バカが魔法少女になった話   作:わらしべいべー

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諸君、私は幼女が好きだ(唐突)
なぎさちゃんが好きだ(kawaii)
だがそれ以上に雪野かなえが好きだ(最高)




百江なぎさ③

 

 

 

 

 

 

「お母さんッ!?お母さんッ!!?」

 

 

 倒れた母親になぎさは必死に呼びかける。だが返事は返ってこない。

 体はまだ動いていることからまだ辛うじて生きてはいるが、何せ刺された箇所が問題だ。

 

 胸部。人体において重要な器官が詰まっている箇所。その手の知識に無知ななぎさでも一目で不味いところだということは理解できていた。

 自分の母親の胸板に縦に刺さった刃物を見てなぎさの脳裏に最悪の未来が過ぎる。

 

 

(このままだとお母さんが死んじゃうのです!!)

 

 

 流れ出る血をどうにかしようとなぎさは必死に床に流れる血をかき集める。応急処置の仕方など分からない今のなぎさにはそれしかできなかった。

 だが血は液体。その手で掬っても殆どは床にこぼれ落ちてしまう。だがなぎさはその手を止めることはできなかった。無駄だと分かっていても、どうにかして母親を助けたかった。

 

 なぎさの目から涙がこぼれ落ちる。いくつも、ぼろぼろと。

 

 

「あーあ、お母さんから殺しちゃった。まぁいいか。どっちにしろ殺す予定だったし」

 

 

 背後からユゥが近づいてくる。その顔は返り血がべったりと張り付いていた。

 

「とりあえずナイフ返してね」

 

「あ"っ」

 

 ユゥが指をクィッと上にあげると、勝手に刺さっていた刃物が抜け、そのまま飛んでユゥの手元に収まった。

 体から異物を急に抜かれたなぎさの母親は少なくない量の血を吐き出す。

 

「お母さん!!」

 

「さて、これもう放っといても死ぬよね」

 

 そう捨てるように言いながらナイフの血を払うと、しゃがんでなぎさと目線を合わせ、腹のあたりに刃物の切先を向けてきた。

 

「じゃあなぎさちゃん。まだお母さん生きてるみたいだし、今の内に先に死んでおく?流石に自分の母親の死に様見るのは嫌でしょ?」

 

 ユゥはなぎさの魔法少女衣装についている宝石にナイフを当てる。

 

「知ってる?ソウルジェムってね、魔法少女の急所なんだ。だからこれを壊されたらなぎさちゃんは痛みも感じずに死ねるってこと。どうせ死ぬなら痛くない方がいいでしょ?」

 

 最早放心状態の今のなぎさにはユゥの話は全く入ってこなかった。

 そして再び瞳の無数の歪んだ円がなぎさを射抜く。今度は間違えなく、自分を殺す気だ。

 

 そしてユゥは手に持った刃物に力を入れてなぎさのソウルジェムを破壊する

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何やってんだお前」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ことはできなかった。

 

「!?」

 

 ユゥは頭を殴られて、病室の窓を突き破り外まで吹っ飛ぶ。

 

 

「だ…だいり…」

 

 

 気がつけばなぎさの横にはだいりがいた。しかしその顔にいつもの笑顔は無い。その顔からは普段なぎさの知っているだいりの表情は全て落とされていて、一切感情を読み取ることができない。

 

 

「なぎっち、これ」

 

「…えっ」

 

 じゃら と黒い宝石のようなものを幾つか渡される。その宝石はどことなくソウルジェムに似ている気がする。

 

 

「それグリーフシード。魔法少女にとっての回復アイテム的なものって思ってくれれば良い。ソウルジェムに当てて使うからそれで一旦回復できる。それとなぎっちのお母さんそこの救急セットで手当てしてあげて」

 

 

 そう言葉を続けるだいりの視線は割れた窓ガラスから全く外されない。

 

 

「だ、だい」

 

「あーあ。まったく、今日はよく飛ばされる日だなー」

 

 病室の外からゆっくりとユゥが歩いてくるのがわかる。どうやらだいりの一撃でも大したダメージにはなっていないらしい。

 

 

「逃げろ」

 

「え、あ…わ、わかったのです!」

 

 だいりにそう言われると、なぎさは母親を抱えて、病室を出て走り出した。

 それを見たユゥは眉を顰める。

 

「あれ?どこに行くんだろ。もしかして治療する気?困るなー、そういうの。折角瀕死にしたのに意味ないzy」

 

 目の前に現れたバールに、ユゥは言葉を止めてだいりの攻撃を持っているナイフで防御する。

 

 

「もー!最後まで言わせてよ!」

 

 

「…俺っちはあんたがこのまま大人しく帰るんだったら何もしない。あんまり喧嘩とか好きじゃないし。だからとっととどっか行ってくれない?そして2人に二度と近づくな」

 

「うーん、でもワタシとしてはあの人を殺さないといけないんだよね。もし生きてたらまた殺しにいかなきゃいけないからさ。それ面倒くさいし、それだったら一般人さんがみんな気を失ってる今がチャンスなんだよね。だから帰るのは無理かなー。ていゆーかそっちこそどこか行ってくれない?君関係ないでしょ?親子のなぎさちゃんならともかくさー。君に邪魔される筋合いとかないんだよねー」

 

「いーや関係あるね。俺っちはなぎっちのマブダチだ。マブダチのピンチに何もしないほど俺っちは薄情じゃない。というかあんたこそ他人のくせに何なぎっちのお母さん殺そうとしてんの?それこそ関係ないだろ」

 

「仕方ないよ、あの人悪い人だもん」

 

「……」

 

 だいりはこれ以上話しても無意味と判断した。自分とは根本的に思想が違う。少なくとも今理解し合うのは不可能だと。

 そこまで考えるとだいりは片手でバールを構えた。

 それを見てユゥは笑みを浮かべる。

 

 

「それっ」

 

 

 ユゥが地面をひと蹴りすると、凄まじい速度でだいりとの距離が縮まっていく。そしてだいりと視線を合わせると同時に手のナイフを振り上げてきた。

 だいりはそれをバールで流して防御する。ユゥはそのままナイフの向きを変えて今度は大きく振り下ろした。それもだいりは防いだ。だが辛うじてだ。

 

(あっぶね、ちょっと角度ずれてたらバールごと切られてた…)

 

 相手の攻撃にだいりは冷や汗をかく。しかしユゥの攻撃は止まない。もう一方の手にもナイフを生成して猛攻を仕掛ける。防いでいるだいりはかなり苦しい顔をしており、防ぐのがやっとという印象だ。

