初デート回だ!
「……はぁ」
結火は大きなため息をついた。時刻は真夜中、日付が変わったばかりだ。
今日の任務はそんなに難しくはなかった。剣士達によって、鬼は頚を斬られ、既に消滅している。幸運なことに怪我人はいないため、事後処理が終わったらこのまま帰れることになった。しかし、結火の顔は暗い。
「……はぁ」
「三十六回目」
唐突に後藤がそう言ったため、結火は眉をひそめてそちらを向いた。
「……何の回数ですか?」
「本日の結火様のため息の数です」
「……そんなに?」
「はい。一体何をそんなに悩んでるんです?また胡蝶様の事ですか?」
「……」
結火は答えたくなくて後藤から目をそらした。そんな結火を見て、後藤は察したらしい。
「えーと、言いたくなければ構いませんが……」
「……この後、昼間に、会うことになってて」
結火の言葉に後藤は目を見開いた。
「えっ、仕事で、ですか?」
「……いえ。一緒に散歩を、することになっています……」
例の散歩について、この日の昼間はどうか、という手紙がカナエから届き、了承したのが二日ほど前のことだった。
「あ、逢い引きですか!?では、遂に――!」
後藤の驚いたような言葉に、結火は間髪を入れず、
「違います。散歩です」
とハッキリ答えた。
「えぇ……?でも、仕事以外で一緒に出かけるんですよね?それはもう逢い引きなのでは……」
「だから違います」
結火は疲れたような顔で後藤へ視線を向けた。
「……一緒に、散歩したいと言われて……、いつも蝶屋敷で、お世話になっていますので……、断るのが、その……申し訳なくて、……お受けしました」
珍しく言い淀んだようにそう言う結火の様子に、後藤は苦笑した。
「なるほど……。それで、憂鬱だ、というわけですか」
「……」
「いいじゃないですか、気晴らしに散歩するのも。きっと楽しいですよ」
「……」
結火が黙りこむ。後藤がそんな結火の顔を覗き込むように見てきた。
「そんなに胡蝶様との散歩が嫌なんですか?」
「……い、」
結火が何かを言いかけたその時、後ろから他の隠が呼びかけてきた。
「後藤さん!こっちの仕事、手伝ってくれ!」
「あ、分かった!すぐ行く!」
後藤は、慌てて結火に軽く頭を下げると、その場から立ち去った。
残された結火は、
「……嫌ではないんです。だから、困ってるんですよ……」
小さく呟く。
自分でも認めたくなかった。
カナエとの散歩が、少しだけ楽しみだ、なんて。
◇◇◇
「ふふん、ふん、ふ~ん」
おかしな鼻唄を歌うカナエを、しのぶは不審そうな顔で見つめた。さっきからご機嫌だ。ソワソワしながら、着物を選んでいる。
「姉さん、あの……」
「あっ、しのぶ、この黄色と桃色の着物、どっちがいいと思う?」
「桃色。……って、そうじゃなくて、姉さん、どこに行くの?」
カナエは嬉しそうな表情で、
「うふふ、秘密」
と言って、桃色の華やかな着物に着がえる。
そして、
「それじゃあ、ちょっと行ってくるわね~。夕方には帰ってくるから~」
と言いながら、上機嫌で蝶屋敷から飛び出して行った。
「カナエ様、どちらに行かれるんですかね?すごく楽しそうでしたけど……」
それを見送ったアオイが不思議そうにそう呟く。しのぶは頭を抱えながらそれに答えた。
「――多分、あの人のところ」
「え?誰ですか?」
再びのアオイの質問には答えず、しのぶは顔をしかめながら後ろを向いて、自身の仕事へと戻っていった。後に残されたアオイはきょとんとしていた。
◇◇◇
「ユウさん、こんにちは」
「……お疲れ様です」
カナエとの待ち合わせ場所は、隠の仕事部屋の近くにした。約束した時間ちょうどに、カナエはやって来た。
