バカが魔法少女になった話   作:わらしべいべー

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短く纏めるつもりが長くなってもうた。




あんこ襲来

 

 

 

「どりゃあぁぁぁぁーー!!」

 

 結界内に大きな爆発音が起き、あたりを爆炎が包む。すると周りの景色は歪み、不気味な様子の結界から普通の路地裏に戻る。

 だいりは落ちてきたグリーフシードを手に取るとその場にへたり込む。

 

「ぜーっ、ぜーっ」

 

「いい感じよ、だいりさん」

 

 後ろからマミが声をかけてきた。肩で息を吐いているだいりは顔の汗を拭き取りながら立ち上がる。

 

「ほんと…1人でやると…しんどいわこれ」

 

「あんな魔女にいちいち根をあげてたらこれからやっていけねーのです」

 

「きついもんはきついんだからしゃーないでしょう。体力持たないんだよ」

 

「でも立ち回りは上手いと思うわ。攻撃も一度も当たっていなかったし、スタミナさえつければきっと私たちの闘い方にもついていけるわよ」

 

「だといいんだけどなー」

 

 現在マミたち3人はだいりの魔女退治の特訓をしていた。他2人と比べてだいりは弱いので、魔女退治中に2人の戦いについていけないということがザラだった。それに目をつけたマミが少し前からだいりに稽古をつけるようになったのだ。

 

 元々だいりの力不足はソウルジェムがなじみきっていないことにより魔力が十分に出力されていないことが原因なのだが、だからといって2人に任せて何もしないのはだいりとしても嫌だった。

 

「今の魔女結構強くなかった?体感EXボスぐらいだったんだけど」

 

「それはだいりが弱っちいだけなのです。なぎさから見れば2面ボスくらいなのです、スペカも切る必要もないのです」

 

「この前normalの一面ボスに泣かされた奴のセリフとは思えないな」

 

「は?」

「お?」

 

「こら喧嘩しないの。だいりさん、回復はできたわね。なら次の魔女のところに行くわよ」

 

「うげぇ、相変わらずスパルタたぜ、マミっち」

 

「こういうのは地道にやっていくしかないわ。少しずつ強くなっていきましょう」

 

 マミはこう見えて特訓に対してはかなりスパルタだ。倒れるギリギリまで何度も単独で魔女退治をやらされたり、マミと銃弾の雨の中から一つだけ飛ばされる豆をキャッチしろなど、特訓内容がとにかく厳しい。

 しかもその特訓中のマミの顔は常に嬉しそうな笑顔なのだ。その顔を見る度にだいりは言いようのない恐怖を感じていた。

 

「ま、しゃーないかぁ…」

 

 マミのスパルタっぷりに若干疲れ顔になりながらもだいりはマミの後を追うのだった。仕方ない、これも強くなるためである。

 

 

 

 

 

 

 

 鉄塔の上、そこに佇む影は静かにだいりたちを見下ろしていた。

 

「……あれがマミさんのお気に入りだな………ぶっ潰す」

 

 その影は射抜くような眼光でだいりを見つめながら持っている空き缶をぐしゃりと握り潰した。

 

 

 

 

 

  ●●●

 

 

 

 

 

 

 

「くたばれなのです!」

 

「ぐぁー!やめろなぎっち!引きずるな!摩擦で顔が、顔が熱い!顔が潰れちゃう!」

 

 今日も今日とてなぎさに叩き起こされただいりはなぎさに引きずられながら顔面を床に擦らせている。苦悶の声を上げるだいりを無視して歩を進めるなぎさ。

 

「やめて!おねがい、悪かったから!もうなぎっちのことさなぎちゃんとか言わないから!」

 

「うっさいのです!オメーは朝ごはんを食べる前に階段の感触を味わってろなのです!」

 

「ま、まさかなぎっち、このまま階段に行くんじゃぁないだろうな!やめろー!死にたくなーい!」

 

「問答無用なのです!」

 

 どうやらだいりは起こされている時に寝ぼけて変になぎさを挑発してしまったようだ。しかしこれは百江家では割と日常的な光景であり、今のところ魔力の出力でもなぎさに敵わないだいりは基本なぎさの怒りを受けて悲鳴を上げるのが常である。

 

 力を入れてだいりを階段に引き摺り下ろそうとした瞬間、突然玄関のドアが轟音とともに吹き飛んだ。そのまま玄関のドアは壁まで飛んできて突き刺さり、大きな音を立てて崩れさった。

 

「な、何なのです!?」

 

 なぎさは驚きながらも様子を見るために急いで階段を降りる。

 

 だいりを引きずったまま。

 

「ぐあぁぁぁぁぁぁぁ!!あだだだだだだ!!?」

 

 だいりは階段の段差に強く頭部を打ち付けられながら階段を下されている痛みで苦悶の声をあげる。

 

「げ、玄関が大変なことになってるのです!!」

 

「俺っちの頭も今大変なことになってる!!止まって!一旦止まってぇ!!」

 

 なぎさが降りた頃には、玄関に見事なトンネルが貫通されていた。瓦礫が落ちていて靴が何足か下敷きになっている。砂煙が立ち込める中、こちらに歩いてくる何者かの影が見えた。

 

 砂煙の中から現れたのは深紅色の髪の少女だ。衣服は現代的なものとはかけ離れたデザインで魔力も感じることから魔法少女であることがわかった。そして何より目を惹くのは自身の頭身以上の長さを誇る大きな槍である。岩くらいならばスッパリ切れてしまいそうなほどに巨大だ。

 

 少女は槍を器用にクルリと回すとなぎさのいる所へ近づいてくる。少女からは怒りとも捉えられる強い威圧感を感じる。少女の眼光に気圧されながらもなぎさは魔法少女姿に変身して武器のラッパを構える。

 

「…誰なのです、お前。何しにきたのです?」

 

「用があるのはお前じゃねぇ、後ろに転がってる奴だ」

 

 そう言って目の前の魔法少女は悶絶しているだいりを指さす。

 

「あばば…」

 

「だいりか狙いってどういうことなのです。というか玄関どうしてくれるのです!?弁償しろなのです!」

 

「知るか、アタシのノックに耐えられなかった扉が悪い。ガキはさっさと退いとけ」

 

「わっ、こらっ!土足で入るななのです!」

 

 なぎさを無視して赤い少女は倒れているだいりを襟を持って持ち上げる。気がついただいりは自分を持ち上げた少女に顔を向ける。

 

「…誰?」

 

「あんたが雪野だいりだな」

 

「うん、そーだけど…。もしかして魔法少女?魔女でも出た?」

 

「あぁ、倒すべき敵なら目の前にいるぜ雪野だいり。今日アタシはお前に決闘を申し込みにきた!!」

 

「え?」

 

 だいりは困惑した。目の前の少女にだいりは今初めて会ったのだ。だいりに決闘を申し込まれる理由なんてものは少しも思い当たらなかった。

 

「決闘?何でまた…」

 

「そんなの決まってる。あんたとアタシ、どっちがマミさんに相応しいか証明するためだ!」

 

「マミに?」

「え、マミっちの知り合いなの?」

 

「そうだ、アタシはマミさんの"一番"弟子、佐倉杏子だ。あんたたちよりずっと前からマミさんから戦い方を教えてもらっていた」

 

「…そういえばマミから元々弟子が一人いるって聞いたことがあるのです」

 

 以前なぎさはマミに弟子がいることを聞かされていた。見滝原とは別の地区に住んでいる魔法少女で、魔力も高く戦闘のセンスもあり、今では自分にも引けを取らないとかなりの高評価だったことを思い出す。

 

「そうだ、マミさんは最近アタシと会う機会がめっきり減った。前までは毎日三回は会って魔女退治をしてたのに、今じゃたった一回だけになっちまった…」

 

「大して変わってないのです。むしろ今までが会いすぎなのです」

 

「しかも会えたと思ってもお前ら2人の話しかしないんだ!何だよ!マミさんの弟子はアタシなのに!」

 

「はぁ…」

 

「そしてこの前聞いちまったんだ…。雪野だいり、あんたがマミさんの弟子になったって!」

 

「まぁ確かに戦いの面倒とかは見てもらってるけど弟子ってわけじゃないぞ」

 

「いや弟子だね!マミさんだってしごいて凄く楽しい弟子ができたって嬉しそうな顔で喜んでたんだよ!」

 

「それ俺っち褒められてるの?」

 

「とにかく!後から来たあんたより先に弟子になったアタシの方が優れてるって証明する!もし実力が中途半端ならアタシはあんたをマミさんの弟子とは認めない!」

 

 そうビシリとだいりを指さして宣言する杏子。よく分からないが面倒臭いことになったのは確かなようだ。理不尽に知らない人物に喧嘩をふっかけられたこの状況。普通ならば適当に断って身を引くのが無難である。

 

「いいぜその挑戦受けて立とうじゃないか!かかってきなあんこちゃん!」

 

「私はあんこじゃねぇ!杏子だ!」

 

 しかしだいりはバカなのでその決闘を堂々と受け入れた。だいりにとって挑まれた理由などは大した問題ではない。この状況を楽しめるか楽しめないかこそが彼女の損得勘定である。

 要するにだいりは面白そうだから勝負を受けたのだ。

 

「…勝負って具体的に何するのです?」

 

「そこはアタシが用意してある。その名も…、」

 

 そう言って杏子は懐から紙を取り出し、それを2人に見せる。

 

「一番弟子三番勝負だ!」

 

「おぉーっ!」

「えぇー…」

 

「これからあんたにはアタシとこの紙に書いてある内容三つで勝負してもらう!先に2回勝ちをもぎ取った方の勝ちだ!あんたが負けたらマミさんに2度と近づくな!」

 

「俺っちが勝ったら?」

 

「そしたらあんたのことを認めてやる。ま、あんたみたいなバカに負けるなんてあり得ねーだろうけどな」

 

「俺っちはバカでは無い!」

 

「というか何でわざわざ三番勝負なのです?普通に戦って優劣を決めれば良いのです」

 

「わかってないな、マミさんに相応しい人は純粋な強さだけじゃ足りない!弟子たるものマミさんのあらゆる部分をリスペクトする必要がある。この三番勝負はその資格を最低限揃えたものだ!つまりこの三つが優れている方がマミさんに相応しい!」

 

「む、無茶苦茶なのです…」

 

「なるほど、いいだろう!どっちがマミっちに相応しいか決めようじゃ無いか!」

 

「あぁ、アタシこそがマミさんに相応しいことを証明する!」

 

 いつものだいりの悪ノリで変な勝負が始まってしまった。既になぎさはこの2人には説得が効かないと諦めている。

 

「とりあえず選手名を決めるぞ。何事も形からだ」

 

「じゃあ俺っちこしあん派だからMs.こしあんで」

「アタシはつぶあん派だからMs.つぶあんだ」

 

