流れる星の物語、あるいは危険な神器を捨てる旅の顛末   作:一星屋

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005 レトウとサーヒラムナ

「もしや、話に出てきた隣村の少女か?」

 

 沈黙を守り続けた戦士たちさえ騒然とする中、一の長老は努めて冷静に問いかけた。

 

 珊檎布も重たげに見える少女は小さく頷き、深呼吸すると階段に足をかける。女達が少女を支えながら続いて、その中にはナシアの姿もあった。階段を軋ませて一同が中に入ると、少女はレトウの少し離れた横にゆっくりと腰を下ろした。神意の神器が見える位置だった。

 

 その横顔を、レトウは初めて見たような気がした。彼女を助け、抱えて歩き回ったというのに、何処か見慣れない印象を受けていた。

 

 これまで見ることの無かった瞳のせいかも知れないとレトウは思う。彼女の金色の瞳を見るのは、これが初めてだった。

 

 美しいと思った。山が降ってきてから続いていた心の痺れが、端の方から失せていくようだった。追い立てられた痺れは体中を巡って、やがてレトウの眦から溢れた。

 

 レトウ自身驚き、慌ててそれを拭った。自らの身に起こった一連の流れがいかなるものであったのか、理解が及ばなかった。指についた暖かな水の雫を見つめて、それから握りこみ手の内に隠した。かかずらわっている時間はない。

 

 事態はまだ動いていた。

 

「まずは会合中の失礼、お詫び申し上げます。奥様方からお話は伝え聞きました。お察しされました通り、私はそこにある神器のために消え失せてしまった村で暮らしていた者に違いありません」

 

 どこかあえぐような調子は混ざりつつも、話の流れを乱すことなく彼女は語った。疲れを感じさせぬ滑らかさは、しかし顔色を見るに無理をしているのが明らかだった。

 

 崩れた正座の前で、両の手を着いている。顔は真っ直ぐに長老衆を見つめているが、呼吸による体の上下が大きい。

 

 レトウと同じく気付いたのだろう、女の一人が彼女に耳打ちした。彼女は女を見ながら首を振って、それからまた長老衆の方を見た。挨拶だけで終わりにするつもりはないようだった。

 

 一の長老は破顔して言った。

 

「やはり、そうか。貴女のご無事を嬉しく思う」

 

 それはすぐに苦い顔となり、続けて言った。

 

「だが、あまり喜ぶことも出来まいな。さぞや恐ろしい目にあわれただろう。この神器の持つ力は、我々も今しがた戦士たちから聞き及んだところだ。早速に酷なことを聞くようだが、隣村はやはり」

 

 少女の顔が搾られるように歪む。目元に入る力は、涙を堪えた証に違いなかった。

 

「私は途中で気を失いましたから、全てを見てはおりません。ですが神獣の溢れ出すところを見ました。ですからまず、間違いなく」

 

「愚かな質問を、どうか許してくれ。この箱、神意の神器は貴女の村に元々あったものなのだろうか」

 

「いいえ。あれは、流れ着いたのです。恐らくは、山と一緒に」

 

「聞かせてくれるか」

 

「……はい。日の暮れて間もない頃です。村前の検めを切り上げて私が水から上がった時、追いかけるようにそれは流れ着きました。上がろうとした時は何もないと思ったのに、それは突然現れて……流れ着くと同時に蓋が開き、光が神器蔵を照らすのを見ました。先の山降りが元で崩れては居たのですが、それは関係の無いことだったかも知れません。壁があったはずのところからも、神獣が現れるのを見ましたから」

 

 四の長老が口元に手を当てて、神妙な顔をする。長老の推察するところは当たっていた。壁は意味を為していなかった。

 

「神意……」

 

 誰かの呟きが、いやに大きく響いた。誰の呟きだったのかはわからなかった。

 

「光が溢れてすぐ、私は神器の蓋を閉じました。ですが、遅かった。珊檎樹液に塗れた神獣は、しかしあまりにも多く。私は神器を抱えて水の中に逃れました。けれども大きな爆発が起こり、私が覚えているのはそこまでです」

 

「なるほど……」

 

 昨夜にレトウが見たものと、少女の証言は確かに符合する。

 

 一の長老の声が後を引く沈黙の中、レトウは我知らず腕を組んでいた。自分たちがどうにか些細な安心を手に入れたあの瞬間に、自分は少女が混乱の渦中に叩き起こされるのを目の当たりにしたというわけだった。

 

 レトウは腕を組み、二の腕を握りしめた。あの時のささやかな平穏と、それが破られた瞬間の呆然とが、思い出すにも歯痒かった。

 

 おこがましい怒りだとは理解っている。知らぬ事ではあった。遠眼鏡を覗きもせず、ただ遠くから見るばかりであった。

 

「君は」

 

 ハッとして、レトウは目を走らせた。皆がレトウを見ていた。今の言葉はやはり、自分の口から溢れたモノに違いないようだった。

 

 少し目を泳がせて、遅まきながらも動揺を隠す。

 

 少女もまたレトウを見ていた。レトウはまっすぐに少女の目を見て、言った。

 

「まだ、名前を聞いていなかった。なんと言うんだ?」

 

 二度、三度瞬きをして、少女は応えた。

 