 そもそもだいりは魔法少女になって一週間そこらである。スペック的にも実力差は明らかである。

 格好つけてなぎさを逃したが、正直勝ち目は薄かった。

 

 そんな猛攻に耐えきれずについにバールが綺麗に横に割れる。

 

 

「やべッ」

 

 

 その瞬間、ユゥの魔力を込めた蹴りがバランスを崩しただいりの体を捉えた。

 

 

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

 

「…う……なぎさ…」

 

「っ!お母さん!」

 

 

 なぎさは受付の隣の部屋で母親の手当てをしていた。そこは輸血パックだけではなく、大量の薬品もあったので、恐らく保管倉庫か何かなのだろう。

 

 

 …母親の傷を一通り手当てはした。だが傷が深すぎる。傷口からは裂けた赤黒い肉が生々しく見え隠れしており、マシになったとはいえ、未だ出血も止まらない。

 ユゥの刃は人体における重要な器官。心臓に大きな裂け傷をつけてしまっていた。そこから大量の血が流れ出てたことで重度の多量出血となっていた。

 

 知識こそないが、なぎさは手当てを進めていくうちに自分ではどうしようもないことを悟っていた。

 

 だが、だからといって何もしないわけにはいかない。とにかくなぎさは足りない血をどうにか増やそうと側にあった輸血パックに手を伸ばす。

 

「待ってるのですお母さん!今から血を足してあげるのですっ」

 

「………もう、いいわ。手遅れよ」

 

 掠れた声でそう言うなぎさの母親の目には既に諦観の色が見えていた。彼女はあの時なぎさを庇った時から自分の死を悟っていた。最早言葉を発することすら辛かった。

 

「手遅れなんかじゃないのです!勝手に死ぬなんて許さないのです!絶対に助けてみせるのです…!」

 

 なぎさは慣れない手つきで母親と同じ血液型の輸血パックの封を切る。そしてそれを母親の口に持っていく。

 

「ほら、お、お母さん。飲むのですっ」

 

 母親の口から血液を摂取させて血液不足を何とかしようとするなぎさ。当然、この手段は適切なものではない。

 そもそもなぎさにこんな医療従事物を扱ったことはない。正しい輸血の方法なんてものは知る余地もなかった。

 

「……そんなやり方で、何とか、できるわけないでしょ…。バカね…」

 

「あっ!」

 

 なぎさは手を滑らせて床にパック内の血を全て溢してしまう。なぎさはそれを手で必死にかき集めようとする。

 その顔は涙でぐしゃぐしゃだ。

 落ちる涙が血の海に落ちる。血は赤いままだ。

 

 なぎさの母親はもうぼやけて輪郭がはっきりとしないなぎさを見て、ほんの少し笑みを浮かべる。

 

 

「…ありが、とう。なぎさ…」

 

「………え?」

 

「わたしを、そこまで、想ってくれ、て。…私は、あなたのことを、愛せ、なかった。なのに、こんな時、まで、こんな母親を、助けよう、としてく、れて」

 

「な、何いってるのです。当たり前なのです!お母さんはなぎさのお母さんなのです!だから死なないでなのです!!」

 

「でも、もうダメ、よ。もう、あなたの、顔、も、見えない、の。あなた、の、声しか、聞こえ、ない、の」

 

「お母さん!しっかり、しっかりするのです!なぎさはお母さんがいなくなったら、どうすれば……!」

 

 なぎさは大粒の涙をこぼしながら母親の血に染まった病院服を握りしめる。

 それを見て、なぎさの母親はまだ辛うじて言葉を発せる自分の体に心の中でお辞儀をしながら、声を振り絞る。

 

「なぎさ…。最後に…、何か、食べたいわ…」

 

「えっ」

 

「ふふ…。へんな、はなし、よね。でも、最後に、あなたと、一緒に、何かを、食べたいって、思ったの」

 

「ーーっ! ちよっと待つのですっ」

 

 なぎさは両手を出すと、ボンッという音と共に、チーズケーキが現れた。

 その一瞬で美味と感じさせる香ばしい匂いは、倒れ伏している死に体の彼女も思わず声を出してしまうほどだ。

 

「…ちーず、けーき?…なぎさ、あなたが、用意して、くれたの?」

 

「うんっ、なぎさが、お母さんのために、お願いしたのですっ」

 

 なぎさは魔法で作り出したナイフとフォークでチーズケーキを一口分に切り取ると、母親の口のそばまで運んだ。

 そしてそれをなぎさの母親は震えながらも口に含む。そして、咀嚼し、飲み込んだ。

 なぎさの母親の目からか細い涙が流れ落ちる。

 

 

「………おいしい。美味しいわ、なぎさ。いままで、食べたことが、無いくらいに…」

 

 

「…うぅ…、うううぅぅぅ…」

 

 

 今なぎさの心は悲しさで溢れていた。だが同時に幸せだった。あれだけ拒絶された母親にやっと受け入れられたから。やっと認めてもらえたから。やっと寄り添えたから。

 今、確かに百江なぎさの願いは叶ったのだ。

 

 

「…な、ぎさ。あなたは、これ、から、一人で、生きて、いくのよ。そ、れは、とても、辛くて、大変、だ、けど、あなた、には、とも、だち、がいる、わ。だ、から、あなた、は、どうか、生きて。私、との、さい、ごの、やく、そく…」

 

「うっ…、ひっぐ……、うぅぅ…っ……うんっ…」

 

「……いい、こ、ね」

 

 声がさっきよりも絶え絶えで弱々しくなっている。きっともう限界なのだ。なぎさはそれを悟った。

 たくさんの大粒の涙が頬に落ちていく。

 

「なか、ないの。あなた、は、ほん、とうに、なき、むし、ね…。あの頃、と、ぜんぜん、変わらな、いんだか、ら」

 

 なぎさの母親はゆっくりと手を上げてなぎさの顔にとめどなく溢れている涙をその手で優しく拭き取る。

 手はそのままなぎさの頭の上に行き、なぎさを優しく撫でた。

 

「……お母さん」

 

「……な、ぎさ。ごめ、んね、こん、な、はは、おやで。あな、たに、ははお、や、らしい、こと、なに、も、できな、かった」

 

 なぎさの母親は幻想する。

 自分があんな馬鹿なことで思い悩んでいなかったら、きっと今頃なぎさと色んな時間を過ごせていただろうと。

 