 佐倉杏子はだいりとベクトルは違えどかなりのおバカだ。どうやら彼女はかなり真面目なタイプのようだ。バカ真面目というやつである。

 

 いつものようになぎさが言いようのない心労に駆られている中、戦いの火蓋は切って落とされた。

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

 「勝負一番目はゲームバトルだ!ルールは単純、このダンスゲームでより高いポイントを取れた方が勝ちだ!」

 

 ここは見滝原のデパートにあるゲームセンターだ。そのゲームセンターの一角にあるダンスゲーム機の前にだいりたちは来ていた。

 杏子の印象も相まって一体どんなおっかない勝負をするのかと思っていたなぎさは勝負内容を聞いて少し拍子抜けする。

 

「…何でダンスゲームなのです?それがマミと一体何の関係があるのです?」

 

「このゲームはマミさんがアタシに機動力の訓練のために使っていたゲームだ。マミさんもこれで体の動かし方を覚えたんだ。マミさんの原点ともいえる場所だ!」

 

「…一応聞くけど具体的にどんな訓練をしたのです?」

 

「ゲームの最高難易度をプレイしながらマミさんの銃弾を避ける訓練だ。一回当たるごとにマミさんのリボン鞭が放たれる」

 

「あ、おんなじだ」

 

「ただの地獄なのです」

 

 いつもの魔女退治の様子から厳しいものだとは思っていたが、まさかそんなに鬼畜だとは思っていなかった。ここまで来ると最早拷問である。なぎさの中でマミの印象が少しずつ変わっていく。

 

「……ところで何でなぎさはここにいるのです?2人の勝負だから関係ないと思うのです」

 

「なぎっちは実況役。ほら勝負事って実況とかがあった方が盛り上がるじゃん」

 

「その勝負一体誰が見るのです…?」

 

「いいじゃんか細かいことは。ほら解説役としてロリコンも連れてきてるし」

 

「訳がわからないよ」

 

 そう懐からキュウベェを取り出してなぎさに渡す。だいりは家に転がっていたキュウベェを捕まえて連れてきていたようだ。2人はいつの間にやら置いてある横長の机にあるパイプ椅子に座る。

 机にはご丁寧に『実況なぎさ』『解説キュウベェ』と書かれたプレートが置いてある。どっから持ってきたんだというツッコミをなぎさは飲み込む。

 

「全く、いきなり連れてこられたと思ったら実況役をやれとはね。僕にはやる事があるからできれば帰りたいんだけど」

 

「諦めるのです、できるならなぎさはとっくの昔に帰ってるのです。今のだいりは説得は通用しないのです」

 

「あ、あと俺っちたちのことはちゃんと選手名で呼べよ。折角決めた意味がなくなっちゃうからな」

 

 そう上胸あたりにつけている『Ms.こしあん』と書かれた名札を見せながら2人に言うだいりだが、なぎさには何故そこに拘るのかは全く分からなかった。

 

「よしそんじゃ始めるぞ」

 

 杏子とだいりはゲーム機にお金を入れる。すると画面が曲の選択画面に切り替わる。

 

「曲は同じものを選ぶ。マミさんがいつも選ぶ奴にするぞ」

「いーぞ、いつものあれでしょ」

 

 そう言って2人は画面を選択して同じ曲を選択する。

 

「…そうだ、折角だしちょっと特別にしようぜ」

 

「特別?」

 

「普通にゲームをプレイするだけじゃ面白くなさそうだからさいつもマミっちが銃弾撃ってくるみたいに何かスリルあるものにしたいな」

 

「…まぁ別にいいぜ、良いハンデだ。でどうするんだ?」

 

「それはな、このゲーム台をチョチョイッと弄って…」

 

 そう言ってだいりはゲーム機に魔力を込め始めた。するとゲーム機がメキメキと変形し、刺々しい見た目に変貌した。ビジュアルもかなり派手で、色彩も一層ギラギラとしたものに変化した。どことなく魔女を連想させるような見た目だ。

 

「よしこれでOKだな」

 

「OKな訳ないのです!」

 

「あだっ!」

 

 なぎさが変なやり切った感を出しているだいりに机のネームプレートを投げつけ、見事後頭部にヒットさせる。

 

「何すんのさ!」

 

「うっさい!何勝手に店のゲーム改造してるのです!どーするのですこのゲーム機!もはや原型がないのです!」

 

「いいじゃんか、そんなカリカリするなよ」

 

「あー…、後が怖いのです。めちゃくちゃ魔力がこもってるし…」

 

「弱めの魔女くらいはあるね。しかし驚いたよ、今の魔力でここまで物体を変化させる事ができるなんてね」

 

「ま、得意分野だからな!」

 

 そう言うとだいりはゲーム台のダンスパネルに戻る。

 

「…随分派手になったが、何が変わったんだ?」

 

「知らん、適当にいじったからな!」

 

 だいりは何も考えずに適当に魔力を込めて適当にいじった。何がどうなっているのかはだいりにすらわからない。もしかしたら何も起こらないかもしれないし、いきなり爆発とかもしないこともないかもしれない。

 このダンスゲーム機はプレイしなければ何が起こるかわからないパンドラの箱になったのだ。

 

「へっ、おもしれぇ!やってやろうじゃねぇか!」

 

「そうこなくっちゃ!じゃあなぎっち、開始の宣言よろしく」

 

「…はぁ、わかったのです。もうどうなっても知らないのです」

 

 なぎさは諦めたように肩を落とす。だいりの突発的なおバカ行動は今に始まった事ではない。抗うのではない、慣れねば。

 

「……はじめっ」

 

 なぎさの言葉と同時に2人はスタートボタンを押してゲームをプレイし始めた。曲が始まり2人の目の前の液晶画面にカラフルな矢印が降ってくる。それに合わせてパネルを踏む。

 

「うわっ、何だこれ!?」

「あぶねっ」

 

 画面の矢印が突如実体化し、2人に向かって飛び出した。2人は咄嗟に魔法少女に変身して矢印を破壊する。

 

「どーなってるのです!?」

 

「だい……こしあん選手が改造した影響でゲームのエフェクトが全て実体化するようになったようだね。大した威力じゃないみたいだけど、プレイを邪魔するには十分だろうね」

 

 確かに矢印だけではなくプレイ画面のキラキラと光るエフェクトやパネルを踏んだ際の火花も実体化している。パネルを踏むたびに派手な火花と星のエフェクトが飛び散る。

 

「なるほどっ!つまりパネルを踏みながら飛んでくるこいつらも一緒に壊すってことか。どうやらそれも得点に入るみたいだし」

 

「結構面白いじゃねぇか!」

 

 確かに画面には実体化した矢印を壊すたびにスコアに得点が入っているようだ。曲が進むたびに矢印の数も増していく。気がつけば2人の周りは実体化した火花で埋め尽くされていていた。

 

「へっ、やるじゃねぇか!けど勝つのはアタシだ!」

 

「火花で2人の姿が見えないのです!」

「スコアを見る限りでは今のところ拮抗状態のようだね」

 

 すると曲がサビに突入した。その瞬間先程とは比にならないくらいの矢印が画面から溢れて迫ってきた。

 

「「ー!」」

 

 2人はその矢印を纏めて破壊していき、凄まじいスピードでスコアも重なっていく。飛び散る火花で2人の視界は目の前の液晶画面がかろうじて見える程度となっていた。その中でも足をリズム通りに動かしながら襲いかかる矢印を破壊する様は驚異的と言えるだろう。

 

 ついに曲がラストスパートに入り曲も矢印の攻撃も最高潮に達する。最早2人の視界は完全に塞がれていた。

 

「ーー!」

「ーーっ!」

 

 そして曲の最後の韻を踏み、現れた巨大な矢印を同時に砕く。すると今までで一番大きい火花の爆発が起きた。

 曲が終わり綺麗な光の粒子が周りに散った。そして『GAME CLEAR』の文字が軽快なSEと共に画面から飛び出し表示される。なぎさはそんな2人の様を見て少し見惚れてしまっていた。

 

「「得点は!?」」

 

「…はっ!えーと…」

 

 杏子の言葉で正気に戻ったなぎさは急いでスコアを確認する。スコアには『TUBUAN:3,528,963』『KOSIAN:3,621,145』と表示されていた。つまり、

 

「だ、だい…じゃなくて、こしあんの勝ちなのです!」

 

「うぉっしゃーっ!!」

「……っ、くそっ!」

 

 激戦を制したのはだいりだった。なぎさとしてはかなり意外な結果となった。だいりがこのゲームをプレイし始めたのはつい一週間前だ。初心者と言っても言い違いはない。しかしプレイ歴で言えば杏子の方が圧倒的に長いはずだ。

 元々こういったゲームが得意だったのか、マミの特訓が活きたのか理由は分からないがだいりは見事勝利をもぎ取った。

 

「だいりが勝つなんて意外だったのです」

 

「同感だね、経験では間違いなく つぶあん選手が上だった」

 

「へへーん、前からこういうゲームは得意だったんだよ」

 

「くっ…、このゲームで負けるなんて」

 

 杏子はだいりに負けたのがよほど悔しいのか膝をついて拳を床に叩きつけている。杏子はマミに誘われたこともあり、このゲームを毎日のようにやり込んでいた。特にこの曲に至っては日課のようにプレイしていたのだ。そんな得意分野で自分が負けるとは思っていなかったのだろう。

 

 強いて敗北の理由があるとすればだいりの改造のせいで曲の盤面も変化していたことだ。日頃同じ曲で同じ盤面をプレイしていた杏子はラスト近くの急な盤面変化に一瞬ついて行けていなかったのだ。けっして杏子がだいりに劣っているわけでは無かった。

 しかしそれでも杏子の自信に浅くない傷がついたことだろう。

 

「まずは俺っちの一勝だな」

 

「…っ、これで勝ったと思うなよ!まだ三番勝負は続いてる!」

 

 しかしここで折れないのが佐倉杏子だ。自らが捧心しているマミの弟子の名にかけて、ここで折れるわけにはいかなかった。

 

「わかってるって、じゃあ次の勝負は…」

 

「あのー、だいり」

 

「何だなぎっち。あと今はMs.こしあんだ」

 

「あのゲーム機何かおかしいのです」

 

「ん?」

 

 だいりが先程まで使っていたゲーム機を見ると何やらゲーム機本体がグニョグニョと蠢いていた。

 最早プレイしていた時の形は保っておらず、まるで理科の教科書に載ってるアメーバのようだ。

 

「…どーなってんのあれ」

 

「どうやら無理に改造した代償が出てきたみたいだね」

 

「代償?」

 

「内部で魔力が暴走しているんだよ。今の現代機器は魔力に適応するには早すぎたみたいだ」

 

「…それってつまり」

 

「このゲーム機はあと数秒で爆発するだろう」

 

