさ1人では手入れが届くところに限界があるのだ。特に何も考えずぼうっと庭を見ていると雑草に隠れて何かがあるのが見えた。

 

「……?」

 

 動物か何かだと思いなぎさは、静かに慎重に近づく。

 しかしそこにいたのは人だった。高校生くらいの金髪の少女が死んだように倒れ伏していたのだ。

 それを見て驚いたなぎさは慌てて倒れている人物に駆け寄る。

 

「え!? だ、大丈夫なのです!?」

 

「…ぅ……ん……」

 

 うめき声が聞こえる。どうやら死んではないようだ。

 なぎさは人が倒れている場面など初めて遭遇したため何をどうしたら良いのかがわからない。しかしだからといって見捨てるという選択肢を選ぶこともできなかった。

 すると倒れている女が何かを言おうとしていることに気がつく。

 なぎさはそれに耳を傾ける。

 

「………た……」

 

「な、なんて…?」

 

 

 

 

「……は………はらへった………」

 

「……え?」

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ助かったわー。危うく餓死して大自然の腹の足しになるところだったわ。あはははっ!」

 

「………」

 

 目の前にいる陽気な女、どうやら空腹で行き倒れていただけのようである。重篤な何かだと思っていたなぎさの心配は無駄になった訳である。半ば呆れた目で家の食料を貪り食っている女を見つめる。

 

「…そもそも何で行き倒れ出たのです?自分の家はどうしたのです」

 

「むぐっ!………お、俺っち実は記憶喪失なんだよねー。だから家がどこにあるのかも自分が誰なのかもわかんないってわけ」

 

 さりげなく出た事実になぎさは目を丸くする。

 目の前の彼女が言うには目が覚めるとここがどこかも自分が誰なのかもわからなかったらしい。

 

「…それって結構ヤバいんじゃないのです?」

 

「まぁ何とかなるって!」

 

「えぇ…」

 

 あまりにも楽観的な物見をしている少女になぎさは呆れ果てる。そもそも行くあてもなく彷徨って死にかけたくせに危機感が無さすぎる。彼女の言っていることが本当ならこれから生きていくことも難しいだろう。

 

「ごちそうさまっ!いやぁ、一週間ぶりの飯は美味い!」

 

「一週間も食べてなかったのです…?」

 

 出された食事を少女はペロリと平らげた。少女はとても満足げだ。

 

「はぁー、食った食ったぁ。美味かったぞ、ありがとな!…えーと、名前は…」

 

「…百江なぎさなのです」

 

「なぎさか!俺っちは雪野だいり、よろしくなぎっち!」

 

「なぎっち…?何なのですその呼び方」

 

 だいりのテンションに引っ張られ気味になっているなぎさを置いていってだいりはキョロキョロとリビングの部屋内を見渡している。

 この女、かなりマイペースだ。

 

「にしても広いなーこの家。1人で住んでんの?」

 

「…まぁ」

 

「冷蔵庫の中とか出してもらった料理もチーズばっかだったし、もしかしてチーズが好きなのか?」

 

「…別になぎさは特別チーズが好きなわけではないのです」

 

「じゃーなんで?」

 

「……お前には関係ないことなのです」

 

「ふーーん」

 

 明らかに何か訳ありだが、だいりは深く追求するのはやめておいた。部屋の様子を見るに単純な問題ではないのだろう。

 それに今は目の前のなぎさの機嫌を損なうわけにはいかなかった。なぜなら今のだいりには住む場所がない。だいりとしては1時的でも良いから住居を確保したかった。

 

「つーわけでお願いなぎっち!暫くここに住ませて!」

 

 そう机に頭をぶつけながらなぎさに頼み込む。

 

 なぎさは考える。人1人増えたところで今のところ問題はないし、使われてない部屋が勿体無いと思っていたところだ。それにこのまま外に放り出してもいずれ今のように餓死する未来しか見えない。それは流石に後味が悪かった。

 しかしそれ以上になぎさは何かをだいりから感じていた。それが何なのかはわからないがなんとなく彼女と一緒にいて悪くない気分だったということだけは言えた。

 

「……………まぁ、別に良いのです」

 

「えっ、まじで!?やったぁ!!」

 

 なぎさはだいりを暫く家におくことに決めた。

 

「やっふぅ!!やったぜ!」

 

「ちょ、やめるのです!飛び跳ねるななのです!」

 

 とりあえず、まずはこの狂喜乱舞している新たな同居人を治めないといけないようだ。自分より背の高い子供を落ち着かせるためになぎさは席を立った。

 

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

「ただいまなのです」

 

 なぎさは学校から帰り玄関を開ける。

 玄関の明かりはついておらず、暗がりが続いている。玄関に上がり、明かりのついてるリビングのドアの前まで行くと一旦立ち止まる。

 

 なぎさは内心少し落胆していた。昨日からだいりをこの家に住まわせたのだが、彼女は底抜けに明るい性格の持ち主だ。あの後の子供のようにはしゃいでいる様子を見れば大体の人は表裏のない素直な人と思うだろう。

 

 だからこそなぎさは自分が帰ってきたことに対して何も応答がないことに気を落とした。別に期待していたわけではない。だが、家に誰かがいるという感覚は久々だったので少し気を上げてしまっただけである。