やはりこの人、綺麗だな、と思いながら、バレないように全身を見つめる。
カナエは美しい着物を着ていた。上品で、華やかな柄の着物だ。彼女によく似合っている。気のせいか、長い黒髪もいつもよりツヤツヤしており、輝いていた。
それに比べて、結火はいつも通りの隊服と頭巾だ。
「今日は、本当にありがとう。よろしくね、ユウさん」
「はい。よろしくお願いいたします」
深く頭を下げる。その姿を見て、カナエが頬を膨らませた。
「もう、今日はお仕事じゃないんだから。そんなに頭は下げなくていいわ」
「……いや、それは……。胡蝶様とは、立場が違いますので……」
そうボソボソ言う結火の手をカナエが突然握る。結火は思わずビクッと震えた。
「今日は、お仕事のことは忘れて。ね?」
「……」
結火は何も答えられず顔を伏せる。その結火の手を、カナエが引いた。
「さあ、行きましょう、ユウさん」
「……はい」
結火は小さく返事をした。
二人でゆっくりと歩く。心地よく、暖かい日だ。柔らかい日差しが降り注ぎ、透き通るような青い空が広がっている。
「暖かい日ねー。散歩日和だわ」
カナエは目を細めながら、空を仰いだ。気がつくと、結火はカナエと指を絡み合わせるように手を繋いでいた。
「……」
別に手を繋ぐ必要はないのではないか、と思ったが、なんとなく言い出せなかった。
当てもなく、ぶらぶらと歩いた。歩調を合わせるように、一歩、一歩、地面を踏みしめる。静かで、ゆったりとした時間だった。景色を見ながら、暖かい日差しを楽しむように歩き続ける。
「……」
「……」
カナエも結火も何も話さない。結火は、歩きながらチラリとカナエを見る。
隣のカナエは、幸せそうな顔で笑って、こっちを見ていた。結火と目が合うと、ますます嬉しそうに笑う。
「……これが、楽しい、ですか?」
結火が尋ねると、カナエは大きく頷く。
「もちろん。とっても、とっても楽しい」
「……私、」
「うん?」
カナエがこちらを見てくる。結火は目を伏せながら、言葉を続けた。
「……私、は、……あまり、仲のいい方が、いないので、……こうやって、家族以外の誰かと、散歩するのも……初めて、で……その、気の利いた会話など、出来ないのですが……それでも、楽しいですか?」
「そんなの、いらないわ」
「……」
「あなたと一緒にいる時間が、幸せなの。そんなこと、気にしないで。そばにいられるだけで、私、本当に嬉しいのよ」
ああ、またこれだ。
身体が震えるほどの何かが、心を満たす。胸が苦しい。
認めたくない、よく分からない感情。
「胡蝶様は、……今日は、お仕事は、大丈夫なのですか?」
自分の感情を誤魔化すように、結火はカナエに問いかけた。
「お仕事?それなら大丈夫。今はね、そんなに怪我をしている人も少ないの。妹や、他の子達もいるし……」
「……大変な、お仕事、ですね」
カナエはフワリと笑った。
「ええ。でもね、皆、頑張ってるから……私もね、少し前は、柱として、前線で戦っていたの」
「……存じております」
「あ、知ってたのね。でもね、4年ほど前に、肺を斬られちゃって……引退しちゃった。今も、医療専門の隊員として籍は置いているのだけどね」
「……」
「私は、もう刀を握れないけれど……私の意思を引き継ぐ子達が、たくさんいるわ。だから、私も、私のやり方で、戦いたいの。まだ、壊れていない、誰かの幸せのために」
カナエの言葉に、結火がピタリと立ち止まった。
「ユウさん?」
カナエの不思議そうな声を聞きながら、静かに目を閉じる。
「……ああ」
自然と声がこぼれた。
カナエの言葉で思い出した。
自分と同じく鬼殺隊に入り柱にまで昇りつめた、強く逞しい弟の姿を。