「やっぱり?」

 

「言ってる場合かなのです!?このままじゃ大惨事なのです!」

 

「しゃーない、こうなったらもう一回弄って…」

 

「悪化する未来しか見えないからやめるのです!」

 

「おい待て、何かゲームが光って」

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 俺はこのゲームセンターで働く店員だ。といっても仕事自体はアルバイトで時給がそこそこ良かったから適当にここを選んだけだ。とにかくお金が手に入れば何でもよかった。

 そんな俺の仕事の日課はこのゲームセンターの見回りや客足が少ない時に台の調整や商品の補充などが主だが、最近は裏方にまわってのデスクワークも多くなってきて椅子に座り楽をする機会も増えてきた。今は他の店員は買い出しで出払っている。今日の店番は俺だけだ。やはり仕事といえど少しでも楽はしたいので今は少しサボり気味だ。

 そんな俺は今日も監視カメラを時折確認しながら確認表にチェックを入れる。…よし、特に問題はないな。

 

「…しかし今日は妙に客足が少ないな」

 

 今は夏休みの真っ最中なこともあって大人だけでなく子供も毎日のようにわらわら来るので、休み前と比べれば客足はかなり多い方だ。しかし今日はどうしたことだろうか、子供はおろか大学生などの大人1人見かけない。つい数刻前まではいつも通りだったのにも関わらずだ。少なくとも監視カメラから見えるのはダンスゲームで遊んでいる少女たちだけだ。

 

「まぁ、そういう日もあるか」

 

 別に客足が少ないからといっても一時的なものだろう。すぐにいつも通りに戻って、人の喧騒が聞こえてくる、そう思っていると、突如凄まじい揺れと共に大きな爆発音が聞こえた。

 

「ーーな、何だ!?」

 

 慌てて俺は監視カメラのモニターを確認する。しかしカメラのモニターには特に異常はない。妙だと思いながらも、仕方ないので確認のためにデスク作業を中断してセンター内の様子を見にいく。

 

「け、煙!?」

 

 センター内に入ると少し離れたところから煙が上がっているのが見えた。な、何でだ!?さっきモニターで見た時は何ともなかったのに!急いで俺は煙の上がっている場所に走り出す。こんなのがバレたら大目玉だ!早く何とかしないと!

 たしかあそこの辺りにはダンスゲーム機があった筈だ。遊んでた人もいたと思うから急がないと!

 

 消化器を持って俺は煙の元にたどり着く。そこにあったのは炎をあげながら無惨な姿になっているダンスゲーム機だった。な、なんてことだ…。ふと隣を見てみると先程ダンスゲームで遊んでいただろう少女たちがいた。俺は安否を確認しつつ彼女らに事情を聞くことにした。

 

「大丈夫ですか!」

 

「は、はい大丈夫なのです」

 

「一体何があったんだ?いきなりこんなことになるなんて」

 

「え、えーっとだな…」

 

「こいつがいきなり爆発したんだよ」

 

「え?」

 

 赤髪の少女がそう言う。い、いきなり爆発した?そんな馬鹿な。

 

「そ、そうなのです!ゲームをしてたらいきなり煙が上がって爆発したのです!」

 

「そうだな、いきなり爆発したな」

 

 他2人もそう言って頷くが、この3人明らかに怪しい。しかし仮に悪戯だったとしても彼女たちだけでここまで派手に壊せるものだろうか。見たところ目立った道具も持ってないし、今の俺では真偽がわからない。

 

「…わかった、一応少しだけ話を聞きたいからここで待っててくれ」

 

 そう言って俺は一旦、裏の部屋に戻る。警察を呼んで店長にも連絡を入れると、俺はモニターの前に顔を向ける。カメラの過去データからなら何が起きたかがわかる筈だ。あいつらが何かしていたら即刻警察に突き出そう。そう思い目を光らせて数分前の映像を巻き戻して見てみる。だが、

 

「…本当に勝手に爆発してる」

 

 そこに映っていたのはあの3人がダンスをしている途中に煙を出し始めたゲーム機が突如爆発するという光景だった。彼女たちの言っていたことは本当だったということだ。事実を確認した俺は3人の元に戻り一通りの事情を聞く。

 

「えーっと、そろそろ帰って良いのです?これからなぎさたち用事があるのです」

 

「え、あぁ、はいわかりました…」

 

「じゃあ、また来ますねー。今度来る時にはゲーム機直しといてくださーい」

 

 そう言って3人はゲームセンターを後にした。なんだったんだ一体。しかしいきなり爆発するなんてとんだ欠陥品だな。今度は最新の機種に変えてもらうように頼もうか…。

 俺はこれから来る警察と店長に対してどう説明するかを考えながら重い足取りでその場を後にした。

 

 

 

 ●●●

 

 

 

「ふぅー、何とかなったな」

 

「何となったのです…」

 

「間一髪だったな」

 

「君たち僕をこき使っておきながらよくそんなことが言えるね」

 

 だいりたちはデパートの中を歩いていた。先程の爆発のせいか、衣服に僅かな焦げが付いており、すれ違う人々がチラチラこちらを見てくるが3人はあまり気にしてない様子だ。

 

「はぁ、なぎさたち最近こんなのばっかなのです」

 

「しかしあんこちゃんの固有魔法が幻覚なんてな、びっくりした」

 

「あんこじゃねぇ、杏子だ。…あらかじめあの店員に幻覚をかけといたんだよ。これで監視カメラから見てもアタシらの勝負は見えてない」

 

「で、その隙にロリコンがカメラのデータを偽造してすり替える。我ながら完璧だ!」

 

 杏子は念の為に自分の固有魔法『幻惑』を使い、店員の認識を支配していた。だいりは爆発の直後、杏子から自身の魔法の話を聞くとキュウベェにカメラの映像を偽造するように頼んだ。

 キュウベェとしても魔法の存在が世間に広まるのは自身が行動する上で困ると判断したので、映像を杏子の言ったとうりに映像を偽造したのだ。こうして3人は何とか窮地を脱することができた。ゲーム機は爆発してしまったが。

 

「全く、僕をこんな風に使うのは君が初めてだよ」

 

「いやー、それほどでも」

 

「だいり、多分褒められてないのです。というかそもそもの原因はオメーなのです」

 

 現在3人は杏子があらかじめ用意したと言う二番目の勝負場所に向かっている。なぎさは準備の良い杏子に少し驚く。

 

「よし、そろそろ着くな。…雪野だいり!この勝負はアタシが勝つ!!」

 

「ふっ、これにも勝ってマミっちの膝の上は俺っちがいただく!」

 

「やれやれなのです」

 

 そんなことを話しているうちに目的地に着いたようだ。3人はデパートの一角にある多目的室前に来ていた。部屋の扉の前には受付らしき人がいる。

 

 そのまま3人は多目的室に入るとそこは学校の家庭科室のような複数の調理台があるの部屋だった。部屋には他にも人がいて、皆エプロンと三角巾を着用している。そしてその後目に入ってきたのは大量の調理器具と食材だった。

 

 なぎさは凄まじく嫌な予感がした。

 

「これって…」

 

「そうだ、勝負二番目は料理対決だ!マミさんと言えば料理!料理のできない奴はマミさんの弟子にあらず!ここで開かれる料理教室で料理を作って美味かった方の勝ちだ!」

 

「なんで料理教室?」

 

「普通にやるよりも費用が安かったからだ」

 

 杏子はこの勝負のためにこの料理教室に2人分で予約をしていたらしい。小学生は見学ありなのでなぎさも問題なく入れている。

 

 そして杏子とだいりはそれぞれ配布されたエプロンを着て指定の調理台に行こうとするが、

 

「…お前らどうした?もうすぐ始まるからさっさと実況の準備しろよ」

 

「杏子、悪いことは言わないのです。即刻この勝負をとりやめるのです」

「激しく同意するよ」

 

「はぁ?」

 

「今ならまだ間に合うのです!最悪の結末にならないうちに早く!!」

 

「何言ってんだよ、なんでここで勝負を止めなきゃいけないんだ。一応金も払ってるし。…もしかして雪野だいりは料理ができないのか?」

 

「料理が苦手なんてレベルじゃないのです!終焉が訪れるのです!」

 

「僕からも強く反対するよ!彼女の料理は普通じゃない!」

 

 だいりの料理の恐ろしさを知っている2人は必死に勝負を中止するように杏子を説得する。なぎさはともかくキュウベェがここまで焦るのは珍しいと思いながらも、先程の敗北で何としても遅れを取り戻したいと思っている杏子には止める気はまったく無かった。

 

「はっ、やだね、それにアイツが料理が苦手ってことはアタシが勝ったも同然ってことじゃないか。勝てる勝負を捨てるほどアタシは馬鹿じゃない」

 

「そういう問題じゃ わっ!?」

 

「勝負の邪魔すんなら大人しくしてろ。お前らにはアタシたちの料理を食ってちゃんと勝敗を決めてもらわないといけないからな」

 

 杏子はなぎさとキュウベェを自身の魔力で生成した鎖で縛りつけた。幻覚魔法も付与しているので周りの一般人に見えることはない。声を上げようとしている2人を無視して杏子は三角巾を頭につけながら調理台に戻った。

 

「あれ、なぎっちたちは?」

 

「あいつらは今回は見学するってよ。だから実況は無しだ」

 

「えー、実況あった方が面白いのに」

 

「流石にここでやったら迷惑だろ…。ほら、説明がはじまるぞ」

 

「では皆さん、そろそろ始めたいと思います」

 

 そう柔和な見た目の男性が声を上げる。どうやらこの料理教室の先生のようだ。

 今回はロールキャベツを作るようで作る手順を先生が丁寧に説明していく。ロールキャベツはキャベツを巻く作業にコツがいることから作るにあたる難易度は少し高めだ。先生が一通りの説明を終えると、周りは早速調理に取り掛かる。杏子とだいりも同時に作業を始めた。

 

「えーっと、確かここをこうやって…」

 

(へっ、やっぱり調理は初心者か。そんなんでマミさんの弟子を名乗るなんて1000年早い!)

 

 杏子はこれでも料理を作るのは結構得意だ。マミに教えられたということもあるが、家庭の事情で自身で食事を作らざるを得ない環境だったこともあって今の杏子の料理の腕はマミにも引けを取らないほど高く、ロールキャベツ程度なら簡単に作れる。

 

 少し離れてはいるが、遠目からでもだいりがロールキャベツの調理に苦戦しているのは明らかだった。

 

 そんなだいりの様子を見て杏子は自分の勝利を確信した。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

(や、や、や、やばいのです!このままだとまたあの名称し難きモノを目に入れるハメになるのです!!食うのも絶っっっ対に嫌なのです!!)

