蝶結び   作:春川レイ

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お久しぶりです。
過去編になります。

















炎の娘
小さな炎


 

きっと、自分ほど親不孝な娘はいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢を見た。

 

 

小さい時の夢。

 

 

ずっと、ずっと、昔の記憶。

 

 

 

 

 

 

少年が、そっと顔を上げた。誰かの声が聞こえた。

フワリと心地いい風が吹く。庭の方へ視線を向けるが、誰もいない。

今の声は―――、

少年が庭に出ようとしたその時、はっきりと高い声が響いた。

「見つけた、かがやさま!」

少女はパッと風のように少年の前に立った。輝くように笑いながら、少年に何かを差し出す。

「こんにちは!これ、おみやげです!」

「こんにちは。……これは?」

挨拶を返しながら、少年が首をかしげる。少女の手には見たことのない綺麗な花が、束となり握られていた。

「お山で見つけました!ささやかな、しなですが、どうぞ、おおさめください!」

難しい言葉を一生懸命使う少女に、少年は思わず微笑んだ。

「部屋に、飾らせてもらうよ。ありがとう、――結火」

その言葉に、少女は嬉しそうに微笑む。そして気を取り直したように姿勢を正すと、ゆっくりと頭を深く下げた。

「かがや様、ごそうけんで、なによりです。ますますの、ごたこうを、せつにおいのり、もうしあげます」

「とても立派な挨拶だね。お父上に習ったのかな?」

「はい!」

少女は大きな声で返事をし、顔を上げた。二人は微笑み合うと、並んでその場に座った。

「結火は最近、何か楽しいことはあったかい?」

「……はい。母上に、文字をならいました」

「それは素晴らしいね。いつか、私に、手紙を書いてくれるかな?」

「はい」

コクリ、と小さく少女は頷いた。その様子を見て、少年は首をかしげる。

「どうしたんだい、結火?なんだか、元気がないね」

「……」

少女がしょんぼりとうつむく。

「何か悲しいことがあった?私でよければ話を聞こう」

「……わたくしは、文字よりも、……父上から、剣を、まなびたい、です」

「ああ……」

少女の言葉に少年は目を伏せた。

「そうか……剣、か」

「でも、父上は、……わたくしは、体が弱いから、ムリだ、と……」

少女は悔しそうに唇を噛んだ。

「弱く、ない……のに、もう、ずっとずっと、かぜもひいてない…のに……」

悔しそうなその様子を見て、少年は慰めるように肩に手を置いた。

「私も、だよ。剣を、学びたかったんだ」

「かがや様も?」

「ああ……。でも、私は、剣の才はないらしくてね……」

少女は首をかしげながら口を開いた。

「かがや様は、もう剣を、学ばないのですか?」

「え?」

「わたくしは、学びたいです。そして、かならずや、父のように、はしらに、なります。」

その言葉に、少年は奇妙な表情をした。嬉しそうな、悲しそうな、複雑な表情だ。

「……そうか…、そう、か……、柱に」

「かがや様?」

「……ありがとう。結火。本当に、嬉しいよ……」

少女の手をそっと包み込むように握りながら、少年が言葉を続けた。

「でもね、絶対に無理をしてはいけないよ。君も体が、弱いのだから……」

「いいえ!!」

少女はそう叫ぶと立ち上がった。少年の前に立ち、まっすぐにその瞳を見つめる。

「わたくしの炎は弱くても、それでも燃えております。そして、それはぜったいに、燃えつきることは、ありません!生きているかぎり、燃やしつづけます!ぜったいに、あきらめませぬ!どんなに打ちのめされようとも、わたくしは、えいえんに、燃えつづけます!!」