「サーヒ、ラムナ。貴方は?」

 

「あ、ああ。すまない。レトウだ。サーヒラムナ」

 

一の長老の咳払い。

 

綻びかけた場の締りが、たちまちの内に引き締まった。

 

「確かに、聞くのを忘れていたな。突然のことでうっかりしておった。場の代表として、儂も礼儀を果たしておこう。一の長老、カラバルドである。話を戻してもよいか、レトウ?」

 

「は、はい。失礼いたしました」

 

「いや、よいよい。果たしておかねばならぬ事だったからな、お前が言ってくれて却ってよかった。さておき、サーヒラムナ殿」

 

「はい」

 

「貴女の経験したことは、よくわかった。だが、その求めるところについてはまた詳しく聞かねばならんだろう。神意の神器、この箱の神器のことだが、その捨てに行く旅へ貴女は何故名乗りを上げるのか」

 

 影の中で、陰が差す。

 

 日の届かぬ集会所の中で、レトウは日の陰るのを見た。サーヒラムナから冷たい風が吹き下ろすのを感じた。建物にこもる温もりが、追い払われていくようだった。

 

 サーヒラムナの小さな口に、白い歯が覗く。食いしばっているように見えた。そこまで強いものではない。上の前歯と下の前歯を触れ合わせて、互いに圧をかけるような、そんなものだった。

 

「言えぬか?」

 

 一の長老が言う。声色に催促は無かった。それでいて決然としたものでもない。態度に迷った、様子見の響きがあった。

 

 サーヒラムナの口が薄く開く。周りで女達がハラハラと惑っている。耳打ちする声が、レトウにも聞こえた。「落ち着いて、貴女は疲れて混乱しているだけだ」。レトウも同じように思えた。サーヒラムナは今の今まで気絶していたのだ。正常な判断能力が有るかと言えば、怪しいものである。

 

 だがそれでも、サーヒラムナはポツポツと語り始めた。

 

「行かねばならないからです」

 

 一の長老が言う。

 

「その理由を聞いておるのだ」

 

「私は、その神器の存在に気づくことが出来ませんでした。私は、償わなくてはなりません」

 

「そこに貴女の罪が有るとは思えん。これは、事故だった。あるいは神の悪戯な意志だったのだ。不幸な出来事だったが、それを貴女が背負うような謂れはあるまい」

 

「でも、多くの人が死んでしまった」

 

「いかにも、そうであろうな。心痛は儂らに計り得まい。だがそれらも、貴女の罪とは言い難い」

 

「私は、珊檎の巫子です。神獣に立ち向かわねばならなかった」

 

「神器蔵から溢れたのなら、神獣は元より漬かっていた珊檎樹液に塗れていた。その事は貴女も言っていたろう。ならば巫子のすることは、残る神器を保護することにあった。貴女は既に役目を果たしておる」

 

 サーヒラムナは言い淀んだ。納得も救いも、彼女にもたらされたようには見えなかった。しかし一の長老に対して、これ以上言い募ることも思い浮かばないのだろう。ただ眉を寄せて、どこか怯えた様な顔を見せるばかりだ。

 

 一の長老も腕を組み、困った様子を滲ませていた。レトウにも、どうすれば良いのかわからなかった。

 

 そこで、聞き知った声が上がった。五の長老、モディクである。

 

「あー……カラバルド長老」

 

「うむ。どうした、モディク」

 

「その娘っ子については今ココでどうこうできるもんじゃないと言いますか、有るんですよ、生き残った奴が罪の意識を背負っちまうって事は」

 

 モディクの目が落ち着かなく左右に行き来している。それがどうにも自分を跨いで言っているような気がして、レトウは目だけで左右を伺った。

 

 当然、父やサーヒラムナ、それに母や女達だ。

 

 サーヒラムナは今まさに話の渦中に有り、図星を突かれたのか目を瞠りつつ有る。

 

 だが同時に、父や母の顔色にも薄っすらと変わりがあったようにレトウは思えた。

 

「……前に聞いたことが有るような気がするな」

 

「まあ、そうでしょうな。とにかく、時間をかけて付き合わないことにはどうしようもないっちゅうことです。今はその娘っ子がそういう風になっていると、それだけに留めときましょうや。あんまり突っついても痛いばかりでしょうしね」

 

「そうか、では、そうしようかな。しかしそれにしても、だからこそ、貴女にこの役目を任せるのは難しいと言わざるをえん」

 

 もっともな話であった。

 

「そのような状態にある者へ任せた所で、どれほどの成果が得られるものか。想像に難くはない。若い命を無闇に散らそうとするような真似は、儂にはしかねる」

 

 サーヒラムナは俯く。わかっているのだろう、手を固く握りしめていた。

 

 確かに、そうなのだ。精神の安定を欠いた者の、ましてや疲れている時の言に判断の材を得ることは出来ない。

 

 事も事である。なんとなれば北極のみならず、世界を揺るがすものの運命を任せられるものか。

 

 だが、レトウはふと思うのだ。

 

 その不定の罪を贖うには、その成就をもってしか無いのではないか。

 

 無論、それはサーヒラムナの内にのみある罪である。贖う必要を誰も求めはしない。レトウもそれは同じだ。

 

 だがサーヒラムナは、そうではないのではないか。サーヒラムナにとって、その罪は在るのだ。どのように湧き起こるのか余人にはわからずとも、サーヒラムナを立候補にまで追い立てているのだ。

 

 サーヒラムナの、自分に対する赦し。自らの裡から湧き起こる罪の念に赦しを与えることが、果たして出来るものなのか。それはわからなくても、その旅は得難き機会のように思える。

 

 いや!

