「好き。好きなの。あなたのことが」
はっきりとそう言った彼女に対して、私は思わず口を大きく開けてポカンとした。一瞬の後、口を閉じて、少しだけ首をかしげる。
「胡蝶様にそう言っていただけるとは、……恐縮です」
そう答えると、目の前の胡蝶カナエはとても不満そうな顔をした。
鬼殺隊には『隠』という部隊がある。鬼殺隊の直接的な戦力ではないが、任務の後の事後処理、鬼殺の剣士に救われた生還者や遺族の保護、戦闘区域の周辺住民の避難誘導、重傷で動けなくなった鬼殺の剣士の搬送や身に着けている隊服の縫合など様々な裏方仕事をこなす集団だ。
私も鬼と直接戦う事ができないため、隠として鬼殺隊に所属し、任務後の事後処理を担っている。今現在、仕事のために来ているのは、負傷した隊士の治療所として開放している屋敷だ。庭にヒラヒラと蝶が舞っているこの美しい場所は、蝶屋敷と呼ばれている。
この屋敷の主人である胡蝶カナエ様に呼び止められた私は、何故か蝶屋敷の庭にて、彼女から告白を受けていた。
「……そういう、答えが欲しかったわけではないわ」
おかしい。なぜ、彼女はそんなにも苦しそうな、そして切ない顔をするのだろうか。
胡蝶様との付き合いはそこそこ長い。蝶屋敷を任務で訪ねる時は、必ずお茶に誘われる。時間がある時は何度かその誘いを受け、縁側でお茶を飲みながら他愛ない話をしたことはある。驚いたことに、外で食事をしないかと誘われる事もあった。仕事が忙しいため、さすがにそれは断ったが。私は、胡蝶様とは友人のような関係を築けているのではないだろうかと思ってさえいた。
しかし、彼女のこんな苦しそうな顔を見るのは初めてだ。
「申し訳ありません」
状況に混乱して思わず謝ると、胡蝶様はますます不満そうな顔をした。
「謝ってほしいわけでもないの」
「……」
何を言えばいいのか分からず黙っていると、胡蝶様は今度は私の方へ手を伸ばしてきた。温かい手が私の手を掴む。そのままギュッと握られた。
「……胡蝶様?」
「……手を握っても、驚きも、動揺もしない……、あなたは、いつも落ち着いていて、冷静ね。残念だわ……まあ、そこが、素敵なんだけど」
フワリと笑う彼女をじっと見つめる。
落ち着いているなんて、とんでもない。顔に出ないだけで、相当混乱している。なぜ突然告白されたのか。なぜ私なのか。私は女で、胡蝶様も女だ。あれ、知らないだけで、私は男だっけ?いやちがう。もちろん生まれたときから私は女だ。それは間違いない。そうか。もしや、胡蝶様は友人として好きだと言ってくれたのか。きっとそうだ。なんだ、勘違いするところだった。危ない危ない……、
「……迷惑、かしら……?あなたと、もっと特別な関係に、なりたい、と思うのは」
混乱して、自分を納得させるために脳内で考えをまとめていると、胡蝶様は囁くように小さな声でそう尋ねてきた。その表情は今にも泣き出しそうな、不安そうな顔だった。
その表情を見て、私の考えは覆された。ちがう。これは友人としてではなく、真面目な愛の告白だ。
「……特別、ですか」
「ええ……。あなたともっと仲良くなりたいの……」
恥ずかしそうに下を向いてそう言った胡蝶様は、そのすぐ後でハッとしたように顔を上げた。
「も、もしかして、あなたにはもう……、その、恋人がいるのかしら?」
「あ、いえ、それはいませんが……」
正直にそう答えると胡蝶様は心から安心したようにホッと息をついた。
「よかった……」
胡蝶様は強く私の手を握り、まっすぐにこちらを見つめた。
「ごめんなさい。突然こんなこと言って……。でも、ずっと、言いたかったの。あなたが困るって、分かっていたんだけど……」
「……」
「その、考えては、くれないかしら?私との、こと……。返事は、いつでもいいから……」
「返事……」
「ええ。待ってるから……」
その時、屋敷の中から声が聞こえた。
「カナエ様ー!どちらにいらっしゃいますか?」
「今行くわ!」
屋敷に向かって返事をした彼女はまた私の手を強く握りしめ、
「待ってるから」
ともう一度言って、屋敷の中へと戻っていった。
「…………」
庭に一人残された私は、その後ろ姿を見送ってから大きく深呼吸すると、足を踏み出した。
仕事部屋として与えられた場へと戻り、黙々と書類業務を始める。書類に文字を書きながらも、先程の告白が頭から離れない。
『好き』
じわり、とあの優しい声が心に、胸に広がっていく。
『好きなの』
思わず額に手を当て、目を閉じた。
頬が熱くなったのは、多分気のせいじゃない。いけない。思ったよりもかなり動揺している。あんなにも、直接的に好意をぶつけられたのは初めてだからだろう。
ダメだダメだ。集中しなくては。
「……お疲れー」
「お疲れ様です」
「うわっ!いたんですか!?お疲れ様です!!」
