知りたかったこと
ゆっくりと、結火は歩いていた。周囲は、まるで別世界に来たように思うほど静寂に満ちていた。太陽が眩しい。
周囲を見渡すと、多くの墓石が目に入る。
「……」
静かに歩き続け、目的地にようやくたどり着いた。立派な墓石を真っ直ぐに見つめる。そして、一言、囁いた。
「――久しぶり、杏寿郎」
また、涙が零れそうになって、持ってきた花束を強く抱き締めた。
静かに淡々と花立に水を入れて、花を供える。火をつけると、線香を立てた。
「……」
墓石を静かに見つめ、小さく話しかけた。
「頑張ったなぁ、杏寿郎」
微笑みながら、言葉を続ける。
「列車の任務、誰も死ななかったらしいな。……よくやった。お前はお前の責務を、命を懸けて、全うした。本当に……よく頑張った。それでこそ、煉獄家の剣士だ」
ふと、結火は思い出した。自分は剣士としての杏寿郎の姿をほとんど知らない。弟が鬼殺隊に入った後も手紙を交わしていたが、任務で一緒になることはなかった。隠になって身を潜めてからは、バレないようにするために杏寿郎と一緒の任務にならないよう上手く避けていた。
「――お前は、どんな剣士で、どんな柱だったんだろうなぁ……」
今更、知りたい、なんて思うとは。
やはり私は愚かだな、と思いながら、結火は合掌した。
墓に行った後、煉獄家へと足を伸ばした。しかし、煉獄家とは縁を切られているため、屋敷に入ることは許されない。遠くから、かつて住んでいた屋敷を見つめる。
父と下の弟が心配だった。特に下の弟は、兄を失ってどれほど心細い思いをしてるのだろう、と思うと胸が締め付けられる。
「……」
それでも、結火が煉獄家に足を踏み入れることは許されない。心の中で何度も謝る。そして、どうか、父と千寿郎が早く立ち直れますように、と願いながら、屋敷から視線を背け、歩き出した。
◇◇◇
その後は町に立ち寄った。人で賑わっており、騒がしい。
「……」
ある店で、結火は、売り物である数々の風鈴を見つめた。
「お嬢さん、お決まりになりましたか?」
店員が聞いてきた。
「……もう少し、見せてください」
「はい、ごゆっくり」
店員がにこやかに笑って頷く。
微風に誘われるように、風鈴が揺れて涼やかな音がした。それらを静かに見つめる。
花にしよう、と決めていた。今日、買うべき風鈴は、花の模様がいい。しかし、花だけでもたくさんの種類があり、なかなか決まらない。
朝顔、紫陽花、桔梗、蓮、菖蒲、椿――
「……あ」
目に止まったのは、桜が描かれた風鈴だった。ふわりと揺れる度に、輝く淡い色がとても美しい。
「……」
その風鈴をしばらく眺める。
「こちらをお買い求めになりますか?」
店員の言葉に少し考えた後、ゆっくりと頷いた。
「……はい」
「ごめんください」
蝶屋敷を訪ねると、カナエが出迎えてくれた。
「ユウさん、こんにちは」
「お疲れ様です」
深々と頭を下げる。
「今日は、……大丈夫?」
カナエの言葉に軽く頷いた。
「……はい。先日は申し訳ありませんでした」
また頭を下げると、カナエは、
「いいえ、あなたが、きちんと心の整理をつけられたのなら、よかった……」
と言った。結火は頭を上げて、カナエと目を合わせ、
「……」
そして静かにそらした。その様子に構わず、カナエが微笑みながら口を開く。
「ユウさん、今日はお仕事?その後、お茶を飲む時間はあるかしら?」
結火は慌てて首を横に振った。
「……いえ、今日は――」
その時、門戸が開く音がした。
「よう、胡蝶」
「あっ、不死川くん」
やって来たのは風柱、不死川実弥だった。結火はその場で静かに頭を下げる。
「ユウさん、お庭で待っててくれる?」
「はい」
カナエの言葉に結火は頷き、素早く庭の方へと足を向けた。
しかし、ふと途中で立ち止まり、後ろを振り返った。
「不死川くん、また怪我をしたの?」
「いや、前に世話になった礼を持ってきただけだァ。ほら、お前が食いたいって言ってた菓子だァ。皆で食えや」
「まあ、ありがとう。そういえば、この前教えてもらった和菓子屋さん、とてもよかったわ――」
カナエと不死川が仲良く会話していた。いつも物騒な表情をしている不死川も穏やかな表情をしている。随分親しいのだな、と結火は思い、また庭へと足を踏み出す。そして、
「――ん」
歩きながら首をかしげた。何故か胸の内が、微かに痛んだような気がした。
「ユウさん、待たせてしまってごめんなさいね」
「……いえ」
すぐにカナエはお茶とようかんを持って庭に現れた。
「――風柱様は、いいのですか?」
「うん?不死川くんなら、もう帰ったわ。今日はお菓子を届けにきてくれただけだったから」