 

 レトウは内心に首を振った。

 

 それでも、それでもだ。サーヒラムナに任せる事はやはりできない。

 

 冷静に考えればわかることだろう。どうして弱ったものに重荷を背負わせる事ができるのか。

 

 世界とサーヒラムナを天秤にかけた自分に、レトウは心底からの驚きさえ覚える。考えるまでもないことだろうに、出会ってからの短い間にこれほどまで情が移っていたなどと。

 

 彼女には、休息が必要なのだ。長い長い休息が。

 

 生まれ育った村は違えども、同じ北極の民であることに変わりはない。この村が彼女を迎えることは、何らの障りもないはずである。もちろん、カワビトで有ることは考慮せねばならないだろう。彼女の肌を湿らすために余分の水を用立てる必要はある。そしてそれは、レトウが用意したって良い。

 

 彼女がさらなる試練に立ち向かう必要など、ないのだ。

 

「ですが、彼女が行くというなら正直ありがたい話ではあります」

 

 誰もが顔を上げた。二の長老だった。

 

「ハヴァサト、何を言い出す」

 

 一の長老が片眉を上げて言った。

 

 二の長老は、一の長老と目を合わせて応えた。

 

「手が足りないのです、一の長老。この様な大事を任せられるのは、信ずるに足るものでなければなりません。そしてこの旅は……忌憚なく言わせてもらいますが、成功する見込みのほとんどない旅であります。だからこそ、信ずるに足る者を選ぶのは然るべき事。ですが一方、失敗の見えている旅へ遣わすのは失うも同じ事。此度の山降りによって、我々は為さねばならぬことが多く出来ました。地図の再作成、建物の点検、ラマドナスとの折衝、山々に住まう獣の動向観察、そして隣村の神器回収と、回収した神器を収容するための神器蔵建設に珊檎樹液の確保。さらにいえば、隣村から溢れ出したはずの神獣に対する警戒と討伐。いずれも急を要する事であり、信ずるに足る者にこそ任せられるものです。かといって、神意の神器は放っておけるものではない。なら、他村のものが立候補してくれるならそれが良いでしょう」

 

 静かな語り口は、しかし二の長老の独擅場を作り出すに十分だった。抗弁するものはなく、レトウも付け入る隙を必死になって探したが、道義と感情を振るう他に道はないと悟るばかりだった。

 

 二の長老の言うことは、納得のできるものである。事に最後の、隣村を滅ぼしたはずの神獣たちについては特に力を入れねばならない。

 

 そしてこの旅に送り出す者が何処から選ばれるかと言えば、神獣に対抗できる巫子や戦士ということになる。そしてそうした衆のものは、村の守りにこそ置くべきであろう。

 

「……ならば、送り出した者の分は彼女に働いてもらう。それで補えるだろう。いずれにせよ、彼女には帰る場所が必要なのだ。儂らの村がそうなることには、まさか反対するまいな」

 

「無論、いたしませんとも。ですが一の長老、送り出した信頼に足る者の穴を彼女が埋められるかは、些か怪しいと言わざるを得ません。若く、故に経験も浅く、然るに上に立つものではありますまい。そして我々が送り出すべきは、まさにその逆を行く者なのです。そこに生ずる隙は、うろつく神獣共の付け入るに十分かと思いますが」

 

 ならば、彼女もやはり相応しくないのではないか。

 

 北極から南極へ神器を捨てにゆく旅路は並大抵のものではあるまい。然るに、優れたる者が行くことにはレトウ頷ける。しかしそうして抜けた穴を彼女が埋められないというなら、それはつまり彼女が使命を担うに相応しくない事と同じだ。

 

 二の長老の言に矛盾を見た気がして、レトウは余程に口をはさもうかと思った。

 

 だが何か、薄ら寒いものを感じて言い出すことは出来なかった。形ならぬ恐ろしい考えが自分の中から湧き出ようとする事に、怖気たつほどでもあった。

 

 その形がいかなるものかは、すぐに明らかとなった。

 

「ハヴァサト、それは彼女が旅に相応しくないと言っているも同じだ。わかっているのか」

 

「もちろん、わかってのこと……この喫緊の事態に臨んでは、私めも我が身可愛さの繕いは止すとしましょう。私はこう言っているのです。失敗が目に見えているのなら、傷は浅いほうが良い、と」

 

「ハヴァサト、貴様……!」

 

 一の長老が怒りを露わにするのと同じく、戦士たちがざわめき出す。母が呻き、父の歯が軋む音を聞いた。山が降った時の衝撃にも似た痺れを、レトウは恐怖とともに感じた。

 

 吐き気を覚え、レトウは強く抑え込む。喉からまろび出ようとした内なる何かが肯定であるのか、否定であるのか、それを確かめることすら恐ろしかった。

 

 だがそれでも、確かなことは有る。

 