 そう思いガチャリとリビングのドアを開ける。

 

 

「なぎっち、よけろーっ!!」

 

 

 瞬間、なぎさの顔面に勢いよく何かがぶつかる。

 ぶつかった勢いでそのままなぎさは綺麗に背中から倒れる。

 

「おっかえりー、なぎっち!」

 

「……何やってるのです?」

 

 なぎさは震える声でそう尋ねる。なぎさは顔についているそれを手で取る。

 

「…泡?」

 

「そう、これを見ろ!」

 

 言われるがままになぎさはリビングを見て、絶句した。

 視界いっぱいに映る泡、泡、あわ、AWA。リビングは完全に泡が支配するバブルワールドと化していた。

 

「どーだこれ!掃除してたら泡がいっぱい出てくる変な道具見つけてな!これなら遊びもできるし、掃除もできるから一石二鳥ってわけだ!はっはっはぁ!俺っち天才!」

 

「………だいり」

 

「なんだ?」

 

「……このっ…、バカッ!!」

 

「あだぁ!!」

 

 なぎさはだいりの頭を勢いよく叩いた。

 スパンッ!!と頭から良い音がなる。

 

「何やらがしてくれてるのです!どーするのですこれ!機械にもかかってるのです!」

 

「そんなの後で掃除すりゃいーじゃん、機器類にはちゃんとラップしてあるしー。あとバカとはなんだバカとは。俺っちはバカではない」

 

「そういう問題じゃないのです!」

 

「そう固いこと言うなって。ほら、なぎっちもあそぼーぜ」

 

 泡を掬い上げながらなぎさにそう言うだいり。当たり前だがなぎさは嫌そうな顔をしている。

 

「嫌なのです。やるなら1人でやれば良いのです。後片付けも夕飯までにはちゃんと「えいっ」 ぶふっ!?」

 

 立ち去ろうとするなぎさの顔に水鉄砲でブリュリュリュと泡をかける。

 

「ぷーっクスクス。なぎっちだっさーい」

 

「ふ、…ふふ………」

 

 なぎさは色々爆発しそうであった。というかもう爆発する。とにかくこの目の前の大バカをどうにかして痛い目に遭わさないと気がおさまらない。

 

 

「だぁーーーーいぃーーーーりぃーーーーーっ!!!!」

 

 

 この日なぎさは人生で初めてマジギレした。

 結局なぎさの怒りが収まったのは時計の短針が一番上を過ぎた頃だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからというものなぎさは毎日のようにだいりの破茶滅茶ぶりに振り回されることになる。

 

 

 

「ぎゃあーーっ!?」

「よぉっし!ヤリィ!!三日かけて掘った落とし穴!見事に引っかかったなぁ!」

「だぁいりぃーー!!」

 

 

 

「なぎっちなぎっち!見ろよ!このキャンディを入れてコーラを振ると爆発するんだぜ!」

「え」

 バッシャーーーーーーーン!!!

「ぎゃあーーーっ!!?」

「うぼぁ!?」

 

 

 

「カブトムシ捕獲したいの会!ふっふ、網が唸るぜ!」

「なぎさはなんでこんな朝早くに山にいるのです…?」

「おらぁ!!よし、獲りぃ!!」

「……そ、それ蜂の巣なのです」

「…おーまいがー」

 

 

 

「…まさかここから下りるのです?」

「よし!いくぞなぎっち!」

「無理無理無理なのです!」

「ひあうぃーごーーー!!」

「ぎゃあーーーーっ!! 池ーー!? ぐぼぼぼぼ…」

 

 

 

 

「こんなので飛べるわけないのです!!」

「なぎっち、人間は可能性の塊だ。ならきっと自作ダンボールパラシュートで空も飛べる!」

「無理無理無理なのです!!」

「無限の彼方へさぁいくぞーーっ!!」

「びゃゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」

 

 

 

 ーーー

 ーー

 ー

 

 

 

 

「いー加減にしろなのです!!」

 

「ん? あ、なぎっちもやりたい?」

 

 駄菓子屋にあるガムボールマシンで遊んでいるだいりになぎさは怒鳴りつけた。びくりと駄菓子屋のおばさんの肩が跳ねる。

 なんだかんだでだいりがなぎさの家に居座って一週間が経過した。毎日のようにだいりの遊びと呼称する理不尽に巻き込まれたなぎさはついに溜めていた我慢が爆発した。

 

「やらないのです!というかなんで一々なぎさを巻き込むのです!遊びたいなら1人でやれば良いのです!」

 

「1人じゃ楽しくないじゃん」

 

「そもそも!なんでそんな無茶苦茶ばっかり起こすのです!少しは大人しくできないのです!?」

 

「無理、性分。 ……よっしゃクリア!ガム取れた!」

 

 ガムボールマシンからガムを入手しただいりは立ち上がって喜んだ。

 なぎさがこの数日だいりと過ごして分かったことはとにかくだいりはバカで、やることなすことが無茶苦茶だということだ。本人の興味を引いたものはとにかく何でも試そうとする。それが楽しいからという理由で。

 自分よりも圧倒的に子供くさい。それが今なぎさの抱いている雪野だいりの印象だった。正直、何度追い出してやろうかと考えたか。

 