『姉上!』
大きな声
『俺はいつか、姉上のように強くなります!』
燃えている、瞳
『心を燃やして、命を懸けて、誰かのために戦う、強く立派な、姉上のような人になりたいです!!』
結火は目を開いた。カナエの方へ顔を向ける。
「……分かります」
大きく頷いて、そう言った。
「とても、よく分かります」
カナエが不思議そうな顔をした。
「ユウさん?」
「……私も、引き継がせることが、できた、と思うんです」
カナエの方を見て、微笑んだ。頭巾を被っていても、それが分かったのか、カナエが息を呑む。結火はそれに気づかず、カナエと繋いでいない方の手を胸元に当てて、言葉を紡いだ。
「私も、私の、意思を、繋げることができた。あの子が、いたからこそ、私は、安心して、――諦めることが、できた……きっと、それは、それだけは間違っていない。こんな、身体になったけど、……最後の任務を、私は、果たした……と思うんです」
「ユウ、さん…?笑って……」
カナエが呆然と声を出した。その言葉で我に返る。
「……失礼しました。いろいろ、思い出して……」
笑みを消し、謝罪する。カナエはまだ呆然としている。結火は誤魔化すように声をかける。
「……胡蝶様、そろそろ、帰りましょう。」
「――あ、そ、そうね」
カナエの顔がなぜか赤くなっていて、結火は不思議そうな目で見つめる。
その後は、二人とも何も言わずに来た道を戻る。カナエの顔は、最後まで真っ赤だった。
◇◇◇
今になって思えば、カナエとの散歩は、結火にとっても、“幸せ”と言える時間だった、気がする。
カナエとの会話で、弟の事を思い出し、温かい気持ちになった。カナエと、自分の思いが、同じだったから、素直に“嬉しい”と思った。
自分の剣士としての生き様は、理不尽な終わり方になってしまったが、それでも後悔したことはない。
自分は、繋いだ。確かに、杏寿郎に繋いだ。杏寿郎も、きっと繋いでくれる。
鬼と違って、永遠はない。それでも私達は繋いでいく。生と死を繰り返しながら、永遠に繋いでいく。私達は、ずっと、そうしてきた。
それを誰よりも理解しているのは、結火だった。だから、繋いだ。自分の、剣士としての人生の幕切れに、繋いだのだ。
弟よ、前に進め、最後まで戦え
だって、あなたは、煉獄家の、長男なのだから。煉獄の者として生まれた人間として、最後まで戦って繋ぐ。それが、私達の、生き方だ。
なあ、そうだろう、杏寿郎
結火は笑う。あまり動くことのない表情筋が、緩む。
私達は、そうして、繋いでいくんだ。
今も、そして、これからも。
命を懸けて。
だから、その知らせが耳に飛び込んできた時も、決して取り乱すことなどしなかった。当然だ。
だって、覚悟していたのだから。
「カァー!」
カナエと散歩した日から、数日後のことだった。突然聞き覚えのある声が響いて、空を仰ぐ。驚きで声が漏れた。
「――お前は」
一匹の鎹鴉が結火の肩へと降りてきた。
「お前、芯か?」
それは、かつての結火の鎹鴉、芯、だった。結火が柱を辞めたのと同時に、解任されたはずだ。今は、他の隊員を担当していると聞いていた。
その芯がなぜ、ここに――?
結火が問いかける前に、芯が叫んだ。
「炎柱、煉獄杏寿郎死亡!上弦ノ参ト戦イ、死亡!」
目を見開く。一瞬の後、結火は芯に声をかけた。
「上弦の鬼は、倒したのか?」
芯がしょんぼりと落ち込むように顔を伏せた事で、その答えが分かった。
「――そうか」
結火は目を閉じる。すぐに開いて、大きく深呼吸した。
「そうか――、残念だ」
そして、再び、静かに目を閉じた。
初デート回とか最初に言いながら、暗い空気で終わりました。次の話で、この章は終わる予定です。