 ハヴァサト長老が言い出したことは、自らのうちで形ならずあったものと同じだ。そしてレトウは、それを決して許しはしなかった。

 

 横目にサーヒラムナを見る。女達が目を丸くする中で、彼女だけが粛々たる様子だった。それはともすると、罰として受け入れているのかも知れなかった。

 

 到底、認められることではない。

 

 レトウは、長老衆を見る。一の長老と二の長老は、未だ議論を交わしている。

 

「外道の事と思うならば、私もそれは否定いたしません。旅の失敗が我々への危険に結びつくことも承知の上。だが、遠ざけることは出来る」

 

「待て、ならば旅の話は撤回する。専用の神器蔵を優先して建てよう。最善が叶わぬというなら、次善の策で力を尽くすだけのことだ」

 

「我ら北極の民とて、裏切りと背信に無縁ではない。それは一の長老、あなたもご存知のはずだ。だからこそ南極への旅を話に出した」

 

「よさぬかハヴァサト! お前が道義にもとることを言うのは見ておれん!」

 

「一の長老、厚情にお礼申しあげる。されども、会合の場で私情を挟むべきではない」

 

 もはや、冷静な議論は叶わぬようだった。一の長老は熱を上げすぎ、二の長老は冷えすぎている。こうなってはもはや対等とは言えまい。対等でないのなら、議論は成立し得ない。

 

 場を収めるべき者が混乱の中心となった以上、別の誰かがここへ水をささなければならなかった。

 

 レトウは深く息を吸った。

 

 今、自分は愚かな事をしようとしている。いや、努めて愚かになろうとさえしている。

 

 そして愚かとわかっていてさえも、サーヒラムナを放ってはおけなかった。

 

 担ぎ、背負って、助け出した彼女の横顔に死の影を見る。彼女が背負った村人の死と、彼女自身の死が、彼女の背後で物言わず佇んでいる。

 

 それを見ながらにして放って置けるほど、レトウはまだ自分を捨てていない。

 

 レトウは、叫んだ。

 

「私が行きます!」

 

 立ち上がり、押し流す。若い男の大音声が、老いた二人の声を遠く退ける。

 

 父が、見ている。母が、見ている。サーヒラムナも呆けたようにレトウを見ている。

 

「レトウ……?」

 

 母の呟きが、静寂の中でこだました。レトウは唾を飲んで、振り向きたい気持ちに固く蓋をした。

 

「……お前が?」

 

 二の長老が、我を取り戻して言った。

 

 一の長老がその隣で座り直す。

 

 レトウは頷いて言った。

 

「はい。私が参ります」

 

 二の長老は目を細めた。

 

「……そういえば、モディクから報告が上がっていたな。確か、神獣を倒したとか?」

 

「えっ……?」

 

 割り込んだのは母の声だった。

 

 視界の端で五の長老が気まずそうに顔を歪める。だがすぐに意を決し、深く息を吐いた。

 

「すまねえ、ナシア。見張り場から戦いは見えていたんだが、お前に言えば村を飛び出しかねねえと思って伏せていたんだ」

 

「本当、なの? ウシェン」

 

「……本当だ。そこに有る神器を使って、レトウが倒した」

 

 細い息が聞こえると同時に、「ナシア!」と女達が声を上げた。母もまた、支えられなければならなくなったようだった。

 

「なるほど、そういえば先の話の神獣がどうなったかまでは聞いていない。そうか、それが倒した神獣だったか」

 

 ためつすがめつ、二の長老はレトウを見た。いつしか一の長老も加わり、他の長老はその二人を見ていた。

 

「若く、経験もなく、上に立ったこともなし。されど、神獣を倒したという実績は確かに有る。手放し難くも有り、しかし惜しくもなし。お前は、自分をそう売り込むつもりなのか」

 

 レトウは応えなかった。ただじっと、まっすぐに前を見ていた。

 

 二の長老は鼻を鳴らす。

 

「中々に、悩ませてくれるな。出来れば村人から出したくはなかったが、お前の存在を知っては賭けるくらいなら良いように思ってしまう」

 

「なら、もう少し悩ませてやろうか?」

 

 女達から悲鳴が起こった。レトウは、傍らでサーヒラムナが目を見開くのを見た。

 

 そういえばまだ、彼女はニナイが喋るのを見ていないのだった。

 

 ニナイはカタカタと揺れて、サーヒラムナを見ながらに言う。

 

「お前のためにも改めて自己紹介しておこう。私は荷内の神器。面倒だ、ニナイでいいが、そこな神意の神器で半端に目醒めた身の上よ。まあ自己紹介はこれくらいにしてだ、諸君。ようやくもって私がしたい話の地点までもってきてくれたな、待ちくたびれたぞ」

 

 一の長老が身を乗り出して、ニナイの語りに応える。

 

「一体、何を語ろうというのだ。ニナイ」

 

「売り込みだ。私は神器の身で、そこに神意の神器が有る。言わんとすることはわかるだろう」

 

「……よかろう。お前の出せるモノを言ってみるといい」

 

「さすがは長老殿だ、褒めておかなくてはなるまいな。だが、なに。難しい話ではない。私は私の『重さを盗む』力でもって旅を助ける。それに、所有者も変えないと誓っておこうか。引き換えに、私を神獣に戻す。たったそれだけのこと。わかりやすいだろう?」