 

(それ以前にこの料理教室が阿鼻叫喚の地獄になるね)

 

 なぎさとキュウベェは杏子の魔法で口ごと縛られていて喋れないのでテレパシーで会話をしていた。

 杏子の作り出した鎖は頑丈に作られているようで、少なくとも生身ではびくともしない。魔法少女姿で抵抗すれば壊せるだろうが、流石にこんな人がいる場所で変身するわけにはいかった。

 

(なんとかしてだいりだけでも調理作業を止めないとです)

 

(でもどうするつもりだい?今の僕たちは身動きが取れない上に声も出せないよ)

 

(…ギリギリ魔法は使えるのです。ここからなぎさたちでなんとかするしかないのです)

 

 そう言うとなぎさは縛られている鎖からなんとか手を出してその上にいくつかの飴玉とチョコを生成した。

 

(さっきの説明ではロールキャベツを煮込む工程があった筈なのです。流石のだいりも煮込み作業はすると思うから、その煮込んだ鍋にこのなぎさ特製の魔法のお菓子を放り込むのです!このお菓子は混ぜればどんな食べ物でも甘くできるのです!)

 

(なるほど、料理の味がやばいのならば根本から味を変えてしまえば良いということだね)

 

(その通りなのです。味はロールキャベツから程遠いものになると思うけど、あの冒涜物質が完成するよりかは百万倍マシなのです)

 

(でもそれをどうやって鍋に?さっきも言ったけど僕たちは文字どうり手も足も出ない状況だ)

 

(それならなぎさに任せるのです。今からキュウベェの鎖に少しずつなぎさの魔力を送って拘束を弱らせるのです。煮込み作業までにはまだ時間があるからそれまでに完全に鎖を解ければ…)

 

(そのお菓子を僕が鍋に入れにいけるというわけだね。なるほどそれなら行けそうだ)

 

(じゃあ魔力を流すのです)

 

 なぎさは手をギリギリまで伸ばしてキュウベェの鎖に魔力を流し始める。するとキュウベェは少しずつだが自身を縛る鎖の拘束が緩んできているのを感じた。だがやはりこの様子だと完全に外れるのはやはり時間がかかりそうだ。

 魔力を流し続けてしばらくが経った。周りの人は既に煮込み作業を行っており、香ばしい匂いが漂ってきている。そんな周りの様子になぎさが内心焦りを感じていると、

 

「よしできた!あとは煮込み作業だけだな!」

 

「「!!」」

 

 そうだいりが声を上げた。遅れながらだいりが煮込み作業に入るようだ。既に鍋は用意されており、今まさに調理物を鍋に入れようとしているところだ。

 

(な、なぎさ、早くするんだ!)

 

(わかってるのです!)

 

 流す魔力の量を一気に増やす。すると数秒後にバキンッと言う音と共に鎖が壊れ、キュウベェは拘束から解放された。

 

(よし、行ってくるのです!わかってると思うけど失敗は許されないのです!)

 

(わかって……うっ!?)

 

(こ、この匂いは……!?)

 

 キュウベェがなぎさからお菓子を受け取りだいりのもとへ行こうとしたその時、凄まじい異臭が2人の鼻腔をついてきた。この匂いに2人はとても身に覚えがあった。

 ーー思い出したくもない虹色の記憶。ゲーミング料理が脳裏によぎる。

 

(いそぐのでーーーす!!)

(わかってるよ!!)

 

 キュウベェはお菓子を包んだ袋を背負ってだいりの元へ全速力で駆け抜ける。魔法少女以外の人には見えないキュウベェは他の調理台を踏み台にして一気に道のりをカットする。

 

 しかしその時に見た光景は地獄絵図だった。バタバタと青い顔をしながら倒れていく参加者たち。教室の先生も洗面台に頭を突っ込んで気絶していた。

 恐らくだいりの料理から発せられる強烈な魔力のせいだろう。魔力に耐性の無い一般人はそれに耐えられず気を失ったのだ。無論普通は料理から魔力なんてものは発生しない。

 

(一足遅かったか…、だいりは一体何を混ぜたんだ!?)

 

 改めてだいりの悪魔的な料理の手腕に戦慄しながらも何とかだいりに見つからず鍋のそばにたどり着く。

 

 (な…なんて匂いだ…)

 

 キュウベェは鍋から発せられる匂いに気を失いそうになる。キュウベェに嗅覚を含め基本的に五感というものは元から無い。しかしそれにも関わらずキュウベェはこの言い表しようの無い異臭を感じ取ることができている。これは肉体自体が強烈な拒絶反応を示しているということである。はっきり言って異常なことだった。

 

 しかしキュウベェは震える端末を気合いで動かし、だいりが少しよそ見をしている隙に素早く鍋にお菓子の入った袋を放り込む。すると一気に匂いが甘ったるいものに変化する。

 

「?」

 

(よし、上手くいったみたいだ)

 

 ほっと胸を撫で下ろす。事を済ませたキュウベェはその場を後にする。

 

「何か匂いが変わったような…、ま、いっか。そのまま調理しよ。そっちの方が美味しくなるかもしれないし」

 

 

「なぎさ、何とか上手くいったよ」

 

(でかしたのです!…だけど周りの人は…)

 

「すまない、間に合わなかった」

 

(いや、良いのです。被害を最小限に抑えられただけでも儲けものなのです)

 

 料理教室に参加している人たちはだいりと杏子を残して全員が失神してしまっていた。命に別状はないだろうが、中には泡を吹いている者もいるので、急いで救急車を呼んだ方が良いだろう。

 

(そういえば杏子は?)

 

「見た限り大丈夫なようだ。というより調理に集中していて周りに気付いてすらいないよ」

 

(……まぁ、知らぬが仏なのです)

 

 杏子は魔法少女であることと、持ち前の真面目バカな性格が身を救ったようだ。

 

「さて、じゃあ後は完成を待つだけ……うっ!?」

 

(どうしたので……ッ!?)

 

 すると2人の鼻腔に先程の比ではない異臭が舞い込んできた。思わず2人は皆悶えてしまう。

 

(な、何で!?さっきまでちゃんと甘い匂いだったのです!)

 

「ち、ちゃんとお菓子入れた筈なのに何故……」

 

 そう疑問に思っていると、キュウベェは片っ端から調味料を入れているだいりの姿が目に入ってきた。よく見れば明らかに食べ物ではない物も遠慮なく入れている。

 

「うーん、やっぱ味が甘すぎるよな…。もっと辛味を入れたいからワサビを…箱ごと入れるか」

 

(し、しまった!後から入れる調味料のことを失念していた!これじゃ意味がない!というか何でわさびをケースごと入れてるんだい!?せめて開封してあげて!?)

 

「あっ!またお玉が溶けた…。もっと丈夫なのはないのか?」

 

(普通調理中にお玉は溶けないのです!!)

 

 何とか体を動かそうにもあまりの異臭に思った通りに動けない。2人はだんだんと体の自由が奪われる感覚を覚える。

 

(このままだと杏子がやばいのです…!せめて杏子だけでも…)

 

「……よしっ!完成だ!」

 

 

 だいりが鍋から鈍い虹色に発光するロールキャベツらしきナニかを取り出す。

 

 それを見た瞬間なぎさの意識はブラックアウトした。

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 この勝負絶対に負けられない…!!

 

 アタシは鍋に煮込まれているロールキャベツの様子を確認しながらしっかりと煮込み上げていく。

 ロールキャベツは昔母さんに教えてもらって、そしてマミさんとも一緒に作ったことのある料理だ。おまけにその出来はマミさんのお墨付きときた。

 最早負ける気がしない。

 

(しかしさっきの異臭は何だったんだ?)

 

 さっき調理中に異様な匂いを感じ取った。思わず顔を顰めてしまうほどだったが、どうせどっかのやつが調理に失敗したのだろう。

 その後に甘い匂いや辛い匂いなどコロコロ匂いが変わるので鬱陶しくて仕方なかったが、それを何とか乗り越えて完成間近まで漕ぎつけた。

 

(ま、アタシとしては勝負に勝てりゃ何でも良いけどな)

 

 アタシは勝負に勝てればそれで良かった。あいつがどれほどの料理を用意しようと勝つ未来しかアタシには無かった。さっきのダンスの勝ちはきっとまぐれだ。今度こそアタシがマミさんに相応しいことを証明する!!

 

「…できた!!」

 

 できた、ついにできた!多分今までで一番の出来とも言えるロールキャベツが!これなら確実に勝てる!

 鍋に入っているロールキャベツを皿に移し、キャベツを崩さないようにきれいに盛りつけ、そしてトッピングとして作っていたトマトソースをかける。これで完成だ。完成させた達成感でアタシは思わず口角が上がる。

 後はあの2人に食べてもらうだけっ!

 

「ふふっ、覚悟しろ雪野だいり…!これで………?」

 

 なんだ?周りが妙に静かだ。不思議に思い周りに意識を向けて確認してみる。

 

「何だ…?みんな倒れてる…!?」

 

 料理教室の参加者が全員倒れていた。どうやら気を失っているだけのようだが、その顔は青く、中には泡を吹いている人までいる。明らかに普通では無かった。するとアタシは空気中に僅かな魔力を感じ取った。

 

「…まさか魔女の仕業か!?」

 

 魔女はただ結界内にいるだけでなく、現実に影響を与えて一般人を襲ってそのまま命を奪ってしまうこともある。その場合は今のように魔力を使って気絶させたり、正気を失わせたりなどして結界に引きずり込むのだ。

 

 アタシは魔法少女の姿に変身して周囲を警戒する。しかし魔女の気配はどこにも感じ取れなかった。

 

「?……どうなってるんだ?」

 

「あっ!あんこちゃん、無事だったのか」

 

 すると後ろから雪野だいりが話しかけてきた。こいつ、こんな状況なのに能天気に何やってるんだ…!

 

 気配は感じないが、もしかしたらそういうタイプの魔女なのかもしれない。そうだとすればいつ襲われるかわからない。警戒するに越したことはない。

 

「おい、どうなってんだこの状況。あのちびっこはどうしたんだ?」

 

「それがなぎっちも気絶しちゃってて…」

 

「何!?」

 

 あのちびっこのいる方を見てみると周りの人たちよりも一層青い顔をして倒れ伏しているちびっこの姿があった。

 マミさんの話ではあのちびっこはかなりの実力を持っていると聞いている。アタシが拘束していたとは言え、いざとなれば変身して抜け出せたはずだ。する暇もなくやられたってことか?アタシは槍を構え、更に警戒度を上げる。

 

「おい、お前も変身しとけ。魔女がいる!」

 

「え、魔女の仕業なのこれ。救急車呼んじゃったんだけど」

 

「それしか考えられないだろ!わかんないのか!?」

 

「いやー、俺っちまだ魔力を感知できないからわかんないんだよね」

 

「はぁ!?」

 

 本気で言ってんのかコイツ!?魔力を感知できないなんて魔法少女として致命的だぞ!なんでこんな奴をマミさんは…

 

「それに、多分魔女はいないと思う」

 

「…何でわかんだよそんなこと」

 

「うーん…何というか魔女が近くにいる時ってなんというかこう、肌にチクってくる感じがあるんだよな。今はそれを感じないから、多分いないと思うぞ」

 

 なんだよそれ、魔力感知の感覚とも違う。勘ってやつか?