 一緒に起きて、

 一緒にご飯を食べて、

 学校に行くのを見送って、

 あの子のテストを見て一緒に喜んだりして、

 夏にはプールや海に行って、

 冬には雪でいっぱい遊んだりして、

 夜は一緒のベッドで寝る。

 そして他愛のない話をして1日を終える。

 そんな以前のような日々。

 

 今になってそんな景色を夢見てしまった。

 

 

(ふふっ…。つくづく救いようがないわね…。散々なぎさを拒絶して、こんな死に体になって、今更、なぎさを受け入れられるようになるなんて…。本当、救いようがない)

 

「うっぐ……ぐすっ…、そんこと、ないのですっ。お母さんは、ちゃんと見てくれてるのです!なぎさのことを見てくれているのですっ。…なぎさはそれで十分、なのです」

 

 

(でも、せめて…せめて最後にあの子に出来ることがあるなら…)

 

「えっ」

 

 なぎさの母親は自分の胸から噴き出る血を無視して、なぎさを自分の近くまで寄せてから、静かに抱きしめた。

 

 

「…………ぁ」

 

 

「…ありがとう、ごめんね。でも、いま、は、甘えて、いい、から。…おいで」

 

 

「あ、あぁぁ、お、かあさん、お母さんっ!!」

 

 

 なぎさは母親に思い切り抱きつく。当然、なぎさの母親には激痛が走る。だが声を殺して、遠くなる意識を無理矢理繋ぎ止めて、耐える。それが彼女がなぎさにできる最後の母親らしさだったから。

 

 

 自分の母親の最後の抱擁。

 だがなぎさは泣かなかった。

 今はこの暖かさを、温もりを、少しでも感じていたかったから。

 最期は悲しみではなく、親愛をもって母親と接したかったから。

 

 

 

 

 

 ーーーどうかこの時間が永遠に続きますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君さぁ…」

 

 手元のナイフについた血を払い、それを確認した後、正面に目を移す。

 

「弱すぎない?」

 

「………」

 

 言葉を放った先にいるだいりは、服はボロボロ、体は切り傷だらけで、左腕には大きな紫色のアザができていた。顔には大量の汗が滴っている。

 

「最初から妙だったんだよね。君から魔力が殆ど感じられなかったから。おかげで最初の攻撃に気づけなかった。でも正直これじゃ一般人と変わらないよ?どうなってるの君。本当に魔法少女?」

 

「一応」

 

「ふーん、まぁソウルジェムもあるし、アレも一応耐えられてるから魔法少女には違いないんだろうねー。…もしかして素質がなさすぎるタイプ?うわぁー、だったら同情するなぁ。まぁでも大丈夫だよ!人生これからだしさ!」

 

「余計なお世話だっての」

 

 あれから応戦をしていただいりなのだが、正直かなりピンチだ。向こうとは魔法少女としての戦闘キャリアが違いすぎるし、何よりだいりはユゥが言った通り魔力が殆ど使えないのだ。

 

 魔力とは例えるならガソリンだ。

 ソウルジェムという給油機からガソリンが体に出力して、それを消費して様々な魔法を行使する。普通の魔法少女ならば魔法を使うことは契約して魔法少女になった瞬間から容易にできるものだ。魔法少女にとっての魔法は願いの力。本人のイメージ次第で簡単に使うことができる。

 

 だが、だいりの場合は少し事情が違う。

 だいりは自分の本来の肉体とは違うものを使って魔法少女になっている。ソウルジェムにこそ潤沢な魔力が存在するが、魂の色と肉体の色が一致しないため、それを違う肉体に出力することは実質的に不可能なのだ。

 A型の血液がB型の血が流れる体に適応できないように、だいりの今の肉体に魔力を出力しようとすると、体が拒絶反応を起こし、適応せず、魔力を送らせてくれない。なのでだいりがいくら念じたところで魔法は使えない。

 

 だが、それは一時的な話で、その症状は時間とともに少しずつ緩和していき、最終的には普通の魔法少女のように問題なく魔法が使えるようになるのだが、少なくとも今のだいりには魔法も魔力も使うことは無理であった。

 

 

「とりあえずもうどいてよ。もうその体じゃロクに動けないでしょ?」

 

「嫌。俺っちがどいたらあんた、なぎっちたちのところ行くだろ。それは了承できん」

 

「あははっ、そんな死に体で何言ってるのさ」

 

 

 しかしどの道にしろだいりの体は相当にガタが来ていた。特に左腕の負傷はかなり効いている。

 とっさに腕で防いだのは良いものの、その防いだ腕がまぁ痛い。内側で鉄でも破裂したのかと錯覚するほどの痛み。それが継続してるのだ。恐らくこれも魔力によるモノなのだろう。多分骨とか筋肉繊維とか諸々逝ってるだろうなとだいりは考える。

 

「んー、じゃあ仕方ないか。もうちょっと痛めつけて…ん?」

 

 ユゥの胸元から淡い光が灯った。光の発生源を取り出すと、それは紙束だった。ユゥはそれを見て、そして目を見開く。

 

「あっ、なぎさちゃんのお母さん死んだ!よかった〜、生きてたらどうしようかと思ったよ〜」

 

「…!」

 

 ユゥは心底安心したかのように胸を撫で下ろす。

 

「あっ、そうそう。実はね、このリストにはワタシが殺さないといけない人の名前が載ってて、殺したら、殺した人の名前が消えるの!それで今なぎさちゃんのお母さんの名前が消えたから、あの人は死んじゃったってこと!」

 

「……」

 

「そういうわけだからさ。もう君がこうやって守る意味も、守ってきた意味もなくなっちゃったね」

 

「………」

 

 だいりはユゥをじっと見つめながら表情を動かさない。その視線はとても静かだ。

 

「…それでさ、今君に聞きたいことができたんだけど…、君さ、なぎさちゃんにだいりって呼ばれてたよね」

 

 ユゥは自分が見ていたリストのページをだいりに見せる。ユゥが指さす部分には、だいりの名前が書かれていた。

 

「これ君の名前でしょ?」

 

 だがその名前は他に書かれている名前と違って、苗字が黒く塗りつぶされて読めない。

 

「うーん、名前が読めないなんて初めてだなぁ。けど、これって君の名前だよね。このリストさ、近い人から順番に新しく更新されるんだよね。今一人減って一人増えたわけだけど、この辺りで住んでる人で、だいりって名前の人、一人もいなかったんだー」

 