 

「何故、そのように手を差し伸べんとしてくれる?」

 

「ただで戻せと言っても、お前たち人間は受け入れまい。だが相応の働きをすれば、不思議と受け入れるものでも有る。言ってしまえば、そうした目論見あってのことだ」

 

「一の長老、耳を傾けてはなりません」

 

 二の長老が口を挟んだ。ニナイを睨みつける目は常以上に釣り上がり、鋭く射て口を縫い留めんとするかのようだった。

 

 もっとも今のニナイに、口などありはしないのだが。

 

「神獣は人間を侮っているもの。甘言を弄して神意の神器のそばにあり、そして」

 

「隙を狙っていると言うんだろう? その話はそこのチンピラ親父ともしたことだ。一応言っておくが、この村に来るまで私は随分と多くの機会に恵まれていた。珊檎樹液とやらもレトウが拭ってくれていたから、しようと思えば出来たのだ。しかし私はそうしなかった。とはいえ、それを知っているのは戦士共の中でも一部かもしれんがな」

 

「何っ?」

 

 父の声だった。何が引っかかったのか、レトウにわからぬはずもない。上からの無礼を知りつつも、レトウは立ちながらに言った。

 

「申し訳ありません、父上。ですが私は、深い部分でこのニナイとつながっているのです。故に人柄も大まかにわかります。ニナイはそこまで悪いモノではない」

 

「レトウ、お前は……」

 

「私が得たものが幻ではないと、反駁する材料は確かにありません。それでもやはり、何もしなかったのは確かです。囲むのは疲れ切った戦士たち。そして行くのは斜面です。機会は確かに多くあった。行き着く先が神器を封印する村であるというのに、行動を起こさなかったのは彼の誠実こそが為さしめることとは思いませんか」

 

 それこそが罠であると見ることも出来るだろう。

 

 だが父が言い淀んだのは、その難しさに気付いたからだろうかとレトウは思う。

 

 レトウ一人を丸め込むことは出来ても、北極の村人の尽くを信用させられるかといえばまず出来まい。志を同じくしても、それぞれに異なる人である。一息に全員を納得させるなど、不可能だ。

 

 父は居心地悪そうに頭を抱えた。それから腕を組んで俯き、目を閉じて唇を固く閉ざした。

 

「ニナイよ」

 

「何かな? 一の長老殿」

 

「お前は、ようやく私がしたい話しの地点に来たと言った。それは、レトウが候補として立ったことを指すのか」

 

「いかにもその通り。レトウが私を知ったように、私もレトウを知っている。約束を果たそうとしてくれるところが気に入った」

 

「他の者では……他の者? いや、儂を何を言おうと。そうか、いや、だが、そうか」

 

「乗り気になってきたようだな。どうやら考えが纏まってきたようじゃないか」

 

 長い溜息が、両手で顔を覆う一の長老の口から漏れた。

 

 どうやら、そろそろ結論が出るらしかった。

 

 思えば、最初から結論の決まった会合ではあったろう。神意の神器とニナイは、それほどに危険な存在だ。

 

 四の長老、巫子衆のアティカは沈黙している。そうもなろう。

 

 片や神器を神獣に戻し、片や物言って自ら動きさえする。

 

 それらを村に置いておくなど、神器守護を預かる巫子衆として認められはしないのだ。

 

 三の長老、渉外衆のソヴァルも沈黙する。そうもなろう。

 

 再建したでもない、新たな神器蔵が建っていれば北極砦の哨戒部隊がその意義を尋ねるだろう。

 

 北極砦に詰める者はいずれも精鋭、有るモノを無いと言えばすぐに嘘を嗅ぎつけられる。

 

 故に、誰かが捨てに行かねばならず、そこに手頃な人材がいる。絶望を振り払えずとも、賭けに出るくらいはしても良いような、適当な人間が。

 

 一の長老が、他の長老たちを見た。皆が首を振り、それから頷いた。その中でもモディクは苦悩した様子を見せたが、最後には同じくした。

 

 そしてレトウとニナイを見て、サーヒラムナを見た。

 

 レトウは思わず息を呑んだが、しかし安堵も覚えていた。

 

「レトウ」

 

「はい」

 

「ニナイ」

 

「よろしい」

 

「サーヒラムナ」

 

「っ……! は、はいっ」

 

「……はぁ……不本意、いや……お前たちに、使命を与える。神意の神器を、南のミハシラまで捨てに行くべし」

 

 

 

 

 

 

 

「母さんは、起きてこないか」

 

「ああ。食事も要らないということだ。残しておくか?」

 

「一応はそうしよう。無駄になるかも知れないが」

 

「そうだな」

 

 木組みの家の中の間で、レトウとすぐ下の弟は暖かな粥に口をつけた。母が出てくるならそれに合わせようかと思っていたが、どうやら待つ必要はないようだった。

 

 共に暖炉を囲む下の弟妹たちも、倣うように啜り始める。母のことで心配そうにしていたが、いざ食べるとなれば話は別なのだろう。貪るような調子が有るのは、物珍しさのためもあるだろうか。

 