大きな声が響いた。少年はその言葉にポカンとしていたが、やがてゆっくりと微笑んだ。

「……ありがとう、結火」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――うえ、姉上!」

弟の声が聞こえて、煉獄結火は目を覚ました。机の上に伏せる体勢で寝ていたらしい。顔を上げるのと同時に、弟の杏寿郎が部屋に入ってきた。

「…杏寿郎」

「申し訳ありません。お忙しいところを……」

「いや」

結火は薄く笑った。

「忙しくなんか、ないよ。済まないな。手紙を書いている途中で、少しうたた寝をしてしまったらしい」

随分と、遠い昔の夢を見た。懐かしさを誤魔化すかのように杏寿郎の頭を撫でる。

杏寿郎が嬉しそうに笑いながら、言葉を続けた。

「もうすぐ父上がお帰りです!」

「……そうか。ありがとう。すぐに、着がえる。お前はお迎えの準備を」

「はい!」

大きく返事をした杏寿郎はすぐに後ろを向いて駆けていった。結火は一度大きく深呼吸すると、自室へと向かった。

出迎えのために、華やかな着物へと素早く着がえる。鮮やかな藤の花が描かれた着物を選んだ。

鏡を見て、最終確認をする。

「――黒い、な」

自分の髪を見て、小さく呟いた。その豊かな長い黒髪を結い、もう一度鏡を確認する。しばらく鏡の中の自分と見つめ合う。やがて、大きくため息をつきながら、父親を迎えるために自室から足を踏みだそうとしたところで、

「……あ」

机の上の手紙の存在を思い出した。宛名には産屋敷耀哉と記されている。

「………」

その手紙を見つめる。やがて、少しだけため息をついて、そのまま部屋から出ていった。

 

 

 

 

 

 

煉獄結火は、代々“炎の呼吸”を伝え継いできた剣士の名門・煉獄家の長女だ。

自分が生まれた時、さぞ両親や親戚達は失望しただろう、と結火は幼い頃から、そう思っていた。彼らが望んだのは、きっと強い男児が生まれる事だった。炎の呼吸を使いこなすことのできる、剣士が生まれることを望んでいたはずだ。

しかし、生まれたのは女児の結火だった。しかも、代々煉獄家の人間が持つという、焔のような髪を持たない。煉獄家には観篝というしきたりがあり、子供を授かった女は大篝火を見る。それにより髪の色は焔色になるのだ。

しかし、どう見ても結火の髪色は母譲りの豊かな黒髪で、顔も母そっくりだった。

その上、結火自身は覚えてはいないが、生まれたばかりの結火は病弱だったらしい。体力があまりなく、すぐに熱を出し、両親を心配させた。少しずつ身体は丈夫になり、活発な少女に成長したが、こんなにも身体の弱い子が煉獄家に生まれたなんて、両親はさぞガッカリしただろう、と結火は物心ついた時から心苦しく思っていた。

幸いというべきか、すぐに弟の杏寿郎が、更に千寿郎が生まれた。弟が生まれた時、結火は両親と共に大いに喜んだ。

「わっしょい、わっしょい!」

弟が生まれた日、結火は父親の槇寿郎と手を取り合い、叫びながら屋敷中を飛び回った。産後の母に二人揃って怒られたのはいい思い出だ。

煉獄家を継ぐのは長男の杏寿郎である――、周囲は当然のようにそう思っていた。

誰も――両親ですら、かつて病弱だった小さな長女が後に炎柱になるとは思いもしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「お帰りなさいませ、父上」