「というかさー、なぎっちもノリが悪いよノリが。なぎっちくらいの年頃の子はみーんな友達と遊んでるぞ」

 

 そう手に入れたガムを口に放り込みながら駄菓子屋の外にある公園で遊んでいる子供達に顔を向ける。なぎさくらいの年頃の子供はあの中で遊んでいるのが普通だ。だがなぎさは普段遊びに行くどころか、友達やクラスメイトの話すら匂わせない。

 そんななぎさを見て痺れを切らしただいりがなぎさを自身の遊びに強制連行させたのだが、あまり効果はなかったようだ。

 

「……別に、なぎさは友達なんていないし、いらないのです」

 

「そう言うなって。それに友達ならいるじゃん。目の前に」

 

「?」

 

「あんだけ一緒に遊びまくった俺っちが友達じゃないはず無いだろ」

 

 

「……何で勝手に決めて」

「とにかくだ!」

 

「もうなぎっちは俺っちの友達!これは決定事項!」

 

「えぇ…」

 

 なんか自分の意見を聞かず勝手に決められてしまった。

 なぎさは前まで友達も何人かはいたのだが、今ではろくに話すクラスメイトもいないという状況だ。いても付き合いが疲れるし、友人にまで気をかける余裕も今のなぎさには無かった。

 だからなぎさは友人なんて必要ないと考えていたのだが………不思議とだいりとなら良いかなと思った。

 

「…勝手にするのです」

 

「じゃあ勝手にする!面白いこと考えたから向こうの池に遊びに行くぞ!」

 

 だいりはなぎさの手を引っ張り駄菓子屋を出ようとする。流石に今からは勘弁して欲しいので否定の意をだいりに伝えようとする。

 

 

「あれ?なぎさちゃん。ここにいるなんてめずらしー」

 

「!」

 

 なぎさに声をかけてきたのは先程公園で遊んでいた子供達だ。どうやら小腹を満たしにこっちに来たようだ。向こうの様子を見るにお互いに面識があるようだ。

 

「なぎっち、知り合い?」

 

「…クラスメイトなのです」

 

「隣のひとだれだ?」

「キレーな髪だー」

「かおこわいよー…」

 

「ねーなぎさちゃん。そのひとだれ?」

 

「……ただの知りa」

「俺っちはなぎっちの友達第一号!雪野だいりだぞ!」

 

「えーっ!なぎさちゃんのともだち!?」

「まじでー!?」

 

「…ん?そんなに驚くことか?」

 

「だってなぎさちゃんずっと1人だし…」

「だれかといるとこあんまり見たことないよねー」

 

「へー…そうなんだなぎっち」

 

「……」

 

 なぎさは何故か少し気落ちしているのかクラスメイトと目を合わせようとしない。なぎさは普段あまり話さないクラスメイトと会ったからどう接して良いかわからなかった。

 そんななぎさを見てだいりはなぎさの背後に回った。

 

「なーぎっち」

「むぎゅっ!?」

 

 だいりはなぎさの頬を両手でぎゅうっと挟み込む。

 

「ぶぁみぶふのべふっ!(何するのです!)」

 

 そのままだいりはなぎさの顔を子供達の方に向ける。

 

 

「見て見てっタコさん!」

 

 

 だいりは縦に潰れたなぎさの顔面オブジェを見せる。

 

「……ぶ、ぶふっ、あっははははは!」

「なにそれー!おかしー!」

「なはははははっ!なぎさのやつすごい顔してるー!」

 

「よしっ!大成功!」

 

「大成功じゃないのです!」

「ひでぶっ!」

 

 なぎさの怒りの頭突きが顎にクリーンヒットしてそのままだいりは仰向けに倒れる。

 なぎさは自分の変顔を見られて恥ずかしかったのか顔を赤に染めている。

 

「いーってて…」

 

「あははー!なぎさちゃん照れてるー!」

 

「照れてないのです!」

 

「なぎっちかわいーいー」

 

「ふんっ!」

「何で俺っちだけ、あ"ぁ"!?」

 

 子供達に混ざってからかっていただいりがなぎさのサブミッションの餌食になる。余計なことをするからこうなるのである。

 

「おー!かっけぇー!」

「いーぞ!いけいけー!」

 

「うぎゃー!関節が逆関節にー!? なんてことするんだー!!」

 

「うっさいのです!お前は少しは反省しろなのです!」

 

 ぎゃいぎゃいと騒ぐ2人。そんな様子を見て子供達の1人がこんなことを呟いた。

 

 

 

「……なんだか2人とも姉妹みたいだねー」

 

 

 

「…え?」

 

 

 

「あーたしかにー。家族みたいだよね」

 

「家族?俺っちとなぎっちが?」

 

「うん、私もお姉ちゃんと遊ぶ時そんなかんじだよ」

「俺もー」

 

「なぎさたちはそんな…」

 

 

「そうだぞ。俺っちとなぎっちは家族じゃ無い」

 

「ーっ!!」

 

 

「そう、マブダチなのだ!」

 

 自身ありげに胸を張りながらそう宣言するだいり。絶妙なドヤ顔は少し腹が立つ。

 

「まぶだちって何?」

 

「ん?えーっと……要するに親友ってことだ!」

 