 

 ユゥはこちらにゆっくりと歩いてくる。

 

 

「…ねぇ、もしかして君って、悪い人?」

 

 

「自分で確かめろ」

 

 

 その瞬間、ユゥは急激に距離を縮める。そしてだいりの右肩の下をよく狙い、そこにある命に容赦なく刃を振り下ろす。

 

 だがだいりは当たる直前に体を僅かに傾けてナイフを避ける。まさかかわされると思っていなかったのか、呆気た表情をしているユゥの顔面にだいりの拳が埋まる。

 

「ぶっ!」

 

 ユゥは体を少し反らしながら飛んでいき、二人の距離が離れる。

 

 だがユゥはすぐに体制を立て直し、地面に着地した。

 当然、だいりのパンチには魔力も何も無いただのパンチだ。魔法少女のユゥには痛みを伴うダメージにはなっていない。

 

「びっくりしたぁ…ってあれ?」

 

 ユゥが目の前を見ると、先ほどまでだいりがいた場所には誰もいなかった。すぐに左右を見てみると、病院の塀を乗り越えて隣の廃墟群へ逃げるだいりの姿があった。だいりからは殆ど魔力が感じられない。このまま撒かれると探知は困難だろう。

 

「まぁ、逃がさないんだけどね」

 

 ユゥはだいりの後を追う。当然走力でも魔力を使えるユゥが圧倒的有利だ。ぐんぐんとだいりとの距離を縮めていく。

 だいりは廃墟の上に登り、屋上伝いで跳んでいく。が、やはりユゥの方が速い。

 

「ぐっ!」

 

「捕まえた!」

 

 とうとうだいりはユゥに捕まってしまった。首を絞められ、地面に押さえつけられる。

 

「もう、手間取らせないでよね。君以外にも悪い人は沢山いるんだから。私だって暇じゃないの」

 

 そう言って、ユゥはだいりの両腕をナイフでつき刺して固定する。刺された所から血が噴き出て、だいりの表情が苦痛に歪む。

 

「これでもう逃げられないね!」

 

 地面に磔にされただいり。痛みで出てきた大量の脂汗をその顔に流しながらも、何も言わずにじっとユゥを睨んでいる。そしておもむろに口を開く。

 

 

「……なぁあんたさ、なんで人殺してんの?」

 

「? なんでって、さっき言ったじゃん。悪い人だからだよ」

 

「そうじゃなくて、何のために殺してるの?誰かを人を助けるため?それとも、唯の自己満足?」

 

「そりゃ自分のためだよ!ワタシにとって人殺しは私に絶対に必要なことだって確信してる。きっとこれを続けてたらワタシの無くしたものを取り返せるかもしれないからね!それに、悪い人を殺せばその人に嫌なことされてた人も安心するでしょ?どの道悪い人でクズなんだからさ、そこから何人死んだって問題ないでしょ?」

 

「傲慢な話だな」

 

「でも当然じゃない?君も魔法少女ならわかると思うけどさ、魔法少女って何でもできるんだよ!こんなすごい力を持ってるのに何にもせずに正義感一つで魔女を退治するだけなんて損じゃん!だからワタシは自分の好きなようにやってるだけ。傲慢だろうが知ったことじゃない」

 

「現実を見ろこのバカタレが。人は死んだら元には戻らない。人は死んだら絶対どこかでその死を悼む奴がいる。残された奴の気持ち考えろ。この世界はお前一人でできてないんだよ」

 

「…あ、言いたいこと終わった?まぁ、君才能無いみたいだからねー。ドンマイってことで」

 

 

 ユゥの心は動かない。

 彼女は夢遊の亡霊。夢と現実の境目がわからなくなった哀れな少女。記憶も家族も友達も、挙句には時間も忘れてしまい、狂気に取り憑かれた彼女には、最早他人の言葉で動く理性など持ち合わせていなかった。

 

 

「じゃ、とっとと死んでね」

 

 

 ユゥは心底どうでも良いと言う様子で、そのままだいりのソウルジェム目掛けて刃を振り下ろす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「違う、死ぬのはお前だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!?」

 

 突如、周囲の風景が急激に変化した。

 淀んだ不定な空間。絵の具をごちゃ混ぜにしたかのような奇妙な色合いの床。そして周囲には不気味なオブジェのようなモノがちらほらと飛んでいる。

 

「魔女の結界!?まさか…!」

 

 ユゥは気づいた。時間稼ぎをされていたことに。

 だいりは自分を囮にして近くにいるこの魔女から意識を逸らしていたのだ。ユゥは基本的にターゲット優先だ。目の前にターゲットがいるならばその人物をとことん夢中に追いかける。それこそ魔女の気配に気づかないほどに。それをある程度自覚していたユゥは自分が嵌められたことに気がついた。

 そしてユゥの目の前には結界の主である魔女が。

 

 実は、この魔女はあの時だいりがなぎさの代わりに引き受けた犬の魔女である。色々と応戦してはみたものの、どうしてもだいり一人の力では倒せないと判断して、なぎさの協力をあおるために一旦人気のない場所に置いてきたのだ。この魔女自体、結界内に入ってきた獲物を捕らえるこそするものの、何故か自分から動こうとはしないので、これよがしに罠に使ったというわけだ。

 

「ッ」

 

 ユゥは急いでだいりに止めを刺そうとする。

 だがその瞬間、魔女がユゥたちに攻撃を仕掛けてきた。ユゥは攻撃を中断し、身を翻してかわす。

 

「あーもう!あとちょっとだったのに!」

 

 文句を垂れるユゥに魔女は容赦なく襲いかかる。頭のカラフルな髪がいく本にも枝状に分かれて貫かんと迫る。

 

「でもざんねーん。この程度じゃ無理だよ」

 

 だが、ユゥはそれをあっさりかわして瞬時に魔女に肉薄すると、その手のナイフの投身を少し伸ばし、魔女の腹を大きく切り裂いた。

 

 魔女が悲鳴を上げながらその原型を崩していく。

 この魔女は決して弱い魔女ではなかった。魔女全体で見ても中の上ほどはあるだろう。それなりにベテランな魔法少女でも油断すればあの世行きである。それをあっさりと倒してしまうユゥは魔法少女としての戦闘能力が普通の魔法少女と比べても段違いに高いことを示している。

 

 そして魔女の結界が崩れ、景色が先程の廃墟に戻る。

 しかし、それと同時に立っている足場も崩れ始めた。

 

 

「!?」

 

 