「お帰りなさいませ!!」

父の槇寿郎が帰ってきた。杏寿郎と共に、深く頭を下げる。

「ああ、帰ったぞ!!」

「ご無事で、何よりです」

結火の言葉が終わる前に、槇寿郎の大きな手が頭に触れた。

「息災だったか?」

「はい」

顔を上げると、槇寿郎は顔を綻ばせた。

「どんどん瑠火に似てくるなあ……」

「……」

父親の言葉に複雑な心境になったが、絶対に顔には出さず、そのまま頭を撫でられた。

「父上!任務はいかがでしたか!!」

「ああ、いつも通り、鬼を倒したぞ!杏寿郎は俺の留守中、鍛練に努めていたか?」

「はい、もちろんです!!姉上と共に鍛練をしました!」

その言葉に槇寿郎が顔をしかめた。

「――結火」

名前を呼ばれ、返事をする。

「はい、父上」

槇寿郎がため息をついて、問いかけてきた。

「また、鍛練をしていたのか」

「……少し、だけです」

「体調を崩したらどうする。鍛練など、お前はやる必要はない」

「……もう、長い間、風邪もひいていません。大丈夫です」

結火の言葉に槇寿郎は頭を抱えながら、何か言いかけたその時、

「お帰りなさいませ」

母の瑠火が現れた。腕には弟の千寿郎を抱えている。

「――瑠火」

「遅れて、申し訳ありません。千寿郎が少しグズっていたもので……」

「い、いや、気にするな。千寿郎は少し大きくなったな」

槇寿郎は瑠火の姿を見ると、すぐに顔を綻ばせた。そのまま労るように瑠火の肩を抱く。

仲のいい両親の姿を見て、結火と杏寿郎は目を合わせた。揃って微笑む。

「父上!鍛練をしていただけないでしょうか!見てもらいたい技があって……」

「杏寿郎、父上はお疲れなのだから、まずは食事を用意しないと。後は、風呂も……」

二人の様子を見て、槇寿郎が笑った。

「仲がいいな!我が家の子ども達は!」

その言葉に瑠火もわずかに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

「結火?」

夜、縁側で手紙を片手にぼんやりしている結火の元へ瑠火が近づいてきた。

「母上……」

結火がそちらへ顔を向けると、瑠火は結火が持つ手紙を見て、口を開いた。

「その手紙は、出さないのですか?」

「……いえ。いいんです。お館様も、お忙しい、でしょうから」

結火は手紙の方へ視線を移すと、薄く微笑んだ。

結火と鬼殺隊当主、産屋敷耀哉は、所謂幼馴染みという関係だ。幼い頃、話し相手兼遊び相手として、引き合わされたのが始まりだ。年の近かった彼とは何度か友人として共に時間を過ごしたことがある。

しかし、現在、二人は疎遠だ。幼くして産屋敷家の当主となった耀哉は多忙のため、会うことはない。今では細々と手紙を交わすくらいしか関わりはなかった。

「……何か、お館様に話したいことがあるのでは?」

瑠火の言葉に、結火は大きく目を見開き、顔を上げる。

「……なぜ」

「そんな顔をしていたので」

瑠火が小さく微笑みながら、結火の頭を優しく撫でた。

「私にも、父上様にも、話せませんか?」

「……」

結火はその問いかけに何も答えず、黙ってうつ向いた。

「……悪い癖」

「え?」

突然の瑠火の言葉に戸惑う。

「……自分一人で抱え込み、人に頼ろうとしない。あなたの、悪い癖です」

「……それは」

「しかも、巧妙にそれを隠そうとする。でも、母にはバレバレです」

瑠火が優しい手つきで結火の長い黒髪をまとめた。髪紐で緩く結ぶ。

「随分と髪も伸びましたね。私よりも長い」

「……父上が、長い方がいい、と仰ったので」

「確かに、似合っていますが……、結火の好きにしていいのですよ。誰のものでもない、あなたの髪なのですから」

その時、

「――コホッ」

瑠火が小さく咳き込んだ。結火は思わず大きな声を出す。

「母上!」

「大丈夫です。大したことはありませんよ」

瑠火が安心させるように微笑んだ。

「でも、そろそろ寝ましょうか」

そう言いながらゆっくりと瑠火は立ち上がった。

「母上、お部屋までお送りします」

結火も立ち上がると、母親へ近づいた。寄り添うように側に立つ。

「さあ、母上、こちらへ」

「……頼もしくなりましたね。小さい頃は、あんなにもひ弱だったというのに……。結火も、あまり無理をしてはいけませんよ」

「私は大丈夫です。それよりも、母上は自分の御体を大切になさってください」

二人は小さな声で会話を交わしながら部屋へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

結火は庭で鍛練に励む父親と弟を静かに見つめた。槇寿郎は朗らかに笑いながら何かを指導し、杏寿郎は力強く頷き木刀を振り上げる。

「……」

しばらくその姿を見つめていた結火はゆっくりと二人へ近づいた。

「……父上」

「ん?どうした、結火。気分でも悪いか?」

こちらへ顔を向けた槇寿郎の目をまっすぐに見つめて、結火は口を開いた。

「……私にも、稽古をつけていただけないでしょうか」

その言葉に槇寿郎は渋い顔をする。

「ダメだ」

「……父上」

「結火。お前は、お前が思っているよりも体が弱い。刀など持つ必要はない」

「……」

「それよりも、瑠火の様子を見てきてくれ。今朝、少し顔色が悪かったんだ」

「……はい」

結火は目を伏せると、小さく返事をする。そして深く頭を下げるとその場から立ち去っていった。

「……やれやれ。困ったものだな」

槇寿郎は結火の後ろ姿を見ながら苦笑する。その姿を杏寿郎は黙って見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……姉上?」

