蝶結び   作:春川レイ

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燃やせ、燃やせ

 

 

愚かな姉を、許してくれ。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「姉上ー!!」

大きな声が聞こえて、結火は振り返った。

弟の杏寿郎と千寿郎が駆け寄ってくるのが見えて、思わず頬が緩む。

「姉上、お久しぶりです!!」

「お元気でしたか!!」

「……ああ」

大きく頷いて、二人の弟の頭を撫でた。

「久しいな、杏寿郎、千寿郎」

弟達と会うのは久しぶりだった。家を出てから、頻繁に手紙のやり取りはしているが、任務で忙しく、会うことはほとんどない。それに父に内緒で会っているのがバレたら、弟達に迷惑をかけると思い、会う勇気がなかった。

「今日は、どうされたのですか!突然、会いたい、なんて……」

「ああ、すまない、迷惑をかけて――」

「迷惑だなんて、そんな!!姉上に会えて、嬉しいです!!なあ、千寿郎!」

「はい!!」

杏寿郎と千寿郎が顔を輝かせながらそう言ってくれて、結火はホッとする。そして、少し躊躇ってから口を開いた。

「……父上は、……息災か?」

杏寿郎と千寿郎が言葉に詰まり、顔を見合わせた。迷った様子をしながらも、千寿郎が答える。

「――部屋にこもって、いつもお酒を、呑んでいます……」

「……そうか」

結火は少し目を閉じて、二人の弟を強く抱き締めた。

「すまない、杏寿郎、千寿郎……」

「姉上……」

「本当に、すまない……」

自分の責任だ。父が酒に溺れてしまったのは、自分が勝手に鬼殺隊に入ったからだ。二人の弟から、父親を奪ったのは、結火だ。あまりの罪悪感で心が刻まれたように、痛い。

それでも―――

 

 

それでも、後悔はしていない。

 

 