 けっ、そんなの信用できるかよ。

 

「!!」

 

 その時アタシは魔力とも違う異様なものを感じ取った。感じているだけで気持ち悪くなりそうな何かだ。アタシは半ばに本能に近いもので体を動かし、すぐに気配を感じた場所を攻撃した。

 

 

「そこだぁ!!」

 

「あっ」

 

 

 大きな音を立てて調理台が壊れる。気配の元をしっかりと捉えられたことと、確かな手応えを感じたことで、仕留められたことを確信する。

 

「あーーっ!俺っちの作ったロールキャベツがー!」

 

「…はぁ?」

 

 雪野だいりが悲鳴にも近い声をあげる。…確かここは雪野だいりが使っていた調理台だ。どうやらアタシが攻撃した場所に運悪く作ったロールキャベツがあったらしい。

 

「なんてことするんだー!!作るのすごく苦労したのに!」

 

「知るか、ついてなかったとでも思ったとけ」

 

「むわーーっ!あんまりだー!」

 

 そう叫んでいる雪野だいりを無視してアタシは刺した槍を引き抜く。が、しかしその時少し違和感を感じた。妙に軽い?いつも振るっている槍よりもやけに重さが感じられなかった。まるで持ち手から先がなくなったみたいな…

 

「なぁ!?」

 

 槍に目を移してみると本当に持ち手から先が黒く溶けてなくなっていた。そして持っていた部分も一気に黒くなり硬いものを握っている感覚がなくなり、溶け出す。思わずソレから手を離した。

 

「ひっ」

 

 ふと槍で破壊した調理台を見てみると破損した机から鈍い虹色に光る何かが見えた。その瞬間凄まじい目眩と吐き気が催してきた。思わず乗っていた調理台から転げ落ち、その場に蹲ってしまう。

 

「うわっ、大丈夫!?」

 

「う、うぐぅ…」

 

 なんだあれ、なんだあれ!?

 あんなの見たことがない!

 魔女?いや魔女でもあんな異彩は放たない!

 魔女よりもヤバいナニかだ!

 

「どうした!?大丈夫か!」

 

 逆になんであんたは大丈夫なんだよ!

 

「…はっ!もしかして腹が減ってるのか!そういえばもうお昼時も過ぎてるし、朝会ってから何にも食べてなかったし…。ちょっと待って、確かまだ鍋にロールキャベツが残ってたはず…」

 

 違ぇよバカ!!

 くそっ、早くあの物体をなんとかしないと!このままだと被害が広がるかもしれない!

 ヤバい…なんか体が震えてきた…、目眩もキツく…

 

「よかった、鍋の中身は無事だった」

 

 なんとか立ちあがろうともがいていると、雪野だいりが戻ってきた。先程の虹色の物体がのった皿を持って。

 

「!!!!??」

 

「ほらっ、これが俺っちの作ったロールキャベツだぞ〜」

 

 あ、え?

 な、なんで…?

 

「勝負だあんこちゃん!これは自信作だぞー……あ、フォーク溶けた」

 

 ヤバいヤバいヤバい!!

 ま、まさかこれロールキャベツか!?

 ふざけんな!!なんでフォークが解けてんだよ!何で虹色に発光してんだよ!!

 

 その時アタシはあのちびっことキュウベェが言っていたことを思い出した。

 まさかさっきの異臭もこのロールキャベツもどきの仕業か!?今はそんな匂いは全くしないが、それが逆に隠しきれない危険度を醸し出している。

 

「ま、いっか、素手でいこっと。はい、あーん」

 

「…!!…ヒッ…!…や、やめ…!」

 

 目の前に色が蠢いた食べ物ではないナニかが迫る。そして口に入る寸前、周りの視界に入るもの全てが鮮やかな色彩に包まれた。

 

 な、何だコレ…スッゴクキレイ……

 

 そして巻かれているキャベツからギョロリと目玉のようなモノが覗き込み、

 

「ー」

 

 アタシの視界は虹色に染められた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○月▲日

 

 明日はまなかのお父さんが営んでいるお店『洋食ウォールナッツ』の料理教室が開かれる日です!

 ウォールナッツは神浜市にある洋食をメインとして料理を出しているお店で、まなかが育ったお店でもあるのです。

 ですが料理の腕こそは高いけどその知名度はとても低い。だから料理が美味しくてもお店にお客さんはあまり来ないのが事実…。

 ですのでお客さんを増やす作戦としてウォールナッツメインで料理教室を行うことにしたのです!

 お店自体の料理の腕は本物です。だからこれで少しでもウォールナッツの知名度をあげるんです!

 明日は まなかは料理教室自体には参加できないけど、お父さんが教室の先生をするからそのサポートにまわるんです!

 さぁ、明日は頑張ってウォールナッツの存在をみんなに知ってもらうぞー!

 

 

 

 

 そのはずだったのに……

 

 

 

「あれ、あんこちゃん?どうしちゃったの?」

 

「」

 

 

 

 どうしてこうなってしまったのでしょう?

 

 

「あ、ちょっとあんた」

 

「ひぃぃッ」

 

 調理教室が始まって、最初の方は順調だった。参加者はみんなそれぞれがしっかりと美味しそうななロールキャベツを作っていた、はずだった。

 まなかは裏方で作業をしていたのですがですが煮込み作業に入ったであろう時間帯になると異様な匂いが立ち込めてきたのを感じてそのあまりの異臭に思わず床に倒れ伏してしまった。

 匂いがおさまってしばらく経った後に急いで調理室に行くと、そこは既に地獄絵図。

 倒れ伏す参加者たち、洗い場に頭から突っ込んでいるお父さん、派手に破壊された調理台、そして料理と名乗ることすら烏滸がましいナニかを持っている絶望。

 まなかにはその人が顔つきも相まって悪魔にしか見えなかった。

 

 お願いだから悪い夢なら覚めてほしい。つい十分前まではみんな笑顔で調理をしていたはずだ。お父さんも久方ぶりの笑顔を浮かべて幸せだったはずなのに……

 

 なのに、なんで…こんな…

 

 

「おーい、聞こえてる?」

 

「ヒィッ!!」

 

 気づけば1人たっていた参加者がナニかを持ったまま目の前まで来ていた。この人の作ったモノが原因か!?

 ヤバい…、目眩がする…!これ以上アレを視界に入れたくない…!

 逃げようにも体が思うように動かず、思わず腰を抜かしてしまう。

 

「や、やめ…」

 

「?…なんなんだみんなさっきから。…まさか本当に魔女が?」

 

 そう目の前の悪魔は周りを見渡す。

 い、今しかない!

 

「うわぁぁ!」

 

「あっ!」

 

 まなかはその場から逃げ出した。全速力で走って、多目的室から出る。振り返ることなく走って走って走りまくった。もはや周りの目など気にしている場合ではなかった。一刻も早く救急車を呼ばないと…!その一心でデパートから出ると、目の前にちょうど救急車が止まっているのが見えた。

 あぁ、よかった…!すぐに救急車のそばに来ると焦った様子で救急隊員の人がかけ寄ってきた。

 体裁なんて気にしている場合ではない。まなかは縋って隊員の人にお願いした。

 

 

「お、お願いでず…!みんなをたずげでぐたざい!!」

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

「……」

「……」

ブツブツ

 

「…どうしたの3人とも。元気ないけど…」

 

 元気などあるわけがなかった。あの後先に目を覚ましたなぎさが魔法でだいりの作ったロールキャベツを全て消滅させたことにより、なんとか最悪の事態になることは防がれた。

 しかしそれでも被害は大きく、参加者の大半が病院送りにされてしまった。魔力に耐性のある3人はかろうじて無事ではあったが、それでも破壊的ダメージを受けてしまっている。特にアレを間近で見てしまった杏子は重症だ。顔からは生気が抜けきっており、目も光が失われている。ぶつぶつと何かを呟いているが聞かない方がいいだろう。

 

「しかし納得いかないなー。なんで俺っちの負けなんだ?」

 

「…普通に考えてそうなのです。むしろ勝負にすらならなかったのです。悪い意味で」

 

「不思議だよ…、感覚なんてないはずなのに未だに吐き気が止まらない」

 

「失礼な、あれは今までで一番の出来だったんだぞ!ちゃんと味見もしたし」

 

「君の異次元の味覚と一緒にしないでくれるかな?」

 

「なぎさはアレに慣れかけている自分が怖いのです…」

 

「………ー…」

 

「ところで次の勝負はなんだろ?次で最後でしょ?」

 

「いや、多分もう無理だと思うのです。完全に杏子が勝負続行不可能なのです」

 

「えーっ!?折角ここまでやったのに!」

 

「もう日も沈みかけてるのです。杏子のことも考えて今日はもう大人しく帰るべきなのです」

 

「……ぃ…ー…」

 

「そうかもだけどさ…、どうしてもさっきの負けは納得できないんだよなぁ」

 

「さっきの勝負に至っては君の完敗だと思うよ、だいり」

 

「……むぅ…、わかったよ、今回は諦めるよ。あんこちゃんもそれでいい?」

 

「ーーぃ…ー!」

 

「ん?」

 

「あ、アタシはあんこじゃないぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

 

「うわっ!」

 

 ずっとブツブツと何かを呟きながら俯いていた杏子が突如大声を上げた。どうやら正気に戻ったらしい。

 

「はぁー、はぁー……、まだだ、まだ、勝負は終わって、ない…!」

 

「えぇ、まだやるのです…?」

 

「当たり前だ…!まだ決着はついてない…!!」

 

 鬼気迫る表情で勝負続行の意思を見せる杏子だが、なぎさとしては正直杏子は限界だと感じていた。一応グリーフシードで回復したとはいえ、アレを実食寸前まで直視したのだ。その恐ろしさはなぎさがよく知っている。正直立っていられるだけでも奇跡だ。

 

「最後の勝負は魔女狩りだ!この辺りにはアタシが昨日逃しちまった魔女がいる!そしてその魔女にはアタシのマーキングがつけられている!魔力を追ってそいつを先に倒した方の勝ちだ!」

 

「え、まじで?」

 

 三番勝負、最後の勝負は魔女退治だ。魔力探知のできないだいりはこの勝負に圧倒的に不利だが、そこまで考える冷静さも余裕も既に杏子には無かった。

 

「いくぞ!この勝負に勝って証明して見せる!雪野だいり!あんたよりアタシの方が優れてるってことをぉ!!」

 

 そう宣言すると杏子は魔法少女姿に変身して魔女を探しに跳び去っていってしまった。

 

 

 

「言うことだけ言って行った感じだね」

「全く良い迷惑なのです」

 

「そう言うなって、俺っちは挑まれたからにはきちんと受けるぜ」

 

 杏子の様子を見るに完全に冷静さを失っている。勝つことしか頭に無いのだろう。何が彼女をそこまで突き動かすのかはだいりは分からなかったが、あの様子ならきっと何かあるのだろう。というよりそもそもだいりも決着を諦めたわけでは無い。

 だいりは杏子が跳び去っていった方向をしばらく見つめると静かになぎさの方に顔を向ける。

 

「なぎっち」

 

「はぁ、わかってるのです」

 

「さっすが!じゃあ頼んだ」

 

 だいりは取り出したひょっとこのお面をつけて変身し、路地裏に走り去っていった。

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 負けられない、負けられない、負けられない!