「……そう、ですか」
二人並んで縁側に座る。結火は湯呑みを手に取った。ゆっくりとお茶を飲む。
「ユウさん、そういえば、今日はお仕事じゃないの?」
「……あ」
自分がここに来た目的を思い出し、慌てて結火は立ち上がった。
「――これ、を」
結火が風呂敷から包みを取り出し、カナエに差し出した。
「ユウさん、これは……?」
「――あ、の。ご迷惑かもしれない、と思ったのですが。……その、……先日の、お礼です」
「えっ」
カナエが驚いたような声を出した。そして、ゆっくりと手を伸ばして、包みを受け取る。
「――わ、私に?」
「はい」
カナエが震えながらその包みを開いた。
「ユウさん、これ――」
そこに入っていたのは、桜が描かれている風鈴だった。
「……その、前に選んで欲しい、と仰っていたので……」
カナエが風鈴を凝視している。居心地の悪さを感じて、結火は顔をそらした。
「……いらなければ、捨てても……構いませんので――」
ソワソワしながらそう言うと、カナエが口を開いた。
「あなたが選んでくれたの?私のために?」
カナエの問いかけに、結火は無言で頷いた。
「……」
「……」
沈黙がその場に満ちる。どうしたのだろう、と考えながら結火はカナエに視線を向けた。そして、目を見開く。
カナエは顔を真っ赤にしていた。
「……う、れしい」
カナエが包みごと風鈴を抱き締め、微笑んだ。
「本当に、嬉しい。どうも、ありがとう……!」
頬を紅潮させて、そう言う彼女を結火は黙ったまま見つめた。
◇◇◇
「――コホッ、コホッ」
任務前、仕事へ行く準備をしていると濁ったような不快な咳をした。このところ、喉の調子が悪い。喉を押さえていると、後藤に声をかけられた。
「結火様、大丈夫ですか?」
「……問題ありません」
「お身体の調子が悪いのでは……?」
「いえ」
結火が首を横に振る。
「元々、病の影響で……、精神的な不調や疲れで咳が止まらなくなるんです。……すみません。任務は問題ありませんので」
「――そうですか」
後藤は何か言いたそうな顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。
「あの、後藤さん、それより……ちょっと聞きたいんですが……」
「何でしょうか?」
「こう、胸の内が……チクチクして、波立つような感じがしたんです」
「へ?」
「これって、何なのでしょうか?」
結火の質問に、後藤がキョトンとした。そして、顔を青くしながら聞き返してきた。
「え、えーと、怒ってるって事ですか?俺、何か失礼なことをしましたか?」
「……いえ。何でもありません。忘れてください」
結火は大きなため息をついて、その場から立ち去った。残された後藤は、俺は一体何をやらかしたのだろう、と震えていた。
◇◇◇
その日の仕事は、岩柱・悲鳴嶼行冥の任務の事後処理だった。強い鬼が何匹も襲ってきたが、悲鳴嶼は怯みもせずに次々と倒していく。
「……終わった、か」
物陰で待機していた結火を含めた数人の隠達は、鬼が消失したのを確認し、処理のため岩柱へと近づいた。
「岩柱様、後は我々にお任せを」
「……ああ、頼む」
てきぱきと処理を進める。集中していたため、すぐそばに悲鳴嶼が近づいてきたことに結火は気がつかなかった。
「……明日の昼間」
「は?」
声をかけられて、驚いて振り返る。
「少し、仕事を頼みたい。うちへ来てくれ」
「……はい」
結火が戸惑いながら返事をすると、悲鳴嶼は頷き、すぐに立ち去っていった。
「……」
結火はその姿を無言で見つめた。
悲鳴嶼がいる山は、空気が澄んでいて、どこかひんやりとしているような気がした。
軽い足取りで淡々と登っていく。山に登ることは任務でもよくあるため、問題はない。
「――コホッ、コホッ」
時々出る咳が煩わしいが。
そろそろかな、と思ったその時、目の前に悲鳴嶼が現れた。
「お疲れ様です」
「……ああ」
ゆっくりとその場に膝をついた。
「何なりとご用命ください、岩柱様」
結火がそう言うと、悲鳴嶼が口を開いた。
「――頭を上げろ。お前が私にそんなことをする必要はない」
結火が顔を上げる。目の前の悲鳴嶼は少し笑っていた。
「久しぶりだな、煉獄」
その言葉に、結火は立ち上がった。ゆっくりと頭巾を剥ぎ取る。そして悲鳴嶼を見つめながら声を出した。
「――ご無沙汰しております。悲鳴嶼さん」
「少し話をしよう」
そう誘われて、共に川辺へと向かった。大きな岩の上に結火は座る。悲鳴嶼はそのすぐそばに立っていた。
「いつから気づいていました?」
結火が尋ねると、悲鳴嶼は少し首をかしげた。