 先程友達第一号を宣言したばかりだと言うのに早くも親友にランクアップしてしまっている。高らかに宣言するその姿勢はだいりなりになぎさと仲良くなり心のあらわれでもある。

 

「…でも家族っていうのも悪くないなー。だったら俺っちはなぎっちのお姉ちゃんてところか?」

 

「それはない」

「だねー」

 

「なんでぇ!?」

 

 バッサリと自身が姉であること否定されてしまうだいり。小学生から見てもだいりとなぎさでは精神的差があると思われているようだ。

 

「しりにひかれてるかんが否めない」

 

「ガーーン!?甚だ遺憾!」

 

「いかんて何?」

「わかんないー…」

 

「なぎっち!なぎっちも俺っちの方が姉にー…ってあれ?」

 

 先程までなぎさのいた場所には誰もいなかった。周りを見てみるがなぎさの影も形も無い。

 

「あれ?なぎっちどこ行った?」

 

「あっ、ほんとだいない!」

「あれれー?」

 

 クラスメイトもいなくなっていることに気づいていなかったらしい。突如いなくなってしまったなぎさにだいりは困った顔をしてしまった。

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 「はぁ…!はぁ…!」

 

 

 路地裏を抜けて街中へ出る。休日で賑わっている街道を振り向く人たちを無視して走り抜けていく。

 

『なんだか2人って姉妹みたいだねー』

 

「ーーッ」

 

 あの言葉を聞いてからなぎさの心は大きく揺れていた。

 だいりと自分はただ居候と家主という関係だけのはずだ。断じて姉妹なんて接な関わりでは無い。なのに、その筈なのに。

 

 

『俺っちとなぎっちは家族じゃ無い』

 

 

 この言葉を聞いた瞬間にはなぎさは駄菓子屋を飛び出して走り出していた。

 わからない。こんな当然の事実一つに何故か胸が痛くなる。こんなことに大きく動揺してしまっている自分に対してどうしようもなく自分が分からなくなっていく感覚に襲われる。

 

 

 もういっそこのまま何処かに走り去ってしまいたい。

 

 

 今の自分をどうにかして有耶無耶にしたい。

 そう思った時、突如なぎさは身体に浮遊感を感じる。

 

 

「!?」

 

 

 なぎさの見ている景色が一瞬にして変わった。

 普遍的だった周りの色彩は絵の具バケツをぶちまけたかのようなドスの効いた鮮やかさに変化し、周囲には幾何学的な模様のバルーンようなものが浮き沈みしている。

 

「え…?な、何なのです?」

 

「なぎさ!無事かい?」

 

 混乱しているなぎさにどこからか現れたキュウベェが駆け寄ってくる。

 

「ど、動物?何なのですこれ!?」

 

「魔女の結界だよ」

 

 魔女の結界。キュウベェから話だけは聞いていた。魔女は魔法少女が倒すべき敵でその魔女が自分のテリトリーとして張るのが魔女の結界だと。魔女はこれを利用して一般人を襲う。なぎさは自分が魔女のターゲットにされてしまったと理解した。

 

「ど、どうすれば…」

 

「なぎさ!今すぐ僕と契約するんだ!このままだと君は魔女に殺されてしまう!」

 

 契約をしようと急かすキュウベェ。しかし未だに魔法少女になることに迷いを感じているなぎさは決断ができずにいた。

 すると結界も影から黒いシルエットのような魔女がぬるりと現れた。

 

「なぎさ!早くするんだ!」

 

 キュウベェがなぎさに催促をする。だがなぎさは初めて見る魔女の姿に動揺して言葉を失っていた。足もすくんで動かない。

 なぎさは知らなかった。こんなにも魔女が怖くて恐ろしいものだなんて。自分の理解を超えたモノが目の前にまで来ている。

 

 無理だ。こんなのに勝てっこない。

 

 逃げ場もない。このまま目の前の影に自分の命の灯火はあっさりとかき消されてしまうだろう。

 なぎさが振り上げられた魔女の腕を見て思わず目を瞑る。

 

 

「それっ!」

 

『〆=+*×|=+*=+!?』

 

 魔女が叫び声を上げながら大きくのけぞらせた。

 

「ふー、危なかったね。大丈夫?」

 

 目を開けたなぎさの目の前にいたのは奇抜な格好をしている少女だった。

 

 

「"夢遊の亡霊"まさか君が来るとはね」

 

「ってキュウベェじゃん。何やってるのこんなところで」

 

 目の前の少女はキュウベェが見える。つまり目の前の少女こそがキュウベェの言う魔法少女ということになる。

 

「ま、いっか。今は魔女さんを倒すのが先決だね」

 

 そこから先は早かった。夢遊の亡霊と呼ばれた少女は人間離れした攻めであっという間に魔女を追い詰めてトドメを刺してしまった。魔女は力なくうなだれてそのまま溶けるように消え去る。

 

 あれが魔法少女…。魔女の脅威から人々を守る存在。

 なぎさはすっかり少女の戦いに見惚れていた。

 

「凄いのです…」

 

「はい、お終いっと」

 

 魔女の結界も空間の揺らぎと共に消滅して元の景色に戻る。それと同時に少女も魔法少女姿から普段着姿に戻る。

 