 驚いて下を見てみると、崩れた無数の支柱があった。さっきの魔女の攻撃で壊れたのだ。そして、それにより廃墟自体のバランスが崩れて、廃墟自体が崩壊し始めた。

 流石の魔法少女でも瓦礫の下敷きになれば、ダメージは避けられない。だが、この程度ユゥにはどうということはない。一般人ならば巻き込まれて即終了だが、魔法少女であるユゥならば適当な足場を見つけて退避することができる。

 ユゥは適当な足場を見つけようとする。

 

「うわっ!?」

 

 が、突然硬い何かにユゥの体は巻かれ、両腕の動きを封じられる。

 

 

「鎖!?」

 

 

 ユゥは急いで鎖を壊そうとするが、その鎖は異様に硬い。見ると、鎖自体に魔力が込められていた。魔力自体は決して強くはないが、これではどう足掻いても壊すのに数秒はかかる。それでは崩落までに間に合わない。

 だがまだ足がある。ユゥが鎖で身動きが取れなくなったのは両手だ。適度な足場を見つけ、そこに着地しようと目処をつける。

 

 

 

 ーーだがその判断がユゥの明暗を分けた。

 

 

 

 

 バギャッ

 

 

 

 

 砕ける様な鈍い音と共に、ユゥの両足に凄まじい痛みが走る。

 

 

「があぁぁぁぁぁッ!?」

 

 

 慌てて痛みの発生源を見やると、両足首が妙な方向に捻れていた。ものの見事にへし折られている。

 

(痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!)

 

 更にはこの激痛。足の内側に爆弾でも爆発したかのように熱く、痛い。ユゥはこの攻撃方法に覚えがあった。

 

 

(わっ、ワタシのッ…!)

 

 

 この足に迸る痛み。間違いなく自分が使っていた魔力による内部爆撃だった。

 

 

(ーー真似された!?)

 

 

 さっきまで魔力のまの字も感じられなかった相手からの突然の強襲にユゥは混乱を極める。

 

 混乱の中、突如現れた影がユゥの視界を埋める。ユゥは気づくのと同時に乱暴に首を掴まれる。

 

「あがッ!?」

 

 影の正体はだいりだった。身体中から血を流していて、血の雫がユゥの顔に滴る。夜空の月の逆光で顔はよく見えないが、少なくともさっきまで磔にされていた彼女とは雰囲気がまるで別人だ。

 だいりはそのまま真下に体重をかける。落下する2人の上から無数の巨大な瓦礫が落ちてくる。

 

「ガッ…ァ…グッ…」

 

 まずい。これはまずい。…だけどまだ大丈夫だ。

 確かにこの崩落に巻き込まれたら重傷は避けられない。だがユゥは魔法少女。ソウルジェムさえ無事なら何とでもなる。ストックのグリーフシードもある。それに魔法で体を防御することも今ならギリギリできる。

 

(目の前のこいつはもう虫の息。ここさえ耐えれば殺せる。今からでも防御を)

 

「させるか」

 

 だいりがユゥの体にある何かを鷲掴みにする。

 

 その手に掴まれていたのは…ソウルジェムだ。

 

 ユゥはこれから何が起こるのかを察し、一瞬で血の気が引く。

 

「や、やm」

「いや」

 

 

 だいりはソウルジェムに思いっきり魔力を流し込む。

 

 

「あ'"あ"ァ"あ"あ"あ"ア"ぁ"あ"!?」

 

 

 魔法少女の命そのものであるソウルジェムはある意味内蔵よりも繊細だ。そんなデリケートなものに何の手心も無しに別の魔力…異物を流し込めばどうなるかなど想像にかたくない。

 ユゥの絶叫が辺りに木霊する。

 

 

「知ってるだろ?人は悪いことをしたら地獄に行くんだよ。地獄行きだ。お前も、俺も(・・)

 

 

 

「……ぁ」

 

 

 

 その時、ユゥは確かに見た。

 

 だいりの眼球にびっしりと描かれた、満月のように美しい円を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃぁな。あの世でおばさんに土下座しろ」

 

 

 

 

 

「………あは、あははははははははハハハはははハはははは!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーー綺麗だなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 廃墟は二人を巻き込み、崩落した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 崩落後、人の背の倍はある瓦礫の山の一部がガラリと動き、中から人が這い出てくる。

 

「ゲホッ!……流石に死ぬかと思った」

 

 だいりだ。身体中、傷がない場所を探すのが難しいくらいにはボロボロだったが、何とか生きていた。

 

(あいつは………出てこないな。魔力とかはまだわかんないけど、危ない感じもしないし…。 ってことは…)

 

 …つまりはそういうことだろう。

 ぶっちゃけ、ユゥの油断ありきの勝利だ。だいりはその隙をついたに過ぎない。

 分の悪い賭けだったことは自覚している。

 都合良く魔女が来るかどうかなんてわからなかったし、魔女が廃墟を壊したのは偶々だった。ユゥが脱出優先でだいりを意に介さずに鎖だけを壊す方針でいけば完全にお陀仏だ。そもそも時間稼ぎの時に無視してトドメを刺されればその時点でゲームセットだ。

 まさに限られた時間の中で、砂場の中から米粒を見つけ出すような勝利だった。

 

「ってて…、魔法少女でも痛いもんは痛いなぁ…」

 

 そうパーカーのポケットからグリーフシードを一つ取り出し、自分のソウルジェムに当てる。するとだいりの外傷がみるみる治っていく。

 因みにこのグリーフシードは先程ユゥが倒した魔女のものだ。だいりはユゥが倒した直後に、めざとくしっかりと回収していた。

 

(…にしても何で急に魔力が使えるようになったんだ?)