そんなことを思ってしまう自分の身勝手さに吐き気を感じた。それを誤魔化すように、弟達から体を離し、口を開く。

「話が、あるんだ」

「お話、ですか?」

「ああ、取りあえず、少し歩かないか。ほら、賑やかで楽しそうだろう」

結火が前方を指差す。今日は祭りだ。多くの人々で賑わっていた。数々の夜店が開かれているのが見える。

「……今日は、非番なんだ。一緒に見に行こう」

結火がそう言うと、二人の弟は笑顔で頷いた。

明るい夜だった。いつもの殺伐とした夜とは大違いだ。祭り囃子の音に自然と心が浮き立つ。子どものはしゃぎ声や、陽気な客引きの声が聞こえた。

「杏寿郎、千寿郎」

結火は弟とはぐれないように手を繋いだ。

「何か、買おうか。ほら、いろんな夜店があるぞ。どれにする?好きに選びなさい」

「あ、姉上、あれがいいです!!」

突然千寿郎が大きな声を出して、右の方を指差す。それは、風鈴の店だった。

「風鈴?千寿郎、あれが欲しいのか?」

「はい!とても、きれいです!」

「そうか。分かった」

三人で風鈴の店へ近づいた。

「いらっしゃい、坊っちゃん、嬢ちゃん。どれにします?」

声をかけてきた店員に軽く頭を下げて、結火は数々の風鈴をしばらく眺めた。

「本当に、綺麗だな……」

愛想のいい店員がいろんな模様の風鈴を見せてくれた。

「花火に金魚、いろんな模様がありますよ。そうだ、花なんかどうです?」

「花!花がいいと思います!なあ、千寿郎!!」

杏寿郎が朗らかに笑いながらそう言うと、千寿郎も笑顔で頷いた。

「花、か。花だけでもいろんな模様があるな……紫陽花、桔梗、撫子に水仙――」

結火が風鈴を見つめながらそう呟いていると、千寿郎が一つの風鈴を指差した。

「あれ!あれがいいです!!」

「うん?どれだ?」

それは、美しい薄紅色の花が描かれた風鈴だった。

「これ?この風鈴がいいの?」

「姉上、これにしましょう!!」

千寿郎はその風鈴がいたく気に入ったようで、キラキラとした瞳で見つめていた。

結火はその様子に思わず微笑みながら、購入する。

購入した風鈴を、千寿郎が手に持ち、嬉しそうに見つめていた。杏寿郎が首をかしげながら問いかけてきた。

「姉上、この花は、何でしょうか?」

結火は少し考えてから口を開く。

「恐らくは、藤袴、だろうな。秋に咲く花だ」

「綺麗ですね」

その言葉に頷いた。

「ああ……綺麗だね。美しい藤袴だ」

千寿郎がニコニコと笑いながら口を開いた。

「帰ったら、すぐに飾ります!姉上、買っていただき、ありがとうございました!!」

「いや、気に入ったようで、何よりだ」

その後は他愛ない話を交わしながら歩き続ける。そして、人混みの少ない道に差し掛かったところで、結火は二人の弟の正面に立った。

「杏寿郎、千寿郎」

二人が不思議そうに見返してくる。その瞳を見つめながら結火は言葉を続けた。

「――柱になった。炎柱だ」

少しだけ声が震えたのを感じた。そんな自分を情けなく思っていると、弟達の顔がパッと輝いた。

「は、柱に?姉上が、ですか!?」

「……ああ」

「おめでとうございます!!」

二人が声を揃えたようにそう大声で叫ぶ。その反応にホッとしながら結火も笑った。

弟達の反応が怖かった。父親を傷つけた娘が、のうのうと柱の座に治まることを、認めてくれるのか心配していた。

こんな情けない姉が、柱になったことを、弟達は喜んでくれた。それが何よりも嬉しかった。

喜びで顔を赤くさせた杏寿郎が思い出したように声を出した。

「そうだ、姉上!羽織!羽織を持ってきます!!」

「羽織……」

「はい!」

杏寿郎が大きく頷く。

杏寿郎が言った羽織とは、煉獄家にある炎が描かれた羽織のことだ。炎柱のみが纏うことを許されている羽織―――、

杏寿郎が笑いながら言葉を続けた。

「姉上が柱になったと知ったら、きっと、父上もお喜びになるでしょう!あの羽織は姉上に――」

「いや」

結火は首を横に振った。杏寿郎がキョトンとしながら首をかしげる。

「姉上?」

「父上には、知らせるな。羽織も、いらん」

「え、で、でも!」

「杏寿郎、千寿郎」

結火はその場で屈んだ。弟達とまっすぐに視線を合わせる。

「――すまない。だが、あの羽織を私が纏うことは、できない。私は……、煉獄家を追放された人間なのだから」

「……姉上」

「本来なら、私は炎柱になるのは許されない人間だ。それどころか、煉獄を名乗るのでさえ図々しいことなんだ……、それでも……」

結火は迷うように口を開いて、また閉じる。そして、再び口を開いて、言葉を続けた。

「羽織がなくとも、私の心の炎は消えない。炎柱として、尽力するつもりだ。あの羽織は、いつか、……お前達が纏うものだ。だから、いらない。―――すまないな。ありがとう、杏寿郎、千寿郎」

そう言って微笑む。杏寿郎と千寿郎は悲しそうな顔をしており、結火はチクリと心が傷んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

炎柱を就任してからも、幸いなことに、結火の仕事は順調だった。

柱として現場で指揮を取りつつ、時には一般隊員や他の柱と協力しながら、鬼を斬り続ける。

 

 

 

 

 

任務へ行くために、長い黒髪を髪紐で手早くまとめた。戦う時に長い髪は邪魔になる。

「……また、伸びたな」

小さく呟く。ほとんど切ることのない髪は、今や腰まで伸びていた。

何度も髪を切ろうとしたが、どうしても決心がつかなかった。

『お前の髪は、綺麗なのだから。伸ばすといい』

幼い頃に、そう褒めてくれた父の顔を思い出すと、どうしても切ることができなかった。

大きなため息をつく。そして、何かを振り切るように頭を何度も強く横に振ると、まっすぐに前を向いた。

「――炎柱、煉獄結火……参ります」

隊服の上から深緋の羽織を纏い、任務地へ向かって走り始めた。長い黒髪が舞う。自然と気持ちが昂るのを感じた。

今日の任務は森の中の鬼を斬ることだ。素早く走りながら、目的地を目指す。

血の匂いがした。暗闇の中、目を凝らす。鬼殺隊の隊服を着ている人間が倒れていた。生きているのか、死んでいるのか、分からない。その近くには何人かの隠の隊員が働いているのが見えた。