 

 杏子は自分が魔女につけた魔力を追って建物の谷間を跳んでいく。

 絶対に雪野だいりよりも早く魔女を仕留めて見せる!

 

 

 アタシは魔法少女になる前は家族以外の人間は優しくない奴しかいないって思ってた。

 誰も父さんの言うことを聞いてくれなくて、ただの狂言者として扱った。誰も彼もが薄情で優しさなんて微塵も与えてくれなかった。

 いつしかアタシの世界は家族だけになって、家族以外は信用できなくなっていた。

 

 そんな時にキュウベェに会った。

 

 アタシは父さんのために願いを使った。それからみんなは父さんの話を聞くようになった。アタシは魔女を倒す毎日になったけど後悔なんてなかった。

 

 そんなある日、自分よりも遥かに強い魔女に遭遇した。あの頃のアタシの攻撃なんて歯が立たなくて、追い詰められてやられそうになった時助けてくれたのがマミさんだった。

 

 マミさんはアタシに色んなことを教えてくれた。娯楽、料理、戦い方。全部マミさんから得られたものばかりだ。マミさんがいたからアタシの世界は広がった。

 

 アタシにとってマミさんは家族と同じくらい大切な人だ。アタシが魔法少女になって間もないときに助けてくれた憧れの人。

 とても格好良くて、優しくて、そして強い。アタシの憧れた魔法少女の姿そのものだ。

 

 だからこそ認めるわけにはいかなかった。

 あの人は私の大切な人だ!誰かに渡したくなんかない!!

 あの人だけは誰かに譲るだけにはいかないんだ!!

 あの人の隣はアタシがいたいんだ!!

 

 

 だからアタシは何処の馬の骨かもわからない奴にマミさんが取られるのは辛抱ならなかった。

 マミさんが新しくできた弟子の話をする度にアタシの胸は痛んだ。自分の居場所をそいつに取られる感覚がして嫌だった。

 もしかしたらマミさんはもうアタシのことを見てくれないんじゃ?

 そんな恐怖がアタシの中で渦巻いていく感覚が我慢できなかった。その弟子よりアタシの方が優れていればマミさんはまたアタシを見てくれるはずだ。マミさんにあんな奴は必要ない…!

 

 だからアタシは絶対に負けるわけにはいかなかった。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 「…いた!!」

 

 魔女を追って結界に入った杏子は結界の主である魔女を見つけ出した。自身がつけたマーキングもあり、見た目も同じであるため間違いないだろう。

 

 魔女の見た目は一言で言い表すならカマキリだ。頭に二つの覗き穴が開いている紙袋がすっぽりとハマっていて、四本の鎌のある腕、六本の足にはスニーカーのようなものが履かれている。

 

「覚悟しろ…!」

 

『〆×○*×>\=○*♪÷\〆×○♪÷〆〆0ーー!!』

 

 魔女は杏子を視界に入れるとすぐに攻撃していた。巨大な鋭い鎌が眼前に迫るが、それを難なく避け、そのまま鎌の上を走り、魔女の顔の目の前まで跳ぶ。そして思い切り槍を振り下ろして魔女の顔を攻撃する。杏子は昨日の戦闘で、この魔女の弱点は顔だと言うことはわかっている。他の部分は硬くてダメージが通りにくい。

 

「オラァ!!」

 

 だがその攻撃は余っていた腕の鎌で防がれる。そしてそのまま3、4本目の鎌で同時に空中にいる杏子を裂こうとするが、それも体をくねらせ、上手くかわしてそのまま結界から突き出ている木に着地する。

 

「チッ、やっぱ簡単にはやらせてくれないか…」

 

 再び魔女は杏子に向けて自身の鎌を振るう。杏子はそれをかわしていくが、魔女は次々と斬撃を放っていく。放たれた斬撃は避けた先を無惨に切り裂いている。

 まともに当たれば杏子でも無事では済まないだろう。

 

「しつこい!!」

 

『〆×○♪$÷\0|°+♪÷>8々$ーーー!!!』

 

 頭にきた杏子は隙をついて力任せに2本の鎌の刃を叩き斬った。魔女は苦悶の声をあげるが、すぐに体勢を立て直して残り2本の鎌で反撃を試みようとする。しかしその瞬間自身の顔に鈍い衝撃が走った。杏子が魔女の顔を思いっきり蹴りこんだのだ。

 そのまま体を大きく反らす魔女。そしてさらに杏子は槍で魔女の頭を刺し込んで追撃する。その衝撃で地面が割れ、その中に魔女の頭が槍ごと埋め込まれる。

 

 しかし杏子は刺し込んだ槍から妙な手応えを感じた。

 

「…!」

 

『〆×○*÷>90=+*€>8=%♪€ーーーー!!!』

 

 魔女は顔に槍を刺されたまま鎌で杏子を攻撃する。とっさに新たに生成した槍で上手く捌いて攻撃を避けながら距離を取る杏子。するとビリビリと顔を覆っていた紙袋が破れ魔女の顔が露わになる。

 

「ちっ、めんどくせぇ…!」

 

 現れた魔女の顔は一言で表すなら猫だった。ピンと尖った耳、鋭い縦の黒目、そして鮫のような歯。ぷっと杏子の槍を吐き捨てる。どうやら先程の攻撃は口で受け止められていたようだ。

 

『〆>々々○♪÷|々々+♪÷°ーーーー!』

 

 魔女は顔の毛を逆立てながら、猫の声に複数のノイズが混ざったような不快な声をあげながら再び杏子に襲いかかる。その攻撃は先ほどよりも苛烈で規則性もなく無茶苦茶だ。かなり魔女は怒っているようだ。

 

「ちぃ…!だったらこれならどうだッ!!」

 

 杏子がバッと手を地面に置くと、結界内の至る所から赤い鎖のようなものが大量に出てきた。それらはまず魔女の腕を縛り攻撃手段を封じた後、身体中に巻きついて自由を奪った。魔女は体を動かして抵抗しているが、上手く動けない様子だ。

 

『〆*××|+*€=|^*$==ーーーー!』

 

「無駄だ、それはマミさん直伝だぜ。簡単に解けるわけないだろ」

 

 この鎖は杏子がマミのリボンを参考にして作った特製の鎖だ。その強度や杏子自身の扱いの繊細さもマミのお墨付きである。杏子は魔女の目の前に立つと、魔力を込めて槍の刃の部分だけを3倍ほどに大きくさせる。

 

「これで、アタシの勝ちだ!!」

 

 杏子はくるりと槍を回すと、そのままとどめの一撃を放とうと構えた槍の先端に強く魔力を込める。

 

 槍が強い紅色の光を帯び、狙いをつけて今放たんとしたその時、

 

 

「…っ!!……うっぷっ…!」

 

 

 杏子は突然顔色を悪くして膝から崩れ落ちた。槍に集まっていた魔力が光と共に消散する。

 

「おっ……おっえ…!」

 

(まさかさっきのアレがまだ…!)

 

 そう、杏子の体にはまだ先程のだいりの料理によるダメージが残っていた。強い目眩と頭痛、胃をかき混ぜられたような感覚に陥る。

 そもそもあの瀕死状態のまま気合いでここまで来たようなものだったので体にここにきてガタが来てしまうのは必然と言えた。杏子は立ち上がろうとするが足に上手く力が入らなく、立ち上がることすらままならない。

 

「がっは…!こんな…もんでぇ…!」

 

『〆*♪×|×××々×♪×==ーーー!!!』

 

「ッ!!」

 

 魔女が力任せに鎖を無理矢理引きちぎる。杏子が弱ったことで鎖の魔力も弱まってしまったようだ。自由の身になった魔女はすぐに鎌で杏子を攻撃した。

 

「がぁっ!?」

 

 杏子に鎌の峰部分が直撃し、大きく吹っ飛ぶ。そして結界の木に体を打ちつけてそのまま倒れこむ。身体中に鈍い痛みが走り、体から嫌な軋み音も聞こえてくる。

 

「…あ…がぁ…」

 

 倒れ伏している杏子は大きな振動を体で感じる。魔女がこちらに向かってくる足音だろう。杏子は吐き気と痛みの二重の苦痛で体を動かすことができない。

 

 杏子は魔女がこちらに来るのを黙って待つことしかできなかった。そして魔女は杏子の真上まで来て大きく鎌を振り上げる。

 

『〆×○♪×=々×♪€=×=ーーー!!』

 

「…ッ!ぐ…ぐっぞぉ…!」

 

 

 

 

 

「させるかバカタレーーーッ!!」

 

『〆×○××|=○$=×→#ーー!!?』

 

 お面をつけただいりが魔女の顔面を蹴り込んでぶっ飛ばした。魔女は数メートル飛び、大きな音を立てて壁にぶつかる。

 

「ふぃー、大丈夫か?」

 

「お、まえ…、雪野だいり、か…?なんで…ここが…!」

 

 杏子はだいりがここに現れたことに驚いた。だいりは魔力探知ができない。魔女を追いかけている途中にそのことに気づいた杏子はだいりがここに来るとは思っていなかったようだ。

 

「なんでって…、あんこちゃんの後ろ追っかけただけだぞ。あんな派手に跳んでたら見え見えだって」

 

「あ…」

 

 あの時は杏子も冷静ではなかった。魔女の気配だけを追って建物を跳んでいたので、人目のことなど完全に頭から飛んでいた。だいりは単純に側から丸見えだった杏子の後を追いかけていただけである。

 自分の失敗で魔女の場所を知られてしまった杏子は確実に勝てるチャンスを逃してしまったことに対して顔を悔しさに歪める。

 

「…グッ…、クソ…!」

 

「……思ったんだけどさ、なんであんこちゃんはそんなに俺っちとの勝負に拘るんだ?優劣をつけたいのはわかるけどさ、それだけじゃ無いんじゃないの?」

 

「…あんたには、関係ない…!」

 

「関係ある。ここまで勝負してきた仲だからな」

 