 

 だいりが魔力を使えたのは意図的にではない。魔女に攻撃が当たる寸前に急に使えるようになったのだ。

 理由は不明だが、感覚的にそれを察しただいりは魔女の攻撃が当たるギリギリで魔力を駆使して脱出したのだ。魔力が使えなかったらあそこで死んでいたし、そこからユゥを追い詰めることもできなかった。

 

「ま、いっか。なんでも」

 

 だいりは振り返り、瓦礫の山を見る。そこから誰かが出てくる様子はない。崩れた際に出てきた砂塵が辺りを漂っているだけだ。

 

 

「………」

 

 

 少し寂しそうな目をすると、何も言わずにだいりはその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

 

 

 その瞳の在りどころは膝に置かれている顔から離れない。

 なぎさはもう動かないと分かっていても、その手をぎゅっと握りながら、まるで何かを待っているかのようにそこから動かなかった。

 ガチャリと、倉庫の扉が開き、誰かが入ってくる。

 

「………だいり」

 

「……」

 

 だいりは何も言わずになぎさの膝の上にいるなぎさの母親に目を向ける。

 その顔に既に生気はなかった。つまりユゥの言っていたことは真実だということだ。

 だいりは思わず表情を歪める。

 

「………ユゥは」

 

「あいつなら………………逃げてったよ」

 

 神妙な顔つきでだいりは告げる。

 なぎさはもう動くことのない母を膝に置いたまま微動だにせず、小窓から見える夜空をただ見つめている。月明かりに照らされた頬にはうっすらと涙の跡が見える。

 

 

「………………だいり」

 

「……なんだ」

 

「なぎさは……善い子なんかじゃなかったのです。なぎさは結局自分が認められれば、幸せになれれば良いって思ってただけなのです。お母さんの幸せなんて一つも考えてなかったのです」

 

「……」

 

「チーズケーキを願ったのだって、お母さんのためなんかじゃなくて、お母さんになぎさを捨てたことを後悔させるためだけだったのです。……なぎさは…他人のために動ける人間なんかじゃ無かったのです」

 

 まるで懺悔のように、震える声でなぎさは内心を吐露し始める。

 

「やっと…やっとお母さんと理解し合えたのに…!やっとお母さんに愛してもらったのに…!!こんなのってないのです…!!」

 

「なぎっち…」

 

 なぎさはボロボロと何度流したかも分からない涙をこぼす。

 

「だいり。なぎさは、これからなぎさはどうすれば良いのです?お父さんもお母さんもいなくなって…、なぎさはもう一人なのです。…なぎさはこれからどうやって………どうやって生きていけば良いの?」

 

 なぎさは母親を失って完全に自失していた。

 なぎさは今までその人生を母親の愛を受けたいがために生きてきた。母親に愛されながら、普通に生きていたい。そんな子供ならば当たり前の感情に突き動かされるままに動いてきた。父親がいないなぎさにとって、たとえ嫌われようとも母親の存在は唯一の心の支えだったのだ。

 

 そんな母親が死んだ。

 なぎさにとってそれは耐え難い現実だった。自ら命を断とうとも考えた。だがなぎさにそれはできなかった。

 なぜならなぎさは最後に母親と生きると約束したからだ。

 

 例えどうなったとしてもお母さんとの最後の約束だけは破ることはできなかった。

 

 だからこそ分からなかった。これからどうやって生きていけば良いのか。

 唯一の支えを失ったなぎさは心の拠り所無しにどうやって生きていけば良いのかが全く分からない。

 なぎさは迷子になっていた。これから先の道行が全く見えない。母親の死と相まってなぎさの心は強い不安に蝕まれていく。

 呼吸が荒くなり、嫌な汗が滴る。目の焦点も合わず、手も震えが止まらない。なぎさのつけてる指輪から黒いモヤのようなものが出る。

 

「な、ぎさは…」

 

「なぎっち」

 

「ーーえ?」

 

 気がつけばなぎさは暖かさに包まれていた。

 突然のことになぎさは呆ける。

 目を向けると、なぎさのすぐ横にはだいりの頭があった。

 

「ごめん、なぎっち。おばさんのこと守れなくて。なぎっちを辛い目に合わせて。…俺っち、なぎっちのこと全然分かってなかった」

 

 その声には優しさと同時に、後悔と悲しみも孕んでいるように聞こえた。

 だいりはぎゅっとなぎさを抱き寄せる。

 

 

「…でもなぎっちはまだ一人なんかじゃない。まだなぎっちの隣に居ようとする奴がいる」

 

「ーー」

 

「だから」

 

 だいりは一旦なぎさと離れ、そのままお互いの目を合わせる。なぎさは「あ…」と名残惜しそうな声を上げる。

 そしてだいりは覚悟したようになぎさに宣言する。

 

 

「ーー俺っちが家族になる!!なぎっちが立派になって、友達もいっぱいできて、幸せになれるまで!俺っちがなぎっちの隣にいる!!」

 

「絶対に俺っちが幸せにして見せる!!二度と1人になんかさせない!!約束だ!!」

 

 

 室内にだいりの声が響き、なぎさの中に沁みていく。

 それを聞いたなぎさの頬にはいつの間にか、涙が流れていた。

 だがそれはさっきの悲しみから出たものとは違う。間違いなく、幸福から出たものだった。

 なぎさの心にある黒いものが少しずつ溶けて無くなっていく。

 

「約、束…?」

 

「そうだ、約束だ。俺っち約束は絶対破らないって決めてるからな!」

 

「……ぜっ、絶対…に?」

 

「そう、絶対にだ」

 

「…どこにも…行かない?」

 

「……あぁ」

 

「うっ、うぅ……っ!」

 

 なぎさは涙でぐしゃぐしゃになった顔を向ける。必死に涙を拭おうとするが、それはとめどなく溢れてきて、止まらない。

 なぎさは目の前のだいりの優しさに、甘えることにした。いや、なぎさにはそれしか選択肢がなかった。

 

 

「だいり…っ!お願いなのです…!もうどこにも行かないで欲しいのですっ!ずっと、なぎさのそばにいて欲しいのですッ!!」

 

「…おう!今日から俺っちたちは家族だ!…だからもう独りなんかじゃない」

 

「うぁ、うあぁ…!うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 

 

 だいりがそう言ったと同時になぎさはだいりに飛びつき、抱きついた。その体に顔を埋めて、溜まっていた寂しさを吐き出し始めた。

 

「寂しかっだっ!寂しがっだっ!独りは嫌だった!!」

 

「そうだな、辛かったな。…よくわかるよ。正直者のなぎっちにはナデナデをしてあげよう」

 

「うっ…ぐすっ……んっ…」

 

「いいこ、いいこ。なぎっちはいいこだよ」

 

 なぎさの頭をゆっくり、優しく撫で回す。

 なぎさはだいりに対して途方もない安心感に駆られていた。さっきまですっぽり空いていた心の穴が満たされていくのがわかる。

 

「もう…もうなぎさを独りにしないでほしいのです…」

 

「うん、もう大丈夫。俺っちがいる」

 

 

 

 なぎさの母親の代わりになれるなんて思ってない。きっと役不足だろう。なぎさの心を埋めるには足りないかもしれない。

 だが、だいりにはどこか自分に似てるこの少女を、何もせずに放っておく選択肢は存在しなかった。

 