「――ああ」

助かれば、いいのだが。そんな事を思いつつ、足を動かす。

前方に巨大な鬼が見えた。鋭い牙と爪を持つ、異形の鬼だ。

その周囲では多くの隊員が刀を振るっていた。しかし、鬼は暴れながら一人の隊員を吹っ飛ばした。結火は飛び上がるようにその隊員の身体を受け止めて、叫んだ。

「よく、頑張った。もう大丈夫だ!」

隊員を近くの隠に任せ、刀を構える。

心の炎が、強く激しく燃えるのを感じた。

「―――案ずるには及ばない。私が、来たのだから。安心なさい」

 

 

燃やせ、燃やせ

 

心を、燃やせ

 

 

刀を構え、鬼をまっすぐに見つめる。その気迫に、周囲の隊員達が息を呑んだ。

「ここにいる者は、誰も、傷つけさせはしない。―――私の誇りにかけて」

そして、刀を振るった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数分で鬼の頚を斬ることに成功した。

息をついて、汗を拭っていると、突然後ろから話しかけられた。

「え、炎柱様!」

「ん?」

振り返ると、怪我をしている隊員が緊張した面持ちで立っていた。ペコリと頭を下げる。

「本当に、助かりました。ありがとうございました!」

「……いや、無事で何よりだ」

結火が短くそう答えたところで、鎹鴉の声が聞こえた。

「炎柱アァァァ!!次ノ任務ハ、西ノ町、西ノ町!!急イデ向カエエェェェ!!」

その声に反応して、チラリと空を仰いだ後、結火は口を開いた。

「――すまないが、私は行かねばならない。君達は、きちんと治療をして、休むように」

「は、はい、あの、本当に、ありが――」

隊員の言葉が終わる前に、結火は駆け出した。

残された隊員達は、呆然とそれを見送ることしか出来なかった。

「……す、すげえな、あれが炎柱か」

「噂通り、強い人だな。しかも美人だ」

「あんな手強い鬼を、すぐに斬って、しかも自分はかすり傷一つ負ってない。流石だ」

「でも、無表情で何を考えているのか分からないな」

結火がその場から姿を消した後、周囲の隊員達がザワザワと話し始める。

「……ふーん、おっかないな。鬼も、あの炎柱も」

それを、一人の隠が聞いており、ポツリと呟いた。

「ま、俺とは一生関わることのない人だな…」

その時、後ろから声がした。

「おーい、後藤!こっち手伝ってくれ!!」

「あ、はーい」

後藤と呼ばれた隠は、慌ててその場から離れ、呼ばれた方へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなある日の事。

「カァー!手紙!手紙ダ!!」

結火はその声に、視線を上へ向けた。

「……(しん)、ありがとう」

結火の鎹鴉、芯が肩に停まる。そして手紙を結火に渡してくれた。

結火は薄く微笑む。杏寿郎からの手紙だ。素早く手紙を開いて、目を通す。そして、驚いたように目を見開くと、大きなため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、煉獄、お前、今日どうした?」

「……は?」

宇髄にそう話しかけられた結火は訝しげに、声を出した。

今日は定期的な御前会議、柱合会議だった。鬼の動向の調査も含めた半年間の報告を行うために、鬼殺隊本部に柱達が集まり、会議を開く。思ったよりも早く終わったため、結火がさっさと帰ろうとしたところで、音柱、宇髄天元に呼び止められたのだ。

「……どうしたって、何が?」

「なんかよ、お前、今日ソワソワしていないか?会議も集中していなかったし――」

「別に。宇髄には関係ない」

結火は宇髄から目をそらし、歩き出した。次の任務地へ向かわなければならない。しかし、そんな様子を気にすることなく、宇髄が追いかけてくる。

「なあ、どうしたんだよ?なんかあったのか?」

「……」

「今のお前、地味な顔してるぞ」

結火は大きなため息をついて、渋々口を開いた。

「――弟が」

「あ?」

「弟が、最終選別を、受けている」

「あー」

宇髄が納得したように、何度も頷いた。

「そうか、お前の弟がねぇ……」

「……」

「なるほど、最終選別で生き残れるかが、心配ってわけか……」

「はあ?そんなこと心配するわけないだろう?」

結火は鋭い瞳で宇髄を見返した。

「杏寿郎が最終選別に受からないわけがない。煉獄家の長男だぞ。受かるに決まっている」

「お、おう、そうか……」

宇髄が戸惑ったような顔をした。

「それじゃ、お前、何をそんなに悩んでんの?」

「……いや、悩んでいるわけじゃない――ただ、」

「ん?」

「ただ、今なら、分かる気がして――」

「何が?」

不思議そうな顔をした宇髄に構わず、結火はその場から走り出した。

「お、おい、煉獄?」

宇髄の声が聞こえたが、答えずに、逃げるように走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「姉上!!」