「キミ大丈夫?怪我とかない?」

 

「え、あ、大丈夫なのです」

 

「それにしてもユゥ、キミが助けに来るなんて運が良いのか悪いのか分からないね」

 

「うえぇ、助けたのにその言い方はないんじゃないの?」

 

 キュウベェの言葉に対して不満げにそうな顔をするユゥ。飄々として掴みどころのない印象を持つ少女。なぎさにとっては初めて会う魔法少女だ。なぎさは彼女を魔法少女として羨望の気持ちを抱いていた。「あ、あの!」となぎさはユゥに声をかける。

 

「ん?どうしたの」

 

「もしなぎさが魔法少女になったら魔法少女のことについて色々と教えて欲しいのです!」

 

「え!?」

 

 なぎさの頼みに対してユゥは驚いたような顔をする。

 

「うーん、でもなー…」

 

「なぎさ、悪いことは言わない。やめておくんだ。彼女は君の参考なりえない」

 

「ひどい言われようだなー!」

 

 ムキーッとキュウベェに対して不満を表すユゥ。彼女が自分の参考たら得ない?どういうことだろう。

 

「じゃあユゥは何で魔法少女になったのかを教えて欲しいのです」

 

「えーとね…、ワタシ魔法少女になる前のことほとんど覚えてないんだ。ごめんね」

 

 申し訳なさそうにユゥは言う。記憶がほとんどない…。ふと脳裏にあの居候の顔が浮かび、思考が乱れそうになるがそれを振り払う。

 なる前のことを覚えていないのなら仕方がない。どうしようかとなぎさが悩んでいるとドサリとユゥの懐から何かが落ちた。なぎさはそれを拾い上げる。

 

「紙束?」

 

 なぎさは好奇心で中をペラペラとめくり見る。そこにはいろんな人の名前がびっしりと書かれていた。なぎさはそれを無造作に見ていく。

 するとふと目に留まった"百江"の苗字。なぎさの母親の名前だ。何でお母さんの名前が…

 

「あんまり見ちゃダメだよ」

 

 ユゥがぼうっとしているなぎさから紙束を取り上げる。

 なぎさはあの紙束が何なのかユゥに尋ねる。

 

「これはね、悪い人が書かれているリストなの」

 

「悪い…人?」

 

「そう!近くにいる悪い人の名前が勝手にこのリストに書かれていってね、ワタシはここに書かれてる名前の人を殺して回ってるの!」

 

「ーーえ?」

 

 殺す?今殺してるって言った?

 

「な、何で!?魔法少女が倒すのは魔女だけじゃないのです!?」

 

「普通はそうだけど、ワタシは違うってだけ。私ね、さっきも言ったけど契約する前までの記憶がないんだ。でもね、ワタシ誰かとすっごい大事な約束をしたってことだけは朧げに覚えてるの。だからそれを思い出すために魔法少女としての使命を果たそうって思ったんだ!」

 

「使命…?」

 

「そう!気がついたらワタシの手にあったこのリストはきっとワタシの記憶に関係がある!ここに書いてる人は悪い人ばっかり!だから殺すことにしたの。そうしたらいつか使命を全うした時に記憶が戻るかなーって」

 

 

 ーー異常だ。狂っている。なぎさは魔法少女は魔女を倒して人を守るべき存在だと思っていた。なのに目の前の少女はあろうことかその守るべき人を殺している。なぎさの魔法少女に対するイメージが溶けるように崩れていく。

 

「あっ、そうだ!そういえば君の名前まだ聞いてなかったね!」

 

「…百江、なぎさなのです」

 

「なぎさちゃんだねー。ふむふむ。あっ、ワタシのことはユゥって呼んでねー」

 

 ユゥは何かを思い出したようにリストを確認していく。するとリストの中の一枚をなぎさに見せながら、なぎさの目と鼻の先まで近づいた。

 

「なぎさちゃんなぎさちゃん、この人知らない?この、百江って人。なぎさちゃんと同じ苗字でしょ?」

 

 そう言いユゥが指差していたのは"百江"の苗字から始まる、なぎさの母親の名前だった。

 

「この人の家とか探したんだけどさー。ゴミばっかりでだーれもいなかったんだよね」

 

 家の中に入られている。その事実になぎさの背筋は一瞬で凍った。

 な、何か言わないと…このままだとお母さんが殺される…!

 しかしそんななぎさの意思と反してなぎさの口から言葉が出てこない。冷や汗が頬を伝う。

 

「んー?どうしたのなぎさちゃん」

 

 目の前にいる憧れの魔法少女が今では恐怖の対象にすり替わっていた。息が乱れ呼吸がしにくい。

 ーーもしかしたら自分も殺されるかもしれない。そんな考えすらこの状況で脳裏によぎる。

 

 

「ーーあっ!」

「!?」

 

「あー…魔女だわ。ごめんねなぎさちゃんワタシ行かなきゃ」

 

 ユゥが顔を離して立ち上がる。どうやら魔女の気配を感じたらしい。なぎさは緊張の糸が切れてその場にへたり込む。

 ユゥは走り去り間際になぎさに振り向いた。それを見たなぎさは少しだけ肩を跳ね上がらせる。

 