 ラマドナスから買い付けた穀類は、この辺りではあまり口にできないものである。レトウたちが明日の朝早くには発つこととなり、今夜は御馳走振るまいしようと言うことで炊かれる運びになったものだ。

 

 だから、出来れば母にも食べてもらいたかったのだが。

 

「昼と言い、今と言い。世話をかけるな」

 

「別に良い」

 

「ははっ、そうか。まあそれなら、俺も良いんだが」

 

 次男が用意してくれた粥は、美味かった。母が作ってくれる味を見事に引き継ぎ、それでいて違う道を辿りながらも心をいつもの場所まで帰してくれた。あまり口にしない食材でこうなのだから、兄としてもその観察眼には脱帽する思いである。

 

 故に、安心出来た。

 

 最後の夜に食べるものとしても、最高のものだと言えた。

 

 次男はぶっきらぼうなところが有るが、頼れる男である。年近く、兄弟というよりは友達のような感覚でやってきたが、今こうして見てみれば後を任せるに足る人物だと再確認する思いだった。

 

 とはいえ、申し訳なく思うところは確かにある。

 

 次男は次男で、レトウが長男の務めを果たすものと思いながら先のことを考えて来たろう。

 

 だがこれからは、次男が長男の務めを果たさねばならなくなる。

 

 いきなりにそのような事態となって、この弟は一体どう思ったものだろうか。

 

「なんとか、やっていけそうか?」

 

「まあ……まあ、だな」

 

「そうか」

 

 わからなかった。ならば、自ら言い出さない限りはわからないままでなければならないとレトウは思った。

 

 弟と言えども、自分ではない。その心中をいかに思ってみた所で、それは自分の心から出たものに過ぎない。親しみ深き弟だからこそ、その内心に勝手な推察を当てはめる無礼は殊更に躊躇われた。

 

 だから、それで良かった。

 

「少し、出てくる」

 

「ああ」

 

 食事を終えて、レトウは家を出た。せっかくの食事ではあったが、落ち着ける気分ではなかった。

 

 母は寝込み。

 

 弟に対しては申し訳なさが立ち。

 

 父はまだ、集会所に詰めている。

 

 父は明日まで神意の神器を預かり続けると言って、公の場で寝ずの番を決め込んだのだった。戦士数名に巫子数名、それにモディクが見張りとして共に夜を明かし、朝までお前の憂いを断つのだと父は言っていた。

 

 そんなわけだから家でも居心地は悪しく。しかもそれらを振り払う覚悟が自らの内に見えているので、居た堪れない気持ちが募ってやまない。

 

 しかも、レトウが元で家には見張りが着いている。

 

 あくまでもレトウの、より正確に言えば腰に佩いたままのニナイの見張りであるから、レトウが家を出ればついてくる。そういうこともあって、家を出ないではいられないのだった。

 

「いやはや全く、人間の振る舞いは複雑怪奇だな」

 

 珊檎樹液の染みた布を巻きつけることを条件に、ニナイの携帯は許可されていた。消極的な許可である。

 

 父が神意の神器諸共にひとまず預かる案もあったのだが、やはり両神器を一所に集めることは多方面に難色を示され、かといって他にどこで預かるかの適当な案もなく、結局レトウの腰に収まったものだった。

 

「あの村へ収まるまでにも色々と見てきたものだが、いつの時代でも変わりなく悩める者はいるものだ。思い悩まず暴れまわる連中も随分といたが、それくらい清々しくしても良いものをな」

 

「悪いが、ニナイ。少し静かにしてくれるか」

 

「やれやれ、お前もかレトウ。まあ、良いだろう。お前とはそう、仲良くしておきたいからな。気を遣ってやるか」

 

 黙り込んだニナイと共に、レトウは村を照らす篝火の間をそぞろ歩いた。

 

 何処へ行くようなあてもなし。見張りから離れすぎないよう距離を保って、足の赴くままに任せた。

 

 そしてレトウはいつしか、診療所に来ていた。

 

 村の中心はまだ明るく。集会所の明かりも有るが、診療所もまだ火を落としてはいなかった。

 

 その診療所の、待合のために置かれた外のベンチに、サーヒラムナは座っていた。

 

「あっ……」

 

 レトウが傍らに立つと、地面を見ていたサーヒラムナは顔を上げた。

 

 湿り気を濃くしたカワビトの肌に、篝火の暖かな光が宿っている。顔貌を象る影が背後の壁に張り付き、照らし出された顔には驚きに押しのけられた不安があった。

 

「隣、座っていいか?」

 

「あ、うん。どうぞ……」

 

 サーヒラムナがベンチの隅に体を寄せる。レトウはもう片方の端よりも、中心にほど近いところへ腰を下ろした。サーヒラムナは少し迷った様子を見せたが、座る位置を少し戻してレトウと距離を詰めた。二人の間には、一人分の隙間が残った。

 

「少しは回復したみたいで、良かった」

 

 自身の両手指を絡ませながら、レトウは言った。

 

 気絶から起きたばかりの時を思い返すに、果たして翌日早朝の旅立ちに耐えられるものか心配に思っていたのだった。

 

 だが今、こうして起き上がり夜風に当たっているのなら、それだけの体力を取り戻せはしたのだろう。

 