仕事部屋へと帰ってきたのは、私と同じ、隠の後藤さんだった。私の存在に、今気づいたようにびっくりしている。この仕事部屋では、いつも何人かの隠が仕事をしているが、今この場にいるのは私と後藤さんだけだ。
「後藤さん、ずいぶん早いお帰りですね。確か、遠方での任務ではありませんでしたか?」
「あー、思ったよりも鬼はそんなに強くなくて……すぐに倒されて、処理も早く済んだので……」
後藤さんはそう言いながら、少しだけ私の顔を覗き込むように見てきた。
「なんだか、あなたの方が疲れたような顔をしてませんか?なんかありましたか?」
「……」
少し考えた後、私は後藤さんと正面から向き合うようにして正座をし、口を開いた。
「後藤さん、ちょっと真面目な相談があるんですが……」
「え、なんすか、突然。怖い怖い」
「怖いってなんですか。ちょっとだけ、人生相談です」
「俺には荷が重いので帰ります」
「帰らないでください、後藤さん。本当に、あなたしか頼れないんです」
「よく分かりませんが無理です。帰ります」
「私、告白をされたんですが……」
そう切り出すと、今にも帰ろうとした後藤さんはギョッとしたように動きを止めた。
「告白?告白って、あの告白?」
「後藤さんのあの告白がどの告白かは分かりませんが、今日、ある人から『好き』って言われたんです」
後藤さんは呆然としたようにこちらを見てきた。
「……それは、……なんと、まあ……」
そしてそのまま座り込み、私と同じように正座をした。
「え、なんて返事をしたんですか?」
「してません」
「へ?」
「あまりにも驚きすぎて、固まっていたら、向こうが、返事はいつでもいいから、と言って去っていきました」
「………あの、ちなみに、その告白してきたお方というのは…?」
「……すみませんが、それは言えません」
なんとなく名前を出すのは申し訳ない気がして、そう言った。後藤さんは不思議そうに首をかしげると、再び口を開いた。
「それで、相談というのは?」
「このように、好意を寄せられたのは初めてなので……、正直、どうすればいいか分かりません」
「えっ、そうなんですか?あなたは昔から男性に人気があるから、告白の一つや二つくらい経験があるのかと……」
「まさか。とにかく、どうすればいいと思いますか?」
そう尋ねると、後藤さんは少し考えるような仕草をして口を開いた。
「その方のこと、あなたは好きなんですか?」
「……」
その言葉にどう答えればいいか分からず顔をしかめる。考えながら、言葉を選ぶように紡いだ。
「……今まで、そのような目で見たことが、ないので……とても、優しくて温かい人だとは思っていますが……」
「うーん……」
私の言葉に後藤さんは困ったような目をしながらも、まっすぐにこちらを見て答えてくれた。
「それじゃあ、まずは自分の気持ちと向き合ってみることが必要ですね」
「自分の気持ち……」
「あなたにとって、その人がどんな存在なのか、恋愛対象として見ることができるのか。じっくりとよく考えることが必要だと思います。自分の気持ちを確認した上で、答えを出した方がいいのでは……と、俺は思います」
「……なるほど」
私にとって、胡蝶カナエがどんな存在か
彼女を恋愛対象として見ることができるのか
「なるほど」
私はもう一度そう言って、頷き、後藤さんに深く頭を下げた。
「さすがです。やはり後藤さんは頼もしい……尊敬いたします」
「いや、そんな、……俺は大したことは言ってません……頭を上げてくださいよ……ホント……」
私が頭を上げると、後藤さんはオロオロしていた。そんな後藤さんを見ながら、私はため息をついた。
「後藤さん……何度も何度も何度も言ってますが、私に対して敬語はやめてください。隠としてはあなたが先輩なのですから……。後藤さんが私に敬語を使ってたら、鬼殺隊の方々から怪しまれます」
「いや、勘弁してくださいよ……。他の人の前では気を付けますから……。無理ですよ……」
後藤さんは大きなため息をついて言葉を続けた。
「鬼殺隊の元炎柱であるあなたが俺の後輩なんて……本当無理ですよ……煉獄
久しぶりに呼ばれたその名前に、私は思わず笑みを漏らした。
※煉獄結火
煉獄杏寿郎と千寿郎の姉にあたる。元は鬼殺隊の炎柱だったが、ある理由から柱を辞め、現在は隠として働いている。顔を隠しているため、元柱であることは誰からも気づかれない。ちなみに顔は母親似。
正体を知っているのは後藤さんだけ。
※後藤さん
煉獄結火の、隠としての先輩にして指導係。彼女が働き始めた当初は普通に先輩としてきっちり仕事の指導していた。ある時、彼女の素顔を見てしまったことで、正体を知ってしまい、あまりの驚きに失神した。
口止めされているため、人前では先輩を装っているが、二人だけの時は敬語。苦労人。