笑顔でこちらへと走ってくる杏寿郎の姿に、結火は微笑み返した。

「杏寿郎、おめでとう!」

「ありがとうございます!!」

杏寿郎は無事に最終選別を突破した。結火は心から喜び、弟の頭を撫でる。

「よくやった。本当に、よくやったな…」

「はい!」

二人で笑い合う。

「今日はお祝いをしなくては、な。何か欲しいものはないか?」

結火の言葉に、杏寿郎が笑顔を消して、真剣な表情をした。

「姉上!最終選別に受かったら、お願いしようと思ってたんですが……」

「うん?」

「継子にしていただけないでしょうか!」

杏寿郎がそう言って頭を下げた。結火は目を見開く。しかし、すぐに首を横に振った。

「すまない。それは……出来ない」

「な、なぜですか!?」

杏寿郎がバッと勢いよく頭を上げた。

「俺は、姉上からいろいろ学びたくて――」

「杏寿郎、お前は、そのままでいてくれ」

杏寿郎が訝しげに眉をひそめた。

「――お前が、私の継子になるのは、父上がお許しにならないだろう」

結火は顔を伏せながら小さく声を出した。

「今度は、お前が家を追い出されてしまう。それは、ダメだ」

「姉上……」

「せめて、お前と千寿郎は……父上の息子でいてくれ。すまない、……不甲斐ない姉で、本当に、すまない」

その言葉に、杏寿郎は何も答えなかった。結火は無理やり笑顔を作ると、杏寿郎の肩に手をかける。

「案ずるな、杏寿郎。直接の指導は出来ないが、相談ならいつでも受ける……」

軽くその肩を叩く。

「母上の教えを忘れるな、杏寿郎。弱き人を助けることは、強く生まれた者の責務だ。お前は、煉獄家の長男――、いつか、この姉を越える強い剣士になる男だ」

まっすぐに、その瞳を見つめた。

「お互いに、頑張ろう、杏寿郎。これからも姉弟として、そして、共に戦う仲間として、心を燃やし続けよう!」

「――はい!!」

杏寿郎が大きく頷く。

その姿を見て、結火は胸が詰まる。そのまま強く弟を抱き締めた。

「わっ、姉上!どうされたのですか!!」

杏寿郎の戸惑う声が聞こえる。結火は小さく囁いた。

「杏寿郎――、私はね、誰よりも……お前が、心配だよ。……杏寿郎」

弟が、自分と同じ道を歩くのは、最初から分かっていたはずなのに。理解できたはずなのに。

どうしようもないほどの、苦しみが胸を襲う。

「姉上……?」

不思議そうな杏寿郎の様子に構わず、しばらく抱き締め続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

杏寿郎と過ごした後、一人になった結火は静かに呟いた。

「……死んでほしく、ないな」

今なら分かる。

あの時の父の思いが。

「――生きてほしいんだ。杏寿郎」

生きてほしい。

本当は戦って欲しくない。傷つくことなどさせたくない。幸せになってほしい。

「……嫌だ、な」

ああ、なんて馬鹿なのだろう。親との縁を切ってまで、この世界で戦うことを決めたのは、自分自身なのに。自分が死ぬことはとっくの昔に覚悟しているのに。死ぬまで戦い続けること、それが自分の生きる道なのに。

「杏寿郎……」

死にたくない、などと思ったことはない。自分は柱なのだから。だけど、大切な人が、この世界に入ってくることが、こんなにも怖いなんて。

「ごめんなさい。今なら、分かります」

死んでほしくない。

生きていてほしい。

「今なら……、分かるんです。父上――」

その場にいない父親に向かって、そっと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





※大正コソコソ噂話
結火は基本的に無表情で、あまり感情を表に出さない。ただし、弟大好きのブラコンなので、弟達の前では笑顔を見せる。
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