 例えそれが罪の意識に後押しされ、気を紛らわさないでは居られないがためのものだったとしても、くたびれきっていては不安でさえも肉体を自由には出来ないものである。

 

 物思いのために体力を使えるようになったのなら、行動の理由はどうあれ今は歓迎しておきたかった。

 

 体力を取り戻せば恐れや不安に取り憑かれようが、それらを振り払うにもまた体力がいる。その取っ掛かりを掴むことが出来たのだと、前向きに捉えておきたかった。

 

「まあ、ね」

 

 言葉少なく、サーヒラムナは応えた。

 

 隣に座ることは承知してくれたが、それまでということなのだろうか。

 

 サーヒラムナの立場は複雑だ。何を言うべきかわからない、ということもありうる。

 

 生き残った者の罪悪感、というものをレトウはこれまで覚えたことがない。今のサーヒラムナがそこに立脚してモノを考えているのだとすれば、レトウがその心理をうかがい知るすべは無いように思われた。

 

 そしてその罪悪感に囚われている限りは、サーヒラムナからも言える事が無いのかも知れないとも思う。

 

 レトウが旅立つことも、ともすれば罪悪感に合流させているのだろうか。

 

 ありえないことではないと思った。母を見て、自分を顧みて、レトウは知っている。恐れに類する感情の一族は、そういう手口を常套とするものだ。全てが悪しき材料に見えるよう、仕向けられてしまう。

 

「君は、珊檎の巫子をしているんだな」

 

 だから、レトウは語りかけることにした。助けになりたかった。何をすればいいかわからなかったから、少しでも気を紛らわしてやれればいいと思った。

 

 サーヒラムナは振り向かなかった。だが、声はあった。

 

「……うん、見ての通りだけど」

 

 サーヒラムナは、拒まなかった。ただ拒まないだけ、ということもあり得たが、戸惑いを挟みながらも応えてはくれた。

 

 レトウは続けた。

 

「そして、僕らはオカビトとカワビトだ。戦士と巫子、オカビトとカワビト。悪くはない組み合わせだと思わないか」

 

「そう、なのかな」

 

「これまで全然意識していなかったけど、助け合えるようになったと思う。南極までの旅路が陸ばかり、川ばかりだなんてことはきっと無い。お互いを、それぞれの得意な所で引っ張っていける」

 

 真っ直ぐに前を向いたままだったサーヒラムナが、レトウに顔を向ける。何か伺うような面持ちであることが、篝火の揺らめく明かりでも知れた。

 

 自分の気持ちを前に出さなければならないと、レトウは直感した。そして、詰まりを覚えた。

 

 自分の気持ち。とは、一体なんだろうか。何処までを出すのが、彼女のためになるのだろう。

 

 ほほ笑みを浮かべて、間をつなぐ。

 

 その間にどうにか。少しは整理をつけることが出来た。

 

 そうだ、彼女のためになることだ。それこそが自分の狙いだったはずだ。自らの裡から湧き出た言葉に惑わされてはいけない。今はそれこそが、自分の正直な気持ちであるはずだ。

 

「その……少しは元気が出ただろうか」

 

 サーヒラムナはキョトンとして、レトウは口の滑りに気がついた。あまりにも真正面から聞きすぎてしまった。

 

「あ、いや、その」

 

 本当はもう少し、何か話題を適当に挟んで様子を伺うつもりだったのだ。そのあとでなら、いっそ直接聞いてみても良いのではないかと思ったのだが、頭の中で計画に短絡が起きたのだろう。計画はあっても、その適当な話題に見当がつかなかったのがまずかった。

 

 サーヒラムナは目を泳がせている。

 

 何を思っているのだろう。レトウは戦々恐々たる思いだった。これからの旅の仲間に、彼女に、悪い印象を与えたくはなかったのだ。しかしもはや、賽は投げてしまった。座さずに施すすべも思いつきはしなかった。

 

 レトウの中で相互の距離が広がることの覚悟も決まらぬ内に、動きはあった。

 

 サーヒラムナは、屈託なく笑った。少し、レトウの方に身を乗り出していた。

 

「そっか」

 

 サーヒラムナは言った。

 

「ねえ」

 

「あ、ああ」

 

「もしかして、寄り添おうとしてくれてる?」

 

「ん、まあ、そういうことになる、か」

 

「そっか。ふうん、そうなんだ。へえ。あはっ」

 

 それからサーヒラムナは声を上げて笑った。小さく抑えた、篭もるような笑い声だったが、偽りで上げているものでは決してなかった。

 

 今度はレトウが、あっけにとられる番だった。

 

 サーヒラムナは笑い続けて、中々止まる様子もない。目尻には薄っすらと潤みの浮いているのが見えて、それがやがて雫となって流れた。笑いは少しずつ嗚咽に移ろいつつあったが、それよりも先にサーヒラムナが自ら終わらせて、変わり切ることはなかった。

 

「なんていうのかな……ありがとね。ちょっと元気でた」

 

「お、おお。どういたしまして」

 

「最初は演説でも打ってくるのかなって思ったけど、いきなり真正面からだもん。色々びっくりした。私って、まだ笑えたんだなー、とか。それに安心もできたのかな……ごめん、まだ整理はついてないみたい」

 