「………」

 

「…マミっちはどっちが優れているとか、強いとか気にしないと思うよ。そもそもこの勝負であんこちゃんが勝ったとしてマミっちは喜ぶ?」

 

「それは…」

 

「多分喜ばない。それは今まで側にいたあんこちゃんが一番よく知ってるはずだと思う。もしかしたら俺っちと会えなくなって悲しむかもしれない。そんな顔をあんこちゃんは見たい?俺っちは嫌」

 

「……」

 

 黙り込む杏子。その手は拳が硬く握りしめられている。

 

 そんな杏子の様子を見てだいりは考える。マミの一番弟子、おそらくマミに無断で仕掛けられた勝負。減ったマミと会う機会。そして勝負に対する異常な執着。

 

 

「……もしかして、マミっちに構って欲しかっただけ?」

 

「!!!」

 

 

 杏子はその言葉を聞いて露骨にだいりから視線を逸らす。どうやら図星のようだ。

 考えてみれば単純な話である。きっと杏子にとってマミはとても大事な存在で、それをだいりに取られたように感じた。だから優劣を決めて無理矢理排除しようとした。そう言うことなのだろう。だいりの中で答えが繋がる。

 

「なーんだ、簡単な話じゃん。だったら…」

 

「なん、だよ…」

 

「ん?」

 

「何なんだよお前!!」

 

 杏子は突然だいりに対して声を張り上げる。その声はどこか悲壮の色も含まれていた。

 

「いきなりマミさん弟子になって、それがアタシよりもずっと年上のやつで、その癖弱いし、魔力も探せないし、バカだし…。アタシより何もかも下なのになんでマミさんに認められてるんだよ…。何でアタシから離れていくんだよぉ…、おかしいだろこんなのぉ…」

 

「俺っちはバカではない」

 

 ボロボロと涙をこぼしながら思いを溢す杏子。

 

「アタシも……アタシももっと弱かったらマミさんに見てもらえたのかな…?」

 

 今までの強気な態度とは打って変わり、弱々しい姿でポツリと言葉を漏らす。

 

「それは絶対に違う」

 

「…え」

 

「きっとマミっちはきっと自分の教えた弟子が1人でも立派に戦えるようになるために特訓をしてるんだと思う。マミっちにとって自分が育てた弟子が強くなっていつか独り立ちすることが一番幸せって俺っちは思う。…まぁ、マミっち寂しがり屋だから今は一緒に過ごす方が多いし、一緒に戦ったほうが喜ぶだろうけど」

 

「……」

 

「それに、そんなに寂しいなら一緒に強くなればいいじゃん」

 

 そう言ってだいりは杏子を担ぎ、肩を貸す。

 

「マミっちがあんこちゃんに構う時間が取りにくいなら俺っちと一緒に特訓なりすればマミっちと一緒にいる時間も増えるでしょ?」

 

「…でも」

 

「でもも何でもない!これから俺っちたちは兄弟弟子ならぬ姉妹弟子!だから特訓するときも一緒!これは決定事項!」

 

「えぇ…」

 

 だいりが一方的に決めた決め事に杏子は困惑する。しかし何故かそんな勝手に決まった姉妹弟子の関係を悪くないと思ってしまう自分もいた。杏子は胸が少し暖かくなるような感覚がした。

 

 杏子はゆっくりだいりの顔を見る。何故かひょっとこのお面をかぶっていて素顔は見えないが、きっとバカっぽい笑顔を浮かべていることだろう。

 

(……はは、参ったな…)

 

 杏子は今日の勝負を思い返す。無茶苦茶ではあったし、勝ち星と言える勝ち星も得られなかったが、何処か満足感があったのも事実だった。きっと自分と同じ背丈で一緒に走ってくれる誰かさんがいたからだろう。

 

 決闘を仕掛けたのに、とんでもない事ばかりで、バカばかりしていたが、それでもなんだかんだ愉快で、楽しかったのかもしれない。

 

 この時間こそが本当に自分の欲しかったものなのかもしれないと自覚する。さっきまで勝負をつけることに躍起になっていた自分が急に馬鹿らしく思えてきた。

 

「ほんと、簡単なことだったな」

 

「どした?」

 

「何でもねーよ、バーカ」

 

「俺っちはバカではない!」

 

「あはははっ」

 

「?」

 

 何故か笑い出す杏子にだいりは不思議に思うが、楽しそうなので特に追求はしないことにした。すると2人の耳に爆発音が聞こえてきた。魔女だ。

 

『〆×*♪==+$×♪$==ーーー!!!』

 

「やべっ、魔女のこと忘れてたっ」

 

 魔女はだいりの攻撃にご立腹なのか身体中が真っ赤で、形相も更に恐ろしいものに変化する。そして切られていた鎌を再生させ、背中の羽を大きく広げて2人を睨みつける。

 

「うわぁ、怒ってるよあれ」

 

「よし、さっさと片付けるか」

 

「あんこちゃん、もう体は大丈夫なの?」

 

「問題なねぇよ、だいぶ楽になった。あとアタシはあんこじゃない、杏子だ」

 

 先程の杏子の体調異常はだいりの料理も大きな原因ではあるが、不安や焦りに駆られていた杏子自身の精神状態もその一因だった。だが今の杏子は精神的に安定したことで戦えるだけの余力を取り戻すことができていた。

 

「よーし、じゃあ2人で一緒に倒しちゃおう!」

 

「何勘違いしてんだ」

 

「ん?」

 

「アタシは勝負を諦めたわけじゃない。勝つのはアタシだ、だいり」

 

「…いいね、じゃあ先にトドメを刺した方が勝ちだ」

 

 だいりもパールを生成して片手で構える。魔女はこちらを警戒してるのか威嚇の状態から動かない。

 そして2人は同時に魔女の元に駆ける。

 

『\々+*=!?』

 

 先に辿り着いたのは杏子だ。

 魔女はだいりを警戒していたので唐突に現れた杏子に反応が遅れる。杏子は魔女の顔面にハイキックをかまして魔女の躯体を少し浮かせた。すると上を向いた魔女の視界に黒い影が現れる。

 

「ふんっっ!!」

 

『〆×○×|=♪$==!!?』

 

 その瞬間にだいりのフルスウィングが顔面に直撃する。鈍い音が響き渡り魔女の体は綺麗に三回転する。しかしそんな中でも魔女は杏子がこちらに向かって追撃しようとする姿を確認した。魔女はすかさず日本の腕で顔を守り、残り2本で反撃を試みようとする。

 

『〆×○×=|=+×!!?』

 

 しかし攻撃が来たのは顔ではなく腹だった。顔ほどではないが魔女からすればそれなりに弱い部位を切り裂かれたことにより悲鳴をあげる。そして痛みで腕を顔から離した瞬間に再びだいりのフルスウィングがヒットする。再び隙ができた間に杏子が、だいりがと交互に連携を組んで攻撃してくる。

 

 魔女は完全にサンドバック状態で2人にめったうちにされている。そして最後に2人は同時に顔面に蹴り込みを入れられ、魔女は縦に回転しながら大きく吹っ飛んだ。この間の攻防わずか十数秒である。

 

「…あんた弱いって絶対嘘だろ。普通に戦えてんじゃん」

 

「はぁーっ、はぁーっ、この、スタミナ不足が無かったらな…」

 

 だいりは肩で息をしながら答える。確かに本調子ですらない杏子は息切れすらしてない。攻撃の点においても杏子の方が与えるダメージは上だろう。しかしそれらを差し引いても、自身の戦いについていけているだけでも充分驚異的だと杏子は思った。

 

 というかそれ以前に妙に戦い方が上手い。だいりは魔法少女になって二ヶ月経っていないとマミなら聞いている。自分でも今の戦い方が板につくのに半年かかった。何かが引っかかる感覚を杏子は覚える。

 

「…あんた本当に最近魔法少女になったのか?変に戦い方が上手い気がするんだが」

 

「そう?ならきっとマミっちの特訓が活きたんだよ。恐ろしく鬼畜だったからな」

 

「…まぁ確かに、マミさん弟子には容赦ないからな」

 

 杏子が引っかかりが取れない感覚になりながらも共感できる部分があるため納得する。きっとマミの厳しい特訓の賜物だろう。

 

「あ、あと俺っち暫く動けないから」

 

「はぁ!?」

 

 同時に大きな音が鳴る。吹っ飛ばされた魔女が勢いよく起き上がった音だ。魔女は2人に目をつけると突然羽を広げこちらに向かって飛んできた。もはや悲鳴に近い声を上げながら凄まじい速度で2人に接近する。

 

「「!」」

 

 2人は今まで飾りだと思っていた羽がいきなり本来の役目を持ったことで一瞬反応に遅れる。ちなみに魔女自身も飛べることを今初めて知った。

 魔女がその鎌で2人の首をたとうと射程に入ろうとした瞬間、魔女の顔が突然爆発する。

 

『〆=×*=>!?』

 

 爆発した頭部を押さえて何度目かの悶絶をする魔女。突然の意識外から攻撃された魔女に驚く2人。

 そして2人の前にの前に1人の少女が降り立つ。両手にマスケット銃を携えた黄色い髪が特徴的な少女。

 

「ま、マミさん!?」

 

「大丈夫かしら、2人とも」

 

「ひとまずわー」

 

「な、何でマミさんがここに?今日は一日アルバイトだったはずじゃ…」

 

「なぎさが呼んだのです」

 

 遅れてだいりの横に降り立ったなぎさが答える。なぎさはだいりが去った後マミを呼びにアルバイト先の喫茶店まで行って、そこでたまたま定時で帰っていたマミを見つけ、事情を説明し、魔力を探ってここまで来たのだ。

 

「いやーありがとね、なぎっち」

 

「別に良いのです。それになぎさも今回の一件はマミが一番無難に収められるって思ってたのです」

 

「そうだな、違いない」

 

 

『〆×○$×*$=』

 

「さて色々と話も聞きたいけど、まずはこの魔女を仕留めないとね。3人とも、下がっていて」

 

「らじゃー!」

 

 もはや文字通り虫の息の魔女は新たに現れたマミに勝ち目が無いと判断して羽を羽ばたかせて逃げようとする。しかしマミがそんな様子を黙って見過ごすわけがない。

 

「逃がすわけがないでしょう」

 

 マミの腕から展開されたリボンが一瞬で魔女を拘束する。ご丁寧に手足の関節まで綺麗にきまっていた。一瞬にして自由を奪われたことにに魔女は混乱している。そしてその隙にリボンで型取り巨大な大砲を生成するとそれを魔女に向けて狙いを定め一言、

 

「ティロ・フィナーレ!」

 

 発射された巨大な光弾は見事魔女に直撃し、大爆発を起こす。そして爆炎の中から飛んできたグリーフシードをキャッチして魔女を仕留められたことを確認する。結界の空間が揺らぎ、景色も現実の路地裏に戻る。