「なぎさちゃん!最後にこんなワタシからのだけどちょっとだけアドバイス!ワタシはね、魔法少女になって自分に正直になろうって決めたんだ!魔法なんてトンデモパワーが使えて我慢とかするなんてぶっちゃけ勿体無いじゃん!だからなぎさちゃんも自分に正直になれば良いよ!じゃあね!」

 

 軽快な足取りで去っていくユゥをなぎさは汗で滲んだ瞳で静かに見送った。

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

「なぎっちのやつどこ行ったんだ?」

 

 帰宅時の人混みの中を抜けながら白髪の頭を探す。流石にこの時間帯に特定の人物を見つけるのは困難だ。

 

「迷子になってないといいんだが…」

 

 と言うか人が多い! これじゃなぎっちがいたとしても分からん!

 ここを探してもらか祥が開かないと判断して人混みを抜け、比較的人通りが少ない通りに出る。すると目の前に見覚えのある白髪が目に入った。

 

「なぎっち!」

 

 だいりはなぎさに駆け寄る。なぎさはゆっくりとだいりの方に振り向く。

 

「だ、だいり…」

 

「大丈夫かなぎっち!怪我とかしてないか?変なやつに声とかかけられてない? よし大丈夫だな。全く心配したぞー」

 

「………」

 

「ん?どした?なぎっち」

 

 だいりは反応を返さないなぎさを不思議に思う。

 改めてなぎさの顔を見るとその顔は酷く不安に駆られたもので今にも泣き出しそうだった。

 だいりが驚いているとなぎさはだいりに潤んだ視線を向けた。

 

「…だいり」

 

「なんだ?」

 

「善人って、どんな人だと思うです?」

 

「え、何急に」

 

「いいから答えるのです」

 

 突然何の絡みもない疑問を飛ばしてきたなぎさにだいりは内心はてなマークだらけだったが、今のなぎさの様子は冗談が通じるようには見えなかったので、真面目に答えることにした。

 

「善人か。そーだなー……」

 

「……」

 

 

「助けられる人、かな」

 

「助けられる人…?」

 

「そう、困ってる人がいたら迷わず手を刺す伸ばしてくれる人!どんな状況でも頭の中に"助ける!"の一文字が出てくる人は絶対良い人だよ」

 

 

「…そんな」

 

 都合の良い人がいるわけがない。

 だって自分のことは誰も助けてくれなかった。お母さんも誰も助けてくれなかった。他人は自分たちが苦しんでも誰も彼もが知らんぷり。お母さんの体が悪くなっても誰も、お父さんを信じて待ても広い家には誰も、来ない。助けてくれない。 誰も誰も誰も。

 なぎさはその時学んだ。いざというとき誰かが助けてくれるわけではないと。いつしかなぎさは誰にも助けを求めなくなりましたとさ。

 

 ーーーそんな自分が誰かを助けられるはずがない。他人に助けを求めることを諦めた自分が、誰かを助ける資格なんてあるわけがない。

 

 

 なぎさはユゥと会って善悪の区別が曖昧になっていた。善い子しか魔法少女にはなれないと思っていた。でもあのユゥは魔法少女なのに人を殺していた。それが当たり前のように。だから迷った。善い子とは何か、悪い子とは何か、なぎさには分からなくなってしまった。

 

 

 

 

 

「だからなぎっちにはホント助けられたんだよな」

 

「……え?」

 

「あの時なぎっちが助けてくれなかったら俺っち間違いなく餓死してた」

 

「…そ、それは」

 

「…なぎっちが何を思ってるのか分からないけど、なぎっちは善い子だ。間違いなく。 一週間一緒に過ごして、なぎっちが優しいっていうのは伝わったし、何より俺っちを助けてくれたからな!」

 

「…なぎさは善い子、なのです?」

 

「おうよ! そもそも人間はどんな奴でも善い子にも悪い子にもなる。他者にものを分け与えていた奴が、強盗を働くこともある。 子供を助けている人が、人を殺してしまうことだってある。ずっと善い子なんて人はいないんだよ」

 

 ずっと善い子なんて人はいない…。そうかもしれない。お母さんも前は優しかったけどお父さんがいなくなってから暴力を振るうようになった。周りの知らない人たちもお母さんが病気になってから態度がそっけなくなった。人は変わってしまうものなんだ。だいりの言葉を聞いて少しだけ心のモヤモヤが取れた気がした。

 ふとだいりを見ると今まで不相応だと思っていたその背丈が少しだけ見合っているように見えた。

 

「……意外とまともなことが言えるのです」

 

「ひどっ!? 俺っちをなんだと思ってるんだ!」

 

「日頃の行いのせいなのです」

 

「…ま、何でもいいけどな」

 

「何があったのか、聞かないのです?」

 

「うーん、今は聞かない! それよりお腹減った!ご飯!」

 

 やっぱり子供っぽい。先程までなぎさがだいりに感じていたものは一瞬で消散した。

 

 魔法少女になるか、まだ心は決まってない。

 でも不思議とだいりと一緒にいると、その悩みは些細なことに感じた。そう感じる理由はまだわからない。

 

 ため息を一つつくと、冷蔵庫の中に食べ物は残っていたかを考えながらだいりの背を追った。

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、就寝前の時間になぎさは一人考える。無論、魔法少女についてだ。