 サーヒラムナの笑みが、彼女の顔の上で小さな影を作った。だが、影は影だった。影以外の何物でもなく、そこには死も闇もなかった。光のもたらす現象が、そこに有るだけだった。

 

「聞いてくれる?」

 

「もちろん」

 

 レトウも落ち着きを取り戻していた。

 

 個人的には失敗だったと言え、彼女が元気を取り戻せたのならそれで良かった。

 

 笑っているのを自覚する。間を持たせるための微笑みではない。心からの笑いだった。

 

「正直ね、ずっと不安だった。貴方が助けてくれたって話は聞いてたけど、全然知らない人には変わりないし。それに会合の場であんな啖呵まで切っちゃってさ。それで一緒に南極まで行くことになって、お互いの温度合わなそうだけど大丈夫かなって……ねえ、なんで私も行かせてもらえる事になったと思う?」

 

「それは、そうだな。俺が行って、君がいるというのは、結局居場所が無くなりそうだと、そう思ったんじゃないか」

 

「はっきりいうなー……でも、やっぱりそうだよね。きっと居心地悪かったと思う。気を利かせてくれたってことか、長老様も」

 

 サーヒラムナは空を見た。ミハシラから起こり、取り巻く雲の隙間に、星の瞬くのが見えた気がした。

 

「これで、良かったと思う。やっぱり旅に出ないと私、落ち着けそうにないもの。私に罪は無いと言われたって、モヤモヤは消えなかったし。私、なんとかしなくちゃいけない。神意の神器に、それで戻った神獣に、それにほら……なんか喋る神器までいるし」

 

「私に関しては気にしなくていい」

 

「ひゃっ」

 

「ニナイ」

 

「良いだろう。私だって、一応は旅の仲間ということになる」

 

 レトウの腰で、ニナイが目を細めて笑っていた。

 

 彼女の心に負担がかかるかと思ってレトウは咎めたが、すぐに矛を収めた。ニナイのいうことももっともである。これからの旅の中で、嫌でも向き合わねばならない相手なのだ。後回しにしても、良いことは恐らくないだろう。

 

 早めに交流を始めたほうが、むしろ良い結果をもたらすかもしれない。

 

 サーヒラムナも、あまり強く怯えた様子はなく。ひとまず、ニナイの発言を許すことに決めた。

 

「さておき、私に関していえばレトウに拠るところが大きい。原因が神意の神器にあっても、責任はレトウにある。だからその荷はレトウに持たせておけ。お前には無用の長物だ」

 

 ニナイらしからぬ、殊勝な言葉だと思った。

 

 繋がりによって人格の悪しからぬ事はわかっていたが、しかしその口振りが傍若無人と言うか、自分本位にあることもまた、これまでの短い間に理解っていたことではある。

 

 それだけに、こうした気遣いも出来るのは意外だった。

 

「ニナイ。お前、そういう風にも言えたのか」

 

「私をなんだと思っている? それに旅路を同じくする者に、鬱陶しい奴が居てはかなわんというものだ。鬱陶しさの失せる見込みがあるなら、それをしない理由はあるまい。それをしたまでのことだ」

 

「そっちもハッキリ言うなあ……」

 

 結局は、自分本位ということだろうか。

 

 レトウにはそう聞こえたが、サーヒラムナが笑っているのでまずは良しとすることにした。自分本位とは思ったが、そればかりではないと思ったのも確かなのだ。そこにニナイの在り方が見えたような気がして、むしろもう少し見ていたいとさえ思えている。

 

 これから長い旅を共にするのなら、自然体を知っておくべきだろう。それが結局は旅の成就にもつながる。そんな打算も、そこにはあったが。

 

「ハッキリ言いもする。これでも私は随分と長く旅をしてきた。それで知る限り、旅の始まる前に肝心なのはハッキリ言うことなのだ。それで、お前達は出来たのか?」

 

 レトウとサーヒラムナは見つめ合った。

 

 どちらともなく、相手を見ないでは居られなかったのだ。

 

 二人は、すぐに微笑みを得た。

 

「私は、出来たかな」

 

「俺はそうだな……少し、良いか」

 

「良いよ」

 

「過酷な旅になるだろう。けれど、君が一緒で良かった」

 

「ふふっ、他にある?」

 

「君としては、どう思う?」

 

「私も、貴方が一緒で良かった」

 

「嬉しいよ。後はそうだな……ハッキリ言って、取っておこうと思う」

 

「なにそれ」

 

「まあ、そのうちさ」

 

 レトウはベンチを立ち、サーヒラムナに手を差し出した。サーヒラムナは直ぐに手を重ねて、それを頼みに立ち上がった。

 

「もう少し話していたいが、お互いにまだ疲れているだろう。今日はもう、休むことにする」

 

「私も眠くなって来たし、そうしよっか」

 

「ああ、それじゃあ、明日」

 

「うん。明日、ね」

 

 離れた互いの手が、小さく振られた。

 

 疲れはとうに何処かへ行ったような気がしたが、それは夢に過ぎないとレトウは思う。今はまさに、夢の中に居たのも同じだった。だから、夢を見に行かなければならない。きっと、悪い夢にはならないだろう。

 

 踵を帰して、レトウは家路についた。

 

 ニナイが「やれやれ」と言って、見張りの戦士も笑っていた。

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