後ろから弟の声が聞こえて、慌てて結火は机の上の書物を隠した。

「杏寿郎。どうした?」

弟はチラリと机の上を見て口を開いた。

「……それは、その書は」

杏寿郎の言葉に結火は苦笑する。

「気づいたか」

結火は人差し指を口元に当てた。

「父上には黙っていてくれ。困らせてしまうだろうから……」

「姉上。姉上は、鬼殺隊に入るのですか?」

杏寿郎の突然の質問に、結火は目を見開いた。

「……鬼殺隊、か。……どうだろう、な。杏寿郎は、入るのだろう?」

「はい!」

結火は、元気よく返事をした杏寿郎の頭を撫でた。

「……私はね、鬼殺隊に入りたい、というよりも、……多分、父上のように、なりたいんだ」

「父上のように?」

「うん。炎のように熱く燃える人に、なりたい。……誇り高く、決して揺らぐ事のない剣士になりたい。その力で、鬼と戦い、人を救う強さを持つ人間になりたい、と思う。私には……難しいかもしれないけど」

「姉上……」

結火は微笑みながら、弟の頭から手を離した。

「さあ。鍛練をしてきなさい。私とちがって、きっと、お前はもっと強くなる。そのためには、もっと励まなくては」

「はい!」

大きな声で返事をした杏寿郎はそのまま部屋を出ていった。結火は笑みを消すと、机の上の書物へ視線を向け、それを静かに読み続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「父上……」

結火はそっと呟くように父親に声をかける。私室にて、槇寿郎は酒を手にぼんやりとしていた。

「……ああ、結火、か」

「父上、これ、は……、」

槇寿郎の側には引き裂かれた書物があった。もう読めないほどバラバラになっている。

「父上、どうされたのですか?こんなにお酒を呑んで……」

「――ああ、なんでも、ない」

槇寿郎はフラフラと立ち上がると結火の頭を撫で、問いかけてきた。

「瑠火は、どうだ?」

「……あまり、良くは、ありません。今日はずっと横になっていて……顔色も、悪いです」

結火は下を向きながら答えた。身体の弱い母は、病により最近は布団から出るのも困難になっていた。

「……そう、か」

「……父上、」

結火がなんと声をかければいいか分からず口ごもった時、槇寿郎は強く結火を抱き締めてきた。

「父上……」

「すまない。すまない、……結火」

強く抱き締めた後、槇寿郎は身体を離し、再度結火の頭を撫でた。

「……瑠火のところへ行ってくる。千寿郎の世話を頼んでもいいか?」

「……はい。お任せを」

結火は深く頭を下げた。槇寿郎は強く頷くと、瑠火の部屋へと向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「母上」

布団から身体を起こし、こちらを見つめる母は、病に冒されてもなお、美しく気高い女性だった。

結火と杏寿郎は二人揃って布団の側に正座していた。瑠火の布団の上では千寿郎がスヤスヤと眠っている。

「……母上、何か欲しいものは、ありませんか。お水は――」

「いいえ。大丈夫です。ありがとう、結火」

瑠火はしばらく無言でこちらをまっすぐに見つめてきた。やがて口を開く。

「結火、杏寿郎」

「はい、母上」

結火と杏寿郎が揃って返事をした。

「よく考えるのです。母が今から聞くことを。なぜ自分が人よりも強く生まれたのか分かりますか」

結火はその言葉に知らず知らずの内にぎゅっと拳を握っていた。

「弱き人を助けるためです」

まっすぐに子ども達を見つめながら、瑠火は強き者の使命を、責務を語った。

「弱き人を助けることは強く生まれた者の責務です。責任を持って果たさなければならない使命なのです。決して忘れることなきように」

まっすぐな瞳で、凛とした声でそう紡ぐ瑠火へ、杏寿郎だけが、

「はい!」

と大きな声で返事をした。

結火は返事が出来ずにただ無言で震えていた。

瑠火は結火へと視線を向けてきた。

「結火」

「……はい」

「――あなたには苦労をかけます。今までも、そして、これからも……。――きっと、隠したままなのは、心苦しかったでしょう」

ハッと結火は顔を上げる。隣の杏寿郎が不思議そうな表情でこちらを見てきた。

「……母上」

「結火――」

そして、瑠火は結火を抱き締めてきた。

「結火、あなたは――」

耳元で、そっと小さな声で囁くように言葉をかけてくる。結火は目を見開いた。

そのまま長い間瑠火は結火を抱き締めた。その後今度は杏寿郎を抱き締める。

「私はもう長く生きられません。強く優しい子の母になれて幸せでした。」

そして、瑠火は一度杏寿郎から手を離し、今度は結火と杏寿郎を二人まとめて抱き締めた。

「あとは頼みます」

 