 

「さっすがマミっち!華麗に決めたね!」

 

「2人が弱らせてくれたからよ。おかげで楽に仕留められたわ」

 

 マミは変身を解いてそのまま静かに杏子の元に近づいていく。杏子は露骨にマミから視線を外す。今回杏子はマミの知らないところで勝手にだいりに決闘を行った。それに対してマミからきついお咎めを貰うと思ったからだ。そしてそのせいでマミに嫌われてしまうことが杏子は一番恐ろしかった。

 

「…なぎさちゃんから全部聞いたわ。随分暴れたそうね」

 

「…っ」

 

 少し威圧的な物言いに杏子は萎縮してしまう。杏子にとってマミはもう1人の母親のようなものだった。これまでも何度か叱りを受けたことがあったがその度に母親に叱責されているのではと錯覚したものだ。

 それはマミの母性が高いのか、それとも杏子が単に子供らしいだけなのかそれはわからない。一つ言えることは基本杏子はマミには逆らえないと言うことだ。

 

「何か言うことはあるかしら?」

 

「…えっ、と…」

 

「まーまー、良いじゃんかマミっち。俺っち全然気にしてないし」

 

 そんな時だいりが杏子に助け舟を出す。だいりがマミに今回のことを特別気に留めていないと伝える。実際だいりは杏子に勝負を挑まれた時こそ困惑したが、勝負自体はとても愉快なものだった(だいり視点)。

 だいりはこの勝負で何一つ損はしていなかった。寧ろ杏子という新しい友人ができて喜んでいるまである。

 

「…でも怪我でもしていたら…。本当に大丈夫なの?」

 

「むしろだいりに返り討ちにされていた節まであったのです」

 

「あら!」

 

「あんこちゃんはマミっちに構ってもらいたくて今回の勝負を仕掛けたらしい。だから悪気があった訳じゃないんだよ」

 

「……そうなの?」

 

「えっと……はい」

 

「そう…そうだったのね。ごめんなさい、そんなに思い詰めてたのね」

 

「そっ、そんな!アタシが先走りしちゃっただけなんです!だから…!」

 

「それでもちゃんと佐倉さんを見れなかった私の責任よ」

 

 そう言ってマミは杏子の頭を優しく撫でる。杏子は嬉しそうに表情を綻ばせる。

 

「それに、もう俺っちとあんこちゃんは姉妹弟子になったからな!仲良しになったのだ!」

 

「なっ!?一人で勝手に決めんな!あとアタシは杏子だ!」

 

「え、嫌?」

 

「嫌って……、別にそうは言ってないだろっ!」

 

「ツンデレなのです」

「ツンデレだ〜」

 

「ツ、ツンデレじゃないわ!」

 

「あらあら…」

 

 マミは自分の知らないところで杏子がすっかり二人と仲良くなっていることに驚いた。

 

 元々、マミは近いうちに杏子をだいりとなぎさに会わせようとは考えていた。

 出会ったばかりの杏子はまるで従順に甘えてくる子犬のような印象だった。飲み込みもよく、要領も良いので、自分の技術をどんどん吸収して強くなっていったが、逆に精神的面ではどうしても不安が残った。

 同年代の友人はいないし、変なところで素直になれない癖もある。その上ある程度の家庭事情を知っているマミとしては杏子が一人で抱え込んでしまうのではないかと心配していた。

 

 だが杏子は基本的に家族とマミ以外には心を開こうとしない。だからあの二人に頼ろうと思った。自分に頼ることの大切さを教えてくれた二人ならきっと杏子も仲良くなれると思ったからだ。

 師という立場にいる自分ではなく、対等に話し合える二人の方が。

 

 そう考えていた手前今回の一件だ。なぎさから話を聞いた時は思わず息が詰まった。もし万が一、二人が不仲になって関係が拗れれば、下手をすればもう二度と杏子は他人に心を開くことはないかもしれない。

 そう思っていたがどうやら杞憂なようだった。いつの間にか笑顔になっている3人を見て安心する。

 

「…ふふっ、わかったわ。だいりさんも無事そうだし、今回は何も言わないわ」

 

「おー、やったなあんこちゃん!」

 

「だーかーらー、あんこじゃないって言ってるだろ!」

 

「いだだだ!あんこちゃん!きまってる、首がきまってる!」

 

「でも、それとこれとは話が別よ」

 

「「え?」」

 

 そう言うとマミは魔法少女姿に変身して、手にリボンを生成する。心なしかマミの雰囲気が刺々しいものに変わったように感じた。

 

「佐倉さん、貴方さっきの魔女に随分と苦戦したようね。そこまで強い魔女には見えなかったけど…。しかもその前もあのダンスゲームで経験の浅いだいりさんに負けたとか…」

 

「え!?あ、いや…それは…」

 

「杏子、なんでニヤけてるのです?」

 

 マミの言葉を聞いた瞬間、何故か杏子の口角が緩めに上がった。少し顔が赤い気もする。

 

「少し見ない間に弛んでいるんじゃないかしら?私に構ってもらえなくて寂しかったのでしょう?だったら望み通りにしっかりとしごいてあげるわ。今からね」

 

「い、今からですか!?もう夜も遅いし流石に…わひゃ!?」

 

「あら、口答えは許した覚えはないわよ」

 

 マミは杏子の尻を鞭のように思いっきりリボンで叩く。綺麗な音と共に痛みで杏子が飛び跳ねる。倒れ伏した杏子を見てだいりは慌ててなぎさの方に避難する。そしてマミは持っているリボンにスナップをきかせて再び杏子をリボンで叩く。

 

「ひぎゃ!?」

 

「次からダンスゲームの難易度も上げるわ。今度はマスケット銃の数を倍にした上でノーミス、パーフェクトを目指しましょう」

 

 ズパン!ズパン!ズパン!!

 

「ひぃっ!ぎゃっ!あっ!はいぃ!」

 

 マミは笑顔で杏子の体に何度もリボンを打ちつけている。だが、不思議と杏子の体に傷はつかない。恐らくマミがちょうど良い加減に調整しているのだろう。

 当のマミは少し頬を赤らめながら静かな笑顔で無情にリボンを振るい続けている。そして杏子も顔を恍惚に染めており、自らの体が叩かれるたびに歓喜の混ざった声を出している。要するに二人とも興奮していた。

 

 だいりとなぎさは絶句する。

 

「ほらっ、私にっ、構ってほしいのでしょうっ、もっと大きな声で返事をしなさいっ!」

 

 ズパン!!

 

「は、はひぃ!!」

 

 突如行われ始めたそれになぎさとだいりは何か見てはいけないものを見たような気分になる。

 

「……マミっち、何やってんの?」

 

「…ふぅ。何って、お仕置きよ。今回私の教えたことを活かしきれていなかったみたいだから、いつもみたいに、ね」

 

「え、いっつもやってるのコレ…」

 

「えぇ、佐倉さんコレをしながら反省点を言うと忘れないの。だからいつも反省会かわりにしてるのよ」

 

「うっそでしょ…」

 

 正直言って二人はドン引きだった。

 

 マミと杏子はすっかり二人だけの世界に入ってしまっている。反省会は暫く終わりそうになかった。

 だいりの中でマミには前々からS疑惑があったが今回でそれが本物だと確信した。知りたくなかったが。こうしてだいりたちの目の前で堂々としているということは自らの性癖に自覚がないのだろう。尚更タチが悪い。

 

 だいりとしては杏子と結局決まらなかった勝負の決着をつけたかったが、こんな調子ではなんだかこちらが気まずくなるだけである。杏子との決着は別の機会に回すことにした。

 というか正直もう見てられない。何か自分の心に言い訳をつけてさっさと帰りたかった。

 

「…帰るか」

 

「…そうなのです」

 

 だいりと全く同じ気持ちのなぎさも死んだ目をしながら虚に返事をする。二人は杏子の悶える声と響く乾いたリボンの音を聞かないふりをしながら、静かに家に帰るのだった。

 

 

 

 

 

 ・巴マミ 弟子加虐性癖

 

 ・佐倉杏子 巴マミ限定被虐性癖

 

 

 

 

 

 

 

 




 補足

雪野だいり:トラブルメーカーなマイペース女(男)。魔女戦闘において絶望的にスタミナが無いが、それは魔力の供給が特に体力や持久力と直結しているため、派手な動きをするとすぐに疲れるから。今回再び深淵を降臨させた。一応なぎさのお菓子のおかげでだいぶ危険度は緩まったが、それでも危険なことには変わりなし。ちかづくとつよいげんかくをみせられるぞ!最近の悩みはスナップ音を聞くと肩がすくみ上がってしまうこと。そろそら勘弁して…。

百江なぎさ:マミの性癖を知って一番ショックを受けた人物。世の中って残酷すぎるよ、こんなのあんまりだよ…!しかし尊敬の念は変わらず。最近だいりの料理に慣れてきている自分に恐怖を感じている。

佐倉杏子:まだグレていない時期の杏子ちゃん。マミと仲の良いだいりにジェラって決闘を仕掛けたが、返り討ち気味になってしまったちょっと可哀想な子。しかし実力は本物であり、特にマミとの連携は大体の魔女を瞬殺できるほど。マミ限定のドMであり、マミのスパルタ特訓に当てられていくうちにマミに攻撃されることが快感になってしまった。どうしてこうなった…。かなりのマミコンであり、何気にMAMI☆KAMENファンクラブの総長であったりする。特にグッズ作りに精を入れており、商品展開も視野に入れている。

巴マミ:杏子の師匠。特訓で杏子を攻撃するうちに教え子を仕置きすることに快感を覚えると言うとんでもない性癖を持ってしまった。傷つくと傷つかないのボーダラインがかなり好き。しかし弟子限定なので普段の危険度は全くない。だいりは超逃げて。

キュウベェ:突然連れ去られたと思ったら、いきなり勝負の解説役を押し付けられた。抵抗するだけ無駄なので流れに身を任せていたら最終的に深淵を見る羽目にあった。以前だいり作の卵焼きを実食した際にかなりひどい目に遭ったようで個体としてではなく、総体としてだいりの料理がトラウマなようだ。リンクさえしていなければ…。

胡桃まなか:父親がウォールナッツの出張料理教室の先生を務めることになったのでそのお手伝いについてきていた。結果外なる深淵を見る羽目になってしまい、すっかりトラウマになってしまった。完全に被害者。あの時の冒涜物質とエプロンをつけた悪魔はは時折夢に出てくるそうな。

蟷螂の魔女:別名『妖怪悪魔合体』。デカイ靴を履いた蟷螂の見た目の魔女だが、顔はリアルキャット。顔が弱点という分かりやすいパターンの魔女。それほど強くなく、杏子が本調子ならだいりが来る前にあっさり倒されていた。



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