 だいりは、優しく背を撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの後、意識を取り戻した病院の人たちによって二人は保護された。今回の事件は殺人ということになったが、結局犯人が見つかることはなかった。

 なぎさとの約束で家族となっただいりは正式になぎさの家に住むことになった。

 

 あれからすぐなぎさの母親の葬式は執り行われた。葬儀への参列者はほとんどいなかった。血縁者はなぎさだけで、後はなぎさの母親の知り合いや、なぎさの知り合いが数人と言ったところだろう。

 結局葬儀には父親の姿は最後まで現れなかった。

 

 火葬されて身体が灰となった母親を見てからというもの、なぎさはどこか心ここに在らずという感じだった。

 改めて母親の死というものを突きつけられたのかもしれない。

 

 今のなぎさは絶望しているというより、無気力になっている。何をしても母親のことを思い出してしまうのだ。

 日常生活自体にはそれほど支障はないが、葬式から帰ってから通っている学校に一度もは行けていない。

 なぎさは大丈夫とは言っていたが、そんななぎさを毎日見ていると流石に心配になってくる。

 だいりは軽くノックをしてなぎさの部屋に入る。

 部屋の真ん中、カーペットの敷いてある床にちょこんとなぎさは座っていた。

 

「…なぎっち?」

 

「……だいり」

 

「…大丈夫か?数日ずっとそんな調子だぞ」

 

「……うん」

 

 大丈夫じゃないに決まっている。身内が、ましてや母親が死んだのだ。その辛さをだいりは十分理解してるつもりだ。

 だいりはなぎさの隣に座った。

 室内に沈黙が木霊する。

 

 

 

「……だいり」

 

「なんだ?」

 

「…一つしてほしいことがあるのです」

 

 なぎさは魔法で手からホールケーキほどの大きさのチーズケーキを出した。

 そしてだいりの目を見返しながらこう言った。

 

「……だいりにこれを食べてほしいのです」

 

「…え、でもこれってなぎっちがおばさんのためにお願いしてもらった大事なケーキなんじゃ…」

 

「これはなぎさが自分のためだけに願ったものなのです。…でもなぎさにはもう必要ないのです。むしろだいりに食べてほしいのです。これから一緒に過ごすだいりに」

 

 そう言ってなぎさは手に持ったホールケーキサイズのチーズケーキを差し出す。

 なぎさはこのチーズケーキを母親に食べさせて、自分を認めさせ、後悔させるために願った。言うならこのチーズケーキはなぎさの母親への執着心そのものなのだ。なぎさはこれをだいりに食べてもらうことで自分が引きずっている未練を晴らそうとしていた。

 きっとこれはなぎさなりのケジメなのだろう。

 だいりはケーキを受け取る。

 

 

「…じゃあ、なぎっちも一緒に食べよう」

 

「えっ?」

 

「ほら、一人で食べるにはちょっと多いからさ。それに、一緒に食べた方が美味しいと思う」

 

「い、いや、でも…」

 

「いーから食べる!これは決定事項だ!」

 

 そう言ってだいりはなぎさにフォークを差し出す。

 なぎさはそれを少し躊躇しながらも受け取る。

 

「じゃあ、いただきますっ」

 

 だいりは切り取ったケーキを口に入れる。そしてそれを味わいながら目を輝かせた。

 

「ん〜っ!!すっごい美味い!!今まで食べたことがないくらい美味しい!!」

 

「……あ」

 

 切り取ったケーキを素手で掴んで食べるだいり。

 なぎさは喜んで食べているだいりの姿に少しだけ母の面影を重ねた。

 もちろん容姿は似ても似つかない。だけどチーズケーキを美味しそうに食べるその姿は母親にそっくりだったから。

 

「ほら、なぎっちも!」

 

「むぐっ!?」

 

 不意になぎさはだいりに手掴みでケーキを口に入れられる。

 するとなぎさの口の中に、程よい酸味と甘みがじんわりと広がり、思わずうっとりしてしまう。

 

(これがお母さんにとっての世界で一番美味しいチーズケーキ…)

 

「……美味しい」

 

「でしょ?」

 

「………」

 

「………えいっ」

 

「あっ」

 

 唐突にだいりがなぎさが取った分のチーズケーキを食べた。

 

「うまー」

 

「なっ、何んでなぎさが取ったのを食べるのです!?」

 

「油断してる方が悪いのですー」

 

「どれ食べても一緒なのです!」

 

「なぎっちの取った分が美味しそうに見えたんだからしょうがない」

 

「欲張り!」

 

「人間欲張ってなんぼだよ」

 

「…だったらこうなのです!」

 

 仕返しと言わんばかりになぎさはだいりの食べているチーズケーキを食べている手ごとかじりついた。

 

「いだだだだだだだ!!」

 

「もぎもぎ…、はぁー、美味しいのです♪」

 

「なぎっちてめー何すんだ!見ろ!歯形ついちゃってるじゃんか!」

 

「油断してる方が悪いのでーす。悔しかったらやり返してみろなのです」

 

「言ったなぁ?覚悟しろなぎっちーー!」

 

「やるかなのです!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…き、今日のところはこれくらいにしてやる」

 

「…この世で最も不毛な争いだったのです」

 

 ひときしり暴れた二人は満身創痍になっていた。お互い身体中に噛み跡ができる完全に野生丸出しの喧嘩だった。

 

「…でもスッキリしただろ?」

 

「えへへ……うんっ」

 

 笑顔を浮かべたなぎさの顔からは、不安の色はすっかり落ちていた。つけている指輪の宝石にも一点の曇りはない。

 ひときれだけ残ったチーズケーキを隣に二人の笑い声が部屋中に響いた。

 

 

「……さて、残りは俺っちが食うか」

 

「えい」

 

「ぎゃー!?何すんだなぎっち!」

 

「これは取っておくのです」

 

「んぇ、なんで?」

 

 頭に刺さったフォークを抜きながら、だいりが疑問をこぼす。

 なぎさはこちらに振り返り、唇に人差し指を当ててとびきりの笑顔でこう言った。

 

 

 

 

「ふふっ、ひ・み・つ なのです♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?なぎっちこのチーズケーキまだ残してたのか?」

 

 冷蔵庫の中を漁っていただいりは見覚えのあるチーズケーキを取り出し、それを見つめる。相変わらず見ているだけで食欲をそそるようなケーキだ。

 このケーキを食べてもう3ヶ月以上時間が経っていると言うのに、品質や味がダメになっている気配が全くない。これも願いで生み出されたからだろうか。

 