 

 

 

 

 

 

 

強く美しい母が亡くなった。

葬儀が終わった後、槇寿郎は塞ぎこみ、部屋に籠る時間が多くなった。呑む酒の量も増えている。

「……父上」

「……結火。酒を買ってきて、くれないか」

「だめです、父上。このままでは身体を壊してしまいます」

父親の手から無理やり酒瓶を奪う。槇寿郎は何事か呻きながら、打ちひしがれたようにその場に蹲った。

「……瑠火、なんでだ」

「父上……」

「瑠火……」

母の名を呻くように呼びながら、頭を抱える。どう言葉をかけていいか分からず、結火はそっと父親の肩に手を置いた。

「……父上。父上、どうか……」

「……結火。お前は、どこにも行かないでくれ」

「父上?」

「死なないでくれ。結火、お前は、死ぬな。結火、杏寿郎、千寿郎……」

「……」

結火は槇寿郎の肩を支え、静かに涙を流した。そして、声を出す。

「父上、大丈夫です。私がいます。私が、父上を支えます。絶対に死にません。」

「……結火」

「大丈夫です。父上……」

槇寿郎の肩が震える。泣いているのが分かった。

槇寿郎がゆっくりと結火を強く抱き締めた。結火も強く父親を抱き締める。

そのままお互いに支え合うように、二人は悲しみの涙を流し続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらく槇寿郎は悲しみと失意から立ち直れず、無気力になり、ぼんやりとする時間が多かったが、結火は弟と共に励まし続けた。そのおかげか、徐々に槇寿郎は立ち直ってきた。

「……行ってくる」

「はい。行ってらっしゃいませ。ご武運を」

頭を下げる結火に頷き、任務へと向かう。

「……よかった」

槇寿郎を見送りながら、結火はそっと呟いた。

煉獄家が失った物は大きかった。

それでも、お互いに支え合うことで、少しずつその傷は癒えてきている。悲しみや喪失感が消えることはない。それでも、一歩ずつ前に進めている。

槇寿郎は、以前のような快活な剣士に完全に戻ってはいない。どこか寂しそうで、酒を呑むことも多い。それでも――、

「……父上」

きっと、大丈夫だ。父上はお強い人なのだから。

結火はそう思いながら、父親の背中が見えなくなるまで見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

「結火」

「はい、父上」

「……今日の飯はうまいな」

その言葉に、結火は薄く微笑んだ。

「杏寿郎も手伝ってくれました」

「……そうか。ありがとう、結火、杏寿郎」

「はい!」

杏寿郎がパッと顔を輝かせる。その姿を見た槇寿郎もほんのわずかに微笑んだ。幼い千寿郎も嬉しそうにキャッキャと笑っていた。

少しずつではあるが、煉獄家に明るさが戻ってきた。結火はその事にホッとしながら、母の代わりに家を切り盛りする日々を送っていた。

そんなある日、槇寿郎が意外な話を持ちかけてきた。

「……は?」

「縁談だ。結火」

思わずポカンと口を開けてしまった。

「……え、縁談とは」

「まあ、俺も早いとは思ったが……。先方が是非にと言ってきてな。悪い話じゃないぞ。むしろかなりいい。あちらは素晴らしい家柄だし、お前の相手も立派な方だ」

結火が入れた茶に口をつけ、槇寿郎は微かに苦笑した。

「さすがに結婚はまだ無理だが……婚約くらいはいいだろう。俺も、お前が立派な家に嫁いでくれたら、安心だ」

「……」

「近いうちに見合いの場を設けるつもりだ。準備をしておきなさい」

結火は呆然としたまま、その場に固まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その数日後。

結火が姿を消した。

『家を出ます。迷惑をおかけして申し訳ありません。心配しないでください』

そう書いてある紙を残して。

顔を真っ青にした槇寿郎が必死に探し回ったが、結火は見つからなかった。

 

 

 

そして、

「ただいま、戻りました」

半年後、結火はあっさりと戻ってきた。久しぶりに見る姉の姿に、杏寿郎は目を見開く。

「――ゆ、結火、」

槇寿郎は震えながら呆然と声を出した。

煉獄結火は、鬼殺隊の黒い隊服を身に纏い、大きな刀を携えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





原作との矛盾が生じていたら申し訳ありません。









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