「――随分前から、任務の後で見かける度にお前じゃないかとは思っていた。だが、実を言うと、お前がここに来るまで、確信は持てなかった。昔とは、気配が違うし、声も……」
「ああ」
結火は自分の喉を押さえた。
「――病を、患いまして……、もう完治はしているのですが……、その影響で、声が変化したんです。変な声でしょう?」
「いや、そんなことはない」
悲鳴嶼は首を横に振った。すぐに言葉を続ける。
「……南無、では、柱を辞めたのも――」
「はい。……病により、呼吸を、使えなくなりました。もう剣士としては、戦えません。それでも、少しでも鬼殺隊に貢献したいと思い、極秘で隠になりました。私のことは、現在の上司である後藤さんしか知りません……」
「……そうか。大変だったな」
「いえ」
結火は顔を伏せた。そんな結火に悲鳴嶼が微笑む。
「お前がいなくなってから、随分と柱の顔ぶれも変わった」
「……はい」
「私と宇髄ぐらいか。柱の時のお前を知っているのは」
「……よもや、宇髄も私に気づいて――」
「いや、あいつは気づいていない」
結火の言葉を悲鳴嶼がキッパリ否定する。
「お前の話が何度か出たが、……お前は既に死んだと思っている。気づいているということは、あり得ない」
「……そう、ですか」
結火が胸を撫で下ろすと、悲鳴嶼が言葉を続けた。
「だが、煉獄。恐らくだが……お館様は気づいているぞ」
「ああ、でしょうね」
結火の言葉に、悲鳴嶼が顔を向けた。
「――別に驚きませんよ。お館様なんですから。気づいた上で、何も言わずに私の意思を尊重してくださっているのでしょう。あの方らしい、ことです」
「……そうだな」
言葉が途切れる。ゆるゆると流れる川を二人で見つめた。沈黙が続いた後、ようやく悲鳴嶼が口を開く。
「――弟のことは、残念だった」
「……」
結火は何も答えず、川を見つめ続けた。
「本当に残念だ。若い身空で……最期まで――」
「弟は」
悲鳴嶼の言葉を遮るように、結火が口を開いた。
「弟は、――いい柱でしたか?」
「……ああ」
悲鳴嶼は大きく頷いた。
「力強く、真っ直ぐなやつだった。剣士としてはもちろん、柱として人々のために戦い、決して揺るがない心を持っていた――お前と同じだな」
「……」
少しだけ深呼吸をする。そして再び口を開いた。
「――有り難く、存じます。本当に」
「……煉獄、大丈夫か?」
その言葉に結火は考えてから頷く。
「はい―――、いえ」
「?どっちだ?」
「……」
不思議そうな顔をする悲鳴嶼に、結火は小さく言葉を出した。
「あの子が、いなくなって――、もう会えないって、やっと実感して……、それで気づいたんです。私は、弟としての杏寿郎しか知らなかった。杏寿郎がどんな剣士だったか、どんな柱だったか、何も知らなかったな、と」
「……」
「私は……、弟に会うつもりはありませんでした。杏寿郎の中で、強い姉として残ってほしかった。だから、病を患った後は、一度も会いませんでした……弱った姿を見られたくなかったんです。だから、弟がどんな剣士だったのか、全然知りません。知ろうとも思わなかった……。きっと、会いたくなってしまうから」
「……」
「……だけど、今になって、思うんですよ。もっと知りたかった、と。弟はどんな風に戦ったんだろう。どんな剣士として生きて、そして柱になったのだろう、と。……本当に、今更、ですね」
結火は少しだけ目を閉じて、立ち上がった。岩の上から飛び降りる。
「悲鳴嶼さん。ありがとうございました。そろそろ次の任務へ行かなければなりませんので……失礼します」
「ああ」
結火は頭を下げて挨拶をし、悲鳴嶼が短く答える。そして背中を向けて帰ろうとしたその時だった。
「煉獄」
「はい?」
声をかけられて、振り向く。悲鳴嶼がこちらを真っ直ぐに見ていた。
「もしも、……弟の事をもっと知りたいのならば」
「はい?」
「恋柱の所へ行くといい」
「恋柱……?」
結火が首をかしげると、悲鳴嶼が軽く頷いた。
「恋柱の甘露寺は、煉獄が柱になる前からの弟子で、かつての継子だ。私よりも、お前の弟の事をよく知っている……きっと快く話をしてくれるはずだ」
「……はい。ありがとうございました」
結火は再び頭を深く下げ、今度こそ素早くその場から立ち去った。
※大正コソコソ噂話
結火が柱になったのは、悲鳴嶼さんが柱になった少し後くらい。悲鳴嶼さんの事をとても尊敬している。逆に宇髄さんの事は少し苦手。出会った時に「地味すぎる女だな。まあ、安産型だ」と尻を見ながら言われたため、直後に回し蹴りを食らわせた。
次回は甘露寺さん登場。