 彼女、ユゥは異常だった。

 魔法少女はなぎさの考えているような綺麗なものではなかった。人殺しのような真似をしている彼女でも魔法少女になっていた。

 

 最後に彼女は言っていてた。"正直になれば良い"と。

 

 きっとそれは自分の思うがままにやれば良いということなのかもしれない。

 正直なところ叶えたい願いがないというのは嘘だ。本当はある。だけど、善い子でありたいとする自分が邪魔をしていた。しかし今はもうそんなしがらみはない。あるのは純粋な願い。

 

 

 ーーお母さんの病気を治してほしい。

 

 

 それがなぎさの望む願いである。

 お母さんの病気を治す。そうすればきっとまた以前の優しいお母さんに戻ってくれる。そう考えていた。

 それにだいりも言っていた。手を差し伸べられる人が善い子だと。きっとお母さんを助けるためになぎさが手を差し出せば、お母さんも優しくしてくれる。

 だがまだ不安もある。

 魔法少女になる契約をしてしまえば魔女と戦うことを義務ずけられてしまうことだ。つまり今回出会ったような化け物とずっと戦うことになる。それがなぎさは不安だった。

 そして何よりユゥのことだ。彼女の持っていたリストにはお母さんの名前が書かれていた。つまり、近いうちにお母さんは…

 

 コンコン

 

 不意になぎさの部屋の扉が叩かれる。

 「なぎっちー?起きてるー?」と声が聞こえる。軽く返事をすると、寝巻き姿のだいりが部屋に入ってきた。その手には袋に詰められたチーズが携えられている。

 

「どうしたのです。だいり」

 

「暇だから遊びに来た。結局今日どこも遊びに行けなかっからな!ほら、つまみのチーズもあるぞ」

 

 このバカは遊びに行かないと死んでしまう病にでもかかっているのだろうか。勝手に下の机に置いていたチーズも持ち出している。最初からだがこの女は遠慮というものがまるで存在しない。

 

「夜くらい大人しくして欲しいのです」

 

「真の敵は退屈だぜ なぎっち。時間を無為に過ごしていくことこそが最も愚かな行いだ」

 

「こんな深夜に遊びに来る奴の方がよっぽど愚かなのです」

 

 時刻は0時を回っている。

 

「まーまー そうカリカリすんなって。ちょっと話しに来ただけだからさ」

 

 そう言うとだいりはなぎさの座っているベッドの隣にぼふりと座る。こうやってこっちの言い分を聞かずに自分の意見を強行するときは大抵諦めている。何をしても意見を曲げようとしないからである。仕方なしになぎさはだいりの話に付き合うことにした。

 

 そこからはだいりとチーズを食べながら他愛のない話をした。

 なぎさには特に話題と呼べるものはなかった。だいりが来る前は家でも学校でもロクに人と関わってこなかった。最近は常に一人だったなぎさに話のネタは無かった。強いて言えばば家族のことぐらいだろうか。

 

 それに対してだいりの話はとても面白かった。記憶がなくなった後からの話だったが、だいりは自分が思っていたよりもずっと色んなことを経験して、色んなことを知っていた。話を聞いて思わず笑みが溢れてしまう。それがおかしかったのかだいりもそれを見て笑う。こういう時間も悪くない、そう思った。

 

 

 

 

 

 ーーー

 ーー

 ー

 

 

 

 

 

「…そーいえばさ、なぎっちの親ってどこにいるんだ? 家にいないし、出かけてるってわけでもないでしょ?」

 

 キリの良い所で話を区切った頃、唐突にだいりがそんなことを聞いてくる。

 だいりがここに住んで一週間が過ぎようとしているが、なぎさの両親を影も形も見なかった。訳ありなのは何となく察していたが、これではなぎさ一人で今まで生活していたということになる。流石にそれは只事ではない。

 

「それは…」

 

 なぎさは言葉を詰める。

 なぎさは迷った。だいりに家族のことを話すか。

 以前のなぎさならば絶対に話さないだろう。だが、今のなぎさは心変わりしつつあった。

 だいりは普段はちゃめちゃでバカばっかりで、何回も自由の嵐に巻き込まれた。何度、額に青筋を浮かべたかわからない。だがそれはなぎさにとってどれも経験したことのない新鮮なものだったのも事実だ。だがなぎさは一週間という短い間で、だいりに少しずつだが心を許し始めていた。

 

 だいりの問いに暫く間を置いて、なぎさは自分の家族の事情を話すことに決めた。

 

「だいり。聞いて欲しいのです」

 

 なぎさは話した。

 元々はちゃんとお母さんとお父さんがいたこと。

 お母さんは昔テレビに出るくらい有名な人だったけど、病気になってしまったこと。

 お父さんが二人を捨ててどこかに行ってしまったこと。

 それからお母さんはなぎさに暴力を振るうようになったこと。

 今はお母さんは病状が悪くて入院していること。

 そして、今自分は一人でここで住んでいるということ。

 

 

 全部だいりに話した。

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 だいりは何も言わない。

 

 それを見てなぎさは恐怖が湧き出た。拒絶されるのが恐ろしかった。なぎさは誰にもこのことを話したことはない。だから突き放されるのが怖い。かつてのお父さんのように。折角できた安心を失いたくは無かった。一人にはもう戻りたく無かった。体が小刻みに震える。顔を上にあげることができない。

 ふっとなぎさの上に影ができる。思わずなぎさはきゅっと目を瞑る。

 

 

 

「そぉれっ!!」

 

「うわぁ!!?」

 

 ボフンッ!