「いい加減食べたらいいのに」

 

 少し考えた後、だいりは左右前後と周りを確認する。

 そしてそのままケーキを食べようとする。

 

 

「いっただっきまー…」

 

「ふんっ!」

 

「ぎゃ!?」

 

 

 ことはなぎさの鉄拳が許さなかった。

 ずっこけただいりから飛んだチーズケーキを皿で綺麗にキャッチする。

 

「全く、油断したらすぐこれなのです。もうちょっと節操を持ってほしいのです」

 

「いってて…、げっ、なぎっち!こんな夜中になんで!?」

 

「全く、オメーは何回キッチンに入るなって言ったら分かるのです!」

 

「えーと、冷蔵庫からコスモを感じたからかな☆」

 

「そ れ で、毎回命の危機に陥ってるのは誰だと思っているのでーす!!」

 

「ぎゃーー!?関節が!脚の関節がぁ!?」

 

 

 ひとしきりだいりを痛めつけたなぎさはチーズケーキを冷蔵庫に戻す。

 

 

「…なぁ、なぎっち」

 

「ん?」

 

「何でなぎっちってチーズが好きになったんだ? 前までそんなことなかったのに」

 

 なぎさがチーズを好きになったのは割と最近だ。だいりがあの出来事があって正式にここに住み始めたぐらいから急にチーズ作りを始めたのだ。

 

「…それ言わないといけないのです?」

 

「うん、気になる」

 

「うーーーん……やっぱり秘密なのです」

 

「えー…またかよー。これで何回はぐらかされたと思ってるんだ?」

 

「秘密なものはヒミツなのです。だいりに言っても意味なんてないし」

 

「えーどういうことだよー」

 

「それよりだいりもさっさと寝るのです。明日はだいりは忙しいんだから」

 

「それ言うならなぎっちもだろ?チーズ作りはまた今度にしてさ、今日は一緒に寝ようぜ」

 

「んぇ!?ま、まぁだいりが言うなら別に良いのです」

 

「んじゃ決まり!今日は残暑の寝れない夜の怖い話100選をサービスで聞かせてやる!」

 

「そっそれじゃ寝れないのです!やめてなのですー!」

 

 

 階段を登っていくだいりを追いかけて準備する途中だった器具を置いてキッチンから走り去る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 百江なぎさはチーズが好きだ。お母さんの好きなチーズが好きだ。だいりが美味しく食べるチーズが好きだ。家族が美味しそうに食べるから好きだ。だけどお母さんはもういない。

 

 残したこのチーズケーキは家族の楔。今のなぎさにとっての唯一の家族であるだいりとの証。なぎさとだいりと2人をつなぐ大切な楔。

 

 だいりが笑顔でチーズケーキを食べたのを見てなぎさは気がついた。この笑顔こそ、この瞬間こそ、自分とだいりが家族であることを最も実感できる瞬間なのだと。そしてそれが自分が作ったものだったのなら、今よりずっと幸せになれると。

 そうして今日もいつものように家族の禊であるチーズを作り続ける。それがなぎさに残った唯一の家族である証だから。

 

 

「…だいり、今日のチーズは美味しかったのです?」

 

「ん?そりゃ、美味しかったぜ!ちょっと量が多かったけど…」

 

「でも全部食べてくれたのです」

 

「そりゃ、食べものだからな。食える時に食べとかないと損だろ?」

 

「…でもチーズばかりだと飽きないのです?毎日毎日」

 

「あ、自覚あったのね。…うーん、確かに毎日はちょっと厳しいけど…、なぎっちが作ってくれたものなら何でも美味いだろ!」

 

 そう笑顔で応えるだいり。

 …やっぱりだいりは凄く善い人なのです。なぎさなんかとは違って。いつもは自分勝手だけど、本当はいつだって誰かの幸せなことを考えていて、今だってなぎさのそばに居てくれて、なぎさの欲しかったものを笑顔で渡してくれる。

 

 隣にだいりがいるから頑張れる。

 

 だいりがいるから笑える。

 

 だいりがいるから魔女とだって戦える。

 

 

 

 

 ーーーだから、だいりが居なくなったら今度こそ終わりだ。

 

 

 

 

 ……絶対に離さない、渡さない、失わせない。もうたった1人の家族なのだ。なぎさにはもうだいりしかいない。この温もりを離したくない。それ以外はどうでも良い。もうだいりが居ない世界なんて考えられない。仮に奪うような奴がいるなら、なぎさはそれを絶対に許さない。それが他人でも魔女でも……魔法少女でも。

 なぎさはだいりが隣にいてくれればそれで良かった。

 

 

 だからなぎさは幸せだった。だいりと過ごすこの日常がこの上なく幸せなのだ。お母さんはいなくなったけど、百江なぎさはハッピーエンドにたどり着いた。

 

 

 

「だいり」

 

「ん?」

 

「だーいすきなのです!」

 

 

 

 

 

 

 

 




補足

雪野だいり:こうして百江家のヒモはできたのだった!因みになぎさと出会ってなければ本当にあそこで死んでいた。今回ユゥと死闘を繰り広げ、見事勝利。ベテラン魔法少女に初見勝利とかもはや一般人ではなく逸般人。

百江なぎさ:今回メンタルがクリーパーされた可哀想な子。尚、匠だいりの手によって劇的ビフォーアフターを遂げた模様。チーズが自身にとっての家族の証明書みたいになってしまったので、それをだいりに食べさせることでだいりはずっと自分の隣にいると自己満足している。作っているうちに本当にチーズ好きになった。くっそかわいーーっ!!え、病んでる?知らんな。

キュウベェ:このロリコンめ!!!!

なぎさの母親:だいりと会う以前はヒステリックで精神不安定な結構なクソ親だった。境遇が境遇なので仕方ない部分もあったけど、それでもなぎさちゃんを傷つけたので極刑。でも根は良い人。

ユゥ(夢遊の亡霊):今回の主犯。人殺ししながらそれを正統と謳う中々のヤベーやつ。そのイカレ具合もさることながら、実力も魔法少女全体で見てもピカイチで油断さえしてなければだいり程度瞬殺だった。だがその油断を突かれ、だいりの手によって極刑に処された。油断さえしなければ…。ちなみに後日、崩壊した廃墟の残骸からは誰の遺体も見つからなかったとか。


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