 

 

 なぎさはだいりに抱えられ派手に布団に倒れ込む。月明かりに照らされた埃が舞う。

 

「な、なにするので」

「なぎっち」

 

 なぎさが目を開けると目の前にだいりの顔があった。

 今の状態はまるでなぎさがだいりを押し倒したような状態だ。そんな状況になぎさは心臓が跳ね上がる。

 

「俺っちは、ここにいるぞ」

 

「…え」

 

「きっと寂しかったと思う。悲しかったと思う。話してないだけで苦しいこともいっぱいあったと思う」

 

「…っ」

 

「だけど、今は俺っちがいる」

 

「俺っちはなぎっちの本当の家族じゃないし」

「迷惑ばっかかけてるかもしれないし」

「出会ってちょっとしか過ごしてない」

 

「でも」

 

「俺っちは、なぎっちのマブダチだ。だから、俺っちはなぎっちと一緒にいる」

 

「なぎっちはもう一人じゃない。だから、もっと吐き出せ」

 

 

「今まで溜めてきたもの全部」

 

 

「全部、ぜーんぶ!俺っちが受け止めるから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 なぎさは今まで自分の理性で寂しさを抑えていた。無茶苦茶に泣きじゃくりたい気持ちも甘えたい気持ちも勿論あった。だが既になぎさの周りにそんな人間はいなくなっていた。唯一いるお母さんも返ってくるのは平手打ちだけだ。なぎさは孤独だった。

 

 だがそんななぎさの前に現れた本当に頼れる人。寂しさを、甘えたさを埋める場所が目の前にある。今にも理性が崩れそうななぎさの目の前にだ。

 

 

 

 

 

 ーー限界だった。

 

 

「うぁ……」

 

 

 優しく頭を撫でてくれる手。

 

 肌で感じる温もり。

 

 優しく投げかけてくれる声。

 

 そのどれもがなぎさが欲していたものだった。

 

 

「っーーー!!」

 

 

「おっと」

 

 なぎさは勢いよくだいりに抱きつく。

 ぎゅうっと離さないと言わんばかりに思いっきり抱きしめて、だいりの胸に顔を埋める。

 

 なぎさは泣きじゃくった。今までの不安も、寂しさも、悲しさも全部ぶちまけた。それを全てだいりは受け止めてくれる。なぎさの言葉に優しく相槌を打ち、頭を撫でてくれる。

 

 とても安心する匂いだ。昔お母さんと一緒に寝た時のことを思い出すなぎさ。まだ今ほど心が育っていなかった頃、読んだ絵本が怖くて一緒に寝たあの日。静かな子守唄を歌いながら温もりを感じて瞼を閉じたあの日。底知れない安堵の中、なぎさの意識は少しずつ薄れていく。

 

 だが、そんな中でなぎさは一つの決意を固めた。

 

 なぎさは決めた。願いを叶える。魔法少女になる。魔女と戦う。お母さんの病気を治すために。この温もりを取り戻すために、守るために。

 

 

「ーーおやすみ」

 

 

 意識が途切れる寸前、優しい声でそう聞こえた。

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「……寝ちゃったか」

 

 だいりは静かに、ゆっくりとなぎさを布団に寝かす。

 なぎさの抱えているのもは身の丈に合わないものだった。家族がいなくなり、頼れる人がいなくなってしまった。周りに極端に頼らなかったのもなぎさの母親が病気になった時にバッシングか何かを受けたのだろう。そんなものを幼子に見せれば確実に悪い方向に考えが身に付いてしまうに決まっている。

 

 実はだいりはもう数日経てばこの家を去る予定だった。いつまでもなぎさの世話になるわけにもいかない。当てのない旅に赴こうと思っていたのだが、このなぎさの様子を見ればそうもいかなくなってしまった。

 少なくともなぎさが母親と幸せに暮らすまではなぎさを置いては行けそうに無かった。

 

 

「すぅー…すぅー…」

 

 安心しきって安らかに寝ているなぎさの表情を見て思わず笑みが溢れる。

 少し前までのなぎさの寝顔は見ていられないものだった。なぎさは毎晩うなされていた。小さくお母さんと呟きながら時折小さく涙を流す。本人は全く気づいていない様子だったが、相当に溜まっていたのだろう。実際になぎさは決壊寸前だった。

 

 だいりとしては何とかなぎさとその母親とが仲良く暮らしてほしいと考えてはいるが、当然これはそんな簡単な話ではない。

 少なくともなぎさの母親に会って話を聞かないと根本的な解決にはならないだろう。

 

「…ま、それはまた明日考えよ」

 

 今頭を悩ましてもロクな案が出ないと判断しただいりはなぎさと同じ布団に入り込み、瞳を閉じる。

 そしてだいりはなぎさの隣で静かに寝息を立て始めた。

 

 

 

 

 

 

 




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